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外に出ると辺りは数時間前の景色など見る影もないほどグチャグチャになっていた。
折れた信号機、黒い煙を上げる車、ひび割れ、崩れたビル、そして……夥しい量の死体
頭が取れた死体、落ちてきたものに潰された死体
転落死した死体、車に引かれた死体、焼け焦げた死体、踏みつぶされた死体、食いちぎられた死体
関節が折れ曲がった死体、最早死体などなく、目玉や腸だけになったものまであった。
こんな異常事態だと言うのに人の声が聞こえない。
車のピーピーという警告音と、モノが燃える音、崩れ落ちて行く建物の崩落音しか聞こえない。
まるで別世界に迷い込んだように生き物の音が聞こえないのだ。
それでも耶生は走る。一握りの可能性を信じて走る。
腹の底から込み上げてくる吐き気を何とか飲み下し、嫌な考えを振る払って走る。
走って、走って、走って走って走って走って走って走って
「…………」
目の前には、崩れ落ちた家が一軒あった。
二階は踏みつぶされたかのように凹み、一階なんて無かったんじゃないかと思えるほどペッちゃんこになっていて。屋根や壁だったであろう場所は散乱し、まるで廃墟のようだった。
人目で分かる惨状、とてもじゃないが生きている人間が居るとは思えない。
嘘だと叫びたかった。
みっともなく膝をついて涙を流して、そんなわけないと幼い子供のように喚き散らせたらどれだけ良かったか。
しかし目の前に突き付けられた現実に放心する事しか出来なくて
「………ちがう、ちがうよ」
震える唇は、否定の言葉を発する。
脳ではもう助からないと分かっている。
それでも、何かに縋りたくて、死んでるなんて思いたくなくて、崩れた家に足を踏み入れる。
割れてしまった家の突き出た骨組みに手をかけ、狭い隙間に体を入れて、両親を探す。
「ちがう、大丈夫、だって、私…見てない、大丈夫、だから、大丈夫」
言い聞かせるように何度も何度も呟いて周りの瓦礫を退かして
「だいじょ」
その時、冷たくて硬いものが手に触れる。
見るな、見るな見るな見るな見るな!!!!
頭の中でガンガンと警鐘を鳴らすが、自分の意思に反して目はしっかりとそれを見た。
視界に入ったのは、指の掛けた大きな掌が一つに、揃いの焦げ茶色の髪が大きな瓦礫から生えている。
それは間違いなく大好きな両親のものだ。
「………………………………そんな」
お父さんとお母さんが、死んだ。
理解した瞬間、ついに耶生の体は地面に崩れ落ちる。
瓦礫やガラスの混じった地面に膝から座り込んだことで突き刺さっていたが今の耶生はそんな事を気にする余裕などない。目の前の光景を前に絶望する事しかできやしない。
「全部、消えちゃった、全部全部…」
消えてしまった、何もかも
たった一日にして”普通”は”平凡”はいとも簡単に崩れ去った。
涙を流しながら、頭を抱えてうずくまる。
暗然が心を見たし、目の前の全ての色が失われて行く。
息が出来ない、苦しい、怖い、なんで、なんで私だけ、私なんか、もう何もない
嫌、どうして、返して、なんで、憎い、嫌だ、助けて、なんで、なんで、なんで、どうして
___どうして私だけ、助かっちゃったんだろう
「私、これからどうすればいいの」
____もう、いっそのこと
「施設に入るか戦うか、この二択」
「!」
鋭利な形をした石に手が伸びかかって居た時、すぐ横からそんな声が響き思わず其方の方向を見ると、そこにはしゃがみ込んでニコニコと笑顔を浮かべ此方を見つめる男がいた。
「貴方は……」
「やぁ、さっきぶり」
ニコッと男は笑い立ち上がると潰れた家を見て「わぁ見事な壊れっぷり」と呟くと此方を見る。
「にしても君も不運だね、B地区に不死者が入り込んでくるなんてさ」
「不死者…?」
聞いたことのない言葉に耶生は思わず首を傾げる。
「ん?ああ、そうかB地区の人は知らないか
不死者って言うのはさっき君を襲おうとした化け物のことだよ。
今日あの化け物が9体B地区に入り込んじゃってさぁ
普段こんなことってないから対応遅れちゃって、こんなことになっちゃったんだよね。
で、そんな不死者を殺す組織に所属している隊員さんでーす」
「いえい」とピースをしながら言ってくる男の顔を耶生はポカンと見る事しか出来ない。
現実味が無さすぎることが立て続けに起こったうえ、知らない情報を大量に教えられたのだから仕方が無いだろう。
しかし少しづつ情報を咀嚼して嚙み砕く。
つまりあの化け物は不死者っていって。
その不死者がB地区に来たがために皆死んじゃって
この人は、不死者を殺すために来たってことで……。
「なんで……」
「ん?」
「なんでもっと早く殺してくれなかったの!?」
思わず男の胸倉をつかんで叫ぶ。
「貴方が、貴方がもっと早く来てくれれば……!お父さんもお母さんも死ななかったのに!!!
つくしたちも……みんな!!!なんで!?どうして早く来てくれなかったの!!!もっと早く来てよ!!!」
この男は強かった。
もっと早く来てくれればきっと皆助かっていた。
しかし彼はそんな耶生の言葉を聞いても表情一つ変えない。
それがまた無性に腹立たしかった。
この男には人の心がないのかとすら思えてくる。
「……んー、まぁ君の怒りはもっともか」
そういうと男はぺこっと頭を下げる。
「ごめんね、助けてあげれなくて」
「___」
そう言って頭を下げる彼を見て、呆然としていた。
何を言っているのか理解できなかったからだ。
(違う、この人は……悪くない。
化物が……不死者が皆を殺したのに…この人の、せいじゃない)
そう分かっているから、耶生はそっとその人の肩を掴む。
「八つ当たり……してごめんなさい。さっきは助けてくれてありがとうございます」
そういうとその人は勢いよく顔を上げて
「いえいえー、仕事だからだいじょーぶ、気にしないでー」
へらっと笑って行った。
(ん、あれ??)
なんか思ってたのと違う。
そうおもう耶生を置いて、水を得た魚のように男は話し出す。
「さてと、ぶっちゃけサッサと帰って寝たいから雑談はここまでにしてね、ここからは今後の話をしよう」
そうニヘラと笑みを浮かべてそう言ってくる男
(え、ん?雑談??さっきのが?は??)
また状況についていけなくなる耶生を置いて男は話す。
「まず最初に言っておくとこの地区…っていうか西エリアで生き残っているのは君しかいないんだよね」
「え……」
「これに関してはホント申し訳ないと思ってるんだけど、過ぎたことは仕方ない。受け入れづらいだろうけど今は一旦呑み込んでよ。
で、この惨状を生き抜いた君には残された道が二つある。
一つは君みたいな子が集められる施設に行く、もう一つは”不死者殲滅隊”に入る。
不死者殲滅隊は、言葉の通りさっき君に襲い掛かった化け物を殺すことを生業とした組織
勿論殺すばっかじゃない。建物直したり不死者を殺すための研究したりすることもあるけど。
まぁどっちにしろ危ないことに変わりはないね。
正直前者の方がおすすめかなぁ、今回みたいなことになりかねないから絶対安全とは言えないけど殲滅隊よりはずっとましだし、のびのびと暮らせる。
それに今ならいい感じの施設探してきてあげるし」
そう紫の目が見下ろす。
(殲滅隊は……あの化け物を殺す組織、あの化け物とあう……あんな恐ろしい物とあう……?
施設に入れば、あの化け物と会うこともなく……でもまたあの化け物が入ってきたら、私はまた黙って見てることしかできない。
でも怖い…っ、あんな化け物を殺すなんて出来るわけない!
思い出すだけで体が震える。怖くて怖くて仕方ない……私には出来ない、私は___)
その時、いつかの言葉が蘇る。
幼い耶生を、父の大きな手が頭に乗る。
”耶生は優しい子だな”
そして母が言った。
”誰かの役に立てる良い子になりなさい。貴方は強くて優しい子だもの、きっとなれるわ”
「………あの」
声が少し震える。
それに知らないふりをして、顔を上げ、言葉を続ける。
「不死者殲滅隊に入れば、私は人の役に立てますか?」
そういうと男はキョトンとした顔をして、パチパチと瞬きを繰りかえす。
「え、マジ?聞くとこそこなの??」
心底理解できないと言うように耶生を見る男
「えぇ…クソ真面目な顔して何を言うかと思えば……今まで色々質問されてきたけどこの状況でそれ聞かれたのは流石に初めてだわ。
あ、あといつまでそんなとこ座ってるの?黴菌入るよ」
男は耶生にいう。
確かに、いつまでもこんな所に座っているのもあれなので、立ち上がり砂埃を被ったスカートを払う。
「で、えっとなんだっけ、人の役に立てるかだっけ?
立てるよ、不死者一体10分野放しにするだけで約40人近くの被害が出るって言われてる
ただでさえ不死者殲滅隊は人手不足だし不死者を殺せば間接的にだけど人命救助にもなる。これほど人の役に立てる仕事ないんじゃないかな」
その言葉を聞いて耶生はぎゅっと手を握り締める。
怖い、怖いけど、でも人の役に立てるなら
「……入ります」
「ん?」
「不死者殲滅隊に入ります」
耶生がハッキリと言い切れば男はジーっと彼女の顔を見つめた後くるっと踵を返す。
「へぇ…オッケーオッケーついておいで」
(ノリ軽っ!)
付いて行こうとしたところで、くるっと男が振り返る。
「あ、そうそう不死者殲滅隊ってホントいつ死ぬか分からないようなところだから
昨日一緒に飯食ってた同僚が次の日には肉片になってることなんてザラだし」
「!」
「君は役に立ちたいみたいだけど、何の役にも立てずに死ぬ可能性だってある
そうなっても、恨んだりしないでね?」
そうキレイな紫の瞳がギョロリと此方を見つめる。
その目を見ていると、何処か見透かされているような気がして思わず目を逸らす。
「それは、分かってます」
あれだけ恐ろしい生き物を退治するんだ。
誰の役にも立てずに死んでしまうことだってあるに決まってる。
それでも私は____。
耶生の決意が通じたのか、男は耶生を見つめると、やれやれとでも言いたげに肩を竦める。
「すごいねー、そんなすぐに決意固めるとか。まぁいいよ、わかった…ならついでにもう一つ」
「は、はい」
「君の両親はどうしたのかな?」
その瞬間、脳裏に両親の亡骸が思い出され、顔が引きつる。
ああ、質問に答えないと……ギュッと拳を固く握る
「あの下で……二人共死にました」
「今回の被害で?」
「……」
「ふーん」
すぅっと男の目が弓なりになる…。
何処か心の中を見られているような、そんな居心地の悪さを感じていると
男は途端に二パッと笑みを浮かべる。
「まぁそんなことはどうでもよくて、君の名前聞くの忘れてたから教えてよ今更だけどね」
(どうでもいいって………この人、本当に大丈夫なの?)
生じた疑念を口には出さず「神無月耶生です」と名乗る。
「君に名前を付けた人は旧暦が好きなの?」
「誕生日が三月で」
「ああ、そっち」
三月に生まれたからって耶生というとは、今思えば結構安直かも。
お母さんそういうの考えるの面倒臭がる人だったから仕方が無いのかもしれないけど。
「じゃぁこっちも自己紹介天満善、それが名前…これからよろしくね、ヤヨイちゃん」
善が小さく笑う。
「はい、よろしくお願いします!」
笑顔で答え歩き出す彼の後を追う。
こうして耶生の新しい人生が幕を開けるのだった。