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絡繰人形  作者: MAGI
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第四話 「アイザック」

住宅公社 管理課

「山崎さん、来月から着工の業者が決定しました」

 入室するなり、古永が山崎に報告した。

「決まったんか、よくあんなところ請け負ってくれる業者見つかったな」

 山崎将は眼前の書類の束の山を睨み付け、唸っていた。

「そりゃああれだけ事件も起きまくっていれば誰だって触れたくないですよね。よくあいつもこんな所入りたいなんて思いましたよ」

「あいつ?動画撮影の為に一ヵ月だけ入るって言うてた兄ちゃんか?」

「はい、昔懐かしい一時代を築いた団地の最後の姿!という具合に投稿するようですよ」

「よう許可したなあ、上の連中も」

 将の悩みのタネである川島団地。昭和四十年代の建設で、高度経済成長の象徴のひとつとも言える大規模集合住宅だったが、昭和末期から平成初期にかけて殺人事件や孤独死などが頻発し、二千年台に入ってから入居者が軒並み減少していた。更に追い討ちとして関西都市圏の一都市で大震災が起こり、建築基準が大幅に厳しくなり、全面検査をしたところ全ての棟が検査基準を満たしておらず、改めて新築にする事になった。しかしそれだけの曰く付き物件に加え、それまで何件も業者が入るものの、決定した次の日には業者の従業員が謎の体調不良を訴えたり、また別の業者は不正が暴かれて営業停止を余儀無くされたりなど、着工が中々出来ずにいた。

 将はその大震災に被災した経験があり、建築基準に関しては人一倍厳しく努めていた。その分上層部からもお荷物扱いされているが。

「明日、俺休みになってるから、川島団地行ってくるわ。その兄ちゃんと改めて話してみたい」


 帰路についた将は、夕焼けの川島団地を近場のバス停から眺めていた。将もかつてこの団地に住んでいたが、短期間だった為そんなに思い入れはなかった。

「何やろ、何か気になるんよな・・・」

 車の中から眺めながら、将はおにぎりを頬ばった。


「何だよ、何しようってんだよ!」

 浩人は、表情のないピエロ人形の手にしたククリナイフに寒気を覚えた。日本には馴染みの無い刀剣類。更には既に何かを斬りつけてきたのだろうか、既に血らしき赤い液体が付着している。

「こうなりゃ、アンタをバラしてあのお方の前に連れてくのが早いんだよね。大丈夫さ!邪魔な手足を落とすだけだから死にやしないよ」

 ドリル人形の首が横に小刻みに揺れる。察するに笑っているのだろう。

「そもそもアイツって何なんだよ!昔っから俺の夢の中に出て来やがって!」

「そうさなあ、アンタに執着されてる理由は俺は知らないけど、あのお方についてなら答えられる。名前をお呼びするのも痴がましいから口に出来ねえが。あのお方は妖怪の中でもかなりの上位に座す方。そのお方にアンタは選ばれたんだ」

「・・・選ばれた?」

 浩人は震えるのを必死に堪える。会話に応えるものの、眼前のククリナイフを視線に捉えてしまって会話に集中出来ない。

「何でだろな、何でアンタなんだろうな?それは俺にも分からんよ。でもこれから連れて行くから心配する必要、」ドリルがククリナイフを持ち上げた。

「ねえぜ!」

 ドリルが跳躍し、浩人の右肩目掛けてククリナイフを振り下ろした。同時に、浩人はすぐに身を躱し受け身を取った。

「ほう、そういやアンタ、人間の技か何か覚えてたんだよな」

 ドリルはケタケタ笑いながら感心する。どれぐらいの勢いで降ったのだろうか、ククリナイフの刃先が駐輪場のコンクリートの床にめり込んでいた。

「昔虐められてた事があったからな、古武術を少し覚えたんだよ」

「へー、それはそれで面白い!でもアンタただ逃げてるだけじゃ結局は俺に手足落とされるぜ」

 ドリルの挑発に、浩人は向かっ腹が立っていた。近くに何かないか。周囲を見渡すと、駐輪場の中に放置自転車が十台近く無造作に置かれていた。ちょうど足元近くに、片手で何とか持てるだろう、折り畳み自転車があった。それに目を留めた浩人は無造作に折り畳み自転車を掴んだ。

「やってみろよ!」

 浩人が言うと同時にドリルは再び跳躍し、浩人は咄嗟に折り畳み自転車を盾の要領で構える。ガキンッと鈍い音が響いた。ぶつけたと同時に浩人は身を躱していたが、手元から折り畳み自転車が離れている。ドリルの手にしたククリナイフが折り畳み自転車にめり込んでいる。更に今ナイフをぶつけられた衝撃で折り畳み自転車を通して振動をもろに喰らい、両手が痺れている、、

「(こんなヤツにどうやって・・・!)」

「こりゃあ嬲り甲斐があるねえ、そうこなきゃな!」

 再びドリルは跳躍した。しかし、

「ゴフ!」

 跳躍したドリルが突然何かにぶつけられ、放置自転車の中に突っ込んだ。同時に木の割れる音が複数響いた。

「テメー!もう戻って来たのかよ!」

 ドリルが罵声を飛ばす。しかし飛ばしたのは浩人に対してではなかった。

「三下の分際でこの私に楯突くのか?」

 ドリルの向いた先に、別の何かがいた。

 それはピエロだった。ドリルと違うのは、人形のような風体ではない、二メートルはあろうかと言う長身で生きた人間が扮した様な佇まい。ただ、真っ赤な三角帽子に赤いマントを羽織っていると言う、ピエロにしては少し異質なコーディネートだ。更に手には、異様に細いステッキのような装飾を散りばめた金属棒を持っている。

「うるせー!あのお方に散々楯突く奴が何を吐かすか!」

「元々ヤツは私よりも下等だったろうに、今じゃ大した出世じゃないか。貴様これ以上図に乗った事を吐かすと」

 貴族風のピエロが、手にした金属棒を振り上げると、鋭利な先端の刃先をドリルに突き付けた。どうよらサーベルだったようだ。

「この場で滅すぞ」

 貴族風のピエロが唸る。雰囲気は冷静だが、声に黒い怒気のようなものが込められている。

「チッ!覚えておけよ!」

 するとドリルの身体が小刻みにカチャカチャと鳴り出し、ブラックホールに飲み込まれるように自転車の山から姿を消した。姿を消したのを見届けて、浩人は意識を途絶えさせた。


気付くと浩人は、自室の部屋に寝かされていた。丁寧に布団までかけられてある。夢だったのか、と一瞬考えたが、周囲の部屋を見ると、嗚呼、昔住んでた部屋だ、と現実であった事を認識させられ、少し溜息をついた。

「あ、目覚めた!?」

 突然カナメが寝転がっている浩人の顔の前に突然姿を現す。これには浩人はびくついた。

「突然姿現すな!」

 浩人は怒鳴る。

「ごめん、色々ホントにごめん!」

 カナメは顔を顰めて謝罪する。すると聞き覚えのある声が響いた。

「余り怒鳴らないでやってくれ。あの状況は仕方ない」

 ここで浩人が起き上がると、丁度目の前に、貴族風のピエロがいた。西洋風の格好で畳の上で胡座を描いているのが異様にチープである。

「・・・アンタは?カナメの言ってた頼りになる人の事か?」

「カナメにとっては頼りになってるかもな。私は妖怪だ。ドリルと同じで、私の名前は発音出来ないが、人間向けの名前がある。アイザックだ」

 アイザックが応える。先程ドリルと対峙してた時のどす黒い怒気を込めた態度とは余りにもかけ離れており、とても柔和だった。

「そう言えば、何でピエロなんだ?」

 浩人が問うた。

「いや、色々聞きたい事が山程あるのにそこからかね?まあ、趣味?オシャレかな?と言うノリで答えておこうか」

 アイザックは笑いながら返す。

「妖怪にしては随分フランクじゃんか」

「まあ私は昔からこうでね、他の妖怪みたいに人に危害を加えたりとかは考えていない」

 そう言われ浩人はカナメに一瞬目配せをする。アイザックを迎えに行く直前の緊張した面持ちではなく、彼女も柔和な表情。安心して良さそうだ。

「あのドリルとか言うヤツ、あれは何だ?」

 浩人は本題に踏み切った。まず接触してきたアイツからだ。

「アイツは昔低級も低級、人間に寄生して霊気を吸い取るしか能のないヤツ、餓鬼と言う妖怪だったが、ここ数十年で妙に力をつけた。ヤツの力がかなり加わってるだろう」

「そう、そのヤツも気になる。と言うか、俺はヤツについて知りたくてここに戻って来た」

「ヤツの名前も、君らの言葉では発音出来ない。ヤツは趣味でロリスと名乗っていたな。元はそんな大したレベルの妖怪ではなかったし、私レベルならヤツを一発で黙らせれていた。だがな」

 ここでアイザックの表情が険しくなる。

「どうやらヤツが力をつけた原因は君のようなんだ」

「え?」

 浩人は面食らった。アイツが強くなったのは俺のせい?

「君がヤツを夢に見るようになったのはいつ頃から覚えてるんだね?」

「んー・・・、ハッキリしてるのは、五歳頃かな」

「物心がハッキリついた時か。実は君は生まれた時から目をつけられている」

 アイザックの答えに、浩人は絶句した。

「俺が、生まれた時から・・・?」

「ああ、どうやら前世も深く絡んでるようだが、私は君の前世まで把握出来た事はない。これを調べられるのは限られた者だけだ。今回初めて君と会って、私だけでは手に負えないレベルだとわかった」

「手に負えない?」

「脱出の手立てはもちろん整える。だが、ここでヤツを叩き潰しておかないと、君は確実にヤツに殺される。否、身体を奪われて魂を消される、存在がなくなるからもっと酷いな」

 アイザックは険しい表情で淡々と続けた。

「だが慌てる必要はない。出れないならここで君の本来あるべきだった霊力を、時間をかけて取り戻す。それまでに強くなったヤツを潰す方法を模索する」

 突然、ドアのノックが響いた。浩人はまたびくつく。

「そこまで怯えなくてもいいぞ」

 アイザックの険しい表情が解け、再び柔和な表情に戻る。

「否、こんな時間にこんなところに来客って普通おかしいだろ?絶対やばいじゃんこれ」

 浩人が毒づくと、ここでカナメがニコニコし出す。

「大丈夫よ、あなたかなり好かれてるじゃない」

 カナメの一言に浩人は首を傾げた。カナメとアイザックの表情を見る限りは、どうやら危険な存在ではない事は間違いないようだ。ここでまたドアのノックが響く。

「おいおい、こんなところによく一人で来れたな・・・」

 浩人はそう言うと、玄関に向かい、ドアを開けた。

「浩人ーーー!」

 ドアを開けていきなり、沙希が飛び込んで浩人に抱き着いた。

「ちょ!お前何で来たんだよ!」

 浩人が叫ぶ。遠目にカナメとアイザックは朗らかに、だが少し複雑な表情をして二人を眺めていた。

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