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異世界を中国拳法でぶん殴る!  作者: 犬童 貞之助
第二章 工業都市ボルドー
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2-52 転生者と観察者

 ロウが薬草採取に明け暮れている頃、彼の宿泊している宿「ピレネー山の風景」にて。


「──あの時すれ違ったのは、やっぱりここで見る子だよな。連れている美人にも見覚えがあったし」


 少年と同じ宿に宿泊していた冒険者の青年──ベクザットが、自室の浴室にある湯船に浸かりながら今日あった出来事を反芻(はんすう)していた。


 彼が零した独白の通り、この土色の短髪の青年は、昼下がりに宿の外でロウたちと遭遇していた。それも商業区にある建物の屋根の上で、である。


 冒険者という身分を持ち、そこそこの実力──かつてロウを尾行した冒険者「黒の番犬」と同程度──であると周囲に認識されている彼は、潜在能力だけは高位冒険者に匹敵する力を有していた。


 普段その力を隠しているのは彼に秘密があるからで、実は彼が冒険者以外の本業を持っているからなのだが……これは本題から逸れるため割愛(かつあい)する。


 何にしても、彼は非常に高い身体能力を持っており、昼間は冒険者としてではなくその本業中ということで、本来の力を十全に生かし行動していたのだ。


 ──にもかかわらず、である。


「──あの速力に着地の安定感。明らかに俺と同等の身のこなしだったな。いや、下手したら俺以上か? 相当接近するまで気が付けなかったし。……風呂から上がったら、ちょっとあの子のことを宿の連中に聞いてみるか」


 ぼやけたような青色の目を閉じ、肩まで湯に浸かって嘆息する青年ベクザット。彼は浴室を出て身支度を整えると、早速行動を開始した。


 ──(くだん)の少年は、この宿では有名な存在である。


 まずもって、容姿が目立つ。


 この世界では殆ど見られない艶やかな黒髪に、深めの茶である褐色の肌。クッキリした目元や高めの鼻梁(びりょう)、夜空に浮かぶ月のような金眼。(およ)そ完璧と言ってもいい美貌である。異性愛者であるベクザットですら、その色気に嘆声を漏らす美しい少年である。


 そして、行動面でも目立つ。


 彼の珍奇な行動の数々は既に宿の従業員や宿泊客の中でも有名である。


 やれ成人男性三人前の料理群を十数分で消し去っただの、やれ人が寝静まる未明に一人宿を抜け出し奇怪な踊りに勤しんでいるだの、絡んできた冒険者たちを極めて高度な精霊魔法で返り討ちにしただの……。枚挙(まいきょ)(いとま)がないのである。


 更には、つい先日少年と行動を共にするようになった竜胆色(りんどういろ)の長髪を持つ美女も、これまた目立つ。


 大人とも子供ともつかないどこかあどけなさを残す彼女は、少年以上に目を惹く美貌。そしてそれ以上に彼女の容姿を彩る表情や感情の色が清く純粋で、見る者を和ませる。要するに注目されるのだ。


 ──そんな少年たちであるのだから、ベクザットは情報を集めるのに苦労しなかった。


「ああ、ロウのことかい? あの子は二種精霊使いだからねえ。あの幼い容姿だが恐ろしく強いようだよ。何でも、都市最強とも言われているあの『サラマンドラ』のリーダーと引き分けただとか、冒険者組合の一室に、竜の似姿を創り上げたとかなんとかで──」


 などと得意げに語る従業員の言葉や──。


「ロウ君のことね! あの子ってば本っ当に可愛いよね~。えっ、実力? そうそう、それも凄いんだって。何日か前、オシャレな喫茶店であの子を見かけたんだけど、もう凄かったの! 何だかガラの悪そうな男の人たちに絡まれてたんだけど、ほんのちょっと、瞬きするくらいの間に倒しちゃったんだから! 影から見てたんだけど、あたしキュンキュンきちゃって──」


 ──恐ろしい勢いで喋りはじめ、ベクザットの顔を唾塗(つばまみ)れにする女旅人。


「ロ、ロウ君のこと? そうだね……あの子は、とても活動的な子だよ。ここに宿泊しだしてもう十日くらいになるけど、宿でじっとしている事なんて、全くと言っていいほど無かったから。うん? 他の人と大きく違うところ? う~ん……力が物凄く強いこと、かな? この前宿で虫が出た時、宿全体が揺れるような、物凄い震動がロウ君の部屋で起きたし……。あんな細身で、それにしなやかなのに、信じられないくらいの怪力みたいだよ」


 ──と述懐(じゅっかい)する宿の主人の息子など。


 以上のように、ベクザットは彼らから非常に多くの情報を収集することが出来たのだ。


 情報収集を終えた青年は、一人食堂で夕食をつつきながら考えを纏めていく。


「んー。俺と同じタイプなのかと思ったけど、まさか精霊使いとはなあ……それも二種。数えるくらいしか会ったことのない精霊使いの、その中でも数えるくらいしか居ないらしい存在、か。……水の精霊の他は分からなかったけど、もしかしたらあの子が浴槽を(こしら)えたんじゃないか? あの造りは魔術で創り出されるものとは硬度や密度が段違いだし、天然岩にしては出来が均一すぎるし。というか、なんか造りが“バスタブ”っぽいんだよなあ。宿の御主人が設計したわけじゃないみたいだし、造った人のデザインらしいんだよなー」


 肉を摘まみ魚を放り込んで夕食が終わったが、ベクザットは食後に提供される酒で酔いながら、引き続き少年についての疑惑を検証する。


「一応俺と“同類”と仮定すると、力が凄く強いことにはそれなりに納得のいくところだが。魔力についても俺がそうだったように、きっと物凄く多いんだろう。だからあんな質のいい浴槽を創ることが出来た。……思いのほか筋は通るが、荒唐無稽(こうとうむけい)だなあ。生まれてこの方“同類”なんて見たことがなかったし。まあ、みだりに聞いて回るものでもないし、俺が知らないうちに会っていることもあるか? う~ん」


 自分自身と同類、すなわち異世界からの転生者ということをかの少年に当てはめてみると、不思議と奇妙な行動の数々に説明がつくような気がしたベクザットだったが……。手持ちの情報では確信するに至らなかった。


(俺と同じ転生者なら話を聞いてみたいんだけどなー。間違ってた場合を考えるとなんとも。俺が変なことを聞いてきたなんて噂を流されでもしたら、俺の本業的に大問題だし。とりあえず外堀から埋めてくか? 二種精霊使い、水ともう片方が土ってことが分かれば、浴槽のことについて質問できるし。あー、浴槽といえば、あの湯舟は最高だったな。社宅のショボいプラスチック製のよりずっと良かった。ああいうのが作れるなら、俺も精霊との契約狙ってみようかなー)


 酔った頭でとりとめのないことを考えていた彼は、地球の公務員時代やこの世界での少年時代を懐古しながら、度数の強い酒を飲み続け記憶の中へと沈んでいく。


 ──前世において大学生であったロウこと中島太郎(なかじまたろう)とは異なり、ベクザットこと駒走爽太(こまばしりそうた)は市役所勤めの社会人であった。


 事故の当日、彼は休日出勤の振り替えで休みをもらい、朝から近場の大型ショッピングモールへ買い物へ出かけていたのだが……。不幸にも電車が脱線してしまい、彼の人生は幕を閉じてしまう。


 しかし何の因果か、彼は地球とは異なるこの世界で疫病によって死にかけていた少年──ベクザットと意識が融合することで、再び生者として人生を歩むこととなった。


 今から七年前の当時、ボルドーで流行していた疫病により天涯孤独となってしまったベクザット。彼は同じようにして身寄りのなくなった子供が集められた孤児院に預けられ、そこで様々な子供たちと共同生活を送ることとなる。


 身寄りのない子供たちが集まるというだけあって、子供たちは一様に荒んでいた。


 ベクザット同様に疫病で家族を(うしな)った者、魔物に父親を食い殺された者、単純に両親から捨てられた者。愛する者を失えば人は自棄(やけ)になり、周囲のことを考えなくなってしまう。子供であればなおさらだ。


 つまりは、孤児院の中は暴力で溢れていた。肉体的なものにしろ精神的なものにしろ、日々様々な衝突が起こり、子供たちは例外なくその渦の中に身を置いていた。


 そんな中にあって、ベクザットは他者と一線を画す。


 彼は異世界の存在と混じり変質した存在、転生者である。肉体的、魔力的に大人すら捻じ伏せることが可能な能力を有し、前世において社会人として生きてきた知識経験を持つ存在。喚き散らす子供たちなど、無力な赤子のようなものなのだ。


 彼はリマージュの孤児院に引き取られたロウがそうだったように、子供たちを武力と知恵で叩きのめしてガキ大将へと上り詰める。更には前世において社会で学んだ知恵と経験を活かし、孤児院の規律を再生させた。


 その見事な手腕は孤児院の職員たちを通じて都市の官職の元へ届き、少年の人生に転機がやってくるのだが──。


「──げふッ。あの子のこと考えてたせいで、昔のこと思い出しちまった。飲みなおそ……」


 少年時代のことを頭から追い出したベクザットは、その後もびちびと飲み続け、およそ一時間後。


「ふぅ。これ以上は明日に響くし、もう切り上げ時かなあ。あの子のことはまあ、この宿に居たらその内知り合う機会もあるだろう。その時に観察やら質問やらしていって、真相を確かめていけば──ん?」


 思考を放り投げ酒を浴びていた青年は、ふと視線を感じて振り返る。


 食堂のカウンター席に座っていた彼の後ろには食事中の宿泊客らが幾人もいたが、誰もかれも食事や友人との会話に夢中な様子。自分のことなど気にも留めていない。


「気のせいか……? やっぱり飲みすぎたかな。風呂も入ったし飯も食ったし、歯磨いて寝よ」


 一種不気味なものを感じはしたがアルコールの影響だろうと結論付けた彼は、ジョッキを返却して自室へ戻っていく。


 彼は自分の姿を追う金髪金眼の少年のことに、ついぞ気付かなかった。


◇◆◇◆


 青年の監視を終えた少年──ミフルは、“誰からも関心を向けられずに”食事を済ませ、宿を出た。食事を提供したはずの人物も何故か気付かぬ、恐るべき無銭飲食であった。


[──ミフル様、如何なさいますか?]


 完全なる食い逃げを成功させた少年が、赤く焼けた空を見つめ感慨にふけっていると、大人の掌程の(さそり)が少年の肩に登り、念話を発する。


 この砂色の蠍は少年の従者の一匹であり、少年の手足となって働いている。ロウも幾度か遭遇しており、彼は気付かぬうちに監視されていたのだ。


「あの人間族には奇妙な魔力の濁りがあったけれど、魔の気配はしなかったかな。件の少年とは関係が見られないようだよ。あの青年には、少し引っかかっているところがあったようだけれどね」

[左様でございますか。御用があれば何でもお申し付けください。このシャウラ、いつでもミフル様の命を待ち望んでおります]

「そう? 嬉しい言葉だけれど、もうあの少年の周りはあらかた調べ尽くしてしまったからね。分かっていないことというと、最近現れたあの女性くらいかな? あの女性にも、かすかに魔の気配が香っていたけれど」


 従者の要求を受け、ミフルは遠方から件の美女──セルケトを観察した時のことを回顧する。


 極めて高い身体能力に、全く身体の外へ漏れ出ない魔力。魔に対する高い感知力がなければ、たとえ神であっても彼女を魔に類する存在だとは見抜けなかったことだろう、少年はそう考えていた。


[そうなのですか? 監視していた限りにおいては、おおよそ魔に類するものらしからぬ行動ばかりに思えましたが……。演技なのだとしたら、相当な食わせ物ですね]


「そこが難しいところでね。きっと彼女のあの無邪気な振舞いは演技などではなく、ありのままの姿なのだろう。ただし、ふとした拍子に魔の一面が出ないとも限らないし、それは彼女と行動を共にしている件の少年にも言える。魔の存在が固まって行動しているのは厄介ではあるけれど、監視対象がばらけずに楽であるとも言えるし、このまま監視を続けようか。僕は周辺の街道に顕れたという竜の存在を確認してくるから、後はよろしく頼むよ」

[相手は感覚が鋭く、且つ気まぐれな竜ですので、どうかお気をつけください]


 褐色少年と竜胆色の美女の監視を継続することに決めたミフルは、従者のシャウラに近距離での観察を任せ、先ほどの食事の時のように気配を断った後、光の粒子となって姿を消す。


 主が“空間魔法”で立ち去る様を見送ったシャウラは、いつもの様に街路の物陰に潜み少年たちの帰りを待つのだった。

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