2-21 支部長ベルナールとの対談
「ああ、『黒の番犬』の皆さん、おかえりなさい……あれ? ロウ君も?」
四人+αで冒険者組合ボルドー支部へ戻れば、欠伸をかみ殺していた受付嬢ダリアに出迎えられた。
伸びをして胸を反らしたときに突き出される双丘が実に性的である。これだけでも組合へ戻ってきた価値があったと言えよう。
(ならもう帰っても良いんじゃないですか?)
そんな感想を抱いていると、冷や水のようなお言葉をギルタブより頂戴してしまった。冗談が通じない奴だぜ全く。
(俺から見ても、お前さんの目線が釘付けになっているのがアリアリと分かったが)
人の目は美しいものに囚われるよう設計されているのだ。なんら恥じることなどない。故に見るッ! 見るのだッ!
曲刀たちに持論(と言う名の言い訳)を展開しつつ支部長との面会を待つ。
話は「黒の番犬」──ルールーたちがつけてくれている。俺とアイラはエントランスの長椅子で待機中だ。
「ふわー。組合の中って賑やかなんですね。この人たちがみんな冒険者……」
「今日は組合の方で冒険者たちに調査の依頼だとか聞き取りだとかしてるみたいで、その影響もあって人が多いのもあるかも」
興味深そうに周囲を見回すアイラと会話しながら待つこと少々。ルールーとアドルフが戻ってきた。アドルフが身軽になっていたが、彼が背負っていたジョルジオは組合の医務室に置いてきたらしい。
「ボス、今時間作れるってさ。それじゃあ行こっか」
「はい。どれだけ強請れるか楽しみですね」
「「……」」
俺の返答に言葉を失う両者である。冒険者を瞬時に叩きのめす俺だけに、冗談とは思えなかったようだ。
「おぉ~。おにーさん、悪い顔してますねっ」
「そうだとも。今の俺は心が闇に飲まれた悪しき存在なのだ。悪いことを考えるのは当然なのだよ」
少女に適当なことを吹き込んでいると、大人二人は「「何言ってんだこいつ?」」みたいな表情を浮かべる。こうやってアイラの緊張を解してるというのに、伝わらないもんだな。
(……伝わらないでしょう、それは。私は感心しましたが)
(本当に妙な所で気が回るな、お前さん。普段は抜けてやがるのに)
道化を演じつつ支部長室に到着。入室の許可が下り入ってみれば、支部長室は中々の広さだった。
二十畳以上はありそうな間取りに書類が積み上がる執務机、隣には資料や本が雑然と詰め込まれている背の高い本棚に引き戸タイプの収納棚。そして本棚を衝立替わりにすることで生まれた空間には、応対用のテーブルと三人掛けのソファに、それに向かい合う他よりちょっと質の良い支部長用のソファ。
どことなく前世の高校生の時に見た校長室を思い出すレイアウトだ。異世界といえど人なれば、部屋の様式というのも似通うのかもしれない。
「失礼します。『黒の番犬』ルールー、並びにアドルフ、参上しました。こちらにお連れしたのは新人冒険者のロウさんと、現場に居合わせたアイラさんです」
今までの軽い雰囲気とは打って変わって生真面目な様子で報告を行うルールー。公私の区別、こういうところも異世界だろうが何だろうが、人の社会である以上は変わらない。
「ご紹介に与かりましたロウです。初めまして。こちらのアイラは俺と『黒の番犬』の諍いに巻き込まれたため、その原因、責任の所在を追及すべくこの場へきています」
「えっと、アイラです。初めまして。よ、よろしくお願いします」
「ようこそ……というのも変だが、よく来てくれた。冒険者組合ボルドー支部の支部長、ベルナール・リロイだ。まずは椅子に掛けてほしい。……お前らは当然立ったままだぞ」
「ゲェ!? そりゃないぜボス~」
「真面目に報告したのに酷いですよボス!」
「黙れ馬鹿どもがッ! 得意分野で失敗しておいて、うだうだと文句を垂れるなッ!」
眼鏡装備の金髪オールバックなイケメンおじさんことベルナールは、のっけからルールーたちを叱りつけた。子供一人まともに追跡できなかったら、そりゃ怒鳴りたくもなるだろう。
ベルナールの怒声で少し萎縮してしまったアイラを椅子へと促しつつ、彼の様子を探る。
「ボス、俺たちはロウにぶっ殺されかけたんだぜ? ジョルジオなんて生死の境を彷徨ってるんだ。満身創痍といってもいい。それなのに座らせてもくれないのか?」
「医務室にいるジョルジオはともかくお前らは無傷だろうに、よくもぬけぬけと──」
──などと叱りつけながらも、こちらの様子を窺っているようだ。
この状況を利用して俺の人間性を観察しているのか、それとも叱りつけていることすらただの茶番なのか。いずれにせよ気分のいいものじゃない。アイラを連れてなきゃ幾らでもどうぞとなるんだけど。
無意味なやり取りで話が長引いてこの娘の負担になっても馬鹿馬鹿しいし、まずはこちらのスタンスを明示しておく必要がある。
すなわち、監視の理由を詳らかにすること。これだ。
ベルナールが何故監視の対象としたのかはわからない。
予測としては、俺が組合で記入した情報が偽られたもの、あるいは疑わしいものだと判断した、というところか。正面からの調査ではなく、監視・追跡みたいな裏の手段で調べようとしたわけだし。
大した情報もない記入事項の中で疑わしいものがあるとすれば、二種精霊使役者という点だろうか。
それならばこの場で示すことが出来るし、ルールーたちに証言させることも可能だ。
(理屈をこねくり回しているが、要は鬱憤を発散したいだけなんじゃないか?)
……そうとも言う。言うが、身も蓋もないやつだな!
方針が決まれば早速行動だ。威圧感たっぷりの魔法を披露してやんよ。
威圧感といえばやはり奴だろう、ドレイク。王者というに相応しい風貌、造形、存在感。そのまま再現するには室内が狭すぎるため、首のみを生やすとしよう。
「……」
魔力解放八割運転。
周囲が歪んで見えるほど濃密な魔力が我が身より溢れ、俺の真上の天井と椅子の近くの床で集束する。
「──ッ!?」
「うはぁー。マジやべーわ。目で確認できる魔力って、どんだけ濃いんだよ」
「ボス、話が進まないからロウ君怒ってますよ。さっさと謝ってくださいよ」
「ふわーっ!?」
突然の魔力集束に騒然とする周囲を無視し、イメージを練り上げる。
天より降る氷の龍、地より昇る石の龍。
紅の魔力が石と氷とに変容し、瞬く間に悍ましき龍が顕現した。
[[──!]]
大人の胴回りを倍する巨大な龍首が俺の傍らでとぐろし、支部長室を圧迫する。
うむ、中々の出来だな。
「「「竜っッ!? 二頭っッ!?」」」
「それを形だけ真似ただけですよ。ちょっと動きますけどね」
[──♪]
軽く説明しながら、床から生えた石龍の頭を撫でる。全身が硬質な石にもかかわらず、石龍は表情を緩め目を細めている。自分で生み出しておいてなんだが、器用な奴だなこいつ。
魔法で生物を模したときは描いた想像に近い形で魔法が実現するため、創造するものによってはまるで生きているかのように振る舞うことがある。これは繰り返してきた実験の中で判明したことだ。
俺のドレイクへの畏敬の念が表れたのか、この龍たちもその例に漏れず生物めいた反応を返す。
「でもロウ君、なんでまた急に竜を?」
「ベルナール支部長が俺が二種精霊使いであることを疑っているのかな、と考えまして。それなら回りくどい真似をせずに実演して見せた方が早いかなと」
龍を凝視し呆けた表情で問うてきたルールーに表向きの理由を告げる。まさか面倒になったから相手を黙らせる意味で魔法使ったなんて、言えるはずもない。
(ロウならその内ポロっと本音が零れてしまいそうなのです)
(それで「やっちまったー」なんて言ってそうだな)
いかにもありそうな未来予知は止めろ!
「ふわー……おにーさん、水だけじゃなくて土の精霊さんとも仲が良かったんですね」
「え? 精霊魔法ってこんな芸当出来るようなもんなの? なら俺も精霊探して契約狙ってみるかな~」
「そんなわけあるか。普通なら確実に完成前に魔力が枯渇している。……そしてロウ君、疑っているつもりはなかったのだが、そのような態度に見えたのならすまなかった。だが、出来れば今後は口頭で教えてもらえるとありがたい」
「お騒がせしてすみません。それで、お話の続きをお伺いしても?」
ザ・形だけの謝罪を決めつつ先を促す。ついでに龍たちに睨みを利かせて威圧してもらう。
「う!?」
蛇に睨まれた蛙の如く硬直するベルナール。その効果、覿面也。早く進めないと部屋を龍まみれにしちゃうぞ☆
「まさか、支部長室で堂々と脅しをかけられるとはな」
「いやーボス、言っちゃあなんですけど、明らかにこっちが先に手を出してますし。私らとしてはロウ君に睨まれたくないから早く話して謝ってほしいですね」
「俺も同感~。下手すりゃあの竜だけでも俺ら食い殺されそうだし? つーわけで、早いとこお願いしゃーす」
「お前らはッ……ハァ」
組合員二人の態度に大きく嘆息したベルナールは諦観の表情を浮かべた後、ややあって頭を下げ謝罪の言葉を口にした。
「まずアイラ君。我々冒険者組合の諍いに巻き込んでしまってすまなかった。我々に出来る償いがあれば言って欲しい。可能な限り希望に沿えるよう努力することを約束する」
彼の態度を見ていると、組織の長っというものは面倒なのだろうなあという感がヒシヒシと伝わってくる。今の言い回しにしても「可能な限り」とか「努力する」とかふわっとした表現に抑え、決定的なことは何一つ明言しない。
(極めて人間族的な言い回しですね。魔族ならばこうはならず「ならば力で決めよう!」となり、単純明快なのです)
半分流れている血のせいか、ギルタブの言う魔族の考えが魅力的に思えてきたぜ。毒されてきたともいうが。
「えっと、それなら……個人的な依頼を出させてもらってもいいですか?」
「勿論だとも。依頼が引き受けてもらえるかまでは流石に保証しかねるが」
益体のない事を考えている内に話は進む。この子が組合に行きたいと言っていたのは依頼を出したかったかららしい。
「本当ですかっ!? それなら、ロウおにーさんへ、あたしの精霊魔法の指導依頼を、お願いしますっ!」
「へッ!?」
「ほう。受理しておこう。何なら、ここで直接契約を行うことも出来るが、どうするかね?」
「おにーさん……ダメ、ですか?」
薄桜色の眉をハの字に曲げ、桃色の瞳を揺らしながら問いかけるアイラ。
はぁ可愛い。これは断れない。断る奴がいたら正気を疑うね。
(何ならムスターファ氏に打診して、あの孫娘の指導と一緒に行っても良いかもしれませんね。あっちもこっちもとなるよりは、纏めた方が楽でしょう。ロウは忘れそうですし)
最後の一言が気になるが、黒刀が提示した案はとても良いものだ。何より訓練の場所が確保できるのが大きい。精霊魔法を使うとなると広さが欲しいところだし。明日早速連れて行ってみよう。
「ちょっと考え事してただけだよ。引き受けさせてもらおう! 報酬は例のサンドをよろしく」
「はいっ! ありがとうございます、おにーさん!」
椅子から飛びあがって喜びを表すアイラ。実に素直で愛らしい反応に心が洗濯される。
──さて、アイラへの謝罪は終わった。次は俺の監視についてだ。
意識を切り替えた俺に倣うように、龍たちの放つ圧迫感が増しに増す。
「……ロウ君、君の竜たちの威圧、少し抑えてもらえないだろうか?」
「難しいですね。俺の感情に呼応しているので、勝手に昂っちゃうんですよ。簡潔に監視の理由を聞かせていただければ、鎮まるかもしれません」
ベルナールの提案を切って捨て、圧力強化。俺と龍から溢れる魔力によって室内の壁が軋み、卓上の湯飲みにヒビが入る。
「早く帰りたい」
「というか逃げ出したい。逃げていい?」
「え? ええ?」
万力を締めるが如く緩やかに、しかし確実に増す圧力に脂汗を滲ませるベルナールと外野の二人。魔力を制御しアイラに影響が出ないようにしているため、彼女だけは何が起こっているのか分からず周りを見回している。
「──ぐッ、分かった! ロウ君! すまなかった! 話すから威圧を解いてくれ!」
「はい。何よりです」
根を上げたベルナールが叫ぶように謝罪したところで、魔力をしゅるりと引っ込める。ロウ・ダークネスと化した今の俺に良心などない。
(お前さんが人族らしいのか魔族らしいのか、時々分からなくなる)
サルガスの言葉に失敬なと憤慨したくなるが、自分でも前世より思考が物騒で好戦的になっているなと節々で感じている。
意識的に自制する癖をつけないと、いつかやらかしそうな思考だ。とはいえ、今回に限っては歯止めなんてかけないけどなァ!
「落ち着きましたか? では弁解があればどうぞ」
傲岸不遜を地で行く褐色少年と、天地から睨みを利かせる対なる龍。
対するは額に汗し青息吐息な様子の金髪オールバックなイケメンおじさん。
この世界においては子供が大人を陵駕し得る。冗談みたいな絵が成立するのも、魔法という超常の力があってこそだ。
「フゥ。まずは、改めて君に謝罪を。こちらの都合で迷惑をかけてしまい、申し訳ない」
「はい。謝罪を受け入れます。理由を聞かせてもらっても?」
「今回愚かしくも君の追跡依頼を出したのは、君とムスターファ殿の関係性を調査し、もしその関係に綻びがあるようなら君を組合専属として抱き込もう、そう考えての行いだった」
改まっての謝罪の後、ベルナールは事情を語り始めた。
ボルドーにきてまだ数日だというのに、ムスターファと繋がりがあることがバレていたらしい。結構上層区に出入りしているから、そのせいだろうか。
「なるほど……。前提となる俺とムスターファさんとの関係についてはどこで情報を?」
「この場ではまだ広げるべきでない情報なので詳細は語れないが、ロウ君がボルドー近隣の街道でムスターファ殿を救ったということは、衛兵たちを通して私のもとに情報がきている」
聞いてみれば何のことはなく、例のドレイクの一件について知られているだけだった。
冒険者組合の支部長ともなれば、衛兵たちとの情報は共有されていて当然か。俺の想像力が足りなかったようだ。
それにしても、俺を抱き込もうとは。やはり魔物被害、そしてあの異形の魔物に対応するためだろうか? この点も聞いておこう。
「もうあの一件の情報が伝わっていたんですね。それはそれとして、先ほど仰っていた抱き込むという話ですが……魔物被害……というより、新種の魔物に対しての戦力として、ということでしょうか?」
「察しの通り、そういうことになる。既に知っているかもしれないが、腕利きの冒険者にも犠牲が出ている現状だ。君のような実力者の協力が得られるなら、何よりも望ましい。先ほどダリアから報告を受けたが、君は森の深部で組合員章を回収したのだろう? ならば件の魔物の恐ろしさ、分かるのではないかな」
一時間だか二時間だか前の話だが、俺が組合員章を回収した話は既に彼の耳に入っていたらしい。それほどこの案件は重大だということだろう。
「そういうことだったんですね。では、支部長という立場を使い正面きって呼び出さなかったのは、俺がどういう存在なのか予め調べておきたかったからですか?」
「……その、通りだ。全てこちら側の身勝手な理由で、返す言葉もない」
こちらに関しては概ね推測通り。
面倒事にはなったが、この出来事を盾にとることで今後組合からの雑事を避ける際に優位をとれそうだ。結果としては収支プラスかもしれない。
(収支って。出ていったのは何だよ)
当然、俺の活力と精神力だ。とはいえ、総合的にプラスでも今日の活力はもう限界ギリギリだから、これ以上の面倒事は避けたいところ。
(ロウの活力が尽きるとどうなるのですか?)
う~ん。行動を起こす際に箍が外れるだろうな。なにもかもが面倒になって、人目を忍ぶとか誤魔化すとか一切考えずに魔法ガンガン使っちゃいそう。
(悪夢だな。目撃者が出た日には大混乱間違いなしだぞ)
そういうことだ。だから俺としては、話が長引く前にサクッと帰りたいところなんだけど──。
「私が行ったことは君を軽視し取り込もうとする、恥ずべきものだった。ロウ君、どうか私にもう一度チャンスを貰えないだろうか?」
──そろそろ決壊しそう。
(待て、早まるな!)
「そちら側の事情は概ね理解しましたが、今日中に決めてしまうのも性急なように感じます。一日置いた上で詰めた方がお互いのためかもしれません。何より、今回の主題である謝罪と原因の追及から離れてしまいますからね」
曲刀に止められるまでもなく秘儀・問題先送りの術を発動。
これ以上付き合ってられるか! 私は家に帰らせてもらう!
「! そうだったな、誠に申し訳ない。少し気が急いていたようだ」
額に浮かんだ汗を上品な布で拭い、眼鏡を外して細く息を吐くベルナール。
不憫だとは思うが、元はと言えば向こうが仕掛けてきた話。あまり同情する必要もないだろう。サクッととんずらこくべきだ。
「では、明日また同じ時刻にお伺いするということでよろしいですか?」
「ああ、よろしく頼む。繰り返しになるが、君には手間ばかり掛けさせてしまって申し訳ない。……ところでロウ君、この竜は一体どうするんだ?」
「今までの支部長室とは一味違う印象を与えるオブジェクトとして、部屋に彩を与えます」
「「「……」」」
「すみません冗句です。氷の龍は放っておくといずれ溶けると思いますが、石の龍はそのまま残ると思います。先鋭的な──」
「──わかった。もういい。君が被った被害に対する意趣返しということなんだろう。甘んじて受けようとも……ハァ」
いかにも疲れ切ったという表情で、金髪イケメンおじさんが溜息を吐く。そんなに気に入らないのか? こんなに凛々しいのに。
「造形が気に入らないのであれば、より厳めしい──」
「──結構だッ! また明日来てくれ」
言葉を続けようとすると、ベルナールによってアイラもろとも支部長室を叩き出されてしまった。全く、やれやれだぜ。
後に支部長室の龍たちは、俺が支部長室に出入りするたびに何度も魔力を充填していったせいか、ゴーレムというより段々と半生物化していったという。
俺の命令外のことも平気でするようになり、構え構えと仕事の邪魔をしたり、とぐろを巻いて空間を圧迫したり、受付嬢たちにチヤホヤされたり。彼らの世話でベルナールは色々と苦労したらしい。
ざまあみやがれだこの野郎!