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異世界を中国拳法でぶん殴る!  作者: 犬童 貞之助
第二章 工業都市ボルドー
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2-32 第二回空間魔法実証実験

「第二回! 空間魔法実証実験! パチパチパチ~」


 ボルドー生活五日目。夜明け前、レイニーデイ。自室の窓の向こうではどんよりとした雲が空を(おお)い、終日雨の様相を呈している。


(魔神様はいつでもマイペースだな)

(ロウの規格外さにも納得がいったのです)


 俺の言葉を無視し、魔神がどうのと語る曲刀たち。昨夜明かした俺の正体についての話題を未だに引っ張っているようだ。


 俺が魔神だと言った時の彼らの反応は、意外にも落ち着いたものだった。


 魔族と考えてもなお常軌(じょうき)(いっ)した魔力に、元々疑問を持っていたという。通常一体でも創れば魔力の枯渇間違いなしの高機能ゴーレムをばかすか生み出せば、そりゃ疑問を持とうものか。


「ともかく、空間魔法の実験だ。今日は組合で報告を聞く以外に用事もないし、ひたすら研究に打ち込むぞ」


(打ち込むといっても、そんなに空間魔法の案があるのか? 今更魔力の量については心配しないが)

「グラウクスに魔神だと教えてもらって、考えとしてはあったけど流石に無理だろうと諦めていた没案も、もしかしたら実現できるかもって思ったんだよ。空間魔法は魔力の使用量がとんでもなく多いし、失敗したとしても魔力制御の練習にはなるから、やらなきゃ損って奴だ」


(魔力量が有り余っているロウだからこその発想ですね)


 涼やかな声に呆れられながらも早速実験に取り掛かる。防音魔法を張り巡らせて、まずはゲームや漫画でよくある空間断絶魔法に挑戦だ。


◇◆◇◆


 空間とはスペースであり、フィールドでもあり、エリアでもあろう。空間魔法とはそれらに干渉し、空間を介して世界の改変を行う術である。


 ならば空間断絶魔法となれば、それら空間を断絶、つまり隔離ないし制限をかけるものとなるだろう。


 ではその断絶は、果たして何から引き離しているのか? それを考える際に参考となる好例が、俺の創り出した魔法の中に存在する。


 その名も「透明化」。名が示す通り、対象を透明に“見えるように”する魔法である。あくまで他者から透明であるかのように見えるだけで、事実そこに存在しているのだ。


 対象の周囲の空間を捻じ曲げることによって周囲からの音や光を遮断(しゃだん)し、光や音の反射によってモノを知覚するという、生物一般の五感を(あざむ)くこと。これがこの魔法の原理である。


 であるならば、「透明化」は空間断絶には当たらないだろう。あくまで特定の物理現象に制限をかけ他者を欺いているにすぎず、直接他者に対して制限をかけているわけではないからだ。


 このことから考えるに、空間断絶魔法とは特定物理現象のみならずあらゆる現象から断絶するもの、もしくは“他者からの”断絶に重点が置かれるもの、そういった定義ができるだろう。


 真に断絶を目指すならば前者の例が完成形だが、自然現象まで制限してしまうのは避けたい事態である。


 というのも、外部の情報までも制限されてしまうと、透明化がそうであるように、自分自身にとっても外部の情報が得られないという不利益を被るからだ。


 そうすると目指す方向は光や音、物体の運動などの物理現象を制限するというよりは、意識を持つ他者の介入を締め出す魔法だろうか。


(小難しいこと考えてるな。要するにどういうことなんだよ)


「昨日の訓練でヤームルやフュンが使っていた魔術、物理障壁の応用になるってことかな」


 あの魔術は一定以上のエネルギーや魔力の動きに対して制限が働く仕組みだったが、俺が目指す形は、他者の意識が介在する現象の一切を排除する断絶空間だ。


(意識が介在する現象の排除、とは?)


「空間内への侵入や物理的な攻撃、魔術魔法みたいな遠距離攻撃、意識ある存在が意図して行う行為の全てを弾き返す。そんなところかな」


(そこまでいくと空間断絶というよりは、もはや任意の空間創造の域ですね)

(流石魔神だ。発想が違う)


 照れるわー。褒め言葉では無いだろうけど。


 考えが纏まったところで実行に移す。思い描く大きさは一立方メートルほど、ベッドの上にでも創ってみよう。


 魔力全力解放、全開制御。

 己が描いた魔法を生み出さんと紅の魔力を一点に向けて流し込む。


((──おぉ~))


「ふぅ。意外と早かったが、果たして……」


 ものの十秒ほどで手応えアリ。


 肉眼では判別できないが、魔力の流れに目を()らせば立方体がベッドの上に鎮座している。そのまんまだけど「断絶空間」と名付けるか。


「成功したかな? よし、サルガスで試し斬りを──」


(おい待て。お前が言うには、あの空間魔法はあらゆる現象を弾き返すんだろ? 俺で斬ればその衝撃が跳ね返るんじゃないか?)

「……そうかもな。強度テストもかねて危うく全力でぶった切るところだったぞ」


(ふざけんなッ!)


 ぶち切れるサルガス。ものを斬るべき曲刀がキレるとはこれ如何に。


((……))


 ぶち上げた渾身のギャグは何故だか受けが悪かった。解せぬ。


 冷たい反応にもめげずに実験続行。まずは軽く耐久テストと身体強化無しの右ストレートで殴りつける。


「は! ……うーん、びくともしない」


 肉のぶつかる打撃音、しかし微動だにしない不可視の立方体。


 身体強化無しとはいえ、素の身体能力すら大型猛獣並みにヤバい俺である。成人男性が悶絶するどころか数メートルぶっ飛ぶ強烈パンチだが、この障壁はものともしない。


「ならば良し!」


 身体強化二割運転!


 踏み出した足の震脚と共に打ち出す中段突き──八極拳(はっきょくけん)金剛八式(こんごうはっしき)衝捶(しょうすい)ッ!


「どっせいッ!」


 震脚により床がみしりと鳴り、衝捶の衝撃で室内がガタガタ揺れるが──立方体に傷は見られない。こやつめやりおる(のう)


(おまッ!)

(部屋が壊れますよっ!)


「もう一丁!」


 身体強化五割ッ!


 円を描くような両腕の動きと共に重心、内力を右脚へ集め、一気に踏み込む!


 しなった枝が戻るような急激な動きと共に、左腕の掌打──陳式(ちんしき)太極拳(たいきょくけん)小架式(しょうかしき)単鞭(たんべん)を叩き込むッ!


(ふん)ッ!」


((ちょっッ!?))


 豪打炸裂ッ! 破砕音を轟かせながらも破壊完了ッ!


 立方体は構成していた魔力を霧散させながらも無事に消失していった。


(破壊完了! じゃねーよ馬鹿ッ! 宿ぶっ壊す気か!?)

「いや、防音魔法展開してるし大丈夫かなって」

(床も危うく粉砕するところだったのです)


 曲刀たちに猛ひんしゅくを頂き床へと目を向ければ、中々怪しい事になっている。


 後で魔法使って修復しとくか……と考えていると、魔力感知に反応アリ。


 サクッと防音魔法を解除し素知らぬ顔で待機していると、宿の主人タリクの息子、ウルグがノックと共に入ってきた。


「ロ、ロウ君? 何かあった? 何だか、凄い振動だったけど」


「すみません、起きたらムカデがお腹の上を這っていたので飛び起きちゃって」

「そ、そういうことだったか。変な賊でも入ったのかと思って、驚いたよ。急に来たりしてごめんね」

「いえいえ、お騒がせして申し訳ないです」


 頭を下げ謝罪すると、ウルグはムフムフと鼻息を荒くし満足そうに(きびす)を返して退出した。チョロいもんだぜ。ガハハ。


(よくもまあ息を吐くようにぬけぬけと)

(いけしゃあしゃあと存在しない虫のせいにするとは、流石ロウなのです)


 曲刀たちの好感度が駄々下がりのような気がしたが気にしてはいけない。実験に犠牲はつきものなのだから。


◇◆◇◆


「──ふぅ。大体『断絶空間』の仕様が分かってきたぞ」


 そんなこんなで数時間検証を続けた結果、俺の「断絶空間」の特徴がおおよそ(つか)めてきた。要点を纏めると、


 ・「断絶空間」の消費魔力は求める強度、そして空間の表面積に比例する。

 ・最硬でも今現在の俺の身体強化五割運転の一撃で壊れてしまう程度の強度。

 ・意図しないランダムな結果に対しても隔絶機能は正常に働く。


 以上、この三点に集約される。


 一点目、消費魔力については(おおむ)ね予想通りだった。


 最初は体積に比例するものかと思ったが、生成破壊を繰り返してもどうにも計算が合わなかった。そこでもしやと思い球体状の「断絶空間」を創ってみると、ハッキリと表面積に比例していることが分かったのだ。


 最初の立方体の消費量を1としたときに、半径1メートルくらいの球状空間の消費量は10以上の消費量。体積であれば多少ズレても5倍以内の消費量に収まるはずなので、体積で計算が合わないのも当然だろう。


 二点目に関しては恐らく現状の限界というだけで、俺の魔力操作技術が向上すればそれに追従(ついじゅう)する様に強度も引き上げることが可能だろう。検証するにしても技量不足なので割愛(かつあい)せざるを得ない。


 最後となる三点目については、意外ともいうべき結果だった。


 ここでいう「意図しないランダムな結果」とは、跳弾(ちょうだん)であったり、反射であったり、地形を利用しての二次的攻撃だったり、直接意識が介在していない間接的な攻撃を指す。


 こういった間接的な攻撃に対しても、機能は正常に働いた。つまりは攻撃を弾き返したのだ。


 直接意思を持って攻撃したわけではないので、防御の抜け穴になるかと思ったが……自分で思っていた以上に高機能な空間のようだ。


 ここまで予想外に高い防御能力を示すとなると、侵入を防ぐ目的よりも防御面の方で使いたくなってくる。立体から平面に簡略化した断絶空間も練習しておくか?


 などと考えを巡らせていると、再びウルグの急襲により実験を中断させられる。どうやら朝食が出来たらしい。普通そこまで報告するか? 俺専属のお世話さんかよ。


(お前さん、放っておくと飯を無視して物事に熱中しそうだからな。ああいうやつがいた方が助かるんじゃないか)


 一理ある。一人で打ち込んでいると止め時を見失うんだよな。


(そういうことなら私に任せてください。見事ロウの暴走を制御してみせましょう)


 はいはい。君はまず人化してからね。っとそういえば。


「制御するといえば……ギルタブとサルガスの成長の進捗(しんちょく)ってどんなもんなんだ?」


 まだ彼らと行動を共して長い時間が経ったわけではないが、俺の魔力は魔神のそれだ。通常の魔力の何十倍、どころか何百、何千倍もの膨大なエネルギーであろう。


 であれば、彼らに生ずる変化も常よりも早いものになるのではないか? そう考えての質問だ。


(確かにロウから受け取る魔力は今まで経験したものと桁違いで凄まじいものですが、それら全てを私たちが(かて)と出来ているわけではありませんからね。実感として日々強くなっている感覚がありますが、具体的な度合いで言えば進捗は一割程度に思えます。あくまで感覚的なものですが)


(俺もギルタブと似たような感じだな。お前さんの魔力を残さず吸収出来れば数日で成長ってのもあり得そうだが、確実に刀身が破壊される。今までに魔力を周囲から回収していたことならあったが、吸収し過ぎないように制限した事なんて無かったぞ。魔神の恐ろしさを痛感しているところだ)


「そう簡単に進むものでもないか。それにしてもサルガス……恐ろしさって。俺が言うまで魔神と知らなかったのによく言うよ」

(言われて納得したのさ)


 サルガスの言葉に疑問を抱きつつも浴室へ出向き汗を流す。全力で魔力の操作を行うと全身運動以上に発汗するため、訓練や研究後の風呂は欠かせないのだ。


 至福の入浴タイムが終われば楽しい朝食である。ガリガリ・バリバリ・ゴリゴリと食べ進み、二十分程で食い散らかしが完了する。


 それなりに宿泊料金が高いだけあって、「ピレネー山の風景」の飯はいつでも旨い。昨日の冒険者組合の食堂も良かったが、こちらの方が味付けが繊細であろう。我ながら良い宿を見つけたものだ。


 自室に戻り感慨にふけりながらも身だしなみを整え外出準備万端。今日は模擬戦を吹っ掛けられることも無いだろうし、オシャレ重視である。


「準備が終われば雨降りの街へ出発ーってね」


 いざ行かん冒険者組合! 今日も頑張りますかね!

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