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異世界を中国拳法でぶん殴る!  作者: 犬童 貞之助
第二章 工業都市ボルドー
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2-28 アルベルトの報告

 引き続き、冒険者組合支部長室である。


「実は今、ガイヤルド山脈麓の森──例の異形の魔物の遭遇報告がある場所への調査を、近頃躍進(やくしん)著しい『白き風』に行ってもらっている。今朝からの調査だったため、調査が滞りなく進んでいれば直に報告が上がってくるだろう」


 支部長ベルナールの口から出た「白き風」といえば、ボルドーへ来る途中に一緒に行動したアルベルトたちのパーティー名。選りにもよって危険地帯の調査依頼を受けていたようだ。


 例の魔物には傷を負わせて力を削いでいるが……あの時止めを刺せなかったのが悔やまれる。無事だと良いが。


(心配するのは勝手だが、お前さんが責任を感じる必要はないぞ? 言い方が悪いが、既に手負いとなったアレに敗れるようなら、荒事に飛び込んでいく中でどの道死ぬだろう。止めを刺せなかったからといって気に病むことじゃあない)


(彼らは命を奪い取り奪われる職に就いている訳ですからね。ロウが責任を感じるというのなら、それは彼らを軽んじているか、あるいは魔物を軽んじているか。いずれにせよ、傲慢(ごうまん)だということなのです)


 俺の心情を読み取ったらしい曲刀たちは、冷血ともとれる助言を投げて寄こす。


 しかし、傲慢か。言われてみればその通りかもしれない。


 冒険者、特に討伐が主な者たちなんぞ、言ってしまえば生活のために動物や魔物を殺し奪い(かて)とする職。なればこそ、相手が生きるために冒険者を殺すのも、また道理だ。


 そんな道理を(わきま)えず、直接関わり合いのない他者の命まで背負い込むのは、思い上がり以外の何物でもない。


 俺の場合は思い上がりも何も、魔神だからセーフってなりそうだけども。


((魔神?))


 おおっと思考が逸れた。今はベルナールの話に集中しよう。


「──彼らが戻り生息領域や同個体についての情報を分析次第、ここに居る者たち三人の少数精鋭で討伐部隊を形成する。本来ならパーティーメンバー同士の密な連携や信頼関係をもって事に当たるのが定石(じょうせき)だが、既に実力のあるパーティーが丸ごと壊滅している。圧倒的な個としての実力を持つ君たちでなければ、犠牲となるものが増えるだけなのだ」


「ハッ。『サラマンドラ』が舐められてるようで気に入らないが、ベルナールの話も一理ある。俺は構わないぜ?」

「そうだね。上位の冒険者がこれ以上減ったら私たちの負担も増えるし、街の防衛にもかかわりかねない」


 腕利きの冒険者である二人はベルナールの意見に賛同しているようだ。


 ヴィクターの口から出た「サラマンドラ」とは、彼の所属するパーティーだろうか? 彼の燃えるような髪の毛も、言われてみれば火トカゲ感がある。


 脳内に火トカゲ化したヴィクターを幻視し笑いを(こら)えていると、六つの瞳に射貫かれる。余計なこと考えてすんませんでした。


「話を聞くに相当厄介な相手のようですからね。少数精鋭の案は賛成です。後は──」


 互いの戦闘能力やスタイル確認していけたら──と繋げようとしたところで、支部長室の戸が叩かれた。間が悪いことこの上なし。


「『白き風』アルベルト、入室する」


「ご苦労だった。疲れているところをすまないが、報告を頼む」


 ベルナールが応じ支部長室へ入ってきたのは渦中(かちゅう)の人物アルベルト。鎧や服に多少の汚れは見られるが、目立った外傷は無いようでホッと一息。無事で何よりだ。


 レアやアルバの姿が見えないところは少し不安だが……報告はパーティーリーダーがするものだろうし、一人でいることはおかしくはない。


 何より、彼の表情には余裕があり落ち着いている。メンバーが欠けるような事態とはなっていないのだろう。


「ん? 何か今朝見た時より、竜の首がスマートになっているような……気のせいか?」


 俺が内心で安否を気遣っていると、室内へと入り天井と床から生える双龍を見たアルベルトが首を捻る。気のせいじゃないんスよそれ。


 アルベルトの座る空きが無かったため、レルミナがソファから離れ、それに続くように俺も立ち上がり青年に座って休むように(うなが)す。俺の姿を見た彼は目を丸くして驚いていたものの、特に口を開くことなくソファへ沈み込み、考えを纏めるように瞑目して詳細を語りだした。


「すまん、気遣いありがとう。……結論から言うと、(くだん)の異形の魔物と接触した。したが、話に聞く印象とは随分違っていた。というより、変化していたようだった」


「どういうことだ?」

「接触した魔物は噂通り四本腕だったが、人族の女性の様な上半身を持ち、言語を解し自ら話すことも出来る、一見すると魔族の様な存在だったんだ。魔族ではないのかと聞くと、元は別の形状で間違いなく魔物だったと言っていたが──」


 アルベルトの話す報告に耳を(かたむ)けつつ、内心で首を捻る。


 人族の女性のような上半身。俺が接触した異形の魔物とは別個体だろうか? 俺が戦ったあの魔物は()せてはいたが、どう見ても男だったし。いくら変化したといっても男から女にはなるまい。


 俺が異形の魔物へ思いを巡らせている間にも話は進む。


「知性を持つ魔物が変質し、魔族の様な形態をとったか? 知性を持つとなると危険度が跳ね上がるが、よく生き延びたものだ。いや、相手に知性があったからこそ、生き延びることが出来たのか」


「支部長の言う通り、見逃されたという方が正しいな。その異形の魔物──セルケトと名乗っていたが、そいつは見逃す時に、実力差を分からせてやるから全力の攻撃を叩き込んでみろとさえ言ってのけた。望みどおりに一切容赦なしの一撃でもって、人型の胴体をこいつでぶった切ってやったが……巨大な岩山を斬りつけた様な感覚だったな。浅く切れてはいたが、大した傷を負っていなかった」


 アルベルトは自身の持つ成人男性並みの長さを有する分厚い大剣を軽く叩きながら、自嘲(じちょう)する様に薄く笑う。


(あの男の剣術も魔力も大したものだったが、その全力の一撃で軽傷程度に済ますとなると、ロウが戦った個体よりも強力かもしれないな?)


(戦闘中の一撃ではなく、万全を期した状態での攻撃でしょうから、あのオークキングを吹き飛ばした時よりも強力なものだったことでしょう。それでもなお浅い傷にとどまったならば、サルガスの言う通り、少なくともより硬い個体であることは確実なのです)


 俺が戦った魔物より硬いとなると、もはや人の力が及ぶものではない気がしてくる。しかも攻撃した部分は硬質な部位ではなく人の部分。硬質な部位は想像を絶する硬度だろう。


「上半身は人型として、下半身は? 持ち込まれた素材によると、極めて硬質な外殻を纏っているということだったけど」


「外骨格を纏った平たく巨大な虫のような形状だったな。脚が多くて節が幾つもある尻尾も生えていた。どれも人の部位よりは硬そうに見えたが、実際に攻撃を当ててないから分からん」

「うげ……虫か。ありがとう」

「虫なら火系統の魔術でも効けば楽だが、試したか?」

「いや、仲間たちの攻撃は全て叩き落されたし当たってはいないな。俺の斬撃と違って受けずに弾いていたのは有効となる攻撃もあったからかもしれないが、確実なことは分からない」


 レルミナが形状を問うと虫のようなものだとアルベルトが返す。


 俺が戦った個体は動物のような胴体だったし、性別だけではなく形状にも個体差があるということだろう。


 虫の甲殻となると、下半身を攻める時は近接打撃も視野に入れていた方が良いかもしれん。もしくは魔法の大質量攻撃か。


(ロウは火を試してみないのか? まあ冒険者連中の手前、迂闊に土と水以外の属性を使うわけにもいかないだろうが)


 見られるわけにはいかないっていうのもあるけど、俺の場合は火力ミスって森林火災巻き起こしそうだからな。いざとなればやるけど、最終手段とさせてもらう。


((ああ……納得))


 諦観を帯びた思念が曲刀たちより伝わる。君らも俺のことがよく分かってきたようだな!


「大まかにはどういう相手か分かってきたし、ここらでいいか。おい坊主、『血風(けっぷう)』、訓練場に行くぞ」

「……二つ名で呼ぶのは止めてほしい。それ、好きじゃない」


 ヴィクターが話をぶった切って訓練場に行くと言い出し、苛立つレルミナが鬼気を発する。その鬼気にあてられたのか、双龍もとぐろを巻いた暇そうな状態から一転し、鎌首をもたげ臨戦状態に移行する。


 混沌とし過ぎだろこいつら。


「ハァ……いいだろう。お前らも互いの実力を更に知らねばならんからな。資料に纏めておくから明日の朝一で支部長室にこい」


 眉間に深い(しわ)を刻み嘆息するベルナール。冒険者を纏め上げるのって大変なんだな。ここまで悲壮感にあふれていると少し同情しちゃうぜ。


(他人事のように考えているが、贔屓目(ひいきめ)に見てもお前さんが大変な冒険者の筆頭株だからな?)


 お約束のような突っ込みをサルガスから頂戴しつつ、二人と共に支部長室を出て建物の地下にあるという訓練場へ向かう。


 この分だとアイラを迎えに行くのが遅くなりそうだ。ちょっと話して解放されるかと思えば、ままならないものである。


 やはり安請け合いをすると(ろく)なことにならないなと軽く後悔しながら、俺は今から始まるであろう戦闘訓練でどの程度自身の力を見せるかを思案したのだった。

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