3-10 青玉竜ウィルム
【──くたばれぇっ!】
力強くも澄んだ怒声が響き、「転移」発動前に俺が居た場所を、青き流星と化した竜が貫く。
直後に、大爆発。
大地に突貫した竜は、水分を多分に含んだ土砂を衝撃波と共に撒き散らした──そう見えた瞬間に、竜の全長以上の径を持つ超巨大な氷の柱が突き立つ。放射状に氷柱が突き出るおまけつきだ。
撒き散らした土砂を空中で氷結させた柱たちは、五百メートルほど上空から見ると氷で出来た造花のようで美しい。状況を忘れ見惚れてしまいそうだ。
「──おぉ。凄いな、流石竜。ただ突進しただけじゃ終わらないか。花みたいで綺麗なもんだな」
(何を暢気なこと言ってるんですかっ!?)
(おいロウ! どうするんだ!? 話が通じる方の竜は、もう何処かに飛んで行ってしまったぞ!?)
「あーはいはい。ちょっとくらい現実逃避させてくれたっていいだろ? 全く……」
転移と同じく空間魔法である「断絶障壁」で空中に足場を創り、竜の突撃に軽く所感を述べていると、曲刀たちから容赦ない現状確認が飛んでくる。
こっちは絡まれただけの被害者だというのに!
どうしてこんなことになってしまったのかと嘆きながら、俺は十数分前のことを反芻する──。
◇◆◇◆
──事の発端は、俺がエスリウの前から遁走した時まで遡る。
(ロウは本当にエスリウのことが苦手なのですね。美しい女性なら誰にでも鼻の下を伸ばすのに、珍しいこともあったものです)
「誰にでも鼻の下を伸ばすって、また酷い評価……と思ったけど、思い返すと弁明の余地ないな。でも、男って大体そんなもんだろ。そんなもんなんだよ!」
((開き直った……))
肉食系女子から距離をとるために夕闇の中を駆け、曲刀たちと会話していた時のことだ。
「まあエスリウはアグレッシブなところがあるから、そこに対して引いてるのかも──ッ!?」
話していて脈絡もなく襲い来る、身の毛のよだつ悪寒。
全身を舐め回すような、という表現の更に上。身体の内側から余すことなく舐られるような、強烈な視線を全細胞が感じ取った。
(っ!?)(おいロウ、いきなりどうしたんだ?)
即座に全魔力解放、身体強化全開で地を駆ける!
視線がどこからのものかは分からないが、気配を隠していた先ほどの状況で発見されたのなら、もはや振り切るより他はない。
が、しかし。
俺の全速力は身軽な魔獣をも置き去りにする速度だったが……相手が悪かった。
【──迅いな。見間違いかと思えば、やはり魔神のようだ。かようなところで出くわすとは、珍奇なこともあるものよ】
「やっぱり、竜相手じゃ逃げられないか……!」((念話っッ!?))
脳に響くような渋い壮年男性の声が届くと共に感じられた、輝かんばかりの金色の魔力──つまりは竜の魔力。
その上、既に魔神だとバレていた。
念話を感知したことで判明した相手の位置は、遥か上空。
既に身バレし逃げるは困難。であれば選択肢など他になしと浮遊する氷で足場を創り、氷塊を蹴って竜の元へと急行する。
(ちょ、戦う気かよ!?)
(選りにも選って空中で竜と対峙するなど、無謀です!)
曲刀たちの制止をガン無視し、野外アスレチック場ばりに蹴り上がっていくことしばし。
現状俺の魔力操作限界距離である百メートルの十倍ほどの高さまできたところで、念話の主に拝謁することが出来た。
【……】
夜空に浮かぶ月を写し取ったかのように淡く輝く白鱗と、それを鎧とする逞しい四肢。
西洋の竜そのものというほどの猛々しさを内包する角ばった頭部に、夜空を彩る星のように煌めく、ガーネットの瞳。
かつて街道を焦熱地獄に変えて見せた枯色の王者と同等以上の存在が、そこに居た。
【幼いな。しかし、氷塊を浮かべそれを足場に跳び上がるとは、器用なことをする】
「……どうも」
そんな雄々しい白竜は、浮遊する氷塊の上に立つ俺を見て目を細め、四階建ての建物くらいはありそうな巨大な翼を折りたたみ空中で静止。奇妙に前方へ捻じ曲がった四本角を、樹齢云百年の大樹ばりに太い腕でボリボリと掻いた。
羽ばたかずにどうやって浮かんでるんだと突っ込みそうになる気持ちを抑え、俺は白竜へと質問を投げかける。
「念話で話しかけられたんで一応出向いたわけですけど、どういったご用向きで?」
【いやなに、まさか人族国家を横断中に魔神を見かけるとは思わず、つい興味そそられてな。特にこれといった用件は無いのだ。許せ、幼き魔神よ】
「左様ですか……こっちは気配消して走っていたつもりなんですけど、よく分かりましたね?」
【ふむ? おぬしは知らぬのか。我ら竜属には魔力の流れの万事一切を見通す『眼』が具わっている。幾ら隠そうとも、隠蔽しているという事実ごと我らは看破するのだよ】
警戒しながら話しかけると、意外に話せる白竜氏である。
しかも彼は、「竜眼」とやらについてご教示くださった。竜とは見かけによらぬものらしい。
((……))
曲刀たちは状況についていけぬと沈黙したが、これも無視してシュガールとの会話を続ける。
「そういうことだったんですか。何だか逆に呼び止めちゃった感じになってすみませんね」
【本を正せば我の念話に端を発する故に、汝が気に病むことではない。……しかし、汝も風変わりな魔神よな? 我は戦いの場以外でも幾度か魔神と会い、時に争ってきたが、戦時でなくとも話の通じるものなど居なかったぞ】
「あはは……前に神の眷属にも似たような事言われましたよ。でも、俺としてはこうして落ち着いて話すことの出来るあなたの方が、随分風変わりなように思えます。竜と言えば勝手気ままな存在だと思っていたので」
【魔神に指摘されるというのも妙な気分よな。我が同族にそのような性根のものが多いのは事実であるし、今こうして我が移動しているのも同族の尻拭いの為であるが……】
「あ、それって、もしかして──」
空中で和気あいあいと白竜との雑談に興じていた──その時。
極寒の冷気を纏った青白い竜が眼前に顕れる。
──そう、ドラゴンの二柱目である。
話に夢中で魔力感知を忘れていたための悲劇であった。
【──シュガール! ぬしは何を縷々として話している!? 魔神など、視界に入れば即座に息吹で消し飛ばすものだろうがっ!】
【……そういえばこやつもおったか。騒がせてすまんな、幼き魔神よ。こやつはウィルム。我が同族の典型のような奴だ。いや、なかんずく性根が荒いか】
「いきなりブレスって。まさかドレイクも似たような感じでファイアーしちゃったのか。怖過ぎだろ竜属」
白竜シュガール氏にため息交じりで紹介されたのは、緩やかにウェーブがかかったような六本角が印象深い竜だった。
ドレイクやシュガールより一回り細い体躯を、サファイアの様に澄んだ青色の竜鱗で覆うしなやかな竜。それは西洋竜というより、東洋龍の手足が太くなって巨大な翼が生えたような印象を受ける。
竜“属”というだけあって、同じ竜でも姿に結構な差異があるようだ。凛々しい女性のような声だったが、雌なのだろうか? 外見を見ても素人目では判別がつかない。
俺が現れた竜を観察する一方で、こちらが思わず漏らした言葉を、シュガールはやはりといった雰囲気で受け取った。
【ああ、あの馬鹿はおぬしに迷惑をかけて──】
【──おい貴様、今ドレイクと言ったか? どういうことだ?】
「えッ? いや、ちょっと前にドレイクからブレスやらとんでもない大魔法やらをぶっ放されたことがあって──」
【──そうか。それであやつは姿を見せんのか。まさか既に魔神の手にかかっていたとはな】
「は?」【ん?】
物騒な雰囲気を滲ませるウィルムに問われ、思わずドレイクに襲われたことを話してしまうが──これが悪かった。
【早合点するなウィルム。この魔神は──】
【──安心せよシュガール。ドレイクの仇は妾がとる。亜竜どもの統制は任せたぞ】
「ッ!?」
話の流れがとんでもない方向に転がり出したと感じた、刹那──ウィルムの体から極北の風と金色の魔力が吹き荒れた。
一挙に押し寄せる魔力と冷風の圧に、当然のように我が小さき身体は宙へと投げ出される。
「ぬぉぉああぁぁぁッ!?」
【……我はもう知らんぞ】
シュガールの呆れたような呟きが聞こえたような気がした、足場からの落下。
そして上空には、金の魔力を集束させる青白き竜!
【ドレイクの仇だ……失せるが良いぞ、魔神!】
僅か数秒で魔力を凝縮させたウィルムは、そのまま真下へ突貫。
脳裏に走馬灯を過らせつつも全力で空間魔法を構築した俺は、辛うじてこれを回避し──。
【くたばれぇっ!】
──冒頭の大魔法と相成ったわけである。
◇◆◇◆
回想終了。
いやー、うん。話を聞かない野郎だな。いや、お嬢さんか?
(回想なんぞしてる場合か!? もう聞く耳持たない雰囲気だし、完全に殺る気だぞ!?)
「ハンッ! 聞く耳持たないってんなら力ずくで聞かせるまでだ」
(!?)(正気ですか!?)
「ドレイクの野郎にもそうだけど、竜に対してのイライラが溜まってるからな。それに、あんな奴野放しには出来んし、ちょっとばかし灸を据えてやる必要もある」
相手は竜だ? それがどうした! こちとら魔神だぜ!
逃走から闘争へと意識をシフト。
地上で咲き誇る氷の造花を砕いていずるウィルムを見据え、魔力を練りながら銀刀を抜き放つ。
(灸ってのは何だかわからんが。竜鱗……果たして今の俺に斬れるかどうか)
「期待してるぞ? サルガス」
ウィルムが這い出たことでゆっくりと倒壊していく巨大氷柱を尻目に、足場の障壁を消して落下開始。
途中で生み出した障壁を蹴り姿勢を反転。
落下加速しながら狙うは、翼の被膜!
【消えたのか? 面妖な……──っ!?】
「──ぬぇりゃぁッ!」
奇襲一閃ッ!
落下の勢いにきりもみ回転を加えた薙ぎ払いは、確かに青白い翼を断ち切──れない。
銀刀とぶつかり甲高い金属音を奏でていたのは、翼の被膜ではなく翼を覆う薄氷の鎧。
氷の守りは斬撃により砕けていたが、肝心要の被膜には刃が届いていなかった。
【──小癪な!】
「こっちの台詞だッ!」
足元の氷柱を砕き着地した俺に、間を置かずに迫る長い竜尾。
氷柱を抉りながら迫るそれを跳躍回避、回避先で別の氷柱の側面に着地。
即座に柱を蹴り砕き、二足で尾を振り回していたウィルムに肉薄ッ!
【人の姿で竜に接近戦を挑むなどと──笑止っ!】
竜としては細身でありながらも、しかし魔獣などとは比べるまでもなく巨大なその足元まで迫ったが──ウィルムが鼻息一つでふわりと浮かび上がり、いきなり眼前に烈風が発生。
単純極まる大翼での羽ばたき。たったそれだけで、竜と俺との間に塵旋風が天を衝く。
「──ッ!?」
鋭い氷片を含んだ旋風など、巻き込まれればミンチか針山か肉塊か、それとも原料魔神のかき氷か。
いずれにしても、碌なことにならぬは必定。
受けるは無謀と判断し、魔法の足場で緊急停止。素早く座標指定後に即転移!
【──っ! 空間魔法か!? 賢しい真似を!】
「ゲェッ!? ふざけんな!」
ウィルムの背後に回ったはずが、奴は既に反転済み。
対応が早過ぎだろうと毒づきながら、氷柱から氷柱へと跳び回り、迫りくる氷の烈風から逃げ回る!
【逃さんっ!】
内面で逆切れする俺を尻目に、ウィルムは烈風に加えて空中から巨大な翼によるワンツースラッシュ。
超大型のカミソリと化した翼から魔力の刃を飛ばし、俺がいた足場の氷柱を切り裂き、その余波で眼下の地面に長さ云十メートル深さ不明の裂け目を創った──と思ったら、たちまち氷結。ついでに裂け目も凍結。瞬く間に新たな氷河が生まれ落ちる。
……あんなもんと打ち合えるかッ!?
(その事実に気付くの遅過ぎだろ!)
【はははっ! 妾の『霜飆乃刃』からは逃れること能わぬ!】
高笑いしているウィルムの体から発散される冷気で身体中霜塗れとなりながら、更に続く翼の連撃をしゃがんで避け転がって回避!
次いで迫る尾撃を飛び上がって躱し──直後、奴の羽ばたきで生まれた壁の如き烈風にぶっ飛ばされるッ!?
「──ごっはぁッ!?」
ウィルムの突撃で生まれていた氷柱を二、三本ぶち抜き、ようやく静止。
強打した背中が糞ほど痛いし呼吸もままならず、風に乗って飛んできた氷片で頭を庇った腕が傷だらけだ。
しかしそれでも、身体は動く。
これくらいなら、まだ──。
【──消し飛ぶが良い。『冰天雪窖』っ!】
──声に釣られて正面を見れば……胸を大きく逸らし、溜めた呼吸を今にも放たんとするウィルムの姿。
あれは──!
その姿でドレイクの白炎が脳裏を過り、半ば反射的に対竜のブレス用魔法を構築。
すると、同時に。
ウィルムのブレスが解き放たれ──天より銀の嵐が吹き荒れた。
◇◆◇◆
【──!?】((んなっッ!?))
「お前らまで動揺すんなよ!──って、うおぉぉぉ!?」
ウィルムの放ったブレスが奴の頭上より急襲し、直撃。
たちまち周囲数百メートルが凍結し極点の如き氷原と化す──つまりは俺も巻き込まれる。
「い゛でえ゛え゛ッ!? 退避! 退避ィッ!」
衣服と皮膚がバキバキと凍り付いていく音に恐怖しながら、すぐさま上方転移。
何とか安全圏まで逃げ延びた。
白い息を吐き上空から見れば、下界は正に銀世界。
黄緑の樹木や赤茶けたような潅木が目立った湿原は、竜の息吹によって銀白色へと塗り替えられていた。確実にキロメートル単位で氷原が出来上がっている。
いやはや、凄まじいばかりの破壊力だ。最初に馬車から離れるように移動してなかったら、間違いなくヤームルたちを巻き込んでいたことだろう。我ながらファインプレーだった。
(……ロウの魔法、ではないよな? どういうことだ?)
「アレ使ったんだよ、空間魔法の『転移門』。最近使ってなかったから忘れたか?」
(……! なるほど、ウィルムの口元と彼女の頭上に門を設置することで、無効化と攻撃を兼ねたのですね)
(そういうことか。しかし、あの一瞬でそこまで考えたのか)
「元々『転移門』を利用してドレイクのブレスを無効化するってのは、頭の中に案としてあったからな。同じ竜なら流用できるだろってことで試したら、大成功ってな」
(それにしてもこの破壊力。あの竜は、かつて人族の都市を丸ごと氷河に変えて国を滅ぼした、「青玉竜」ウィルムで間違いないようです)
「都市丸ごとか。スケールデカすぎだろって思うけど、これを見ればさもありなん、か」
降り注いだブレスの中心地──ウィルムは、巨大な円錐状の氷山に閉じ込められている。
中途半端な形の竜の息吹でこれなら、完全な形で放たれれば都市丸ごと凍るかもしれない。
だが、まあ──。
【──ぐぅぉぉおおおっ!】
──これくらいじゃあ、終わらんよな。知ってた。
ウィルムの咆哮と共に巨大な氷山が縦に裂け、猛吹雪が奴を中心に吹き荒れる。
竜の息吹というだけあって、あいつ自身も結構なダメージを負ったみたいだが……まだまだ元気なようだ。
「怒り心頭、怒髪天を衝くって感じだな」
(……アレを見て、随分と余裕だな、お前さん。俺なんざ、刀身なのに身が震えるぞ)
「まあなー。ブレスの余波もらっても意外と平気だったし、如何にあいつが喚いて冷気を振り撒いたとしても、あのブレスほどの冷気じゃないだろう? それなら俺の身体強化でも十分凌げる」
(今更ながら、流石魔神と言わざるを得ませんね)
魔力を帯びた猛吹雪により、視界と魔力感知の両方が阻害されるが……魔力乱れたこの状況にあっても、金の魔力はなお目立つ。膨大過ぎる魔力ってのも考え物だな? ウィルムさんよ。
そんなウィルムの金の魔力の集束が完了したところで、吹雪の中より二度目の銀炎!
「竜眼」により位置を捉えていたのだろうか、正確極まる照準にてこちらを狙撃。俺が居た場所を銀なる閃光が薙ぎ払う。
【──っ! またしても空間跳躍か……!】
──当然、そんな分かりやすいものは当たらない。
「まずは純粋な質量攻撃、いってみるか」
転移で更なる上空に逃れていた俺は魔力を解放、石柱生成。通常の柱よりも魔力をふんだんに込めた特注品を、眼下のウィルムへ向けて投下する。
【小賢しいっ!】
これに対し、ウィルムは自身が纏う吹雪を操り対抗。
緩やかな腕の動きに合わせて渦を巻いた吹雪は、指向性を持って石柱に殺到。
冷気を含んだ豪風が逆巻き、大質量の石柱と激突する。
紅の魔力で強化された石柱と金の魔力を纏う旋風がぶつかり合い──両者拮抗。
岩盤を穿孔するかのような激烈な音が、上空から落下中の俺の耳に叩きつけられる。
──しかし、力が同等であれば加速度の差で天秤が傾くもの。
片や重力加速度による後押し。片や放たれれば減速するのみ。
結果、ウィルムの旋風は石柱を幾らか砕きながらも押し返され、主の壁とはなり得なかった。
【何ぃっ!?】
押し返せなかったことに瞠目するウィルムへ数百トンもの巨岩が幾つも雪崩れ込む。
落下運動は軌道が分かりやすいため、少々数を用意したところで当たりはしないが──。
「へい! らっしゃい!」
【っ!? きさ──!】
──回避行動の誘導くらいは容易く出来る。
巨体故に腹を晒す竜が逃げ延びた先は、先回りしていた我が眼前。
その腹、掻っ捌いてくれるわッ!
「ぬぇいぃッ!」
脚で踏み込み、背で振り下ろし、腕で振り抜く。
銀刀の間合いの遥か外、五メートルほど先に居たウィルムは、しかし銀刀より飛翔した銀なる斬撃で切断される。
一刀剛断、ここに成る。
【がっ──】
構え十分の縦一閃はウィルムの纏う薄氷を切り裂き、竜鱗にまで到達!
縦一文字を見舞われた竜の巨体が斬撃の衝撃で宙を舞う──が、しかし。
「硬ってえなッ! 全力でぶった斬ってやったのに、血が滲んですらないぞ」
(だから言ったろうが! アレが竜鱗だ!)
ウィルムの体には削られたような痕こそ残ったが、出血は見られない。
腹の痕より背中にある、奴のブレスで受けた傷の方が大きいくらいだ。
すげーな竜鱗。
【殺すっ! 貴様は、必ず!】
仰向けでぶっ倒れていた状態から跳ね起き、怒り狂い冷気を撒き散らすウィルム。
いまさら何言ってんだかね。
「ハッ! まるで今まで本気で殺す気が無かったみたいな言い草だな? とち狂ってんじゃねーぞ! バーカ! 青トカゲー!」
相手の暴言に対し、こちらも暴言で返す! 秘儀・安い挑発の術!
((……))
人間相手の場合は、こういう気の短そうな奴だとまず間違いなく視野狭窄効果が出るが。果たして竜に対してはどうか。
俺の安っぽい挑発を受けたウィルムはフルフルと震えたかと思うと、底冷えするような声で静かな怒りを発散していく。
【……ふっ……ふふ。良かろう。死に急ぐか。もはやこの地への影響など考えまい。貴様を殺せるならば、それで十分だ】
あ、やべ。一周回って冷静になるパターンだったわ。
しかも箍が外れたっぽい。挑発効きすぎだろ。
(馬鹿野郎! どうすんだよ!?)
(恐らく私でも竜鱗は斬れませんよ!?)
曲刀たちの言葉にその通りと首肯しつつ、銀刀を鞘に納める。
全力の斬撃が通らぬほどの硬質な鱗。ならば如何にするか?
「──斬れぬなら。砕いて見せよう、青トカゲ」
両の拳をかち合わせ、そう宣言する。
魔神式大陸拳法の神髄ってもんを見せてやんよ。