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「……」
耶生と善は今、大きな門の前に立っていた。
門は一面鉄でできていて、その表面には金色で蔦や葉やヒイラギの模様が掘られている。
そして門の上部には【W-B】という文字が刻まれており、この門を街の人は区切りの門と呼んでいる。
各地区はどこもこの門と壁に囲まれ、空には鉄の檻が張りめぐらされている。
それはまるで”鳥籠”
鳥籠の中に、街が出来ているのだ。
そして外に出るには、東西南北それぞれにある区切りの門からしか出ることが出来ないのだ。
「さ、外に出るよ」
善は目の前の扉を押し開ける。
門の外は危険だからと、出てはいけないという決まりがあった。
緊張と好奇心が胸の中に広がるなか、耶生は善に続いて門をくぐる。
その先は……どこまでも広い、一面の緑
伸びっぱなしになった雑草が地面を覆っていて、踏むたびに柔らかい感触が靴越しに伝わる。
何処を見ても、建物らしいものは見当たらず、ただただ何処までも広い大地が広がっているだけだ。
「これが、外…………初めて出ました」
「そりゃそうだろうね、地区の外は不死者が普通に彷徨いているから討伐できる人間でもいない限り死にに行くようなものだし」
「これからどうするんですか?」
「E地区に向かう」
E地区……地図でしか見たことはないが、確かB地区の隣の地区だった筈だ。
「ここから結構歩くから頑張ってついて来てね」
「え、交通機関とかって」
「ないねー、徒歩しかない」
「そ、そうなんですか」
「そうなんですよー」
危険だと言われる外には電車などは通っていないらしく、移動は徒歩になるらしい。
それにしてもE地区までどれだけかかるんだろう
そんな不安を抱えながら歩いていると、ふと影が落ちる。
顔を上げるとそこには、紫がかった白色の巨大な鼠のような生物が此方を見下ろしていた。
その背にはところどころ千切れてボロボロになった灰色の羽が生えており、先端には小さな赤い目玉が左の羽に生えていた。
「っ!」
突如現れた不死者に思わず後ずさり小さな悲鳴を上げる、が
「あのね、この程度で一々驚いてたらこの先持たないよ?」
善の言葉と同時に、目の前にいた巨大鼠は黒い液体を辺りに撒き散らして崩れ落ちる。
善は持っていたハサミで鼠の体を突いて死亡確認をしている。
「この不死者は”花無し”っていって一番弱い不死者だよ」
「一番弱い!?」
「そう、雑魚だよ雑魚」
これで雑魚らしい。
ということはもしかして、街を襲ったあの不死者もそうなんだろうか?
もしそうなら、自分はこれから本当にやって行けるのだろうかと不安になる。
「あの、これで一番弱いってことは、もっと強い不死者も……」
「うん、居るよ。不死者には三種類あって
一番弱いのが花無しっていって、知能がない代わりに不規則な行動をとるだけの雑魚
中くらいのやつは”花咲き”知能は無いけど花無しと違って多少規則性がある、でも[[rb:異能 > いのう]]が使えるから大分厄介」
「異能?」
「端的に言えば超能力のことかな、火を出したり氷出したり」
「そ、そんなの、勝てるんですか……?」
「勝てる勝てる」
簡単そうに言い切るが、絶対に簡単じゃない。
と、善は不死者が完全に絶命しているのを確認するとくるりと踵を返して此方を見る。
「一番強い不死者が”夜縁”って連中」
「夜縁…………」
「ヤヨイちゃんは”朝”って知ってる?」
「はい、授業で習いました」
「そっか、なら早いね。
夜縁ってのは異能で朝を”隠しちゃった”連中なんだ」
「え、朝を…?え、え?朝、っていうか太陽は消失したんじゃ、喪失したせいで人類は7割死滅したって」
「それはかなりザックリ要約された内容だね。
別に太陽は消失してない、普通に今も健在だよ。
で、人類が死滅した理由だけど、気温の低下による凍死と早死にもあるけど、デカいのは二次災害だね」
「二次災害……食べ物が減ったとか、そういう?」
「そうそう、そっちの被害の方が深刻、それで戦争して潰れた場所もあるくらいだし。
さて、話を戻すけど、朝……というか太陽の光が、不死者にとっての天敵らしくてね。
だから夜縁の連中は異能を”結集”することで、太陽を遠ざけたうえに、その状態で時間止めちゃったんだよね。
だから月は満ち欠けせず、ずっと同じ場所にあるの。
因みに場所によっては真っ暗闇で月が一切ないとこもあるかな。
さてと、不死者殲滅隊の最終目的は時間を動かす事
そうすれば、不死者は一体残らず消えうせる
まぁそのためには、元凶である夜縁を一体残らず全滅させないといけないんだけど」
朝が消えた原因だけは、授業でも習わなかった。
対して興味のある話でも無かったから調べたりもしなかったけれど。
そういう理由があったとは思わなくて、驚いてしまう。
でもそうか、朝が戻れば不死者は消えるんだ。
「さて、とソロソロ行こうか、サクサク歩かないと明日になっちゃうし」
「え、そんなに歩くんですか!?」
「まぁ地区と地区は場所によっては大分離れてるからなぁ、でも今回は滅茶苦茶近いから…10時間くらい?」
「10時間!?」
「まぁ10時間とかあっという間だから大丈夫だよー、さぁ元気に行くよ」と言いながら善は歩き出す。
「っ……が、がんばる、しかない!」
気合を入れ、耶生もまた後を追って歩き出すのだった。
・・・・・・・・
「はーい、E地区到着、お疲れー」
「っ、はぁ、はぁ……」
「もう情けないなぁ、この程度でへばってちゃやってけないぞ?」
「よ、ヨイさんが可笑しいんです!大体絶対に10時間以上歩きました……!」
「ん?ああごめんごめん、君が思った以上に体力なかったからさ」
あれから耶生たちは一面緑だらけの道を歩いていたわけだが、いつまでたっても景色は変らず気が付けば10時間どころか軽く20時間以上歩くことになってしまった。
その事に付いて恨み言を漏らせば、善はケロッとした顔で平謝りしてくる。
(絶対この人可笑しい!!)
助けられたし、これからもお世話になる相手ではあるので余り強く言えないが睨むくらいはしても罰は当たらないだろうと、キッと睨むと、善は特に気にしてないようにケラケラと笑うだけだった。
「まぁそう睨まないでよ、ほらやっと着いたE地区だ。さっそく入ろう」
善は目の前にある大きな門に手をかける。
門の装飾はB地区のモノとさして変わりはないが、門の上部には【E-E】という文字が刻まれているのが見える。
善は鉄の扉に触れると、そのまま片腕で押す。
ギーっという金属の軋む音を上げ乍ら押し開けられる。
それを見て、耶生は思わず声を上げる
「さっきも思ったんですけど、この門って見かけより簡単に開くんですね」
「いんや?くっそ重いよ。普通なら一人じゃ開けれっこないね」
「え、でもヨイさんは開けれてるじゃないですか」
「それは鍛えてるからだよ」
「ちょっとやってみたら」と言われ、試しに門を押してみるがびくともしない。
「ぜ、全然あかない…」
「正確には知らないけど大体5,6トンあるらしいからね」
「トン!?せ、殲滅隊の皆さんは全員開けれるんですか?」
「ううん、全然、こんなくっそ重い扉開けれる人間知ってる限り2人しかしらないし」
「失礼ですが人間ですか?」
「残念ながら人間なんだよなぁ」
笑い乍ら平然と扉を開ける善を思わず耶生は二度見する。
服の上から見た感じだと、細身でそんなに筋肉があるようには見えないが
もしかしたらトンデモナイ怪力の持ち主なのかもしれない。
「おーい、ボーとしてたら置いてくよ」
そう言われてハッとすればそこには、再び門を押し開けて待っているヨミさんの姿。
私は慌てて門をくぐり、地区内に入り。
「わぁぁ……!!」
目の前の光景に目を輝かせた。
まず最初に視界の飛び込んできたのは、大きな木が連なる道
その木には沢山のイルミネーションが掛かっていて、暗い世界を鮮やかな色が照らしている。
煌びやかに彩られた道の先は階段があって、全てキラキラと光り輝いている。
B地区でも電機の照明や、車のランプなどが夜を彩っていて綺麗だと感じていたが
ここは、それの比にならない程に美しかった。
「きれい……」
「えぇ、キラキラしすぎてて目チカチカしない?」
眩しそうに目を細める善はそういうが、耶生は気にならなかった。
「ヨイさん早く!早く行きましょう!」
早くこの町の中を見て回りたくて、善の手首を掴んで引っ張ると少しげんなりした顔で「急に元気になるじゃん」と言われるが、こんなに綺麗な景色を見てしまえば疲れ何て吹き飛んでしまうに決まっている。
キラキラと光る階段を登れば、そこは広場のような場所
広場の中心には噴水があってその周りにはこの地区の住民が市を開いているらしかった。
こんな光景を見たことが無くて、ついつい、辺りをキョロキョロとしてしまう、と。
「あれ、なんですか!」
目に付いた一つの小さな店
一人の男が茶色い器に白いフワフワとしたものやピンク色のモノを盛り付けて子供に渡していた。
興味を引かれてそう善に聞くと、彼はチラッと指さした方を見る。
「ああ、あれはソフトクリームだね」
ソフトクリーム?柔らかいクリーム?
でも知っているクリームはあんな感じじゃないし。
首をかしげると善は店主の男に近寄って、一つ男からソフトクリームを買うと戻って来る。
「ん、気になるなら食べてみればいいよ」
そう言って差し出されたソフトクリームを受け取る。
「その包み紙は食べれないけど、コーン…器の方は食べれるから」
食べたことがないそれを耶生はジーっと見つめて喉を鳴らす。
そうして思い切って白いフワフワを口に含むと、冷たく、優しい甘さが口いっぱいに広がる。
触感は滑らかで食べやすく、口の中でとろける感じが凄く不思議で美味しい。
器も一口齧ってみれば、余り味らしい味はしないが、サクサクとしていてクリームと一緒に食べるとすごくおいしい。
(A,B,C地区は基本健康第一みたいなところだから、お菓子とか、ジャンクフード系とか全くないし娯楽も基本ないからなぁ)
「これ、凄くおいしいです…!」
「ならよかった」
あまりに美味しくて、直ぐに食べきってしまう。
その後も、見るもの見るものすべてが新しい物ばかりで、幼い子供のようにはしゃぎ、気になるモノがあれば善に聞く。
善は時折少し面倒臭そうな顔をしながらも、全てキチンと答えてくれて、時折何か買ってくれたりなんかした。
「なんか、すみません……色々買って貰っちゃって」
「いや別にいいよ、服とか持ってないと後から困るし」
耶生の両腕には生活用品が入った袋が下がっている。
耶生は金を持っていないので全部善が買ってくれたものだ。
こんなに買って貰っちゃった、少し申し訳ない気持ちになっていると、善は「経済を回すために使ったから気にしないでいいよー」と言ってくれる。
(いい人かそうじゃないのかよくわかんない人だよな…)
「さて、ついたよ」
善が指さした場所、それは下り会談だった。
今まできらびやかだった分別世界のように感じられる。
「ほら、さっさと降りた降りた」
急かされ、階段を下れば先には扉が一つあって、中に入ればそこはだだっ広いだけの広い部屋
隅の方に布の山があるだけ、生活感はない。
「えっと、ここは?」
「避難場所、今は避難するような状況でもないし、誰も使ってないから宿代わりにさせてもらおうかなって」
「いいんですかソレ」
「殲滅隊ですーっていったら許してくれるでしょ」
「職務乱用」
「使えるものを使って何が悪い」
そういって荷物を下ろすと布の重なった山に腰かける。
「埃くさ」と呟きながらも善は足を組み耶生を見る。
「さて、暫くはここで生活しながら不死者殲滅隊に付いて学びつつ訓練します」
「訓練?」
「そう、本来不死者殲滅隊に入るには養成学校で3年くらい訓練するんだけど
特例で殲滅隊員やってる人の所で修行する人もいるんだよね。ヤヨイちゃんは後者のパターンね」
「ってことは、3年ヨイさんと暮らすんですか?」
「な訳ないでしょ」
ジトッとした目を向けられる。
「結構忙しいから君に3年も付きっきりになる時間ないし、そもそも明日はいない」
「えっ」
「期間は一年、今からトレーニング内容を説明するから頑張って覚えて自力でやってね」
「え、え??」
突然言われた言葉に面喰う。
3年で行うことを1年という短い時間で行う上
付きっ切りで訓練に付き合ってくれると思い込んでいたこともあり一人でやってもらうと言われて驚く。
「最初はランニングで、ランニングは___」
しかしそんな耶生の驚きなど気にも留めず、善はペラペラと訓練内容を言う。
しかもその内容は鬼畜そのものであった。
凄くいい笑顔でいうことがエグすぎる。
(この人鬼だ!!!)
「ん?何か言いたげな顔じゃん?どうしたの?訓練内容もっと増やしてほしいって?いいよー」
「ちがっそんなこと思って無いです!」
「遠慮せずー」
「遠慮なんてしてないです!!」
何とかメニューをこれ以上増やされることはなかったが、きっとこの人の血は緑色に決まっていると心の底から思った。