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異世界を中国拳法でぶん殴る!  作者: 犬童 貞之助
第二章 工業都市ボルドー
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2-24 鎧袖一触

「はぁっ!」


 鋭くも澄んだ声と共にロウへ放たれたのは、前面三方向から迫るつむじ風。芝を土ごと巻き上げる風の柱が、猟犬(りょうけん)の如く少年へ向かう!


 そんな風の暴威を前に、ロウは──。


(ものすげー勢いで芝巻き込んでるけど……庭は大丈夫なんだろうか)


 ──無残に刈り取られていく芝の心配をしていた。


(直撃しても平気だろうけど、それじゃあ何のための実戦形式か分からなくなるか。ここは華麗に魔法で防ぐべし!)


 雑念を払った少年は練り上げていた魔力を解放。後方へ飛びのきながらの土魔法で、巨大な坂を創り上空へと渦巻く風を導いた。


「流石でございます」


 後方へ逃れることを予測し先回りしていたアルデスだが、ロウが予想よりはるか手前で精霊魔法を捌いてしまったために機を逸した。彼はロウの視界から逃れるように側面へとまわりつつ、攻撃の機会を(うかが)う。


「あんな規模の精霊魔法を、一瞬で……なら、側面っ!」


 一方のフュンは、ロウの精霊魔法(実際にはただの魔法)を見て、正面からでは勝負にならないと身体強化を全開へ。アルデスの対角線上となるような位置から風の刃を乱射する、移動砲台のような戦術へと切り替えた。


 手数重視になったからといって、無視できるほどの威力なったわけではない。絶え間なく放たれる風の弾丸は、一発一発が芝を抉り地を穿つ破壊力を有している。


「ほっほっほーっと」


 その威力を見てとった少年は、素早くステップを刻み魔法に依らず体捌きによって器用に躱しきる。体術の実演もあるが、土塊生成で生まれる死角を潰すためだ。


「動きやすい服にしておいて正解だったか。だけど、アルデスさんは──ッ!」


 身を捻って躱すロウが、アルデスの気配を探った直後──背後より、アルデスの中段回し蹴りが脇腹に迫る!


「うひょいッ」

「!?」


 あわや直撃、どっこいロウは猫のような柔軟さで身体を反らしこれを回避。


 どころか纏わりつくようにしてその蹴り足を(つか)むと、互いの体を入れ替えるように投げ飛ばし。アルデスを正面から迫る風の弾丸への防壁代わりに利用してみせた。


「──ッ!? フッ!」


 しかし相手も()る者。


 崩された体勢で回避できぬと見るや即座に遅延魔術を解放、障壁展開。風の連弾で障壁にヒビが入ったところで体勢を整え、アルデスは瞬時に戦線へと復帰する。


「まだ、まだぁっ!」


 その一連の流れの間も、精霊使いの使用人は疾風の如く戦場を駆け回り、風の精霊魔法をロウへ向け放ち続けていた。


 嵐のような風の弾丸を続けたかと思いきや、横薙ぎ一閃。土の壁を真一文字に分断せしめる分厚い刃を解き放つ。


 そこから意識の死角を突くように、上空から吹き下ろす突風。更には渦巻く風で(おり)を生成し、包囲網によって動きを制限。狭まった相手の行動範囲を風の弾丸で埋め尽くし、一人で包囲殲滅(ほういせんめつ)じみた技まで披露。


 手を変え品を変え、目まぐるしく放たれ続ける風の精霊魔法だが──。


(──そんな。まるで当たらないっ!?)


 フュンは驚愕する。


 長期戦など度外視の魔力全力放出、隙を突き死角を突き、ここぞというタイミングで攻撃を打ち込んでいるにもかかわらず、当たらない。


 使用人の中でも屈指の実力を誇る自分たちが二人掛かりで攻め続けているのに、全く当てることができない。


(これほどとは……ッ!)


 目を見開き驚き動揺する彼女と同じように、アルデスもまたロウの体捌きの巧みさに驚嘆していた。


 身体が伸びきった、そう思ったところから更に(よじ)られる信じがたいほどの肉体の柔軟性、可動域。気配を遮断(しゃだん)した上での死角からの一撃を、容易く看破し受け流す感知力、対応力。


 一体どのような鍛錬を行ってこの力、技術を身につけたというのか。それもこの幼さにして、だ。


 ──と、そこで。


「ッ!?」


 フュンと挟撃(きょうげき)してロウの背後をとり、その背へ正拳突きのような中段突きを見舞ったアルデス。だがその拳が後ろ手で捌かれたかと思うと、その少年の指が老執事の腕の袖へと絡みつく。


(後ろ手で捌くかッ! これは不味いッ!?)


 振り払うのは危険と判断した彼は、引き寄せられる流れに乗るようにして攻勢へ。

 肘を畳んで少年の側頭部へ打ち込んで──。


「ぐッう!?」


 ──肘が頭部へ届く前に、ロウからの膝を狙った蹴撃(しゅうげき)により、勢いと体勢を崩された。


 しかしまだまだ、ロウの攻撃は終わらない。


 捕まえたと言わんばかりの膝蹴りが、アルデスの腹部を襲う!


()ッ!」


「う゛ぐ……」


 老執事の展開した物理障壁をあっさりとぶち抜いた一撃は、彼の身体を打ち抜くのみならず、ふわりと浮かび上がらせ──。


「ふぅ……()ッ!」


 ──地を離れ無防備となった相手へ、慈悲なき迫撃。全身をねじ込むようにして、肘を腹部へと叩き込む!


 蹴り上げた足の震脚と同時に打ち出されたそれは、(にぶ)い音を鳴らして老人の腹へ突き刺さり、その身を木っ端の如く吹き飛ばした。


 ロウの一連の動きは八極拳(はっきょくけん)小八極(しょうはっきょく)蹬脚(とうきゃく)堤膝(ていしつ)、そして頂心肘(ちょうしんちゅう)


 加減されていても一つ一つが悶絶ものの破壊力。それらを連撃として打ち込まれたアルデスは当然の如く行動不能である。


「カッ……ハッ……」


「──アルデス様っ!?」


 蹴られた(まり)のように吹き飛ばされたアルデスの姿に、思わず攻め手が止まってしまったフュン。


 そこへ、ロウが今までのお返しだとばかりに土の魔法を叩きつける!


「──っ!?」


 解放された魔法によって地より顕現したのは、天を突かんばかりの巨大な(てのひら)


 突如として屹立(きつりつ)した巨石の腕は、さながら嫌悪する虫を叩き潰すかのように振り下ろされて──大地を揺るがし地へ深く沈みこんだ。フュン諸共(もろとも)に。


 結果、アルデスは起き上がれず、フュンは地中に陥没(かんぼつ)


 使用人の両名共に戦闘続行不能であり、これをもって体術、精霊魔法の実演は終了した。


「──終わりですかね。こんなもんでしょう」


「……ちょっ!? 死んじゃうでしょっ!? 何やってんですか!?」


 戦闘が始まると眼前で繰り広げられる超絶技巧の数々に無言で見入っていた少女二人だったが、ヤームルが我に返り猛然と抗議する。


「ああ、フュンさんは大丈夫ですよ。掌を丸めるようにして包んでいますから。アルデスさんは……きっと大丈夫……なはずです。多分? 肘が深く入ったけど」


 若干目を泳がせながらしどろもどろに語ったロウは、石腕を動かしフュンを解放した。確かに宣言の通り彼女は無事だったが、呆けた表情で心ここに(あら)ずの様子。


「フュンさーん? ご無事ですか~?」


「はっ!? も、申し訳ありません……ロウ様」


 ロウが彼女の顔の前で手を振りながら呼びかけると、やっとのことで正気に戻る。が、ロウを見るとかすかに身を強張らせるあたり、軽々と叩きのめされた衝撃が尾を引いているようだった。


(二人ともこの家の戦闘要員っぽい上に手練れだったから、興が乗り過ぎた。曲刀からの諫言(かんげん)がないからどうしても調子に乗っちゃうんだよなあ)


 戦っている内についつい楽しくなってしまい、熱が入り過ぎてしまったと反省するロウ。意外なことに自覚があったのだ。


「な……何が何だかよく分からないような、物凄い戦いでしたね。アルデスさんもフュンさんも凄い動きだったのに、おにーさん無傷なんですよね……アルデスさん、大丈夫かな?」


 使用人のいずれも国の精鋭たる騎士すら真っ青になるような高度な戦闘技術、身体能力であることは、素人のアイラでも分かることだった。


 それにもかかわらず、ロウはその二人を同時に相手取り無傷で勝利を収めたのだ。彼女がよく分からないと評す通り、常識はずれな戦闘だと言えよう。


「ぐッ……ロウ様、お見事、でした。しかし、お嬢様の指導の際は、もう少し加減することに気を払っていただけると、私どもの(うれ)いも、晴れるのですが……」


 そうやってフュンの解放や戦闘の感想を言い合っている内に、アルデスが復活してロウたちの下へやってくる。が、横隔膜(おうかくまく)に膝蹴り肘打ちの連撃を受けた彼の表情は青く、息も絶え絶えだ。


「すんませんでしたァー! 指導する時は今まで以上に自分を律するよう心掛けますんで!」


 そんな老執事から懇願(こんがん)する様に詰め寄られたロウは、思わず素の口調で謝罪しながら頭を直角に下げ、手加減に万全を期すことを表明した。


「フュン……私は少し休むので、アイラ様のご指導を、頼みましたよ……」

「アルデス様……? アルデス様ぁーっ!?」


「……意外に余裕なのか? あの二人」


 テラスの長椅子に腰かけて小芝居を打つ使用人たち。


 ロウは案外余裕そうな彼らに安心する反面、これなら対応も変えなくていいかと開き直りもした。


「いや、ちゃんと加減はしてくださいよ?」

「えッ!? はい、任せてください」

「……そんないい笑顔をしても不安しかないです」


 向けられたジト目に笑顔で答えた少年だったが、彼女には通用しなかった。


「それじゃあ先ほどの戦いを思い出しながら、実戦に近い形で始めましょうか」


 分が悪いと悟ったロウはサクッと受け流し、一方的に指導開始を宣言する。


 ロウの態度に嘆息しつつも身体強化を行ったヤームルは、先ほどの超人としか形容しようのない目の前の少年の動きを思い返しながら、どう攻めたものかと頭を悩ますのだった。

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