1-9 魔術と魔法の差異
ひょんなことから自分が魔族と人間族の混血と知ってしまったが。
考えてみれば、今まで生きてきた中では魔族だと疑われたことすらない。問題なさそうだ。
あ、でも……国の魔力検査みたいなのだとばれるのか?
「俺が魔族ってことは、魔術大学で研究するのは無理になっちゃうのか? ゆ、湯船が遠のく~」
(魔術大学ですか? 莫大な魔力を持つロウが魔法ではなく魔術を研究するというのは、魔力の持ち腐れだと感じてしまうのです)
魔術という異世界で真っ当に生きるためには外せない要素(?)を学ぶ未来が消え去り、失意の中で項垂れていると、喋る黒刀ことギルタブがよく分からないことを言い出した。
「どういうことだ? 魔法と魔術って違うものなのか」
感じた疑問をそのまま問いかけると、彼女から当惑しているかのような気配が漂ってくる。
(人間族として生きてきたなら知らなくても無理はない……のか?)
同じく喋る曲刀であるサルガスも、彼女同様に困惑したような空気を滲ませつつ口を挟む。
必死になってフォローしてくれるのは嬉しいけど、反面悲しくもある。俺は盗賊として育ってきたから、知識に偏りがあるのかもしれない。
(魔法とは己の内に満ちる魔力──オーラを用いて世界に干渉する術のことを指します。対して、魔術はオーラを練り込んだ文字列や図式で外界に満ちる魔力──マナを操り、世界に干渉する術なのです)
先ほどまでの惑いはどこへやら、嬉々として説明をするギルタブさん。実に切り替えの早い女性である。
しかしなるほど。俺が今まで見てきた魔術的な何かはどれも魔法陣が浮かんでいた。やはりあれらは魔術で間違いなかったらしい。
「説明だけ聞くと、どうにも魔術より魔法の方が理論が単純で扱いやすいように思えるけど」
(魔法陣や魔法式を用いてマナを操るため、魔術は魔法に比べて、圧倒的に己の魔力の消耗が少ないのです。人間族は種族自体の魔力総量が少ないが故に、魔術研究開発に余念がないのでしょう)
(俺の出番ないな)
ギルタブが全部説明してしまい思わずぼやくサルガス。君はそういう役回りが似合っているよ。
「人間族は、ってことは、他種族では魔術が主体じゃないのか?」
少し哀れに思ったので、いじけているサルガスへ水を向けてみる。
(生活周りの魔術以外はあまり使われてないな。勿論、魔術を極めんとする変わり者もいるが)
曰く、生活魔術というのは生きていく上で必要となる、衣食住を豊かにすべく開発された魔術らしい。
魔術は魔法と異なり、行使するまでの時間には差があれども効果量は誰が使っても一定。それ故に農地の耕作、都市の区画整備、住居の建築など様々な分野での規格化に大いに役立っているそうだ。
統一された魔術で作業が行われたら、それはもう能率的なことだろう。
(──それで、だ。そんな生活周りの魔術以外で使われているのが精霊魔法だ)
「精霊魔法? 魔法の一種なのか?」
(んー、精霊に魔力をささげて魔法を行使させるんだけど、精霊自身が世界に満ちるマナみたいなもんだから……)
サルガスが唸りながら説明してくれる。単純に魔法を使わせるわけではないらしい。
考えてみれば、自分のオーラを与えて魔法を使わせるなら自分で魔法を使った方が手間かからない気が……って、これは先ほどの魔法と魔術の関係性と同じか。きっと何らかの理由があるのだろう。
その考えに至るのと同じくして、ギルタブが補足を行ってきた。
(精霊とは自然界の魔力たるマナが変質し、意志を持つようになった存在です。精霊魔法とは精霊の契約者が精霊にオーラを捧げ、彼らはそれを対価にマナを操り世界へ干渉するのです。魔術との違いは術式を介するか精霊を介するか、そして精霊がマナの扱いに長けていることからくる干渉規模の大きさ。魔法との違いは精霊の存在と、マナを介するかどうか、です)
流石頼れる女曲刀(?)。生き字引の如く疑問に答えてくれる。
(精霊たちは場所によって個性があってな、行使する魔法に得手不得手があるんだ)
そんな彼女に対抗心を燃やしているサルガスは、追加情報を出すことで活路を見出そうとしている。もはや趨勢は決しているというのに。
「森ならば大地や樹木の、湖ならば水や風の精霊がいて、それぞれが自分の属性の魔法をより高度に操れるって感じか」
精霊の住む場所を考えると、自然界に火の精霊はそれほど数が居なさそうだ。火山くらいだろうか?
(大体そんな感じだな。ちなみに火の精霊は、知恵ある生き物が火を扱う場所には大体いるぞ。一番見つけやすいくらいだ)
俺の疑問を見透かしたのか、銀刀は火の精霊について教えてくれた。そこら中にある大地や大気は、候補地が多すぎて逆に精霊を見つけづらくなるのかもしれない。
「確かに亜人達──エルフやドワーフが精霊と所縁が深そうな印象があるけど、魔族も精霊の力を借りることがあるのか?」
最初の指摘では、魔族は全般的に魔力総量が多く魔法も問題なく扱えるということだった。精霊魔法はマナの化身たる精霊に直接マナを操作させる分、魔法より見込める効果が大きそうだ。
であれば、魔族も精霊の力を借りるのではないか? そう思っての問いである。
(俺たちを打った鍛冶師は火、土、水……様々な上位精霊の力を借りて装備を製作してたな。まあ、あの人の場合は魔法に使う魔力を出来るだけ少なくして、出来得る限り魔力を武器に注ぎこみたいっていうのがあったんだろうけどな)
やはり魔族だからといって精霊から毛嫌いされているわけではないらしい。個人的なイメージで敵対関係にあるとばかり思っていただけに、意外な事実である。
(彼ら精霊は世界に満ちる魔力そのものですからね。天からもたらされる陽光のように分け隔てなく力を与えるため、種族全体で精霊を信仰する者たちもいるのです)
超常たる力を持ちながら、それを貸し与えてくれる存在。不確かなものではなく、魔力を捧げることで確かに感じ取れる存在。
なるほど、見え辛く感じ取りづらい神などよりは、よほど信仰の対象として自然だと思えた。
ああでも、この世界の神は割と顕れたりするんだったか。
「ところで話は変わるが、お前らって相当物知りだよな? 魔力補給されなくて意識途切れてたって話だったけど、それじゃ見聞広めることも出来ない気がするけど」
曲刀たちは様々な盗賊や商人たちの手に渡ってきたと言ってたが。旅の中で知り得る知識とは思えないものばかりだ。
(ああ、俺たちみたいな命を分け与えられた「銘付き」の装具は、製作者の知識も一部継承されるんだよ)
(通常の意志ある道具たちには継承など起こりませんが、生命の根源たる魂を打ち込んだ際は、その魂に保存されていた情報や力が道具に宿るのです)
「ほぇ~。文字通り、命を懸けて作られたんだな」
打ち終えた後急逝したって話だったし、こいつらはその職人の集大成なのかもしれない。思わぬめぐりあわせだけど、大切にしてやらないとな。
(そうだとも。まあ十分な量の魔力食わせてもらったのは、ハダルのおっさんを除けばお前さんだけだし、力を存分に発揮できたことはないんだけどな)
魔族の鍛冶師ハダル……実際のところ、曲刀たちはその知識をどの程度継承しているのだろうか?
「常識周りは俺より格段にあるのは分かるけど。他にはどういう知識を継承したんだ?」
話を聞いた限り知識の一部ということだったが、それが常識周りだけで終わるのか、あるいは鍛冶技術や精霊魔法になども持ち合わせているのか。
それを確かめておきたかったので、街道の疾走を続けながら質問を続ける。あわよくば彼らから学んでしまえというやつだ。
(金属の種類や特性、装備の手入れとか? その都度聞いてくれたら分かるものもあるかもしれん)
「おお、如何にも鍛冶師っぽいな」
流石に魔法関連は残ってないか──と思っていると。
(あら、サルガスは金属に関する知識があるのですね? 羨ましいのです)
などというギルタブの声が響いてくる。
「マジかよ。ギルタブとサルガスって性格だけかと思ったら、継承されてるものも違うのか」
考えてみれば、曲刀というカテゴリーこそ同じだが長さや重さ、強度や切れ味も違う二振りだ。武器の方向性が違えば、打ち込まれている情報も変わるものなのかもしれない。
(そうですね。私はハダルの魔法に関する知識も一部は残っています。ですがこれまで話していて感じるに、知識の大部分はサルガスと共通しているように思うのです)
同時に作ったため大まかな所では差異が無く、同じ曲刀でも武器の方向性が違うため細かい差が出る──そんなところだろうか。
──等々もやもやと考えながら、黒刀を一閃。夜道で襲いかかってくる小猿の首を、胴を、腕を、まとめて斬り飛ばす。
「ギエェッ!?」「ギャッ!」
魔力を纏った状態の黒刀居合斬りは、斬撃を飛ばすというより刀身を伸ばすといった風だ。抵抗を感じられるし手応えも残る。
その射程は普段の五倍ほど、五メートル近くはあるだろうか? 範囲外にいた残りの小猿たちは唖然としていた。俺だってここまでとは思っていなかったよ。
(今の一撃……宿で試さなかったのは正解でしたね。武器に魔力を纏わせて放つ一般的な技「飛刃」や「飛突」とは、大きく異なっていたのです)
いたたまれない気持ちで走り去っていると、黒刀が戦慄したような念話を送ってきた。
確かにアレを「異民と森」で実演していたら大惨事になっていた。「飛刃」を見たことがあったから、宿でやろうとは思わなかったが。
(普通の武器による「飛刃」は魔力の刃を飛ばす感じだが、さっきの居合斬りはどうにも刃そのものが延長されたように見えたな)
「ギルタブで直接触れてなくても斬った手応えがあったし、そんな感じなのかも。でも、居合以外だと刃が伸びてる感じがないんだよな」
先ほどの居合斬りの後に返す刃で袈裟斬りをしてみたが、見事に空を切り虚しい思いをしたのだ。
(ロウが居合を溜めている時、刀身だけでなく鞘の方へも魔力の流れがありましたから、ハダルが何か仕掛けを施しているかもしれません。私がそれを知らないというのも奇妙な話ですが)
常識やら一部魔法の知識が残っていて、自身の仕掛けについて覚えが無いというのも変な話だが……自分自身のことは本人でもよく分からない、なんてことは往々にしてあるだろう。
「ああ、そうそう。『飛刃』で聞きたいんだけど、ああいう戦闘技術も魔力操作の一種なんだよな?」
曲刀たちに投げかけた質問は、衛兵から追撃されたときから疑問に思っていたことだ。
あの時は深く考える余裕がなかったが、あの時衛兵たちの武器に魔力が流れ、武器を振り抜く瞬間にそれを放っているように見えたのだ。
(そうだな。ロウはもう武器への魔力の伝達が十分にできてるし、コツをつかめば習得できると思うぞ)
「ほほー。それなら遠間からチクチクと嫌がらせされても大丈夫だな。ちなみに、魔法も似たような感じで覚えられたりしないかな?」
自身のオーラで直接ことを起こすなら、あるいは魔術や精霊魔法の様に間接的な手段よりも発動自体は容易なのではないかと考え、曲刀たちに問うてみる。
(そうですね……魔法は当人の資質に大きく左右される技術ですから。ロウの場合、魔力の保有量が非常に優れているので、あとは精神の力の強さによって左右されると思うのです)
精神力、ということだろうか。地味な修練を延々と積める我慢強さ的な?
そんな会話をしつつも街道をひた走り、今度はアンデッドに遭遇。
「せいッ、や!」
動物の死骸に群がっている骨人の顎骨を拳で砕き、骨犬の胴体に蹴撃を叩き込む。
バラバラになりながらぶっ飛ぶ骨の魔物ども。走り去る俺。逆通り魔かよ。
何気にアンデッドとの初遭遇だったが……魔力の色が薄い灰色なんだな。骨が屯しているところを目撃して少しビビったが、相手の反応が鈍かったおかげで一撃離脱で終わってしまった。
(表現が難しいですが、世界への干渉をどれだけ具体的に信じることが出来るか、精彩に想像できるかという力です)
「なるほど。簡単に言うと想像力か」
背後で呆けている(ような気がする)骨たちを置き去りにしたところで、黒刀より返信。アンデッドたちについて全く触れない辺り、彼女も中々に豪胆である。
しかしそういうことなら、中島太郎としての記憶を持つ俺はかなりの力かもしれない。漫画や映画、ゲームとフィクションを楽しんできたから、妄想力……もとい想像力は逞しいはずだ。
(一般的な魔法は魔力を一点に集め、それを発動者の思念で火や水などに変化させます。魔力の消費量が魔術や精霊魔法に比べ言葉通り桁違いなので、言うほど簡単ではありませんが)
ほうほう。オーラの要求量が多すぎて、そもそも発動しないって感じなのか。
俺の中で魔法と言えば「火」「火炎」っていうのが一番に浮かぶし、まずは魔力を一か所に集めて点火するイメージでやってみよう。
街道を走りながら試すには気が散るし、開けた場所でも探すかと周囲を見回すと、遠方に河原のある川を発見。これなら火遊びしても安全だぜと河原を目指す。
すたこらさっさと河原へ降りていくとサルガスの声が頭に響く。
(水分補給しとけよー。というかあれだな、生活魔術の「水生成」は覚えてないのか? あれがあると無いとじゃ快適性が段違いだぞ。川の水だと衛生面に不安が残るからな)
「覚えてないぞ。魔術はからきしだからな。だが! それも今この瞬間までだ!」
なんだか保護者じみてるなコイツ……と思いながらも、俺は魔力を解放し集中力を高めていくことにした。