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異世界を中国拳法でぶん殴る!  作者: 犬童 貞之助
第二章 工業都市ボルドー
41/318

2-18 騒動の後で

 ボルドー工業区にある質屋「金の蝶番(ちょうつがい)」、その談話室にて。


「ふぅ。どうしたものか」


 大商人ムスターファからの通報を受け急遽(きゅうきょ)組織されることとなった、「灰色の義手」傭兵団の征伐(せいばつ)部隊。その隊の長であるオットーは、頭を抱えていた。


 悪名高い傭兵団の幹部が無残な姿で拘束されていた時や、その傭兵団の拠点がボルドーにあると聞かされた時は大いに驚いたオットーだが……。傭兵団の拠点──ここ「金の蝶番」の惨状を目の当たりにした際の衝撃は、それらよりもずっと大きなものだったのだ。


 立派な外観から想像できる通りの美しい内装。その内装が建物東側の一部で、儀式魔術でも放たれたかのような大破壊の様相を呈していた。付近の住民や第一陣を務めた兵も戦争が始まったかのような音と振動を感じたという話があり、この予測の裏付けともなっている。


(実際に放たれたのかもしれないな。分厚く強固な石材の壁をこうまで破壊しつくすとは。だが……)


 談話室から傭兵たちが拘束されている食堂へ移動し、オットーは拘束されている傭兵たちへと目を向けた。


 彼らは現在、一様に奇怪な蜘蛛の形をしたゴーレムに捕らわれていた。見たことも聞いたこともないようなそれには戦闘の痕跡が幾つか残っていて、暗にこのゴーレムも戦闘に参加したことを示している。


 傭兵らを拘束しているゴーレムと同型と見られるモノの優れた運動性は、オットーは既に確認していた。


 というのも、突入の機を見計らっている際に、このゴーレムたちを使役している褐色の少年がその背に乗って現れたのだ。


 オットーに傭兵らを鎮圧したことや中に盗品や(さら)われた子供などがいることを告げた後、少年は自身が乗っていたゴーレムや他のゴーレムも置いて何処かへ去っていった。


 その際、オットーは少年にゴーレムの動きを見せてほしいと頼んだのだ。


 そこで見たのが軽業師(かるわざし)のような俊敏(しゅんびん)さに、捕食動物のような瞬発力。岩の巨体からは考えられない運動能力である。


(あの褐色肌の少年は同時に動かすのは難しいと言っていたが……この惨状、儀式魔術などではなくあれらゴーレムによってなされたかもしれん。熱や氷の破壊痕は多くないし、大規模な風や爆発魔術に見られる、広範囲に渡る窓や扉の破壊もない。しかし、だとすると……このゴーレムは一体何なのだ? アーリア商会の持つ兵器だろうか)


 戦場で恐れられていた傭兵団の拠点すら短時間で制圧できる、圧倒的な戦力。


 少年が置いていったことを踏まえると、替えの利かない貴重な一点ものというよりは量産可能な戦力だと考えられる。あるいは、商会がこのようなゴーレムを運用できるという、宣伝や示威(じい)行為のために置いていったのかもしれない。オットーはそう考えた。


 いずれにしても頭の痛い問題だと(ひたい)に手をやり、彼は談話室へと足を向ける。


 彼の考えは事実から外れていたが、それは仕方のない事だ。


 まさかそのような大戦力が個人の、それも、その場の勢いで創り出されたものなどとは考えられようはずもない。仮にそれを事実だと話されたとしても、出来の悪い冗談と笑い飛ばしてしまうような内容だ。


(ハァ。この冗談のようなゴーレムや「灰色の義手」の無残な姿、どう報告書に纏めたものか)


 結局のところ、彼の悩みはここに集約する。命懸けの戦闘へ参加せずに済んだことは僥倖(ぎょうこう)だったが、現実離れしたような現状はノーサンキューなのだ。


「オットー隊長。『灰色の義手』に捕らわれていたと見られる、亜人の少女への聴取が終わりました。こちらがその内容を纏めた調書(ちょうしょ)です」

「ご苦労。気になる点が無ければ、仕分けを手伝ってきてくれ」


 談話室へと戻る途中に部下から調書を受け取り、オットーは盗品の分別に加わるよう指示を出す。


 本来ならばこの場で行うようなことではないが、今回はアーリア商店から盗まれた直後であるため、商会側の人員が立ち合い仕分けが行われていた。


「フム……奴等は魔導国を経由してボルドーへきていた、か。オーレアンやリマージュを通らず迂回してきたとなると、何かしらの思惑があってボルドーにきたと考えるのが妥当か」


 オーレアンとはリマージュの北方にある農耕が盛んな都市であり、周辺都市の食糧を(まかな)っている農業都市でもある。


 傭兵団「灰色の義手」が拠点としていたランベルト帝国は、このオーレアンよりさらに北にある。帝国から遥か南方のボルドーへやってくるには、通常このオーレアンやリマージュを通るはずなのだが……彼らは大きく迂回し、リーヨン公国を通過するルートを採らなかった。


 つまりは、リーヨン公国側に入国を悟られたくなかったと考えるのが自然であろう、そうオットーは結論付けた。


(しかしこの(さら)われた子供はどうするか。元々はサン・サヴァン魔導国に住んでいたというし、ボルドーで保護するわけにもいかん。……いや、待てよ? 魔導国には魔術大学があったはずだ。ムスターファ殿の孫娘は名が通るほどの学生。今は長期休暇で帰郷しているが、また大学へ戻るはず。ならばそこへねじ込めば、ついでに亜人の子供も里へ帰すことが出来るはずだ! ムスターファ殿も今回こちらへ無理を言ってきたのだし、これくらいは負担していただけるだろう。よしよし……)


 隣国の子供の保護などという火種を抱えたくないオットーは、脳漿(のうしょう)を絞り策謀を巡らすことで、瞬く間にムスターファへ押し付け、もとい(たく)す算段を立てた。どこの世界でもこと問題ごとを避けるためなら、並外れた思考力を発揮出来る、そういう人物はいるものだ。


「亜人の子供は良いとして……『灰色の義手』の件を公爵様に報告するのは気が重いな……。子供の話では、奴等がボルドーへ到着してからひと月ほど。──丁度魔物被害が増えだした時期と符合(ふごう)している。恐らく連中が、何かしらをこの地へ仕掛けたんだろうが……ハァ」


 オットーは盛大にため息をつきつつ、破壊された廊下から談話室へ移動し、報告書の作成に着手した。


「それにしても……あの子が置いていったこのゴーレム、いつまで稼働(かどう)するんだ?」


[……]


 報告書の作成中、オットーを背後から無言で見守る蜘蛛型(くもがた)のゴーレム。


 このゴーレムを少年が譲ってくれると言った時は彼も驚き喜び勇んだ。


 ところがいざ貰ってみると、なにやら監視されているようで落ち着かないし、図体も大きいため移動の際に非常に邪魔である。


 まさか押し付けられたのか? との考えが脳裏をよぎるが、それを無理やり締め出すオットー。ゴーレムの視線を背に、彼は再び作業に没頭していくのだった。

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