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異世界を中国拳法でぶん殴る!  作者: 犬童 貞之助
第三章 波乱の道中
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3-12 殺意

 時は少し(さかのぼ)り、ロウが自前のゴーレムと共にウィルムへ太極拳の神髄を叩き込んでいたころ。ヤームルたちが乗る馬車では。


「──戦いの気配が、収まった?」


「いえ、小康(しょうこう)状態になっただけかもしれません。まだ外に出るのは危険でしょう」

「大きな氷山が突き出したり、大地震が起きたり、物凄い炎の渦が発生したり……。まさか、竜同士が喧嘩しちゃってるんでしょうか?」


 馬車の乗客であるヤームルたちが、彼方で起こる大魔法の応酬(おうしゅう)を、多重に展開した物理障壁越しに観察していた。


 最初に天を貫く氷柱が突き立ってから、紅蓮渦巻く溶岩嵐が巻き起こるまで、十分と少々。短い戦闘時間ながら、放たれた大魔法はいずれも人知及ばぬ極大のものである。


 中でもウィルムが放った竜のブレスなどは、直撃地点から五キロメートル以上離れていたこの馬車付近にまで、冷気の余波が押し寄せてくるほどであった。


 そんな伝説に語られるような戦闘を観戦していたのだから、戦っているのがロウではなく竜同士と考えるのは自然なことだった。かの少年にとっては思わぬ幸運だったと言える。


 しかし、反面──。


(最後の炎の柱は、あのシアンさんと同質の()の魔力……っ! 本人か、もしくは彼女と同等以上の存在があの場に? ……いえ、もしかすると、ロウさんが?)


 ──魔眼を有するエスリウに、魔神特有の赤系統の魔力を目撃される事態となっていた。


 距離が遠すぎるため、ロウが連発していた空間魔法までは見抜くことが出来なかったエスリウ。


 しかし、彼女はウィルムの塵旋風を消し去った溶岩嵐をバッチリと目撃し、かの魔法から(ほとばし)る紅の魔力を看破していたのだ。


(もしロウさんが魔神なのだとしたら……まさか人族と関わりのあるワタクシの監視が目的? いえでも、どちらかといえばこちらを避けている風ですし、監視というより逆に関わらないように──っ!? まさか、ムスターファさんやヤームルに接近することが目的!?)


 竜と争えるほどの魔神の存在を感じ取ってしまったがために、一人思考をあらぬ方向へと向かわせ始める象牙色の魔神。


 常日頃から自身の正体が露見しないよう気を配ってきた彼女は、神経質なまでに危機意識が高い。ともすれば、陰謀論めいた思考に(おちい)ることも間々(まま)あった。今回の思考はその典型である。


(守りが堅い貴族ではなく、野心ある商人を(そそのか)す……あり得るわ。ヤームルたちを何度も救っているのは手駒(てごま)とするため? でもムスターファ家を取り込んだとして、その先は? 公爵家に取り入る? それとも新鋭の貴族を擁立(ようりつ)? あるいは……)


 等々、エスリウはどんどんと妄想を加速させていく。


 力持つものは世に何らかの影響を与えたがるものという固定観念を持っていた彼女にとって、絶大な力を持って人の世に留まる魔神がその場の勢いで行動するなど、想像だにしないことだ。


 もっとも、これほど的外れな思考に陥ってしまった主たる要因は、彼女が公爵令嬢として生きてきたことに起因していた。


 貴族社会で権力争いや政争を散々見てきてしまったこと。そして、自分自身が力ある魔神であること。それ故に、ロウという魔神も人の枠組みに当てはめて考えてしまったのだ。


 ましてや、かの少年の言動は人そのものである。彼女がつい“自分が今まで見てきたモノたち”を基準に考えてしまうのも無理からぬことだった。


(──いずれにせよ、ここはこの子たちに合流する前に見極めないと。彼が生きているにせよ死んでいるにせよ……。仮に生きていれば、竜と同等の力を持っている魔神ということになるかしら? ……敵対するのは避けておきたいなんて考えていたけれど、場合によっては、竜との戦いで消耗している内に始末した方が良いかもしれないわ)


 勘違いの果てにロウの殺害すら検討し始めるエスリウ。それだけ彼女がヤームルたちを大切に想い、また魔神の脅威を熟知しているということでもあるが……。


 遠ざけるということはせず始末するという発想に至るあたり、やはり彼女の思考も本質的には人外である。


「──もう戦いは終わった様ですね。皆さんはこのままで。ワタクシはマルトと共にロウさんの捜索と周囲の偵察に出向きます」

「「「エスリウさん(様)!?」」」


「ふむ。竜がまだうろついていないとも限らん。我も行こう」

「いえ、それには及びません。少人数の方が隠密行動もしやすいですし、セルケトさんにはこちらの守りを固めてもらいたいですから」

「……そういえば、先ほども似たような事を言われたのであったな」


 エスリウは有無を言わさぬ勢いで周囲を宣言すると素早く立ち上がり、他の反論が出る前にマルトを伴い馬車を後にする。


 彼女たちが氷原に(たたず)む褐色少年を見つけるのは、そこから十分ほど後のことであった。


◇◆◇◆


 こちらに向かっているエスリウとマルトの姿を見た時、ロウは得も言われぬ奇妙な感覚を覚えた。


(……なんだ? 首がチリチリするような……殺気? ウィルムとの戦闘で、自分でも知らないうちに気がたってるせいか?)


 首筋がひりつく、奇妙な感触。


 それに眉をひそめたロウだったが、彼女たちの様子は普段通りであり周囲に魔物の気配もないため、勘違いや気の迷いと捨て置いた。


「──ロウさん! ご無事でしたか」

「悪運は強いですからね。俺の姿や辺りを見て分かるかもしれませんが、死にかけましたよ」

「この氷原は、君が?」

「まさか。ウィルムと名乗る竜がしでかしたことですよ。俺は竜同士の戦いから辛うじて逃げ延びただけですって」


 流石に自分自身が竜と戦ったなどとは言えるはずもなく、ロウは竜同士の戦いを目撃したという体で誤魔化すことにした。


 その言葉を聞いたマルトは小さく顔をしかめ、反対にエスリウは大仰(おおぎょう)な身振りで驚きを表し、少年が無事だったことを褒め称えた。


「まあ! 竜たちの争いに巻き込まれてしまったのですね。遠方から見ても凄まじい大魔法の応酬でしたのに、それから逃れるだなんて。流石ロウさんですね」

「あはは……こっちは避けるので手一杯だったので周囲の状況まで気が回らなかったんですけど、遠くからでも見えたんですか?」

「ええ、それはもう。竜の大魔法で氷の柱が突き立ち、局所的な猛吹雪が吹き荒れる様は、遠く離れた馬車からも見ることが出来ました。……その後、竜たちがどこへ行ったかは分かりますか?」


「いえ、どこへ行ったかは分かりかねますね……物凄い高さにまで飛んでいったのは分かるのですが」

「……」

「そうでしたか……ですが、ご無事で何よりです」


 竜が飛んで逃げたとロウが言うと、マルトの表情から一切の色が抜け、彫像のように沈黙してしまう。彼女の反応を不思議に思った少年だったが、主たるエスリウは気にもしていない様子であったため首を捻るにとどまった。


「それにしても、エスリウ様たちが探しにくるなんて思ってもいませんでした。静かになっていたとはいえ、よくこちらに出向く気になりましたね」

「ロウさんの言う通り大変危険ではありましたが……確かめたいことがありましたからね」


「確かめたいこと、ですか?」

「はい。確認も終わりましたし、戻りましょうか」

「……?」


 少年が問うも、エスリウは答えることなく身を(ひるがえ)す。


 普段曲刀たちからマイペースだのなんだのと評される彼も、ここに至って積み重なっていた違和感が無視できないものとなっていた。


(妙だな。いつものエスリウなら、もっと踏み込んで状況を聞いたり竜のことを聞いてきたりしそうなものだが……)

(お前さん、一応ウィルムとの戦いでボロボロな状態だからな? あのエスリウでも(いた)わってしかるべきだろ)

(私は──)


「──そういえば、ワタクシは知らなかったのですが」


 ロウの腰に下がるギルタブが少年の疑念に同調しようとしたその時──不意に振り向いたエスリウが、温度を感じさせない笑みを浮かべて言葉を紡ぐ。


「ロウさんは炎の魔法も使えたのですね? 流石は()()です」


「──は?」((!?))


 不意にエスリウの口から零れ出た、魔法と魔神という単語。


 そして何より、彼女の瞳がダイクロイックアイ──すみれ色の虹彩(こうさい)茜色(あかねいろ)が入り混じり、妖しい輝きを放っていたこと。


 これら異常事態を前に、ロウは思わず動きを止めた。


 それと同時に、後方より発せられる殺気ッ!


「茜色の魔力──ッ!?」「っ!」


 ロウの背後にいたマルトが疾風の如き抜刀、迅雷の如き居合斬り!


 寸秒で動揺を頭から排除した幼き魔神はこれに即応。


 反転しながら身を(かが)め、黒刀の抜き打ちをもって対応──。


「!? うごかッ──!?」

「──御免」


 ──するよりも早く、青い軌跡を描く長剣が、褐色少年の首筋に深々と食い込む。


 魔力を帯び輝く刃は動脈・頚椎(けいつい)を分断し、反対側の首の皮まで切断。


 驚愕に彩られた少年の頭部が氷原に転がり、“血の一滴も流さない”首を失った胴体も硬直したまま、頭部同様に氷原に倒れ込む。


「……さようなら、見ず知らずの魔神。悪く思わないで下さいね。貴方がヤームルを利用しなければ良かったのです」


 距離をとり茜色の魔力を集束させ、竜をも一飲みにする巨大な火球を創り上げるエスリウ。


 そのまま彼女は、氷原に横たわる褐色少年を容赦なく焼き払った。


◇◆◇◆


「貴女には酷な役割を負わせてしまったわね」


「……いえ。彼が魔神であることは確定していましたし、彼が幾つも嘘を吐いていことは間違いない状況でしたから。竜を殺してしまう程の力を持った魔神が力を隠して監視や策謀に走るなど、悪夢のような話です。先ほどの機会を逃せば取り返しのつかないことになっていたかもしれません」


 氷原に大穴を穿つ程の熱量を持った大火球が炸裂してから、十分程経った頃。


 炸裂当初は赤々と(たぎ)っていた融解物が冷え切ったところで、無言で大穴へと視線を落としていた主が口を開き、従者がその言葉に答える。


 (くだん)の少年と悪くない関係にあった従者の返答を聞き、自身と同じ見解であることに安堵した主は、改めて状況を整理する。


「二柱いた竜の内一方は既に飛び去っていて、一方は確実に魔神と対峙していた。にもかかわらず、あの子は竜同士が対峙していたと説明した……。あの子はワタクシの『魔眼』については知らなかったみたいね。知っていたら、あれほどの大魔法を使った後で、誤魔化そうとするはずもないし」


「はい。ですが、そのおかげでこの奇襲が成功したのでしょう。……『青玉竜(せいぎょくりゅう)』ウィルムといえば、かつてその逆鱗に触れた人族の愚かな王を都市諸共氷河に閉じ込め、周囲を永久凍土の如き極寒の地へ変貌させた存在。若くとも強大な力を持つ竜の一柱です。ロウがかの竜を滅ぼしたのであれば、お嬢様本来のお力でも危うかったと言わざるを得ません」


 ──マルトがロウの首を斬り落とせたのは偶然ではない。


 主従が事前に決めていた“魔神”という合図で背後から斬りかかった時、動揺していたにもかかわらず、ロウは見事に反応して見せた。


 だが、魔神であれば人など比べ物にならぬ速度で反応することなど、エスリウも織り込み済みである。


 故に、彼女は切り札ともいえる「(ぎょう)の魔眼」でロウの不意を突き、動きを停止させたのだ。


 生物のみならず無機物までも凝り固まらせることが可能なこの魔眼だが、分子間の結合に作用するという特性上、同様の効果が既にかかっている場合は効果が低減してしまう。


 身体強化の様に、魔力によって全身の細胞の活性化や結合力を強化している場合も同様である。そのため、相手にかかっている身体強化の度合いが高ければ高いほど、魔眼の効きが悪くなるという欠点があった。


 しかし、それも奇襲となれば話は変わる。


 相手が肉体に魔力を巡らせる前であれば、極めて高い効力を発揮するのがこの魔眼だ。


 肉体を強化する間もなく魔眼で射貫かれたロウが、黒刀を抜き放つ間もなく首を()ねられたのも道理だったのだ。


「そうですね……うまく魔眼が効いてくれてよかったわ。おかげで返り血で疑いをもたれることもないでしょうし。セルケトさんに気取られる前に戻りましょうか」


 ──されども、彼女たちはかの魔神を(あなど)っていた。


 奇襲をすれば、意表を突ければ勝てると。


「……お嬢様。彼女は、どうなされるのですか?」


 彼女たちは知らなかったのだ。


 かの魔神の本当の恐ろしさは魔力量や魔力制御力などではなく、異なる世界で(つちか)われた知識と発想にあるのだと。


「恐らく、セルケトさんはあの子の眷属(けんぞく)(わざわ)いの芽は()んでおくに越したことはありません」


「──それを聞いちゃあ黙っていられませんね」

「「っ!?」」


 沈んだ表情をしていたマルトに問われ、エスリウがセルケトの殺害に言及したところで──氷原に褐色の魔神が降り立つ。


 首に傷痕は、見当たらない。


「──殺しに来てたんだし……殺される覚悟くらいしてるよな?」


 金の瞳が鋭く光り、紅の魔力が(ほとばし)る。


 押し寄せる紅の圧力を前にして、エスリウは己が選択を(たが)えてしまったことに気付いた。

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