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異世界を中国拳法でぶん殴る!  作者: 犬童 貞之助
第二章 工業都市ボルドー
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2-25 マリンの誕生

 引き続き、ムスターファ邸宅での訓練指導である。


 ボコボコにしてしまったアルデスの体調が回復するまで、俺はヤームルの指導を行うこととなった。


 アイラの指導はメイドのフュンへと任せ、目の前の美少女との訓練に集中する。失敗を取り返す意味でも全力で指導にあたらねばな!



 ──一時間後、全力で指導した結果。


「はぁっ……はぁっ……うっ……」


 激しく胸を上下させて荒々しく呼吸をする、大の字に寝転がった美少女が出来上がった。


 何だかおっぱいが全然ないのに、ちょっとエロい。まだまだ子供だと思っていたが……侮れぬものよなヤームルよ。


「分かってはいましたが……実際に戦ってこうも、簡単にあしらわれると……中々(こた)えますね。はぁ……」

「ヤームルさんはアルデスさんの教えを受けているだけあって、突きや蹴りが綺麗ですね。女の子とは思えない鋭さでした」

「……涼しい顔で捌いたくせに」


 まずは褒めて伸ばせとヤームルの戦いぶりを振り返る。が、灰色のジト目でボソッと呟かれる。


 あれあれ? 拗ねちゃったのか? 負けず嫌いなのか? 可愛いんだが?


「くくッ……いえ、失礼しました。ヤームルさんは、攻撃しているときは次々と手や足が出て動きが良く連なっているんですが、相手に掴まれたり詰め寄られたり横やりを入れられると、途端に手が止まってしまいます。不測の事態でも身体が動くようにするためには、頭ではなく身体が記憶するまで、反復練習を繰り返し、身体に覚え込ませるほかありません。なので、当面の間は地道な修練をすべきかもしれませんね」


 普段の淑女然(しゅくじょぜん)とした彼女とは異なる子供っぽい反応に思わず笑みが出たが、ジト目のハイライトが消えたため即座に笑みを噛み殺す。


 真面目な分析を伝えた甲斐あって、彼女の不機嫌モードは解除された。やれやれだぜ。


「反復練習ですか。言われてみれば、今まで模擬戦は行ってきましたが、突きや蹴りの素振りをし続けたことは無かったですね。それにしても……ロウさんの体術? 格闘技? は独特ですね。大地を踏み鳴らすような踏み込みといい、手と足の揃った動きといい……何か由来(ゆらい)のあるものなんですか?」


「詳しくは分かりませんが、異なる世界から伝来した武術なんだそうですよ。俺も俺の師も伝えられたものを学んだだけなので、何とも言えませんが」

「異なる世界。そうですか」


 彼女以外に異世界について話したことは無いが、こうも簡単に信じる様な事なのだろうか? この世界では異界からの伝来がよくあることなのか。


 あるいは、やはり──。


「お待たせいたしましたロウ様、お嬢様。このアルデス、万全の状態でございます。この度はご迷惑をおかけいたしました。醜態を晒しましたが、お嬢様を全力で鍛え上げることで、この汚名を(そそ)ぐことを誓います」


 ──と、思考がヤームルの転生者疑惑へ傾きかけた時、復調したアルデスがやってきた。


 彼の全力でシゴく発言を受けてヤームルの表情がどんよりと曇る。


「おかえりなさいアルデスさん。ヤームルさんはつい先ほど叩きのめしたばかりなので、少し時間を空けた方が良いかもしれません」

「なんでこう、男って……はぁ」


 俺のフォローを受けられないと知った彼女は芝へ沈んだ。がんばれー。


◇◆◇◆


 栗色の美少女を打ち捨てて薄桜色の幼い少女の下へ。彼女はフュンと実戦形式での訓練の真っ只中のようだ。


「やーっ!」


「段々と精霊魔法が単調になってきています。魔術とは違い使役者の思い描く力がそのまま精霊へと伝わる以上、同じ攻撃を繰り返すのは下策ですよ。それならば魔力の消費量が少ない魔術で事足りますからね。一様な攻撃ではなく、柔軟な思考の下に形を変えながら攻撃をしていきましょう」

「うぅ~」


 円柱状に張られた障壁内では、至る所に青い魔力を帯びた人の頭部程の火球が浮かび、フュンへと向かい炸裂していた。


 しかし、フュンは圧縮した空気の壁であっさりとそれらを防ぎ、それどころか火球の幾つかを風により進路を捻じ曲げ、アイラへ向けて撃ち返す。少女同様青い魔力を帯びた精霊魔法、その風属性版であろう。


 最初の模擬戦で強く感じたが、精霊魔法は応用性に富んでいる。属性こそ限定されるが、その名の示す通り魔法の如く変幻自在。点、線、面、渦。思うがままだ。


 それ故に、精霊魔法は操る者の発想に大きく依存してしまう。アイラのような若く戦闘経験のない使役者の場合、ごく単純な手段でしか攻撃を出力できないのだ。


「ふぇ~……フュンおねーさん、とっても強いですよぉ。あたし、精霊使いとしては自信あったのに……」

「恐れ入ります。ですが、ロウ様には文字通り足元にも及びませんでしたよ。……あんな風に打ち負かされたのは初めてです」


 ちらりとこちらを見て初めてとか言っちゃうフュンさん。やだ可愛い。


「アルデスさんが復帰したのでアイラの指導にきました。フュンさん、ありがとうございました」

「いえ、こうして誰かを指導するというのも貴重な経験ですから。人に教え導くことで自分の知識もより深くなる……そのことを今、実感しておりました」


 動揺を押し殺して交代の(むね)を伝えると、彼女は優雅なカーテシーで一礼を行いしとやかな笑みを浮かべる。


 美しいものを見た時に絵になると表現することがあるが……正にその通り。美しい彼女の優美な仕草は、その動作一つとっても芸術作品の様に人の心を掴む。


「おにーさん……デレデレですね」

「美人を見た時の男の反応なんて、大体こんなもんだよ」


 呆れたような言葉がアイラから投げかけられるが、開き直って打ち返す。見惚(みと)れちゃったもんは仕方がない。


「ふふっ。ありがとうございます、ロウ様」


 白い頬を微かに朱に染め、口元を隠し答えるフュン。

 その(たえ)なる仕草、童貞特攻である。ぐえー。


「それじゃあアイラ、始めよう。フュンさん、障壁の張り直しをお願いしてもよろしいですか?」

「お任せください」

「はいっ! よろしくお願いします!」


 許されるのであればこのままキャッキャウフフしながらフュンとの会話を続けたいが、アイラから正式に依頼を受けている以上あまりふざけてはいられない。早々に頭を切り替え二人へと呼びかけた。


「フュンさんの指導でも触れてたけど、精霊魔法を扱う上で最も肝要なのが想像力だ。相手をどのように追い詰め、打倒するか。どのように騙し、(あざむ)くか。力押し一辺倒で上回れたらいいけど、それが通用しない相手と戦う時がくるかもしれない。その時に備える意味でも、アイラには火の球以外での攻撃のイメージを覚えて欲しい」


「火の玉以外の攻撃方法、ですか……う~ん」

「いきなり考えろって言われても中々思い浮かばないだろうし、まずは手本を見せるよ」


 “やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、褒めてやらねば、人は動かじ”である。


 ……あれ? この名言に従えば、言ってみせるよりまずはやって見せるべきだったんじゃ?


 やっちまったものは仕方がないとスパッと思考を切り替え、魔力を練る。


 さてさて。単に攻撃方法を示すだけではなく実戦的な技術を理解してもらうには、単なる的というより動き回るサンドバッグ用のゴーレムを作る必要がある。


 折角だしアレを創ろう、よくゲームで出てくる粘性生物。青い色のアイツ。まだ見ていないが、この世界にも居るのだろうか?


「……よし」


 制御十分、八割運転。いざ現れよスライムッ!


 俺の掛け声(脳内)に応じ、正面方向に巨大な不定形の存在が顕現。


 宙へ生まれた小さな家ほどの特大球体は、ぼよんぼよんと波打ち弾みながら芝へと着地した。


[──]


「「──っ!?」」


 突如として出現したウルトラマリンな物体に動揺する二人。


 着地した後は饅頭型(まんじゅうがた)へ変形していて多少高さが減じているとはいえ、小さな小屋ほどはあろう巨体である。勘違いされる前に説明は必須だ。


「想像次第では精霊魔法で生き物のように振る舞う疑似生物(ぎじせいぶつ)──ゴーレムを創り出すこともできる。攻撃はもちろん防御にも使えるよ。今回の役割は的だけど」


「わぁー……凄くおっきいです。って、え? 的なんですか!?」

「ゴーレムですか。私もごく小さいものであれば風のゴーレムを創れますが……この大きさとなると、到底真似できそうもありません」


 半ば予想できていたが呆れられた。何のことは無い、いつも通りだな!


「それじゃあ早速。まずはアイラが普段使いしている球体による点攻撃から始めよう」


 呆れられたことなど無かったかのような宣言と共に、スライム型ゴーレムのマリン(仮)に“自律行動:目標ロウ”の簡易指令を出す。二人が障壁の外へと出たところで、いざ、実戦開始!


◇◆◇◆


 俺からの指令を受けたマリンは饅頭型から赤血球のような中央が(へこ)んだ形状へと変形し、力を溜める。飛び掛かるつもりだろうか?


「お手並み拝見ッ!」


 相手が動く前にまずは牽制。人の頭部程の石塊を四方八方に浮かべ、降りしきる雨の如く叩きつける!


「ふわーっ!?」

「速いっ!」


 ──が、マリンは石弾が押し寄せる寸前に溜めを解き、弾むように跳躍。その巨体からは考えられぬ軽捷さでもって襲い来る。


「溜めてた段階から見越してたぜ?」


 さりとて、その手はこちらの想定内。

 大地を踏みつけ魔力を伝達。岩壁をせり上げ防壁と成す!


[!?]


 速さが(あだ)となったマリンは避けきれず、壁にめり込み行動不能。後は握りこめばお終いだ。


[──っ]

「──ぬおッ!?」


 案外大したことがなかったなとフラグめいた考えをよぎらせ、岩壁をドームへ移行させたが──奴は予想外の一点突破。円錐状(えんすいじょう)に変形した身で青空の下へ躍り出る。


「槍の部分の色が違う……硬質化でもしたのか──ッ!」


 分析を進める間もなくマリンが変形。それに寒気を覚えて側転すれば──直後に地面が爆ぜ飛んだ。


「「っ!?」」


「味な真似しやがる……!」

[──]


 空中という間合いを無視したかの如く放たれたのは、どこぞの魔物が繰り出す舌技。


 球体から触手のような部位を生やし、それをしならせ鞭としたらしい。生み出されたゴーレムは、創造者の記憶を引き継ぐということだろうか?


[っ!]


 そうこうしている内にマリンの浮遊時間が終了。触腕を増やし饅頭型(まんじゅうがた)イソギンチャクと化した群青色(ぐんじょういろ)の物体が、鞭撃(べんげき)結界を創り出す!


「ハッ。これは、中々……!」


 乱れ飛ぶ青の鞭、鞭、鞭。音速を優に超えるらしいそれが衝撃波を放ち、芝を(えぐ)り、土壌を吹き飛ばして荒れ狂う。


「わはーっ!? お、おにーさん!?」「ロウ様、ご無事ですかー!?」


 ものの十秒で辺り一面は耕地(こうち)状態。耕運機(こううんき)を通り越し爆撃機さながらの破壊力だ。


 されども、我が身は人ならぬ。


「やるじゃねえかマリン。……だけどな、俺はアイツの舌技を見切ったんだぜ? 当たる道理がねえよなァ!」


 音を超える速度? 先のフュンの速射砲もそれ並みには速かった。どうということはない。


 しなって見切りにくい軌道? こいつの動きは模倣に過ぎない。異形の魔物という()を知る俺にとって、それは過去をなぞる想定内の動きに収まる。


 結論: 体術のみで回避可能。


 鞭技繚乱(りょうらん)など、ものの数ではない。


「凄い、凄いですっ!」「こんなことが……っ!」


 風切り音と衝撃波が激しさを増す中、攻勢反転。体術だけで避けられるなら、余った魔法で攻め放題だ。


 鞭を避け様に地面を殴って魔力伝播(でんぱん)。石の柱を林立(りんりつ)させて、マリンの触手を絡め捕る!


[っ!?]

「腕、増やしすぎたな? それじゃ本体の護りが(おろそ)かになるだろ」


 石柱に腕を巻き取られ(はりつけ)のような状態となったゴーレムに対し、王手となる魔法を構築。


 異形の魔物を閉じ込めた氷の城塞でもって、その活動の一切を静止させた。


 模擬戦という名の超絶バトル、これにて了だ。


◇◆◇◆


「……ゴーレムさん、死んじゃったの?」

「いや、大丈夫。このまま砕いたりしなければ元通りになると思うよ。触手の大部分は凍ってないし、多分マリンも自力で脱出できるんじゃない?」


 戦闘終了後。


 氷漬けとなったマリンを悲しそうに見るアイラへ答えつつ、通常状態に移行するよう魔力で指令を出す。


[──]


 すると、石柱へ巻き取られていた触手たちが寄り集まって巨大化。溝のついた円錐型となり、ごりごりと氷塊を掘削(くっさく)し始めた。ドリルですか?


「驚きました。こんな状態でも、この子は動けるのですね」

「みたいですねえ。言っててなんですけど、自分でもびっくりです」


 などと、掘削音を聞くこと五分ほど。


 氷塊にひびが入り、そこから抜け出したマリンは元の球体へと姿を戻した。色も群青色へと戻り、大きさにも変化は見られない。変わっているのは魔力量くらいだ。


「おぉー戻った! この子、マリンちゃんって言うんですね。何だか、少し可愛いかも……」

「訓練用の的にするには勿体ないくらいですね」


 球状で弾むマリンを見て和む二人。この反応ならマリンを調整するときも平気そうだ。


「今からアイラにもマリン相手に実戦をしてもらうんだけど、このままだとマリンがあまりにも強すぎるから、アイラに合わせて調整しないといけない。ちょっと協力してもらえないか?」

「確かに、おにーさんとの戦い見た後で、そのまま訓練だって言われても無理かも……分かりました。あたしは何をしたらいいですか?」

「ありがとう。それじゃあ魔力で身体強化を行って、少しの間そのまま維持して欲しい」


 少し戸惑うような表情を浮かべるアイラをよそに、マリンを傍へと呼び寄せ調整を開始。まずはアイラの魔力から推定される強化度合いの予測。それを上回らないようにマリンの運動能力を低下させていく。


 そんな風に調整しながらふと思う。マリンって実際どれくらいの重さになるんだ? と。


 重量を求めるには、まずは体積からか。ええと、球の体積って何だっけ……確か3分の4に円周率と半径の3乗だったか。


 完全な球体になった時に大体4メートルくらいだから、半径2として3乗の8、円周率と固定数割って、残った4と掛けて32、割っちゃったけど本来の円周率は3.14なんちゃらだから、1.05倍くらいして……体積が33~4立方メートルくらいか?


 で、水の1立方センチメートルの重さが大体1グラムだから、1立方メートルは100の3乗倍で100万倍。1,000,000グラムで、水が1立方メートルなら1トンか。


 すると、マリンの体積分の水なら大体三十三トンで、マリンは水より重そうだから……多く見積もれば四十トンくらいはあるのか?


 大型トラック以上かよ。ぽよんぽよん弾んでる割にクッソ重いなマリン!


[……]


 無駄にマリンの重さを割り出しながら調整していると、興味深そうに眺めていたフュンが質問をしてきた。


「──調整ですか。ロウ様が細かく指令を出すのですか?」

「いえ、相手に合わせて運動量や能力に制限をかけます。指令はあくまで大雑把なものなので。……大体の調整は終わったので後は最終調整だけですね。ということで……マリン、アイラの調査を」


[──]

「ふわああぁぁっ!?」


 うねうねと変形するマリンを興味深そうに眺めていたアイラを目標に、無慈悲な強襲指令を下す。


 ウルトラマリンな触腕が数本幼き少女にまとわりつき、触手により拘束された少女という、実にスケベな構図があっという間に出来上がる。


 やっぱスライムといえばこれでしょ!


「──は? ロウ様!? 一体何を!?」

「実際にアイラの身体強化がどれくらいなのかをマリンに調べさせています。暴走でもなければいやらしい意図もないですよ……。もう終わったようですね」


 十秒ほどアイラを(ねぶ)り尽くしたところでマリンが少女を解放。


「ふぐぅ。酷いですよおにーさん……いきなりマリンちゃんに襲わせるなんて」

「ごめんごめん。これも安全に訓練を行うためなんだ。それに一回調べたら後は微調整で済むし」


「訓練のためと称していますが、その割には嬉々として実行しているように見受けられましたが?」

「ははは。調整も終わったことだし、アイラの準備が出来ればいつでも大丈夫だよ」


 頬を紅潮させ涙目のジト目を向けてくるアイラと、胡乱(うろん)げな視線を突き刺すフュンを柳に風と受け流し、話を進める。戦局の見極めは大切だ。旗色が悪いと感じれば即座に退避、これ兵法の常道也。


 ──話を流しアイラの訓練を開始しながら、(ばく)として今日の自分の行動について振り返る。


 やっぱり、曲刀たちのようなストッパーがいないと、どうにも羽目を外しがちだ。独りで行動すると特に顕著となる。このままでは遠からずかつての悪行が露見しそうだ。


「? ロウ様、如何なさいましたか?」

「いえいえ、我ながらよく動くゴーレムだなあと。アイラの訓練に丁度いい感じで良かったです」


 脳内で煩悶(はんもん)としているうちにも、マリンとアイラの訓練は順調に進んでいく。


 やはり初めに実演してみせたこと、的のマリンを調整したことが良い効果をもたらしたようだった。


 そこから更に一時間ほどアイラをシゴき、朝からぶっ続けの訓練も限界に差し掛かったところで、今日の訓練が終了となった。


 ウォーターベッドのような形状になったマリンの上で、もはや恥じらいを見せる気力すらないと大の字になり休むアイラ。


 だらける少女を見てやり過ぎたかと心配していると、訓練が終了したらしいアルデスとヤームルが現れた。こちらの少女も服装や髪の毛が乱れ、色濃い疲労が見て取れる。


「……なにこれ。スライム? 何だか気持ちよさそう。私も休みたいなあ」


「ロウ様のゴーレムですか? 先日報告のあった石のゴーレムとは別のタイプのようですね。……しかし、この荒れ様。流石はロウ様です」

「中庭っていうかもはや畑ですもんね……本当に申し訳ないです」


 謝罪をしながらも考えるのは別のこと。ヤームルの零した“スライム”という単語についてだ。


 一応マリンのような魔物が“スライム”という名を冠している可能性もあるが……。マリンを見た時、フュンやアルデスの反応はやや淡泊だった。戦闘に身を置くものでも見たことがない、もしくは知らない程度の存在なのだろう。


 そんな中でのヤームルの発言。彼女は読書家らしいし、彼女だけがスライムという存在を知っていてもおかしくないと言えばその通り。


 だが、やはり……転生者疑惑は深まるばかりだ。


「ロウ様、ご指導ありがとうございました。ご都合がよろしければ、お二方もヤームル様と昼食を共にされてはどうですか? 昼食まで少し時間があるので、汗を流すことも出来ます」

「お風呂っ! おにーさん、是非ともご一緒させていただきましょうっ!」


 アルデスの提案に物凄い勢いで食い付いたアイラの声により、思考が揺り戻される。


 お風呂か。女の子は汗なんて特に気にするだろうし、ここは厚意に甘えておこう。


 あ、でも俺は冒険者組合に顔出さないといけないのか。アイラだけちょっと預かってもらおう。


「ご厚意感謝します。そんなお誘いを頂いたうえで申し上げにくいのですが、冒険者組合の方で呼び出しを受けてまして。恐縮ですが、アイラのみご相伴与からせて頂ければと思います」


「左様でございますか。それでは、また次の機会には是非とも。使用人一同、お待ちしております」

「はい。お誘いいただき、ありがとうございました」

「うぅーそっかあ。おにーさん、冒険者組合に呼ばれてましたもんね」


 アイラだけ参加の旨を告げると、アルデスは(こころよ)く了承してくれた。

 が、マリンの上でうつ伏せで肘をつきながらだらけているアイラは不満げだ。お兄さんはお前のそのだらけようが心配だよ。


「ところでロウ様? このマリンは如何(いかが)なさるのですか?」


 チラチラとアイラを羨ましそうに見ていたフュンに問われ、そういえばそんな問題もあったねと思い出す。


「今後も的として使いたいので、出来ればこの場に置かせていただければ嬉しいです。勿論、指示系統を移譲したうえで」


「そ、そうですか。何か必要なものはあるのでしょうか? 水だとか土だとか……」

「生成者の魔力以外は不要ですね。魔力を与えておきますし、フュンさんやアルデスさんが命令出来るようにしておくので、何か御用があれば使い走りにしてください。図体が図体なので用も限られそうですが……とりあえず圧縮しときますか」

「本当ですかっ!?」


 さながらペットを飼うことが許された少女の様に、山吹色(やまぶきいろ)の瞳を輝かせるフュン。上品でしとやかだった彼女は何処かへ消えてしまったようだ。


「フフフ、もちろんこちらでお引き受けいたしますよ、ロウ様。このゴーレムなら使用人たちも存分に鍛えることが出来そうです」


 そして怪しげな笑みを浮かべるアルデス。使用人の皆さん、訓練がハードになったらすみません。


 その後、組合の用件が済んだ後にアイラを迎えにくることや次回以降の日程の確認、マリンの圧縮や魔力充填作業などを行い、冒険者組合へ向かった。


 ちなみに、破壊しまくった中庭は庭師や使用人たちが復元するとのこと。今回程度の破壊規模であれば次回の訓練までには元通りに出来るんだとか。すげーな異世界。

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