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異世界を中国拳法でぶん殴る!  作者: 犬童 貞之助
第二章 工業都市ボルドー
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2-16 囚われた子供

 ボルドー商業区にある傭兵団「灰色の義手」のアジト、その地下室にて。


 傭兵団を壊滅させるために単身乗り込んだロウは、天井に張り付き息を(ひそ)める。


 ネコ科動物の狩猟時並みに瞳孔を散大させる先には、傭兵団メンバーのトロンと、亜人族の少年(?)。襲撃で得た盗品を机の上に並べるトロンに、その子供は酷く怯えている。


(一体何が始まるんです? って感じだな)

(あの子供は隷属(れいぞく)させられているようですが……何らかの特殊な技術、ないし技能を持っているのでしょうね。どうやら始まるようです)


 ギルタブがロウに答えるような形で話し終えた時、震えながら(たたず)んでいた少年が机へと歩みよった。


「始めろ」

「……」


 トロンが短く命じると亜人の少年は魔力を身体へと巡らせた。人間族には見られない薄い緑色の魔力が、少年の身体をほのかに満たしていく。


(ん……身体強化じゃない? 波のような揺らぎ……魔力探知か?)


(不味いな。俺たちは魔剣の特性上自然と刀身から魔力が漏れ出て、隠そうとしてもロウ程隠蔽が出来ないから、感覚が特別鋭い亜人の感知だと見つかるかもしれんぞ)

(私たちが感知されれば奇襲が失敗する可能性が大きいです。騒がれる前に行動すべきだと思うのです)


(まあまあ、そう焦りなさんなって。いざとなれば転移なり異空間なりで吹っ飛ばせばいいし、魔力を練って即応出来るようにしておけば直ぐに騒ぎになることは無い。……はずだ)


 曲刀たちを(なだ)めつつ、ロウは状況を静観する。


「ん……杖と短刀、後は……見当たらないです」

「何? 上等な曲刀があったと聞いていたが。これはどうなんだ?」

「平凡な武器みたいです……ごめんなさい」

「チッ、使えん奴だ」


 返答が意にそぐわなかったのか、男は気色ばんで舌打ち。首輪に繋がった鎖を引っ張り、少年を引き倒してしまった。


(探知を利用した鑑定、か?  俺の目で視ても選ばれた二つと他の物で魔力的な違いがあるようには見えないが)

(あの猫人族の子特有の能力かもしれませんね。その能力目当てでここで使役されているとみていいでしょう。こちらが発見されずに済んで良かったのです)


(……お前ら、あの扱いに対して思うとこないのか。ロウなんて同い年くらいだろ)


 目の前で繰り広げられる道理にもとる光景をよそに、ロウと黒刀は状況分析を続行する。人外たるに相応しい冷血さであった。


 唯一まともな道義を具えていた銀刀が両者を(いさ)めると、二人は屁理屈を並べ始める。


(同情はするけど……あんまりよそ様の人生に口出しする余裕がないっていうか、何というか。やむにやまれぬ事情があるかもしれないし、何も知らないのに義侠心(ぎきょうしん)(たぎ)らせるのもねえ)


(サルガス、ここであの子を助けて万が一他の者たちに私たちの存在が露見しようものなら、あの子の命もかえって危うくなるのです)

(馬鹿な。何故俺が短絡的みたいな流れに)


「あうっ……ご、ごめんなさい」

「お前を生かしてやってるのは俺たちに利があるからだ。つまらない嘘で俺たちの目を欺こうって言うのなら──」


(流石にやり過ぎだな。止めに入るか)


 うつ伏せで倒れていた少年の背を踏み傭兵が凄んだところで、見かねたロウは介入を決意。


 静かに練り上げていた魔力で魔法を構築し、ロウはまず室内を包むようにして空気を圧縮して作った膜を何層にも展開。


 そうして室内の音が外へと漏れ出ぬよう防音を図ると同時に、男の頭上から急襲。


 逆吊り落下から捻りを加えた回し蹴りを、男の延髄(えんずい)へと叩き込む!


「そいやッ!」

「──ッ!?」


「う、わ」


 トロンを壁まで吹き飛ばし、華麗なる着地を決めるロウ。その表情は見事なまでにドヤ顔だ。


 一方、突然男が吹き飛んだかと思うと見ず知らずの子供が隣に降ってきたため、亜人の少年は大いに混乱する。


「えっ、えっ!?」

「静かに。君をどうこうするつもりはない」


 意識を奪った傭兵の男を床へ押し付け、肩や膝蓋骨(しつがいこつ)脱臼(だっきゅう)させながら、ロウは(さと)すように語り掛ける。


 が、亜人の子供から見れば、屈強な大人の骨を折りながら(おど)しているようにしか見えない。恐怖の権化であった。


「嫌っ!? こ、殺さないで! 死にたくないです!」


「えぇー……」


 結果、猫人族の少年は(うずくま)って叫び、命乞(いのちご)いを始めてしまった。


(今のはロウが悪い。手足をボキバキ折りながら言われても、説得力のかけらもないぞ)

(ふふ。時間短縮が裏目に出ましたね)


(別に折ってねーし笑い事じゃねえ! しかしヤバいな。昔はこんな野蛮な思考じゃなかったのに、自然と時短のためにながら作業をしてしまった……これが力を得た代償なのかッ)


((……))


 一人で盛り上がるロウに、冷たい空気を漂わせる曲刀二振り。丸まって恐怖に震える子供。数秒間の静寂。


「ごほん……落ち着いて、大丈夫だから」


 冷や水のような思念を浴びて正気に戻ったロウは咳ばらいを一つし、(つと)めて優しく声を掛け、丸くなっている小さな背中を撫でる。


「うぅ……本当ですか?」


 尻尾を体に巻き付け半泣きで震える姿を見て、アワアワと慌てふためきながら子供をあやし続けるロウ。如何に彼とて、泣く子と地頭(じとう)には勝てないのだ。


(勢いで手を出しちゃったけど、どうしたもんかねー。ここに置いといていいものか)


(仮にロウの異空間で保護したとすると、安全ではありますがロウが魔法を扱えることが知られてしまいます。いつまでも保護し続けるわけにもいきませんから、悪手でしょうね)

(気絶させて異空間に放り込むなんて考えるなよ?)


(ギクゥッ! いやいや、流石の俺もそこまで外道じゃないって……チラッと脳裏をよぎっただけで)


((よぎったんだ……))


 脳内で曲刀たちと協議しつつ、少年をあやすロウ。


 そうした時間が一分程経つと、亜人の少年は落ち着きを取り戻し怯える様子は無くなった。


 反面取り乱してしまったことが恥ずかしくなったのか、少年は顔を赤くして俯いてしまった。


 その反応を見て褐色少年は首をひねる。


(なーんか反応が男っぽくないな。髪が短いし服もボロボロだから分かりづらいけど、女の子か? この子)


(ん? 女だったら何か問題が出てくるのか?)

(いんや別に。恥かしがってる理由を考えてただけだ。落ち着いたみたいだし、ここに放置かな。トロンを廊下に放り捨てて、内側から施錠しとけば大丈夫だろう)


 銀刀に返答しつつ、ロウはこの少年への対応を決めていく。


 いくらロウが生粋の童貞でも、これくらいの子供なら相手が色々と危うい姿であっても挙動不審になったりはしない。


 むしろ、前世で親友の道場へ通っていた時に門下生の子供たちの指導や世話をしていたため、扱いは慣れているとさえ言えた。意外なことに、彼は子供好きなのである。


「──俺はもう行くけど、君はここで待っていて欲しい。今この都市の衛兵たちがここの傭兵団をひっ捕らえる準備をしてて、もう少し時間が経て兵たちが来るはずなんだ。部屋の外で争う音が聞こえている内は動き回らないで、ここに居た方が安全だと思う」


 考えを纏めたロウが傭兵団襲撃の件を含めて事情を説明していくと、亜人の少年の瞳に希望が宿った。しかし、ふと何かに気付いたのか焦ったように褐色少年へ話しかけた。


「あの、ありがとうございます。でも、お兄さんは逃げた方が良いです。ここにいることが見つかるだけでも危ないのに、この人を気絶させたのが知られちゃったら、絶対殺されちゃいます!」

「大丈夫、心配ないって。君もこの男も俺が上から降ってくるまで、気配をまるで感じ取れなかっただろう? 隠れながら行動したらどうにでもなるさ」


「そうですか……その、何もお礼のできるようなことが無くて、ごめんなさい」

「こっちが勝手に手を出したことだし、大げさに考えなくて運が良かった程度で大丈夫だよ」


 しゅんと項垂(うなだ)れた少年の猫耳がへにゃりと垂れる。小動物的愛らしさの前に、ロウは思わず頭を撫でてしまう。


「おほ~……」

「あの……?」


「──ハッ!? いや、ちょっとお礼の代わりに耳を触らせてもらおうかと……いきなり触ってごめんね」


 亜人の子は薄い浅葱色(あさぎいろ)の眉を寄せ困惑した表情を浮かべていたが、納得したのか追及するようなことは無かった。


(危ないところだった。あれが伝え聞くケモミミ・ワールドか……この世の深淵を覗いた気分だ)

(何を馬鹿なこと考えてるんですか)


 ギルタブに冷たい言葉を浴びせられ「アレ? 前にも似たような事が」と考えたロウだが、自身の尊厳(そんげん)が傷つくだけにも思えたので深く考えず思考を打ち切った。彼が己の行いを(かえり)みることは稀である。


「それじゃあ。この男は連れて行くよ」

「あ、ありがとうございました! お気をつけて!」


 ふわふわで綿花(めんか)のような肌触りの獣耳に後ろ髪を引かれながらも、ロウは防音魔法を解除して気絶した男を背負い倉庫を後にした。


◇◆◇◆


「──あのお兄さん、どうしてここにいたんだろう?」


 そうしてロウが去った後。


 一人残された亜人の少女──カルラは、暴力を振るおうとしていた「灰色の義手」の傭兵から守ってくれた、褐色少年のことを考えていた。


「背中撫でてくれた手、温かかったなあ……頭撫でてくれたのも……」


 少女は熱に浮かされたようにほうっと息を吐く。


 傭兵の腕を折りながら話しかけてきた時は恐怖で大いに取り乱したが、そんな彼女を優しく抱き寄せ、落ち着くまで嫌な顔一つせず背をさすってくれたのだ。


 その時カルラへと伝わってきたのは柔らかく純粋な好意で、「灰色の義手」によって(さら)われてから忘れていた、心に染み入るような優しい感情だった。


 ──亜人の少女カルラは、リーヨン公国の東にある隣国サン・サヴァン魔導国で森人族の母と猫人族の父、親子三人で魔道具店を営んできた。


 父のオレグは材料集めや狩猟で店を空けることが多かったため、母のミュラと娘のカルラ二人で店の番をすることが多く、彼女が攫われたのも父親が不在の時のことである。


 当時、「灰色の義手」はリーヨン公国の北方に位置するランベルト帝国から密命を受け、カルラの祖国を経由しここボルドーを目指し行動していた。


 その道中で、彼らは商隊を襲撃したり野盗を返り討ちにして、多くの武具や魔道具を得ていた。ものの試しだと盗品を鑑定に持ち込んだのが、「神秘の工芸品」──カルラたちの魔道具店だったのだ。


 そこで卓越した識別能力を見せてしまったのがカルラであり、それにより彼女は彼らの目に留まることとなってしまう。


 戦闘集団であった「灰色の義手」には専門の目利きを出来るものはおらず、それ故にカルラの能力は実に魅力的なものに映った。加えて彼女は子供でもあったため、面倒な契約や取引などをせずとも力で容易く従えられると、彼らは考えたのだ。


 行動は迅速に実行された。元より対人特化の傭兵団、子供の意識を奪い袋に詰めて運ぶなど容易である。


 ましてや、彼女を攫った都市であるオレイユに定住するわけでもなければ、魔導国に長居するわけでもない。後になって犯行が露見しようとも全く問題は無かった。


 ──そうした経緯で誘拐されたのがこの猫耳少女カルラ。


 故に、彼女が窮地(きゅうち)から救ってくれたロウへ憧れを抱くのも無理からぬことだった。それが現実よりも多少美化され、物語風に誇張されて彼女の脳内をリフレインしていたとしても、仕方がないことなのだ。


「格好いい人だったなあ。素敵な褐色肌に綺麗な黒髪で、貴族様みたいな恰好で、わたしとおんなじ色の瞳で……わたしと同じ……も、もしかして運命の人!? まさかイルマタル様がお導きに?」


 何の根拠もない妄想でどんどん盛り上がっていく少女である。周囲に誰もいない為、これも避けようがない事態だったのかもしれない。


 彼女の言うイルマタルとは、妖精たちを生み出したと言われる神である。妖精から分化した森人族──エルフと、猫人族との混血児であるカルラもまた、この妖精たちの神を信仰していた。


「どうしよう、何だか凄くドキドキして……って、あ! お兄さんの名前聞きそびれてた! わたしの馬鹿っ!」


 一人妄想に浸りアワアワと(ほほ)を色づかせていた少女は、はたと重大事項に気が付き頭を抱えてしまう。あまりに事態が急転していったため完全に失念していたのだ。


「うぅ~。物音がしている内は出ない方が良いって言われてるから、追わない方がいいのかな。今はまだ始まってないみたいだけど。……そういえば、お兄さんの周りから、男の人と女の人の声が聞こえてたけど、あれは一体──」


 少女が褐色少年以外の存在に思考を向けた直後。


 突如として机に並べられた盗品の山々が崩れるほどの振動と轟音が室内に響いた。


「きゃっ!? な、なに?」


 突然の大きな揺れと物音に思わず身を竦ませてしまうカルラ。大きな音がした後は上階も騒がしくなり足音が天井から伝わってくる。


「うぅ……ここにいても大丈夫なのかな」


 次第に上階から伝わってくる揺れや怒声が大きくなり恐怖で身を震わせたカルラは、扉の施錠(せじょう)の確認をしたり身を隠す場所を探したりしながら、騒ぎが収まるのを待ったのだった。

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