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動けない
金縛りに掛かったように動くことができなかった。
辺りは一面真っ暗闇で、何も見えない。
今自分が目を開けているのか閉じているのかすらわからない。
まるで深い穴の底に居るような感覚、自分だけこの世界に取り残されたような疎外感
漠然とした不安が心を満たす中、その不安を振り払いたくて必死に辺りを見渡す。
ふいに背後から人の気配を感じた……振り向く
「____」
何かを言いながら誰かが近づいてくる。
その人はゆっくりと此方に歩み寄って来る。
顔は見えない、光なんて見えやしないのに何故か眩しくて顔を直視することができなかった。
そうして顔先にまで近づいた辺りで、体からガクンっと力が抜け、へたり込む。
体が熱い、痛い。思わず痛む腹部を手で押さえて痛みに耐えようとすれば液体の感触
手を見ればそこにはベッタリと赤い血液がへばりついていた。
顔を上げる。今から自分はこの人に殺されてしまうのだろう。
しかしなぜだろうか、殺されてると言うのに。恐ろしいことの筈なのに、不思議と恐怖心はない。寧ろ心地よい安心感さえあって。
ぐらりと視界が揺れ、自分の体は闇の中に倒れ込む。
見上げた先…霞み揺れる視界の中、その人を見上げながら口が自然と動いた。
「夜を_____」
・・・・・・・
「!」
意識が浮上し、目を覚ます。
辺りを見渡せばそこは見慣れた自室のベッドの上だった。
また、あの夢を見た。
謎の疲労感を感じつつバタンとベットに逆戻りしながらため息を吐く。
見ていた夢をうまく思い出すことがいつもできない。
どんな夢だったかなどと思い出そうとするが、思い出そうとすればするほど記憶は薄れてぼやけて行く。
(彼女の両手首には見える限り傷の線が薄く入ってる)
それでも、そんな朧げな中に見えるあの光景は、何処か既視感があり、夢から覚めた時の何とも言えない喪失感や寂しさ嫌悪感といった負の感情が入り混じった感覚を得る辺り、恐らく毎回同じ夢を見ているのだろうと認識していた。
カーテンの隙間から差し込む月光に目を細め、小さく欠伸をして数度の瞬きを繰り返したところで、少し意識が明瞭と化していく。
(まって、今何時?)
そこで彼女の目はサイドテーブルに置かれた時計を捉える。
暫くぼんやりと時計の長針と短針を眺め、時刻を数えて脳内で反芻した所で、まるで冷水を頭から掛けられたかのように脳内が急にはっきりとしていく。
「やばい!学校!!」
悲鳴にも近い声を上げ飛び起きる。
ばさりと蹴られた掛布団が宙に舞い、ベッド下に落ちるものの気にすることなく放置する。
着ていたキャミソールとホットパンツを無造作に何もないベッドに脱ぎ捨てると、壁のハンガーに掛けられていたセーラー服を乱雑に掴んで慌てて着替える。
机に投げ出されたリボンを結べば、急いで結んだからだろう、何処か皺が寄ってしまったが気にしている余裕など、今の自分にはない。
そのまま階段を駆け下り一階へ向かう。
「おかあさん、おとうさん、おはよう!」
一階に降りるなり、母と父に声をかける。
母は此方を見て眉を顰める、大方起きてくるのが遅いとでも言いたいのだろう。
「ごめんね、おかあさん!でもそんな顔するなら起こしてくれてもいいじゃん
ん?夜更かししたのかって?してないよ、お父さんじゃないんだから!」
眉を顰めて怒る母と、揶揄い交じりにいってくる父に返答しリビングに入る。
母と父は既に椅子に腰を掛けており目の前に置かれた机には箸が並べられている。
母か父が用意しておいてくれたのだろう。
冷蔵庫へ向かうと昨日の余りのご飯を取り出し、レンジで温めてから机に並べる。
昨日の夕飯だ。こういう忙しい日に作り置きというのは非常に便利だと思う。
コップにお茶を入れ、席に座ると手を合わせて彼女等は食べ始める。
「いただきます!んー、きんぴら美味しい!
あ、そういえば聞いてよお母さん、今日ね体育があって、マラソンなんだよ。あーあ、嫌だなぁ休みたい……んふふ、そんな顔しなくてもずる休みなんてしまいよ。ちゃんと行くからさ」
きんぴらごぼうや、焼き魚を白米と一緒に頬張りながら、目の前で同じく食事をとる二人と談笑を交わす。
その度に二人はムスッとした顔や笑みを浮かべたりと表情で返す。
父と母は数年前、火事に巻き込まれた。
それで喉の声帯器官が焼け爛れててしまい、声が出せないのだ。だから喋れない。
其の為、自分が一方的に喋りながら両親の浮かべる表情に反応を返すと言うやりとり
きっと世間一般的に言えば、こんなやり取り会話にすらなっていないのだろう。
だがこれが我が家の日常なので今更気になんてしない。それに自分にとってはこれは立派な会話だと思っているから問題はないのだ。
そこで彼女はチラッとリビングにある時計を見る。
「あ、もうこんな時間!早くいかなきゃ遅刻しちゃう!」
残ったご飯を書き込み「ご馳走様!」と早口に言うと、玄関に放置されていたスクールバックを掴んで急いで外に出る。
「行って来ます!」
そう元気いっぱいに言って学校への道を駆けた。
今日も神無月耶生の”平凡”な一日が始まる。
・・・・・・・・・・・
「せーふ」
「あ、今日はギリギリだったねぇ」
遅刻ギリギリで何とか耶生は学校に辿り着く。
そうして荒れる息を整えながら自席に荷物を置いて座り込めば、直ぐに前の席の長谷川つくしが、声をかけてくる。
「そうなんだよ、うっかり寝坊しちゃって…というか、なんか今日のつくし機嫌いい?」
「あ!やっぱ分かる!?さっすが私の親友!実はねぇ彼氏ができましたー!」
「えぇ!?誰々!」
「隣のクラスの山本君!」
「あの隠れイケメンと噂の?!すっご!よかったじゃん!」
つくしは嬉しそうな顔で笑う。
そんな他愛のない話をしていると担任の女教師が「ホームルーム始めるわよー」といって入って来る。
それからはホームルームを行い、一時間目の授業が始まる。
一時間目は社会だ。
教師が黒板にチョークで文字を書く
書かれた文字を横目に耶生は窓の外に広がる景色を眺める。
代り映えしない景色だがキラキラとした街の照明や空に浮かぶ星の光が綺麗だからついつい見てしまうのだ。
カンっと黒板にチョークを押し付ける音が静かな教室に響く。
「今から何千年も昔から、私達はこの世界に広がる暗闇を”夜”そう呼んでいます。
其れと同時に、約×百年前までそんな夜を終わらせる現象が存在しました……人々はそれを”朝”と呼びました」
手元にある教科書を適当に開くと、そのページは偶々今先生が言っていた”朝”が掛かれたページだ。
教科書に張られた写真には明るくて丸い、白い光が青い空で眩く輝いている。
この白い物を太陽というらしい。
見たことが無い存在、何百年も昔に、失われてしまった存在
「朝は夜を終わらせるだけではなく、象徴である太陽の光は植物や私達生物を生かし育てる存在でもありました。そのため、太陽が消失し朝が消え去ったことは致命的な事態となりえたわけですね」
「なら俺達も直ぐに死んじゃうんですかー?」
「えー、なにそれこわーい!」
クラスの男子が笑いながら聞き、別の女子も乗っかる様に笑う。
その二人の言葉に教師は首を横に振る。
「いいえ、確かに私達は一度絶滅の危機に陥りました。
気温の低下、家畜の大量死、野菜の不作、酸素の枯渇
ですが現代では科学の力により、野菜も肉も限りなく自然物に”近いもの”を生み出せるようになりました。
皆さんも知っている通り、これらを総じて”アーティフィシャルフード”と言います。
また、人間は☓百年の時を経て進化を重ね、この日の当たらない環境でも生存が出来るようになりました。
ただ、その過程で人類は7割”死滅”しましたが」
(7割も死んじゃったんだ)
呆然と思いながら再び外に目をやる。
夜の空には満月が浮かんでいる。
(この景色が変わるとか、想像つかないなぁ)
頬杖を突きながらそんな事を思う。
なんせ、耶生は生まれた時からこの世界の光景こそが普通なのだから、この世界が変わる所など想像できるわけがない。
ボンヤリと光景を眺めていると、遠くのビルに黒い何かが動くのが見えた。
(なに?あれ……)
そして気づく、その黒い物のいる建物が、少しづつ、傾いているのを。
思わず目を凝らして、よく見ようとする。
そしてその何かが再び動き
「!!!」
さっきまで曖昧にしか見えなかった存在が、その時鮮明に映る。
黒い管のようなものが大量に束ねられていて、生き物のように蠢て居ている。
そして、その中心には大きくてぎょろぎょろとした紅い、単眼の瞳
その瞳と、目が合って_____。
「っ!」
瞬間、駆け巡る悪寒に背筋が凍り思わず立ち上がる。
息が上がって苦しい。ドッドッドと心臓が早鐘を鳴らし嫌な汗が頬を伝って落ちる。
(なにあれ、なに、あれっ)
破裂しそうなほどに脈打つ心臓を抑えて、恐る恐る窓を見る、と
(あ、あれ……?)
そこには、何もいない
いつも見ている夜の景色があるだけ。
自分がたった今見たモノは夢だと言わんばかりの静かな景色だった。
(寝ぼけてた、だけ?)
「神無月さん、どうしました?」
「へ?あ、!」
思わず立ち上がったために周りのクラスメートたちは耶生を見ていた。
全てのクラスメイトが己の奇行を見つめる。
その視線を感じてしまったからだろう、頬が熱くなるのを感じるものの、背筋は未だ凍ったままで…嫌な音を立てる心臓をそっと震える手で胸の上から押さえつける。
「あ、あはは、ちょっとトイレに」
「はぁ、なら言っていいわ。でも本来休み時間にいくものよ」
「はい、すみません」
別にトイレに行きたい気分ではないけれど、さっきの光景が脳裏に過って集中して授業を受けれそうにもない。
一旦冷静になるためにもトイレに向かおうと足を廊下に向ける。
と、ピキっと言う”何か”がひび割れたような音が耳元でなり___次の瞬間
「!!」
パァァンという高い音と共に窓のガラスが割れる音が響く
当然のことに耶生は目を白黒させ、思わず座り込む。
一瞬静まり返った教室
「ア”ッァァ”!!!!!」
「きゃあああぁぁぁぁぁ!!」
そうして、彼らはソレを見た瞬間悲鳴を上げる。
耶生が据わっていた席の一つ後ろの席についた窓が割れ、外から侵入してきたのは、ついさっき見たあのバケモンであった。
ソイツは窓から飛び込んでくるなり、窓側に居た生徒の首を噛み千切り、クラスメートを踏みにじっていく。
其れと同時に膨れ上がる悲鳴、逃げようとするクラスメートたち
しかし逃げることは叶わずまるで蟻を踏みつぶすように、いとも簡単に潰されて行く。
「あ………あぁ」
白い教室が一瞬にして赤と恐怖で埋め尽くされて行く。
それはまるで悪い夢でも見ているような、そんな光景だった。
ころりと転がる肉塊や臓物
友人だったものから、ドボドボと止まることなく流れ出す血
噴水かのように勢いよく飛び散ったソレは古びた教室の床や白い壁、高い天井を汚し、足元に濁った水たまりが出来上がる。
絡みつく嫌な臭いに眩暈を覚え、いっそ気絶出来たらどれだけ楽だっただろう
そう思わせる程、目の前の光景は凄惨な物だった。
(なんで、さっきまで、普通だったのに…!)
耶生は教室の隅でガタガタと肩を震わせながら息を殺す。
周りには人だった物の残骸と、バラバラに壊れた机や椅子
気が狂ってしまいそうな光景を前に上がりそうな悲鳴を口に手を当てることで無理矢理抑え込んで、その代わりに流れ出す涙を制服が吸い取っていくのを見ながら、ただただ耐える。
見つからず、そのまま何処かに行ってくれと何度も心の中で願う。
しかし
「ウ”ゥゥ」
そんな唸り声と共に「次はお前だ」と言いたげにゆっくりと化け物は此方を向く。
化け物は血にまみれた蔦のようにしなやかな触手を動かし、一歩、また一歩近づいてくる。
ドクドクと心臓が悲鳴を上げ、濃厚な”死”が目の前まで迫っているのがハッキリと分かる。
「やだ、こ、ない…で」
手の隙間から漏れ出た声がか細く震えている。息をするのも苦しいほどの圧迫感
背後には壁があってもう後ろに下がることすらできないと脳は理解している筈なのに体は必死に逃げる為に後退ろうとする。
(だめ、だめなの……こんな死に方、ぜったい…!)
カタン
その小さな物音は……この静寂が流れる教室では、酷く大きな音のように聞こえた。
目が、無意識にその音源を探す。音源は、教室の扉からしていた。
(つ、くし……)
白く綺麗な脚を異様な方向に曲げたつくしが床に這いつくばりながら扉に手をかけている姿だった。
音が鳴った事に気づいたのだろう。彼女は真っ白な顔を一瞬にして真っ青にすると、ボロボロと涙や鼻水を流しながら、化け物を見ている。
「!」
「あ”ぁぁイ”ォォオオ」
「っ!!!」
化け物はツクシの方に行こうと大きな体を翻す。
その際、後ろの触手が鞭のようにしなり、教室を破壊し、ボロボロと上から屑や物が降って来る。
だが化け物はそんなもの気に留める事無く、獲物に顔を向けた。
化物とつくしの視線が交わり合う。
瞬間、ツクシは声にならない悲鳴を上げ、ガンガンと立つ音など気にせず死に物狂いになって扉を開けようと叩く。
「なんでっなんで開かないの!?」
扉は建付けが悪くなっていて開かない。
その間にも化け物はツクシとの距離を詰める。
じりじりと、じりじりと
「早く!早く開いて!!開いてよッ!!開けって!開けよォォォォ!!!!!」
ガンガン、ガンガンガン
長年一緒に居た耶生ですら聞いたことが無いような声で…口調でツクシは叫びながら開かない扉を何度も引く。
ああ、このままではツクシは殺されてしまうだろう。
(どうしようどうしようどうしよう!!このままじゃつくしがっ!なんとか、何とかしなきゃ!私が、なんとか…っ)
と、右手に何かが当たる。
「ぎゃぁぁあ”ああああ!!!」
ツクシの濁った悲鳴が上がる。
バケモンの触手がつくしの顔を掴もうと迫る。
(私がっ助けるんだ!!!)
ガッと手に触れたそれを掴み、立ち上がると化け物目掛けて走り出す。
「あ”ああああああああああああああああああああ!!!!」
耶生の絶叫に気づいた化け物が此方を向くと同時に持っていた壊れていない椅子で化け物に殴り掛かる。
椅子の足は化け物のギョロギョロと不気味な目にぶつかると化け物は「ア”アアアアォェエ」という絶叫を響かせて、地面にばたりと倒れる。
そして大きな体躯はそのままピクリとも動かずに地面に沈んだ。
(え………し、死んだ…?)
ジッと見つめても矢張り化け物は動かない、倒せたんだと思うとふっと力が抜けて座り込みそうになる。
しかし目の前でガタガタと震えているつくしを見て、今にも崩れ落ちそうな足を叱咤する。
「つ、つくし、大丈夫…?」
震えた声で言うと、頭を抱えてうずくまっていたつくしは恐る恐る顔を上げる。
ぐっしゃぐしゃの顔に振り乱してボサボサになった髪
「っ、ヤヨイ!!!」
つくしはそんなもの気にしないと涙を滲ませた声で耶生の名前を叫びながら抱き着いた。
「あり、がとう……!た、助けてっ、くれて……もう、無理だって…思って…!!」
「つくしが無事でよかった……一先ずこの場から離れよう」
つくしの体から少し離し耶生がいうが、つくしは顔を俯かせて「怖かった、怖かったよぉ」と涙を流し続ける。
つくしは本当に寸前まで命の危機にさらされた。混乱するのも無理はない。
耶生としてはこんな場所、一刻も早く離れたいが、つくしを思うなら、ある程度落ち着くまでここで待ったほうがいいだろう。
(……?)
そこでふと疑問を抱く。
そういえば彼女の足は折れていたのではなかったか、と。
しかし彼女は今こうして自分に抱きつけている。
自分の両足でしっかりと立っている。
それに気づいた瞬間、頭の中に嫌な考えが浮かび……耶生の視線の隅で何かが動いた。
それを見ようと視線を向ける。
そこには、動脈のようにドクドクと脈打つ、一本の蔦
蔦には先程までなかった蕾が出来ていて、その蕾のついた一本の蔦は伸び
「!!」
ツクシの小さな傷口と…………繋がっていた。
その上、彼女の足は、折れていなかった。
代わりに、皮膚は蚯蚓腫れのような物が出来ており、腫れはまるで虫が這っているかのようにドクンドクンと蠢いている。
「怖カったよぉ、殺されルかと思っタよォ、ヤヨイ、ありガトウ」
「つ、つく」
「ありガトウ、アリガトウアリガトウアリガトウアリガトウ」
俯いていたつくしが、顔を上げる
可愛らしい彼女の顔は、見るに堪えない悍ましい物へと変貌していた。
口や耳、鼻からは蔦が生え、右目からは葉っぱが、左目からは蔦が突き出していて、まるで顔面から植物を生やしたような姿になっているのだ。
そして、その顔の造形も人間のものとは程遠くなっていて、もはやつくしの面影すら残していない。
「や…よいぃぃ」
蔦が生き物のように蠢き丸い団子のような物を作り出す。
そしてその団子の中央に亀裂が入り、ゆっくりと開かれて行く。
その中央にあるものは………………紅い目玉
「_____っ!いや!!!」
耶生は悲鳴を上げ彼女の体を押し飛ばす。
突き飛ばされたつくしはよろけて、そのまま俯せで地面に倒れる。
その際、目玉が潰れたのかプチッという嫌な音が響き、どろりとした赤黒い液体が床を汚す。
「ツ、クシ…?」
動かなくなったつくしを前に耶生は狼狽えながら彼女に少し近づく。
しかし彼女は何も言わない。
彼女の体は何度か痙攣した後、ぱったりと動かなくなる。
恐る恐る、彼女の首に手を当てれば脈は完全に止まっていて。
それはつまり、死を意味する。
「あ……あぁ………………うそ」
この教室に生きた人間はもう自分以外居ない。
周りのモノは全部冷たくなった死体、死体、死体
ああ、可笑しくなってしまいそうだ。
数時間前まで皆生きていて、馬鹿みたいにマラソンが嫌だとかうだうだ言って………。
「あれ」
そこでハタと気が付く。
この化け物は外から来ていた。
自分が見た時は、ビルを倒してこの教室に入って来た。
と、いうことは……被害は学校ここだけじゃない
街も被害を受けたって事だ、なら
”耶生”
「家は………?」
冷や汗が背を伝い、家の事だけが脳内を埋め尽くす。
(家もこんなことになっているの?それなら、お母さんとお父さんは?)
多少落ち着いていた息が再び上がりだす。
「家に……帰らないと」
「シ縺◎ゅ縺」
「!!」
振り返るとそこには、死んだと思っていた化け物が動きながら立っていた。
潰したと思っていた目玉も元に戻っていて……大量に伸ばされる触手に驚き耶生は態勢を崩し、座り込む。
そうしてその触手が伸びてくる。逃げられないと直感する。
スローモーションのように迫って来る触手に体は石のように動かなくて
パリンッ
突如、軽い音が耳に届く。
それは窓ガラスが割れた音……同時に何かが目の前を過り、目の前の化け物が真っ二つに引き裂かれ、ゴポゴポと黒い液体を流しながら今度こそ、その場に倒れ伏す。
何が起こったのか分からなくて思わず固まると、ふわりと目の前に黒い布が舞った。
「ふぅ、疲れた疲れた」
ピッピと大きな鋏のような物に付いた血を振り落しながらいうその人は、肩にコートのような物をかけ、肩に付くかつかないかくらいの黒髪に、紫の瞳、右耳に紅いピアスを嵌めた中性的な顔立ちの人物だった。
「今日は起床してからずっと仕事……あれ?滅茶苦茶働いてね?え、超偉いじゃん」
ポキポキと首を鳴らしながら独り言を呟く彼が、化け物を殺したのだと理解する。
つまり、この化け物は今度こそ、死んだということで。
それなら、自分がする行動は一つだ。
「ねぇ、君もそう思わない?……って、どこいくのー?」
言葉を投げかけてくる彼を無視して耶生は教室の扉を開け、廊下に出る。
今の耶生は、一刻も早く家族の安否を知りたかった。
早く自分の目で、両親の無事を確認して安心したかったんだ。
一人教室で取り残された男は走り去っていった耶生を見て「あーりゃりゃ、行っちゃった、漏れそうだったのかな?」と独り言ちる。
「別に漏らす奴なんか数えきれないほどいるんだから、漏らしちゃえばいいのに
一応”不死者”の駆除は終わったとはいえ危ないことには変わりないから此処に居て欲しかったんだけど」
そこで男の腕からジジっという電子音が響き、男は目を細める。
〈任務は終了しましたか〉
「したけど。事前情報ミスってたよ。
二体って聞いてたのに、実際はその五倍いたし、情報収集ミスりすぎでしょ。
どうなってんの、お陰で全エリア回る羽目になったんですけど〉
〈そうですか、なら報告を〉
「……はぁ、B地区北エリアは軽傷者は居たけど、死者は居ないんじゃない?
東エリア、あと南エリアもあんま死んでない、見た感じだけど多分10人かそのくらい?
で、最後に西エリアだけど、最後に来たうえに、三体侵入してたからねぇ
エリア人口がB地区で一番少ないっていうのもあってか死体ばっか、外もぐっちゃぐちゃ。死体数えるとか馬鹿らしくて止めたからわかんない」
〈では生存者は何人ですか〉
「ああ、それなら」
「____一人だけだよ」