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異世界を中国拳法でぶん殴る!  作者: 犬童 貞之助
第二章 工業都市ボルドー
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2-47 セルケトの社会見学

(魔力の反応があったけど、また何か問題を起こしたのか?)


 朝食を終え自室に戻ると、留守番をしていた銀刀の開口一番がこれである。


 問題を“起こす”というあたり、普段サルガスが俺に対してどのように考えているかが窺い知れるというものだ。


「セルケトが宿泊客にちょっと絡まれたんだよ。思ったよりは穏便に事が済んだけどな」

「人族の街も興味深いものだが、面倒事が付いて回るのは考え物よな。して、ロウは誰と話しているのだ?」


 そして当然のように俺の自室にやってくるセルケト。ガチョウの(ひな)かよ。


(穏便に済んだということは、相手は辛うじて生きているのですか?)

「怪我すらしてないぞ。というかギルタブもサルガスも、セルケトにも念話を拡張することってできないか? 俺にだけ話しかけられても混乱する」


(そう言えばそうだったな)(気は進みませんが、仕方がありませんね)

「むおっ!?」


 曲刀たちの念話が届いたのか、びくりと身体を震わせるセルケト。突然見知らぬ声が脳に響けばそりゃ驚くだろうが、なんとも可愛い反応だ。


「折角だし改めて自己紹介でもしていくか? 俺はロウ、なんと驚き魔神です。さあ(あが)めろ!」

(……俺はサルガスだ。昨日セルケトとロウが斬り合った時に振っていた銀刀が俺だな)

(私はギルタブです。かつて貴女の腕を斬り、脚を断ち、舌を切断したのは黒刀は、何を隠そうこの私なのです)

「我を斬ったことを誇らしげに言われるのも(しゃく)なものよな。我はセルケト、迷宮より生まれし魔物である。(もっと)も、今では母より勘当されてしまったがな」


 混沌とした自己紹介が巡る。

 しかしなるほど。セルケトは迷宮で生まれた魔物なのか。


「迷宮から勘当されるって、迷宮に居られなくなったから外へと出てきたのか?」

「そうだが、それはごく最近のことだ。我は元より母の力を吸い、記憶や精神を継いで生まれ落ちた。生まれてからは獲物を求めて迷宮の外へ出向き人族らを狩って回ったが、ある時手痛い敗北を喫してな。無論、貴様にやられた時のことだ」


 むすっとした表情のまま彼女は語る。


 その表情が拗ねた子供のようで、かつて道場で世話を焼いていた子供たちのことが脳裏に浮かんだが、彼女の話はまだ続くようだ。


「傷を負った我は母の元で傷を癒していたが、傷を回復させるだけでは貴様に勝てぬと考えて、母の力をより吸収し我が力を高めんとしたのだ。結果として我が力は飛躍的に高まり、身も凝縮され言葉も話せるようになったが……母の力を吸収し過ぎたせいか、迷宮中の魔物が我と敵対する様になってしまったのだ」


「親から無心しすぎて勘当ってことか」

(真相は分かりませんが、セルケトが言葉を発するようになったことや、人の身体を獲得したことも影響していそうなのです)

(親から捨てられたか、不憫(ふびん)な奴だ。おいロウ、きちんと面倒見てやれよ?)


 セルケトの身の上話に対し好き勝手に言い合う俺たち。


 彼女は俺からの敗北により生まれ変わったというし、サルガスが面倒を見ろというのも(あなが)ちお節介というものでもないかもしれない。


「まあ、俺がぶっ殺そうとしたおかげでお前も旨い飯を堪能できるようになったんだし、ノーカンだな」

「ふんっ。忌々(いまいま)しいことだが一理ある。貴様は謝罪の意思があると言っていたし、我は(はばか)ることなく貴様を使い倒すとしよう。それでけりだ」

((納得するんだ……))


 本人が良いと言っているなら良いのだろう。それはそうと。


「セルケト、お前って完全に魔力を遮断すること出来るか?」

「むっ? やってやれんことは無いが、いきなりどうしたというのだ?」

「人族社会では皆働いてるのが普通で、俺も普段は働いてるんだよ。それでもうすぐ出かけなきゃいけないんだけど、セルケトが魔力を上手く隠蔽できるのなら、社会見学もかねて連れて行こうかと思ってな」


 怪訝そうな表情を浮かべるセルケトに事情を説明。


 時間的にはそろそろ報告のために冒険者組合へ出向く頃合いである。アイラの迎えにも行かなければならない為、出来れば素早く行動したいところだ。


(セルケトを連れて行くのですか? 厄介事を起こしそうな気しかしませんが)

「ちょっと傲岸(ごうがん)なところがあるけど、そんな態度も人族にもいる範囲内だ。俺としては目を離す方が不安でな。とりあえずセルケト、ちょっと魔力を操作してみてくれ」

「ふむ。宿の外というのも気になるが、ロウの傍でないと先ほどのような事が起きた時に面倒よな。どれ──」


 おとがいに手をやり考えるそぶりを見せた彼女は一つ頷き、身から漏れ出ていた僅かな魔力を内へと引っ込めてみせた。


「おお、見事なもんだな? 流石魔物、気配や魔力を消すのはお手の物か」

「ふふん。いつぞやは貴様も気配を消して奇襲を仕掛けてきたが、我に比べればまだまだひよっこよ」

「はいはいそうですねー」


 少し褒めると大いに増長するセルケトなど、雑な扱いくらいが丁度良い。


 彼女の言葉を軽く流して話を切り上げた後は、身だしなみを整え準備完了。


 流石にセルケトを冒険者組合へは連れて行けないので、彼女は異空間に入ってもらい俺は組合へと急いだのだった。


◇◆◇◆


「あ、ロウ君、ちょっと待って」


 冒険者組合でベルナール支部長にセルケト討伐報告の詳細を行った、その帰り際。胸元が大変すばらしい受付嬢のダリアから呼び止められた。


「はい。先ほど受けた依頼で、何かありましたか?」

「ううん。前と同じ薬草採取だから特に伝え忘れはないよ。そうじゃなくって、はい、これ!」


 依頼の件でなければ何事かと思っていれば、ダリアの手にはきらりと輝く金属プレートが握られている。


「これは……組合員章ですか? もう完成したんですね」

「最近忙しかったからもっと遅れる可能性もあったんだけど、支部長がロウ君の組合員章だけは遅らせるなって伝えてあったからね~。ふふっ」


 ベルナールの様子でも想像したのか、おかしそうに口元に手をやるダリア。


 腕に寄せられることで胸がより強調されて、深山幽谷(しんざんゆうこく)の様な谷間が顕現している。あの谷へ身投げすることができれば、きっとあらゆる悩みから解放されることだろう。


(はぁ。身投げしてくればいいんじゃないですか?)


 黒刀の冷たい態度はブレない。というより段々と冷淡さに磨きがかかってきている気さえする。


(それでも態度を改めないあたり、お前さんも相当なもんだが)


 改めるなどとんでもない! 美しきを愛でるは人の本能であろう。


 ダリアの胸をガン見しながら組合員章を受け取り、その役割について説明を受ける。


「組合員章には組合員の基本情報や、こなしてきた依頼の情報が魔術的に記録されてて、別の支部に行った時でも、その人のことがすぐに分かるようになってるの。複製や改造も出来ないよう強力な保護魔術がかけられてるから、身分証としてもバッチリだよ!」


「身分証として使えるのは便利ですね。失くしてしまった時の再発行は可能なんですか?」

「出来るけど、本人確認ができるものや発行手数料が必要だったり、色々手間かも? 出来るだけなくさないようにね」

「はい。ありがとうございました」


 ダリアに別れの挨拶を告げて冒険者組合を後にする。アイラの迎えに行くには少し遅い時間だから、なるべく急がねば。


 大通りから脇へ逸れて路地へと入り、そのまま壁を蹴って屋根へと駆け上がる。

 近くにいたご婦人に驚愕されたが、急いでいるので多少は目を瞑ってもらおう。


 屋根に到着後、異空間を開門。今のうちにセルケトを呼んでおかないと、アイラの前で空間魔法を使うハメになってしまう。


「──ふむ? 用事は終わったのか?」

「終わったぞ。今からはお仕事だ。俺やお前が魔法を使えること、そして魔力は必ず隠蔽すること。しっかり頼むぞ?」

「我とて面倒事など御免被る。言われるまでもない」


 屋根へと這い出てきたセルケトは、ニットの袖が付いた白いトップスに、裾が彼女の足首まで伸ばされた藍色(あいいろ)のパンツ、乳白色のシャツワンピースを羽織っていた。


 とても元が俺の古着とは思えない。オシャレさんかよ。


「うん? そんなブーツ、俺持ってたっけ? それもシアンが作ったのか?」

「ふふん。これは我が外殻を魔法で変質させた履物だ。良いものだろう?」


 俺がセルケトの履く赤黒い靴へと言及すると、彼女はさも得意げな様子で語る。魔法で靴を作るとは器用な真似しやがる。


 というか、外殻て。ムスターファ家で査定してもらった時に、超高級金属鉱石で滅茶硬い、ミスリル並みの価値とか言っていたような気がするぞ。今の外殻は以前のより更に硬そうだし、滅茶苦茶高級品なんじゃねえか?


「人に聞かれた時に自分の外殻だとかいうなよ? とりあえず時間もないし出発だ!」


 セルケトの外殻を利用した金儲けが脳裏をよぎったが、出所を調べられると不味いと棄却。アイラを迎えに行くために思考を切り替え、居住区へと向かった。


◇◆◇◆


 疾走、跳躍、着地、また跳躍。


 屋根伝いに商業区から居住区へと急行する途中でセルケトを観察するが、人型へと変化したにもかかわらず、彼女の身体能力は極めて高い。


「──むっ?」


 感心しているとセルケトの足が屋根の(ふち)をぶち抜いた。高すぎる身体能力故に加減は難しいようだ。


 素早く魔法で縁を修復し、また疾走。城壁も飛び越えてショートカットを行い、数分でアイラ宅に到着する。


「ふむ。我が人の身に慣れておらぬのもあるが、ロウの身のこなしも見事なものよな。あれ程大きな動きをしておいて、音というものがまるでしなかったぞ」

「元々隠れ忍んで行動することが多かったからな……アイラー! 来たぞー!」


 考え込むように話すセルケトに軽く返してアイラを呼ぶ。もはやインターホンや呼び鈴のない様式にも慣れたものだ。


 呼びかけてからほどなくして、可愛らしいベージュのワンピースを纏った少女が姿を現した。腰元には細めの革ベルトが締められており、愛らしいばかりではないのだと主張しているようにも見える。


 総評、背伸びしたい幼子という風で非常に可愛らしい。これは目に入れても痛くなさそうである。


「えへへ、おはようございます、おにーさん。今日はもう準備バッチリ──」


 既に外出準備は万端だと出てきたアイラだったが、俺の隣にいる美女を見て言葉と動きのどちらも止めた。


「ふむ。この少女をロウが指導するのか? 小動物のようだが、貴様の指導に耐えうるのか?」

「外見は可愛らしいもんだけど、実力はかなりのもんだぞ。っと、おはようアイラ。この人は俺の親戚のセルケト。少しの間面倒を見ることになったから連れてきたんだ。ほらセルケト、お前も挨拶しなさい」

「我はセルケトだ。先の通り、こやつの世話となっている」


 ふふんと豊かな膨らみを反らし、居丈高(いたけだか)に言い放つセルケト。


 黙っていたら美人なのに、話した途端に台無しなやつである。


「……え? 世話になる、んですか? セルケトさんが? おにーさんにっ!?」


 しばし呆然としてセルケトの姿を眺めていたアイラだったが、言葉を消化したのか素っ頓狂(とんきょう)な声を上げて驚きを露わにした。


「セルケトは世間とは切り離されたような場所からこの都市にやってきていて、世情や常識に疎いんだ。だから俺が面倒を見ざるを得ないって感じだな」

「ふわ~。おにーさんの親戚ってだけあって、物凄く綺麗なおねーさんです……格好も凄く素敵だし」

「良い着眼点であるな少女よ? これは我が友人に繕ってもらったのだ。我も気に入っておるのだよ」


 アイラがセルケトの衣服について言及すると、またも得意な様子で語るセルケト。


 俺の眷属(けんぞく)であるシアンは彼女の友人一号となったらしい。仲良きことは美しきかな。その調子で人族の友人も作ってくれ。


「あ、ごめんなさいっ! あたしはアイラって言います! よろしくお願いしますっ!」

「謝罪など不要だアイラよ、我の姿が紹介を忘れてしまうほど魅力的だった故ならばな。……ロウより幾分若いのに立派なものよな」

「うっ。あたし、これでもおにーさんと同い年なんですよ……」

「「えっッ!?」」


 突然告げられた驚愕の事実に唖然とする俺たち。俺より頭一つ分くらい小さいアイラが同い年だと!?


(人族の成長はまちまちらしいですから、そう驚くことのものでもないでしょう)

(そうだな。というか、アイラがロウと同じ年齢と知っていて兄と呼んでいる事の方が気になるが)


 曲刀たちにはそれほど衝撃が無かった様子。言われて見れば、言うほど不思議じゃないか? 初めて会った時の印象がまさに幼子って感じだったから、それに引きずられたか。


「礼を失してしまったか。許せアイラよ」

「俺もまさか同い年だとは思わなかったな。随分しっかりしているとは思っていたけど」

「あたしも、ヤームルさんからロウおにーさんが十歳だって教えてもらった時はびっくりした! でも、おにーさんはおにーさんって感じだから、おにーさんって呼んでるんだ。えへへ」

「そうか。今後もお兄さんって呼んでもらえるように頑張っていかないとな」

(そういうことだったか。ククッ、ロウよ、責任重大だな?)


 無邪気に語るアイラを見ていると、この子の期待に応えねばという気になってくる。たとえ異世界にあろうとも、子供の憧れとは(とうと)く、(たっと)いものなのだから。


 互いの紹介が(つつが)なく終わったところでムスターファ邸宅へ向けて出発。


 事前に伝えていないけど、アイラの時と違って今回は訓練に加わるわけでもないし、大丈夫だろう。きっと。

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