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異世界を中国拳法でぶん殴る!  作者: 犬童 貞之助
第二章 工業都市ボルドー
72/318

2-48 観察するもの、されるもの

 ムスターファの屋敷に着いたロウたちは、いつもの様に中庭へと移動する。


 セルケトの類稀(たぐいまれ)なる美貌を見た屋敷の門兵は口を開けて見入っていたが、他ならぬロウの親戚という説明を受けると、(こころよ)く彼女を招き入れた。


 そんなに簡単に招き入れて大丈夫か? と思ったロウだが、ムスターファにとっては自分と孫娘の命を救った恩人であり、孫娘などは二度も救われている。彼が最大限の敬意を払い意思を尊重するよう使用人たちに命じるのも、当然だと言えよう。


「ほう。中庭というのは面白いものだな? 先ほどの庭とは(おもむき)が大いに異なっている。我はこちらの森のような庭の方が良いな」

「恐れ入ります。都市内においては人の手の入っていない、ありのままの自然というものが存在しませんから、それを可能な限り再現し中庭を一つの生態系として維持しております。この庭が完成した時、ムスターファ様は大層喜ばれたものです」


 その時の様子を思い出したのか、柔らかい笑みを浮かべる老執事アルデス。今日は彼がロウたちの中庭までの案内を請け負っていたのだ。


「閉じられた生態系か。興味深い──うむ? なるほど、流石に人が休む場は手を入れているか」

「フフフ、申し訳ありません、セルケト様」


 目的地である開けた空間に出ると、やや残念そうにセルケトがこぼす。それを見たアルデスは彼女の素直な反応に微笑ましさを感じ、おどけたように期待に沿えなかったことを詫びた。


 彼にしては珍しい態度で、庭に興味を持ってもらえたことが嬉しかったのだろうか? とロウが考えていると、中庭のテラスでお茶を楽しんでいた女性たちが出迎えへとやってきた。


「おはようございます、アイラ、ロウさん──……また女性を連れ込んだんですか?」

「おはようございます皆さん。そしてヤームルさん、のっけから酷いですね。この人は俺の親戚ですよ。はいセルケト、紹介紹介」

「ロウの親戚にしてこやつの下で世話になっているセルケトである。ふむ……しかしロウよ、貴様も存外女好きよな。しかも綺麗どころばかりか」


 自己紹介を(うなが)されたセルケトは、やってきた人物らがまたもや美しい女性だったため、そのことを揶揄(やゆ)するようにロウへ切り返した。


「知り合いが美人ばっかりなのは同意するけど、残念ながら仕事の付き合いばかりでな。こっちの栗色の髪の子がこの屋敷の持ち主の孫であるヤームルさん、隣にいる銀髪の給仕さんがフュンさん、薄い緑の髪で猫耳が生えてる子がカルラさん。で、あちらに居る白髪の女性が公爵っていうこの国で偉い人の娘のエスリウ様、隣に控えている長身で緑の髪の女性がその使用人のマルト……さんだ」


 セルケトの言葉を軽く流したロウはざっくりとした紹介を告げる。マルトの紹介では若干の間があったが、普段は呼び捨てていても人前ではさん付けで呼ぶことにしたようだ。


「はじめましてセルケトさん。この屋敷の主人ムスターファの孫、ヤームルです。ロウさんには体術の指導をしてもらっていて、お世話になっています」

「わたしはカルラです! 隣国出身ですけど、色々あって今はヤームルさんのお屋敷でお世話になってます」

「うふふ、ワタクシはエスリウです。ロウさんは様なんて付けていますけれど、好きなように呼んで下さって構いませんわ。勿論、ロウさんも……よろしくお願いしますね」


 使用人たちは頭を下げて紹介を控え、少女たちが三者三様の紹介を終える。いずれも少年の親戚だというセルケトに対し興味深げな視線を向けている。


(ロウの周りは女性ばかりですからね。幸いなことに親密な関係へと至っていませんが、時間との戦いです。早く私の人化を成さねば……)

(何が幸いだよ! 酷い奴だな全く)

(ククッ、今はまだ背後から刺される心配もないな)


 ロウはといえばセルケトの様子を見守ったり曲刀たちからからかわれたりと忙しない。それでも対応にそつがないあたり、彼は低い自己評価とは裏腹に高い対人能力を持っていると言える。



 互いの紹介を終え、ロウやヤームルたちが訓練のための準備運動も終えたところで、楽しそうに談笑していたエスリウやカルラたち見学組から要望が飛んできた。


「──というわけでロウよ、あやつらも我が戦う姿を見たいと言っておるし、模擬戦を行うぞ」

「駄目に決まってんだろうが」


 秒単位でセルケトの頼みを棄却(ききゃく)するロウ。彼女の実力が見たいがために模擬戦を行ってくれとの提案だったのだ。


 少女たちが彼女への質問を重ねていく内に高い戦闘能力を持つことが判明し、ならば彼女が対抗意識を持っている少年との模擬戦をお願いしてみよう──そういう流れになったようだった。


「ふふん。我に敗れるのが怖いか?」

「全身炭にされといてよく大口叩けるな……移動中も屋根ぶち抜いてたし、まだその身体に慣れてないだろ? 人前で模擬戦なんて当分先だ」

「むっ。確かに一理ある。雪辱(せつじょく)の機会と考えたが、尚早(しょうそう)であったか」


 ボソボソと相談することでセルケトを丸め込んだロウは、何とか彼女の力が露見する危機を脱することに成功した。


 ロウ自身、今の彼女の力がどの程度なのか計りかねている部分もある。そんな状況下で周囲の目があるこの場で確かめるなど論外であろう。


「──あら、セルケトさんの戦いぶりは見られないのですね? 残念です」

「すみませんね。というかエスリウ様、普通にこの場に居ますけど、公爵令嬢って暇なんですか?」

「うふふ。これも仕事の一環ですから。不確定な存在である貴方の実力をこの『眼』で確かめるという、ね」


「む?」「……」


 いつの間にかロウとセルケトの近くに寄っていたエスリウが話に加わり、監視を(ほの)めかす言葉を少年の耳元に囁く。


 絶世の美少女のエスリウが息遣いはおろか、髪の毛すら肌にあたる距離に寄ってきているが、少年には喜びの感情なんぞ毛ほども湧かない。


(ハァ。なんでこう、俺の周りは一癖も二癖もある人ばっかりなんだろ?)

(この娘を誘拐した張本人だし、当然と言えば当然の対応じゃないか)

(ふっ。彼女はロウを誘惑するのは、まだ若すぎたようですね)


 主人の嘆息に素早く切り返す銀刀と切り口が妙な黒刀。彼らも平常運転である。


「──エスリウさん? 見る時は訓練の邪魔をしないって約束でしたよね?」

「あらヤームル、別にとったりしないから、そんなに怒らなくても大丈夫よ? うふふ」


 にこやかな笑顔で言い知れぬ圧力を放つヤームルと、華やかな笑顔で柳に風と受け流すエスリウ。そんな二人の様子に首を傾げるセルケトに、ゲンナリとした表情を浮かべるロウ。混沌度合いが加速する中庭である。


「ご歓談中のところ申し訳ありません、お嬢様方。お時間の都合もございますので、進めさせていただいてもよろしいでしょうか?」

「勿論です。セルケトさんのお力が見れないのは残念ですけれど、代わりにロウさんの実力を確と見届けさせていただきますね」

「ふむ? エスリウは妙な奴よな。我のことがそんなに気に入ったのか?」


 進行に支障が出る前に軌道修正を行ったアルデスのおかげで事なきを得たロウだったが、彼女のしっかり見定める発言を受け顔が引きつっていた。暢気な調子でエスリウの心情を推察するセルケトとは大違いだ。


 能天気ともいえるセルケトに曲刀たちを預けた少年は、ヤームルへの指導のために意識を切り替えた。




「……」


 少年のとった構えは大陸拳法における基本姿勢、馬歩(まほ)


 目は半眼、左腕は腰に添え、右腕は手の平を正面へ向けた推掌(すいしょう)。開いた足の小指側へ体重を掛け足指にあそびを持たせるこの構えは、深く沈んだ様子からは考えられないほど機敏な動きと重心移動を可能とする。


 それは大きな動作や派手な震脚など一切ない静かな所作だったが、少年の小さな身から感じられる威圧感はただならない。武の心得などないアイラたちでも理解できるほどの圧力だ。


「──なるほど。アイラちゃんやカルラちゃんの言っていた通り、闘争状態になると別人のようですね」

「はい……スイッチが入ったロウさんは、いつ見ても怖いくらい静かで、それなのに動く時は激しくて」


「我を殴り飛ばし、体当たりで吹き飛ばしたあの体術か。なんとも面妖(めんよう)な」

「セルケトさん、あの状態のロウと戦ったことがあるのですか? 親戚との喧嘩にしては行き過ぎているような気がしますが」

「う、うむ? まあ、我もあやつも血気盛んなところがある故よ。互いに血を見るくらいが丁度良いのだ」

「「「……」」」


 ロウの様子を見ている内に話が脱線していく見学組。身体強化を施していないがため少年の耳には届かないが、集中力を乱されずかえって良かったのかもしれない。


「──では、どこからでもどうぞ」

「今日こそは、一撃入れて見せる!」


 ロウを崩すイメージでも湧いたのか、開始の合図と共に果敢に攻めたてていくヤームル。


 身体能力にあかせた強引な動きではなく、アルデスより学んだ力を集約する技法をもって身体を一本の線と成し、少年の鉄壁を崩さんと攻め立てる!


(──相変わらず鋭い。身体強化無しだと、ふざける余裕すらないな)


 ヤームルの猛攻を凌ぐロウは、その攻撃の力強さと正確さに舌を巻きつつ対応。突き出している腕を円を描くように動かし、連撃を捌いていく。


 迫りくるヤームルの中段突きを、手の甲で(まく)り上げるように逸らす“(りょう)”。


 すかさず繰り出されるフックのような逆手の鉤突(かぎづ)きを、掌で軌道をずらし彼女の体勢を崩す“(しゅつ)”。


 崩された体勢を利用して放たれる回し蹴りを、勢いづく前に掌で押さえ付ける“(あん)”。


 太極拳や八極拳、八卦掌(はっけしょう)などの大陸拳法に共通してみられるこれら円なる動きは、図らずも未明に行っていたシアンとの推手(すいしゅ)で実践された技の数々である。


「──このっ!」


 押さえつけられていた手の平を引きはがし、怒り心頭とばかりに中段突きを見舞ったヤームルだったが──少年は上体を横に流してひらりと躱し、突き出された拳を拘束。


 曝け出された少女の胸部へ、すかさず逆手の掌打──陳式太極拳小架式・懶扎衣(らんさつい)を叩き込む!


(ふん)ッ」

「かはっ!?」


 掌打と同時に足払いをかけられ派手にすっころんだヤームルだったが、容赦のないロウの蹴撃が迫ると身を転がして間一髪と回避、なんとか距離を取って体勢を立て直す。


「──速くて鋭い、何より攻撃が連なった良き攻め手でした。ですが、ヤームルさんは熱くなりやすいところがありますね。感情が昂ると視野が狭くなりがちです。攻める気持ちを持ちながらも、そこに“動中求静(どうちゅうきゅうせい)”……内面を乱さぬような心掛けが、攻め立てる時にこそ肝要となります」


「ぬぐぐ……」


 威圧を解き、ロウは教師モードで分析を告げる。


 内心は指導を始めた当初よりも格段に良くなった彼女に対し強く感心したが、訓練中なので改善点を重点的に挙げ、軽く褒めるにとどめていた。


 ヤームルはまたしてもいいようにあしらわれたことに不満気だったが、少年が再び構えたため不平を零す間もなく急ぎ魔力を肉体に巡らせる。


「さてさて、見事な攻めでしたが……今度はこちらから行きますね。上手い事切り返してください」

「えっ!? もうちょっと待っ──」

「──()ッ!」


 慌てるヤームルに対し敵は待ってはくれないのだと言わんばかりに、ロウは右掌底で彼女の防御の構えごと吹き飛ばした。


 彼は意識が切り替わると非常に好戦的となる。丁寧な口調など見せかけなのだ。


 時に攻めに回り、時に守勢となり。ヤームルの動きの改善を促しながら、ロウはみっちりと彼女を扱いていった。


◇◆◇◆


 他方、見学組はというと。


「──見事なものですね。速さや力はヤームルさんの方が上回っているのに、まるで赤子扱い。……以前私が下した評価は的外れだったようです」


「マルトは主観の入る予測が苦手だものね。ただ、こうなると……彼の扱いには困ってしまうわ。彼個人の実力も底知れないのに、同等の力を有しているらしいセルケトさんの存在。ワタクシの『魔眼』で魔力の漏れが一切見られない彼女も只者じゃない以上、迂闊に手を出せない……じれったいものね」


 丁度ロウがヤームルを扱き終えアイラの指導へと向かっているとき、人外の主従が互いの認識の共有を行っていた。


 彼の奇妙にして力強い動きは、対人戦において実に厄介である。魔力を纏っていない状態でヤームルを圧倒している以上、身体強化が施された状態がどれほどのものになるのか想像もつかない。


 更にその魔力までも底知れぬとなると、上位精霊のマルト、魔神のエスリウをもってして心胆寒からしめるものなのだ。


「体術だけでも嫌になるくらい厄介だから気が進まないけれど、彼の精霊魔法の戦闘技術も見ておかないとね。あの変わった水のゴーレムを見る限り、こっちも尋常じゃないことは分かる──マルト? 何かあったの?」

「お嬢様、アレを」


 ロウから視線を外していたマルトが示したのは、浅葱色(あさぎいろ)の猫耳美少女に上機嫌で語り掛ける竜胆色(りんどういろ)の美女。言わずもがな、カルラとセルケトである。


「──ふふん。良い目をしているなカルラよ。ロウの刀剣も常ならぬものだが、我の靴はそれをも凌ぐ。あやつの曲刀と我が脚でもって切り結んだこともあるのだよ」

「やっぱり、そうですよね? はじめ見た時は綺麗な靴だな~って思ったんですけど、何だか不思議な圧力を感じたというか、見えない力を感じたというか。『視』てびっくりしましたよ! セルケトさんの靴、どういった由来のあるものなんですか?」

「う、うむ? これは我の身体に合わせて形を変える靴でな──」


「「……」」


 主従が魔力で強化された耳をそばだてれば、そんな会話が聞こえてくる。


 セルケトの言うような使用者に合わせて形を変える靴というものも、確かに存在するが──。


「──あの子の持っていた黒刀、『赤蠍(あかさそり)』の持っていた曲刀のはずよね? ワタクシの記憶が正しければ、金属鎧すら紙きれの様に切り裂く切れ味だったはずだけれど」


 そう、エスリウはロウの持つ曲刀が腕利きの傭兵たち「赤蠍」の所有物であり、尋常ならざる業物であったことを記憶していたのだ。無論、マルトも同様である。


「はい、間違いありません。もう一方の曲刀も同様で、これも並外れた切れ味を誇っていました。彼女の話では、それらと打ち合って傷一つ付かないということですが……お嬢様の『魔眼』で見られても、何か特殊な力が窺えませんか?」


「……いえ、あるわ。濃い紫の魔力。薄っすらと漏れ出る程度だけれど……物凄い濃さね。彼女の言う通り、あの黒刀とも打ち合えるかも」

「金属鎧を切り裂く刃と打ち合える靴、ですか。魔物由来で、装着者に合わせて変形する……あるいはあれが彼女の武器なのかもしれませんね。丸腰と判断したのは危険でした」


 異常ともいえる魔力を纏ったセルケトの靴に対し、警戒感を強める主従。


 実際には着飾る楽しさに目覚めたセルケトの、単なるおめかしでしかないのだが……そんなことを二人が知る(よし)もない。


 その後もカルラとセルケトの話に聞き耳を立て注意を向けていたエスリウたちは、結果としてロウの魔法戦闘を見逃してしまうこととなる。


 母たる魔神バロールより「魔眼」を継承したエスリウであれば、ロウが魔法を放つ際に操る魔力が、魔神特有の赤系統であることを看破したはずだったのだが──幸か不幸か、それが現実のものとなることはなかった。


 互いが互いを魔神だと認識するのは、まだ先の話である。

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