2-44 世話焼き眷属と人型魔物
「う~ん、意外と早く終わっちゃったから、時間が空いちゃったね」
「あっという間でしたからね。移動の方が時間が掛かったくらいです」
修道院を出てボルドー商業区へと戻ってきたロウとダリアは、氷の大傘をさして歩きながら冒険者組合を目指していた。
今の時刻は夕方というにはまだ早いが、雨天であるため商業区の目抜き通りすら人通りは皆無である。出歩いているのは少年が幾度か遭遇している砂色の蠍くらいだった。
「これならボロボロになった服を買い替える時間もありそうです。あ、ダリアさんも一緒にどうですか?」
(まあダリアは仕事があるし断られるだろうけど)
──などと考えていたロウだったが。
「じゃあついていこっかな? 夕方まで戻ってこなくていいと言われてるし、ロウ君の服選びも見てみたいし!」
「マジですか。それじゃあアーリア商店に行きましょう」
(ぃいよっしゃぁぁあッ! デートきたー!)
ダリアからのまさかのOKで、心の内で荒れ狂う日本海の様に喜びはしゃぐロウ。実に単純である。
(はぁ……さっき死にかけたばかりなのに、ロウはマイペースすぎるのです)
そして冷や水を浴びせるギルタブ。これもいつも通りである。
黒刀からの小言など聞こえぬと、ロウはルンルン気分でダリアと共にアーリア商店へと向かった。
ダリアと共にアーリア商店へと入り、ロウはまず一階の売り場であの魔道具はどうだのあの香水の匂いはどうだのと寸評しながら店内を歩いて回る。
いつぞや売り場管理を任されているヤームルから商品についてあれこれと聞いていたので、トークのネタには困らないようだ。
会話を楽しむうちに二階の紳士服売り場に到着したロウは、売り場の責任者でもあり、かつ少年を着せ替え人形にし遊んでいた筆頭でもある店員と遭遇した。
「いらっしゃいませ──あら、ロウ様……お召し物をお探しですか?」
「こんにちはアイシャさん。お察しの通りで、服を買いに来ました。見ての通り泥やら血やら穴やらで酷い状態になったもので」
ロウの汚れた格好を見た彼女は金のポニーテールを揺らして驚いたが、直ぐに意識を切り替え少年の要件を聞いていく。
「ふふっ。まだあの事件から一週間も経っていないのですが、また何かに巻き込まれてしまったのですね? ロウ様は随分と巻き込まれ体質なのですね」
「いやー今回のは巻き込まれたっていうか、強制的にお願いされたっていうか」
ロウとアイシャの会話を興味深そうに眺めていたダリアだが、少年に何やら災難が降りかかったらしいと知ると好奇心が疼いた。
「あの事件……? ロウ君、何か事件に巻き込まれちゃったの?」
「既に解決済みなので、ご心配頂くようなことではございませんよ。お客様はロウ様のお姉様で……?」
「あ、私は冒険者組合職員のダリアです。今日はロウ君の付き添いで来ました。この子余裕そうな顔してますけど、さっき治療するまで全身に火傷や出血があったり、お腹に穴が空いてたりしてたんですよ」
「──ええっ!? 大怪我じゃないですか!?」
「もう奇跡で治っちゃったのでセーフですよ」
腹を大槍で穿たれても治れば大丈夫と考えるあたり、ロウの思考は随分常識離れしてきている。しかし、店内では武装解除によって突っ込み役たる曲刀が不在のため、彼がそのことに気付くことは無かった。
「……流石ロウ様、色々と規格外ですね。とりあえず前の様に幾つかお召し物を見繕いますので、少々お待ちください」
ロウの発言により薄緑の瞳が大きく見開かれたがそこはプロ。アイシャはまたも素早く意識を切り替えて使命を全うせんと行動を開始する。
そんな彼女を見ながらダリアがポツリと呟く。
「流石で片付けちゃうってことは、前にも似たようなことがあったの?」
「う~ん、似たようなことというか似て非なることというか」
商店に襲撃を仕掛けた賊を撃退し、どころかその賊の拠点を壊滅させた。それもただ一人で。確かに、非常識加減では似たようなものではある。
「ロウ君のことだし、多分非常識なことやったんだろうな~。何となく私も、ロウ君のことが分かってきたかも」
「ギクゥッ!? 甚だ不本意ですが、否定できないのが悲しいです」
お茶を濁したロウだったが、ダリアにはお見通しだったようだ。彼女は白い眉を寄せ困ったものだと嘆息する。
「まあ詳細はアイシャさんが戻ってきた時にでも──って、また人が増えてる」
噂をすればなんとやら、アイシャがロウたちの下へと戻ってくる。が、何故か他の女性店員も増えていた。
美少年は女性店員からは逃げられない。ロウは再び着せ替え人形にされてしまうのであった。当然ダリアとのデート気分など雲散霧消である。
「おぉ~ロウ君、可愛いよ! うんうん。今度はこっちの緑テイストの感じで──」
(まあ、ダリアも楽しそうだから良いか……)
相手が楽しそうな様子なら仕方がないと半ばヤケクソにされるがままとなるロウ。結局ダリアが組合へ戻る時間となるまで、少年は彼女たちのマネキン係となったのだった。
◇◆◇◆
ところ変わって魔神が創り出した異空間。
完全なる人型となった魔物が目を覚ます。
「──むっ!? ここは……?」
輝く金のメッシュが特徴的な竜胆色の長髪を持つ美女、セルケトである。
彼女は上半身を起こし周囲を確認するが、白ばかりの奇妙な空間だということ以外、何も分からない。
「──つぅ。くっ、そうか。我はあやつに殺されたはず。となれば、ここは死後の世界か……?」
身体の内側は再生しきれてなかったのか、痛みで顔をしかめるセルケト。
僅かばかりのモノがある以外は白一色の空間にいる上、直前の記憶がロウに放たれた雷撃の瞬間。彼女が今いる空間を死後の世界と結びつけるのも、仕方がないことかもしれない。
そうやって混乱する彼女に近づく二つの影。ロウから彼女のお守を仰せつかった石竜と眷属シアンである。
「──む? うぉっ!?」
気配に気が付き振り向けば、竜と正体不明な水人形。セルケトが驚くのも道理といえよう。
[[……]]
他方、ロウから彼女の見張りと世話を命じられた彼らだが、如何せん話せない。
どうしたものかと首を捻る彼らは、用件などジェスチャーで伝えるほかは無いと考え、まずは試してみることにした。
「──その姿、あやつの配下かっ!? ふんっ、力を十全に使えずともこのセルケト、ただでは死なぬぞ!」
シアンがみょーんと変形しロウの姿を模したところで、それを目にしたセルケトが大いにいきり立ち、ローブを脱ぎ去り構えを取る。
「!? こ、これは? 肉体が変化しているのか……?」
勢いよく立ち上がった彼女だが、自身の身体に大きな違和感を覚え、身体を確かめていく内に一触即発といった空気を霧散させていった。
「魔力枯渇を防ぐため肉体を魔力に変換し、身を削って命を繋いだまでは覚えていたが……。よもや人族の、それも人間族のような肉体になろうとは。元は人間族への憎しみから生まれた母や我だというのに、皮肉なものよな」
相手が襲ってこないものと判断すると、セルケトは身体の調子を確かめるようにしなやかな肢体を動かしていく。
[──]
そんな彼女の行動に乗じて、シアンは身振り手振りや変身変形を駆使し、彼女との意思疎通を試みた。少なくとも攻撃の意思がない事は示せたはずだと己を奮い立たせ、ロウがこの空間に彼女を保護した事を、一人二役で演じ伝えていく。
うねうね、みょいんみょいんと形を変えるシアンブルーな物体。それを胡乱気な目で見つめる全裸の美女と、二人のやり取りを心配そうに見守る石竜。
褐色少年より生じた異空間情勢、複雑怪奇也。
「……あの少年に敵対の意思は無し、か?」
[[っッ! っッ!]]
ややあって、沈黙を破ったセルケトの問いに対し、シアンと石竜は首が折れそうな勢いで首肯する。言葉が話せずとも、熱意と誠意をもって事にあたれば相手に伝わるものだ。
「にわかには信じられんが……このローブもあやつの身に着けていたものだったし、うぬらの態度も考えるに、納得する他なし、か。二度も殺されかかった相手に保護されるとは、どういうことだ? いや、そもそもこの空間は一体何なのだ?」
セルケトは頭を捻るが答えなど当然でない。
人間族の少年だと思っている相手が魔神であることや、ここがその魔神によってノリと勢いで創り出された空間であることなど、思いもしない。
思い悩むセルケトに対し、人型に戻ったシアンは異空間にあるロウの衣類を見繕って、未だ全裸を維持していた彼女に着せていく。
[──]
「むっ? 着ろというのか? なるほど、知っているぞ。これは人族の言うところの着飾るというやつだな? ……むぅ、服が小さい……」
迷宮より受け継いだ記憶・知識の中にあった衣服の着用に心惹かれるセルケト。
しかしロウよりもずっと長身であり、何より細身とはいえ出るところが出ている彼女には、残念ながら彼の子供服ではきつ過ぎた。
意気消沈するセルケトを見かねたシアンは、創造主の古着の幾つかを解体することで新たな衣服を作り上げる。
彼女に合わせて裾の調整をしたり、ローブをシャツワンピース風に改造したりと工夫を凝らし。そうして完成した衣服は商店にある物ほどの出来ではなかったが、この世界の一般市民が着る服よりはずっと見栄えのするものだった。
これはシアンの知識が創造主であるロウと共有されていて、地球時代の知識を有しているからである。
体を自由に変形・硬質化することで、衣類を作る過程で必要な様々な道具を自前で用意でき、且つそれを自在に操れたシアンだからこそだ。知識を持っていても技術を持たないロウには不可能な芸当である。
「おぉっ! 我のために作ってくれたのか!? 感謝するぞ珍妙な従者よ! よしよし、しからば早速──」
[……]
珍妙な従者呼ばわりされたことに衝撃を受けたシアンだったが、セルケトの楽しそうな様子に怒る気も失せやれやれと肩をすくめる。
その後もセルケトにせがまれ、シアンはもう何着か服を作ることにした。
勝手に創造主の古着を解体しているが大丈夫だろうか? とも考えたシアンだったが、服作りも面倒を見るの範疇だろうし、何より今更だと開き直ることにした。
そうやって開き直るシアンを見て、石竜は「子は親に似るのだなあ」としみじみと思いながらも、セルケトとシアンのやり取りを羨まし気に見守るのであった。