幼い頃住んでた町をストリートビューアで見ると、いろいろ街並みが変わってて切なくなる件
インターネットの地図アプリで、何気なく昔住んでいた町を眺めていた。
当時の友達の家も試しに探してみた。
案外覚えているもので、その内のいくつかを見て懐かしい気分になり、俺はこの町を去った日の事を思い出した。
六年間過ごした小学校の卒業式。その夜、俺は引っ越す事を両親から聞かされた。
ずっとここで暮らしていくものだと思っていて、引っ越すなんて思いもしていなかった俺はその晩泣いた。
翌日、春休みになって友達にその事を話したら、彼らは言った。
それなら、休み中ずっと遊ぼうと。
春休みが始まり、引っ越す当日まで、俺は友達と遊びまくった。
ゲームをしたり、隣の学区にあるショップに行ってカードパックを買ったり。俺達はまるで、いつか無くなる日々を失うまいと、噛み締めるように一日一日を過ごしていった。
最後の日。
俺は家の後片付けを終わらせると、またいつもの友達の家に行った。
何をしたかまでは詳しく覚えていない。最後だったのでゲームもそこらで切り上げて、後は思い出作りにとっておきのカードを交換したり、もしかしたらその後はずっと話し込んでいたのかもしれない。
その日は確か、三人程と遊んでいた。いつもはもっと多くと遊んでいたので集まりは少なかったと思う。
仲が良かった何人かとは当日遊べなかった。心残りではあったけれど、卒業後の登校日(確か離任式だった)や何日か前に遊んだ時に別れは済ませていたので、区切りはついていた。
やがて、夕方になり、いよいよ本当のお別れの時が近づいた。
既に俺が住んでいた家には誰もいない。俺はもうあの家には帰らない。
引越屋は既に荷物を積み込み、両親は近くに住んでいた親戚の家に行っていた。そこで一晩泊まり、翌朝移動する予定となっていたのだ。
俺は、その親戚の家に一人徒歩で向かう事になっていた。
友達の家を出ると、彼らは道路の前まで出て見送ってくれた。
いつもとは別の方向へと足を向ける。ここから先、隣の学区にある親戚の家に向かう。彼らにそう告げて、最後の別れを交わした。
既に陽は落ちかけていた。町は暮れなずみ、遠く広がった空の端はオレンジと紫色が入り混じっていた。少し歩いてから振り返ると、彼らはまだ俺を見送ってくれていた。
もう会う事はないんだろうな。
そんな事を思いながら小さく手を振り返し、そのまま歩く。
そこからは振り返らなかった。
歩き慣れた住宅地を行き、大通りに出るとそこを真っすぐ。
時々足を止めて考えるものの、親戚の家は何度か行った事があるので大体の見当はついていた。
目に付く大きな店を目印に従って進んでいく内に暗くなり、大通りには明かりが灯り始める。
この町は春先でもまだ寒い。
流石に雪が積もる事はないが、手はかじかむ程の冷たさだ。
俺は小さなポケットに手を突っ込み、行き交う車のヘッドライトに目を眇めながら歩き続けた。
この通りには友達と何度か出かけたカードショップがある。でも、もう寄る事はない。
見慣れた店のネオンを通り過ぎると、次第に寂しさを覚え始めた。
まだ夜が始まったばかりで大通りを行く車の数は多く、行き交う人もそれなりにいた。
それなのに、俺だけがこの町に一人になってしまったようだった。
これから先、新しい町と家、全く知らない人達しかいない中学校生活。
そんなはっきりとしない不安を覚えながら目印代わりの巨大なスーパーマーケットを通り過ぎ、小さな住宅街に入った。
電柱の灯りしかない寂しい夜道をひたすら歩き、曲がった辺りでようやく見覚えのある親戚の家が現れる。
息せきながら駆け出し、玄関先のチャイムを押すと、親戚のおばさんが『良く来たね』と出迎えてくれた。
温かなリビングに入ると、丁度おじさんと談笑していた両親と再会する。
友達の家を出て、ずっと一人慣れない道を歩いて来た。
不意に安堵感が満たし、それと同時にもう彼らには会えないという寂しさがいよいよ堰を切り、俺は泣き出していた。
声を出す事無く、しゃくりあげながら腕で顔を拭う。
小6になって泣き出すなんて情け無い。でも、両親と親戚のおばさんはそんな俺を温かな笑顔で慰めてくれたんだっけ。
そんな事を思い出しながら、街のビュアー画面を切り替えていく。
友達の家から、親戚の家のある町内までは徒歩14分と表示されていた。
あの日歩いた道のりは、たったそれだけの距離と時間に過ぎなかったのだ。
でも、当時の俺にはそれが何十分、いや何時間にも感じていたのかもしれない。
十数年、あっという間だった。
あの時代なら不可能だったが、今では日本中どこでも、インターネット一つであらゆる町の光景を見る事が出来る。
結局、俺は中学で暮らし始めた市を離れたのは就職する年齢になってからだった。
それまで長い間住んでいたその街だって景色は大分変わっている。
でも、俺はその場所にとどまって、変化をずっと見てきたのだ。
だから、今更様変わりした見慣れた市街地を見ても、それほど感動は起きない。
俺が去った後、あの町に住み続けているであろう彼らも、それは同じなのだろう。
今一度、ディスプレイ越しに幼い頃住んだ町の景色を見て、特別な思いに駆られているのは多分俺一人だけだ。
十数年前のあの日、友達に見送られながら夕陽の中、歩き出した。
そして今、ここでその道を再び見ている。
まるで、あの日、あの瞬間から俺はずっと遠い旅に出ていたようだ。
見送る友達の姿、寂しげなアスファルトの道こそがこの旅路の出発点だった。
そして俺は今、こうして長い道を歩いた果てにここにいる。そう思った。