2-28 冒険者組合の強者
(ロウ、もう時間なのです。早く組合へ向かいましょう)
(本なんていつでも読めるだろー)
魔道具の薄明かりの中で微睡んでいると、曲刀たちに念話で叩き起こされてしまった。
届いた念話に対し応じることができないもどかしさを感じつつ、瞼をこすって起床。欠伸混じりに上半身を起こせば、眼前に青い奇怪な生物が。
「うおぉぉッ!?」
[おやおや、お目覚めかな? 元気が出たのは良いことだけれど、この場で騒ぐのは感心しないよ]
神の眷属グラウクスだった。図書館で寝る俺も悪かったが、あなたも俺を見てないで仕事した方がよろしいのでは?
[うん? その眼は己に聞きたいことがあるのかな?]
「特にはないですよっと。……ああ、グラウクスは一人で本の管理をしてるわけではないんですね」
くりくりとした瑠璃色の瞳に応じている途中、感知の反応があった方へ目を向ける。すると、彼と同じような青い魚とも鳥ともとれる浮遊物が、魔法を操り棚へと本を戻している姿が見えた。
[そうとも言えるし、否とも言える。あれは己でもあり、己でもない。己は個にして全、全でありながら個を有する]
「なるほど、分からん。各個体の間で情報の共有が行われてるってことですか?」
[ロウ、君は面白い発想を持っているね。その通り、己は己と知識認識を共有している。尤もそれも、常ではないのだけれどね]
「当てずっぽうで言ったら当たってた……と、すみません。人を待たせているので、今度こそ失礼しますね」
[またも引き留めてしまったか。小さき友よ、許しておくれ]
禅問答のようなやり取りを切り上げると、大げさに嘆いて煙のように消える青い生命体。本当によく分からない人(?)だ。神の眷属というし、凡人には考えの及ばない存在である。
(ロウ。もう組合へと出向く時間ですよ? そんなに本が面白いのですか?)
(退屈な時間だ。図書館くらい帯刀したっていいだろうに)
曲刀たちに急き立てられて閲覧ホールを退出。肝心要の本はあまり読めていないし、時間があるときにまた来てみよう。
ロビーホールへ向かうと、金の長髪を後ろで束ねた男性司書が他の従業員らを集め、ミーティングを行っていた。閲覧ホールでその広さに驚いていた時、意味深な言葉を残して去っていったイケメンモノクルおじさんである。
本棚に行けば驚くだろうと言っていたが、神の眷属なんて居たらそりゃ驚くわと。
というか、受付にいた金髪キノコヘアーの少年もグラウクスを呼び捨てにしていたし、案外あの青い物体とは近しい関係性なのだろうか?
話しかけるのも憚られるしサクッと荷物を受け取ろうと受付へ向かえば、残念ながらモノクルおじさんからロックオンされてしまう。
「フフ、どうだったかな? その様子だと驚いてくれたようだけれど?」
「司書さんも人が悪いですね。神の眷属がいるなんて思いもよりませんでしたよ。興味深い話をさせていただきましたが、事前に知っておきたかったです」
悪戯が成功した子供の様にウィンクを寄こすおっさん。
誰得だよ要らねーよ。
「お待たせいたしました、ロウさん。こちらがお預かりしておりましたお荷物になります。お確かめください。……ブロワ司書長、また新規の方をからかっていたんですか?」
モノおじを白い目で射貫いていると、荷物を持った職員がやってきて助太刀してくれた。いざ悪鬼討伐!
「司書長でいらしたんですね、ブロワさん。閲覧ホールで何の説明もせずにどこかへ去っていったので、ただの司書さんかと思ってましたよ」
「言うね、ロウ君。まあまあ、君は新鮮な体験を経験できただろうし、私は君を一杯食わせて良い気分となった。誰も損していないだろう?」
「この人っていつもこうなんですか?」
「そうなんですよ。司書長って顔は良いんですけど、いつまでたっても子供みたいなことをして喜んでるんです。困ったものですよね」
「……」
放置プレイを行えばしょぼくれた顔となるブロワ。折角モノクルでオシャレなおじさんになっているのに、台無しだよ。
そのままモノおじを放置して曲刀たちを受け取り、図書館を後にする。ブロワがぶーたれていたが知ったこっちゃない。
(遅かったなロウ。何か面白い発見でもあったか?)
(調べたその日で見つかることなど、そうそうないでしょう。念話を送っても帰ってくるまで時間がかかったので、熱中してしまうようなものは見つけたのでしょうけど)
などと俺の成果を予想し合う曲刀たち。
平和な予測だ。俺もまさか一日で自分の正体に迫るようなことが分かるとは、思ってもみなかったけど。しかも神の眷属と会うことで。
((神の眷属?))
おっと、思考が読まれたか。ベルナール支部長と会う前に説明するのも手間だし面倒だし、ここは彼らに我慢してもらおう。
(は? なんだそれは? 図書館に神の眷属?)
(……人族の崇める神の中には、知恵や学問を司るものもいたはずです。その眷属が図書館にいたのかもしれませんね。あれほど規模の大きい図書館だと、半ば神殿のような意味合いも出てきますし、神が自身の眷属を遣わしていても不思議ではありません)
ギルタブさん、あなたは名探偵か何かですか? 武器なのに色々知り過ぎだろ。
(はぁ~そういうこともあるのか。神の眷属ねえ……ん? ロウお前さん、その眷属に魔族って見破られなかったか? 連中は魔の気配に敏感と聞くが)
他方、サルガスも意外と鋭かった。伊達に鋭い切れ味してないね。
ともかく曲刀たちよ、詳細は宿に帰ってからだ。今はまず冒険者組合でベルナールから話を聞かねばならん。
(その様子だと見破られたか。まあ騒ぎになってないあたり、大事にはなっていないようだが)
(如何にロウといえど、神やそれに連なる者の目を欺くのは難しいでしょう。仕方がないことなのです)
グラウクス曰く、このまま鍛えたなら神の目さえ欺けるようになるらしいが……まあその辺も帰ってから話すか。
すたこらと冒険者組合を目指す。商業区に位置する組合も上層区寄りにあるので、そう時間もかからず到着した。
今日も一般入り口から中へと入り、その足で受付へと向かう。時間的には混み始めるぎりぎり前と言ったところで、さほど待たずに受付カウンターへと辿り着く。
「あら? 君は確か……ロウ君、だったかな?」
「はい、こんにちは。面会の予定があって伺ったのですが、ベルナール支部長はいらっしゃいますか?」
「いますよー話も聞いてます。ご案内しますねー」
ダリアは休みらしく、妙に間延びした話し方をする受付嬢に支部長室まで案内される。時間帯は忙しくなり始めるタイミングだが、大丈夫なのだろうか。
「ふっふっふ。ねえ~ロウ君? 今ダリアお姉さんはいないのかな~って考えてた?」
「はい、バレちゃいましたか。ダリアさんは今日お休みなんですか? ええっと……」
「ランテだよ~よろしくね、ロウ君。ダリアはお休みだよ、うん。でも、言い当てられたらもっと慌てるかと思ったのに、そこは残念かな~」
クセではねまくった小麦色のロングヘアーを揺らしながら、そんなことを宣うランテ。
ダリアと同年代か、あるいは年上か。落ち着いた雰囲気を纏っている女性のようだが、清い少年を弄るのが趣味らしい。
見目麗しいし、どこぞの司書長と違って大歓迎ですがね!
(はぁ……ロウは見境がありませんね。私が人化した暁には乱れを正す必要がありそうなのです。サルガスも何か言ってあげてください)
(おいロウ。お前さんの素行不良のおかげで、俺にまでとばっちりがきたぞ。どうしてくれる)
男は子供と女には弱い生き物なのだ。こればかりは仕方がないことなのだ。
「着いた……けど、部屋の中がなんだか騒がしいね~。何かあったのかな?」
「昨日支部長室に置き土産でゴーレム設置していきましたからね。それが暴れているのかもしれません」
「そ、そうなんだ。あはは……よし。とりあえず、入ってみよう」
俺の言葉を聞いたランテは若干引きながらもサラリと流し、支部長室をノックする。
室内からは外へ漏れ出るほどの話し声や物音が聞こえていたが、ノック音が響くや否や水を打ったように静まる。ノックが聞こえて冷静になったのか、あるいは聞かれると不味い話だったのか。
「支部長~ロウ君が来てくれましたよ~っと……うわっ竜!?」
「ご苦労、ランテ。この竜はそこにいるロウ君の嫌がらせだよ。全く、場所を取るし睨んでくるし、邪魔にも程がある」
「おう坊主。お前の精霊魔法は中々凄いな。おまけに属性二種ときたら、是非ともスカウトしておきたい人材だ」
「……」
どうやら前者であるようだった。
入室すると支部長ベルナールの他に、いつぞやの親切お兄さんこと燃え盛る様な赤髪長髪の男ヴィクター何某氏の姿。それだけでなく、初顔となる朽葉色の長髪の女性がソファで寛いでいた。
その長髪はクセ毛ではないし右目に泣きボクロもないが……どことなくかつての仲間──ディエラを彷彿とする顔立ちと雰囲気だ。つまり美人である。
ランテは竜の存在にしばし硬直していたが、周囲の面々に挨拶した後、本来の業務へと戻っていった。やはりこの時間帯はのんびりできないのだろう。
「邪魔にならないよう、こいつらに書類整理でも命じましょうか? 何なら秘書の代わりのゴーレムを創って、部屋中ゴーレムまみれにしてもいいですよ」
「……君、根に持つタイプだったか。ハァ」
「クッハハハッ! やられたなベルナール? つまらん監視など付けるからだ」
「君、こんなゴーレムを何体も創れるの?」
暇つぶしにベルナールをいじっていると、ディエラ似の女性からの質問が飛んできた。声まで似ていると姉妹なのではないかと疑ってしまう。
「魔力が無駄に有り余ってますからね。この龍たちくらいのゴーレムならそれなりの数を揃えられますよ」
具体的な数には言及せずふわっと答える。化け物呼ばわりされないためには重要なことなのだ。
(いや……あのゴーレム級のものを複数創るって時点で、十二分に化け物だと思うが)
などという突っ込みは聞こえない。
「支部長から聞いてた以上の規格外っぷりだね。頼もしいよ。私はレルミナ、よろしくね」
「ロウです、よろしくお願いします。初めて会ったというわけではないですが、ヴィクターさんもよろしくお願いします」
「俺にはもっと態度軽くて良いんだがな。まあいいか、よろしく頼むぜ坊主」
自己紹介を終えてもヴィクターからの呼称は坊主で揺るがないようだ。鼻たれが付いてないだけマシなのだろうか……。
「ともかく、これで主要な者は揃った。今から異形の魔物対策会議を始めるが……その前にロウ君、改めて君に協力を要請したい。引き受けてくれないだろうか?」
他の面々に紹介が済んだところで、支部長ベルナールが本題を切り出してきた。
わざわざ他の協力者がいる前で、そして精霊使いとしての実力を周知させたうえでの要請。断れば面々から色々と質問されること間違いなしである。外堀埋め逃げ場を断つってか? 汚い。流石大人は汚い。
「協力は了承しますが……ベルナール支部長の姑息なやり口に腹が立ったので、ゴーレムの魔力追加して、能力の強化と持続時間の延長をしておきますね」
「「ぶっッ!?」」
「……ハァ」
深く溜息をつくベルナールを無視し、魔力を双龍に流し込む。紅の魔力を流し込まれた龍たちは嬉しそうに口元を歪ませて、体を変質させていく。
胴は細く絞られることでより高密度に。鱗は本物の竜鱗の様により硬く。角は力を誇示するかのように太く雄々しく。
あっという間に西洋竜の首から東洋龍の首へと変貌を遂げた双龍。ムスターファ家に置いてきたゴーレムのマリンよりも更に多い魔力、強さはマシマシのようだ。
「本物の亜竜のような存在感だな。首だけだが」
「いや……亜竜よりも、力強いよ、これ。戦わせたら首だけでもいい勝負しそう」
「そんなものを支部長室に置かれる身にもなってくれ。支部長辞めたくなってきたぞ……」
「同情を買おうったって身から出た錆でしょうに。それで、異形の魔物について協力してほしいとのことですが、具体的にはどのようなことをやればいいんですか?」
ベルナールの恨み節を軽く流す。だって自業自得じゃないですか。知ったこっちゃないね!
「ククッ、だとよ?」
「ロウの実力も十分だって分かったし、前置きはもういらないかもね」
「……お前たちの言い分も理解できる。出来るが、もう少し俺の立場を考慮しても良いんじゃないか?」
四角い眼鏡を外して眉間をもむベルナール。少し可哀そうになってきたけど、こっちの時間も有限なわけでして。口上が長すぎると演目も台無しってな。
「ふん、同情は買えんか。では話を進めよう」
同情を引けないとみるや、一瞬で態度を翻す支部長殿である。意外とへこたれていないらしい。やっぱこいつ狸だわ。今後も雑に扱っていこう。
俺が決意したところで、支部長は本題を切り出した。