2-30 昼間から酒を飲む少年
夕刻。模擬戦というには余りに過激な一戦を終えた後。
「『どこで』なんていう指定が無かったし組合の安飯でも構わんだろ? さっさと食おうぜ」
「そうだね。注目されて落ち着かないし、早く食べよう」
「では遠慮なく。──すみません、ボルドー大満足膳と、平パンとトマトの窯焼きを一つお願いします」
「私もボルドー大満足を一つ」
「俺も大満足を一つ……お前ら、アレ食べきれるのか? 量相当多いぜ。つーかロウ、追加なんざ要るのか?」
「問題ない」
「こう見えて大食いなもので量は大丈夫ですよ。平パンはどんなものか気になったので、頼んじゃいました」
近くにいた組合職員へと声を掛け注文を行い、怪訝そうな目を向けてくるヴィクターに答える。
そう、ここは冒険者組合ボルドー支部の二階にある、組合食堂である。彼の言葉の中にもあったが安飯……もとい懐に優しい価格設定なので、この食堂は常に冒険者たちで溢れている。
冒険者が屯しているとなると騒がしくなるのが常だが、この場にいる彼らはむしろ声を潜めるようにして囁き合っている。理由は先ほどの模擬戦のせいだろうと分かるが、何とも落ち着かない。
「そういえばロウよお、さっきのアレどうやったんだ?」
「はい? あれと言いますと?」
「俺の『纏火』状態の──ああ、俺の身体が赤く光ってたやつな。あの状態で思いっきり大盾ぶちかましてやったのに、平気そうな面してやがっただろ? 牽制で殴った時は効いてた様子だったのによ」
「ああ、アレですか。んー」
ヴィクターに問われ、テーブルの上で腕を組んで思案する。
地球の大陸拳法の原理である内勁だの爆発勁だの言っても、この世界の人たちに伝わるはずがないし。
どう説明したものかと考えあぐねていると、いつの間にか周囲が無音となっていることに気が付く。ヴィクターやレルミナの言葉を聞き逃すまいと、誰もが食事の手を止め耳をそばだてているようだ。
(どっちかというと、お前さんの言葉に注意を払っている感じだがな。かくいう俺も知りたいところだ)
(私も気になっているのです。ロウは一体どうやってあの一撃を軽減したのですか?)
俺のボンヤリとした思念では伝わらなかったのか、曲刀たちも便乗し教えろとせがんできた。
「秘密です……ってそんな顔しないでくださいよ、冗談ですから。ヴィクターさんの盾が当たる瞬間に、足を浮かしたうえで、全身の力を当たる部位に集め押し返して、攻撃の勢いを相殺したんですよ」
「簡単に言いやがる。身体を浮かすまでは分かるが」
「なるほど……私は逆に納得したよ。ロウは身体の力の集約が巧みだから、あの馬鹿げた力が発揮できるんだろうね」
(分かるような分からないような話だ)
(実際にやってのけられた以上技術として成立しているのは確かなのですが、この辺りは人の身体を得ないことには理解しがたい部分ですね)
返ってきた言葉たちは四者四様。とはいえ納得してくれたのはレルミナだけのようだ。ああ、レルミナといえば。
「逆に質問なんですが、レルミナさんはどうやって俺の回し蹴りを凌いだんですか? 自分で言うのもなんですが、威力とんでもないですし、当たった時の音も凄かったですし。あれが当たった時は確認するまでもなく仕留めたと思ってたんですが」
「あーアレな、俺も気になっていたぜ。壁までぶっ飛んでいったし死んだんじゃねえかと思ってたが、耐えたのは流石だったな」
「……アレは痛かったよ。でも、風魔術を応用して、自分の周りに空気の障壁を巡らせてたからね。音が凄かったのはその障壁で勢いが殺されたからかもしれない。……それに、強烈な格闘攻撃というのは、前にも経験があったから。それもあったおかげで、何とか意識を残せたよ」
「「へぇ~」」
三人でネタばらし大会、もとい感想戦を行っていると配膳が完了した。
大満足膳の内容はお代わりし放題のバゲットと麦芽由来の黒っぽいお酒に、山羊のステーキと、デカくて怪しげな白身魚のムニエル。
それらメインを盛り立てるのは玉ねぎと香草の浮かぶのシンプルなスープに、山盛りの葉物サラダだ。肉と魚料理は日替わりらしい。
俺はそこに追加で平パンとトマトの窯焼き──物凄くピザっぽい──がある。焼きたてなのかチーズがぶくぶくと泡立っている。とても美味しそうである。
「美味しそうですねえ」「温かいうちに頂こう」
「本当に食いきれるんだろうな?」
「フッ。脅威のフードファイトを御覧に入れますよ」
「「……」」
何を言っているんだこいつ? みたいな顔をされながらも、いつもの様に身体強化。いただきます。
まずはチーズが煮立つマルゲリータっぽいパンをひと切れ摘まみ、口へ放り込む。
酸味の利いたトマトソースとチーズが互いを引き立て合い、とても良い塩梅だ。ピザ台も薄くて食べやすいのもグッド。やはり王道は旨いものだとバクバク食い進んでいく。
ピザを頂きつつも冷めぬ内にスープも頂く。
具材が玉ねぎと香草のみという極めて簡素なものだが、その匂いは食欲を掻き立てる。……というか、これ多分最初に飲むべきやつだな。
後悔していても仕方がないので木製のスプーンを使って飲んでいく。出汁は鳥や魚だろうか? 飲んだ後に尾を引かないすっきりとした味わいだ。
こういった食堂で出されるものは総じて濃い味付けが多いが、そういった印象が見事に覆される一品であろう。ぐびぐびと飲み干しピザと一緒に完食。
「ペース早いな、おい」
「美味しくて手が止まらないんですよ」
わずかな時間で二品を胃袋へと消し去ったためヴィクターに若干引かれたが、軽く流して食事を続行。
チラリとレルミナの方を窺えば、彼女も黙々と食べ進めている。
なんだ同類か。
(同類は流石に酷いだろ)
サルガス、お前の酷いっていうその表現も酷いからな?
気を取り直して肉料理。俺の手の平二つ分はあろうかという素敵なステーキ。ただし野性味あふれる臭い付き。
このステーキはガイヤルドビッグホーンなる生き物の背肉らしいが、強烈な臭いが漂っている。香草が付け合わせとして置いてあるのに、だ。ワイルドな風味と言えば聞こえはいいが……。とりあえず食ってみよう。
「うーん?」
香草で包んで引っ掴み、その身をガブリと噛み千切る。
身は柔らかく味も濃厚だが、やはり臭みが気になる。葉物サラダと共に食べてみるも、どうにも今一つ。決して不味いわけではないんだが。
仕方なしに口直しとバゲットをがりっと食い千切り、アルコールをぐびりと呷る。ガンッとジョッキでテーブルを叩けば、どこぞの居酒屋のオヤジの如し。
「人が変わった様な食べっぷりだね」
「とてもガキとは思えんエールの呷り方だ」
「あ゛~。お酒をガッと飲むと感じますよね。こう、俺は今、生きている! っていう実感を」
「「あ、はい」」
程よく苦みの効いた酒の後に、もう一度残ったステーキを口へ運ぶ。
するとあら不思議。何故か旨くなっている!
酒のパワーなのか、味覚がぶっ壊れただけなのか。クセのある肉はビールとよく合うとか聞いたことが、あるような、無いような。
「こんな酒に酔った荒くれものみたいな奴があんなに強いんだもんな。分からないもんだぜ……っとそうだ、おいロウ」
「あん? 何ですか?」
「人格変わってんぞ……。お前、なんで模擬戦の時に精霊魔法使わなかったんだ? 使わなくても十分強いってのは戦って分かったが」
「私も気になってた。人が多いから見せたくなかった?」
「う゛~、ふぅ。大層な理由があるわけじゃない、ですよ。戦闘中の、咄嗟の加減が苦手なので、あの場だとヴィクターさんたちが躱しても、周りの人らが大惨事に……なりそうでしたからね」
最後の品、白身魚のムニエルを胃へと飲み下しながら、建前を述べる。
実際は自分の体術や剣術がどこまで通用するか試したかったからだが、あながち嘘だということもない。加減が下手なのは間違いなく事実なのだから。
(そうだな)(全くその通りなのです)
はぁ~……そういう反応しちゃいますか。曲刀たちの冷たい反応でアルコールの酩酊感が消え失せた。酷いやつらだ君たちは。
「そういうことか。お前は大雑把そうだし、それで正解だったかもしれん」
「納得した」
あんたらも納得するんかいッ! 完全に酔いが吹っ飛んだぞ。
その後もあの掌底はああだったとか、あの模擬剣の薙ぎはどうだったとか感想戦で話が盛り上がる。そんな状態が小一時間。
「──お前それ何本目だ?」
「え? ええっと……四本目ですかね?」
「お腹の中どうなってるの……」
お代わり自由のバゲットをバリバリと貪りながら、ヴィクターの「纏火」の原理を聞いていると、思い出したかのように問われる。レルミナが驚愕の表情を浮かべているが、今更何に驚くというのだね?
「食い過ぎだろ! というか、結構時間たってるが、お前人を迎えに行くとか言ってなかったか?」
「あッ!」
やっちまったわぁー。完全に脳内からスットーンと抜け落ちていた。
((ですよねー))
脳内で共鳴する曲刀たちの思念。お前ら……覚えていたんなら教えろよ。
「すみません。思いっきり忘れてました。私用で申し訳ないですが抜けますね。ヴィクターさん、ごちそうさまでした」
「……相手も苦労してそうだな。早く迎えにいってこい」
「ふふっ。じゃあねロウ。また明日」
呆れるヴィクターと柔らかい笑みを浮かべるレルミナに見送られ、脱兎の如く駆けだし組合を出る。
……昼間から酒飲んで用事を忘れる。字面で見ると駄目な大人感が溢れ出ている。
アイラに「おにーさんお酒臭いっ!」なんて言われたら、泣きたくなりそうだ。というか泣く。むしろ今泣けてきた。
道中魔法で清水を創り喉を潤しアルコールも浄化しながら、俺はムスターファの屋敷へと急いだのだった。