2-13 後始末
「──さてどうするか」
倒れていたヤームルを土魔法で創り出したベッドに横たえたロウは、あたりの惨状を見回しながら頭を絞る。
岩壁により周囲と断絶されてはいるものの、既に警備兵らしき反応が集まってきていることは、魔力の感知により彼も知るところであった。
「ぅ……」
ロウが迷っているのは商店を襲撃した賊たちへの対応である。
リーダー格のジェイク、下っ端のカスパーは意識が無いが、ロウによって棒きれの如く蹴り飛ばされたキャリコは未だ意識が健在。顔をしかめ低く呻いている。
彼女から強盗団の情報を聞き出した方が良いか、それとも警備兵に突き出すだけで、あとは曲刀たちからの連絡を待つべきか。少年はしばし黙考する。
(尋問なんてやったこと無いし、無理だな。脅しや賺しなんて元が平々凡々な俺にできると思えん)
所詮は力を持っただけの素人。専門家へさっさと突き出すが吉だろうと結論付けたロウは、周囲を覆う岩壁の変形へと着手した。
──既に有るモノの変形は創造よりもイメージが簡単である。何せモノは眼前にあるのだから。形が変わる様を想像し魔力を注げば、それはいとも容易く実現できる。ただ、人族一般にそれを実現させるに足る魔力がないだけなのだ。
故に、ロウはごくあっさりと岩壁の変形を実現させた。香炉の脚のような柱を八本残し、岩壁をドームのような形状へと変化させる。それと並行して石の尖塔も引っ込めれば、己の魔法で生まれた石林地帯も消失である。
「な、なにが……」
「魔術……じゃないですよね。こんなもの見たことありません」
突然巨大な岩壁から軋むような音が響いたかと思うと、まるで意志を持ったかのように形を変えだしたのだ。岩壁の外側で窺っていた警備兵たちが腰を抜かすのも当然だった。
「そこの君! 岩の壁を動かしたのは君なのか!?」
「はい。賊は無力化していますが一応用心を。ムスターファさんのお孫さんが怪我をされているので、手当てを出来る方がいればお願いします」
「「「ヤームル様がっッ!?」」」
少年は知らぬことだが、ヤームルは魔術大学でも座学実技共に秀でており、更には魔術を用いた実戦においても非常に優れた結果を残していた。
集まった警備兵や店員たちも一人一人が魔術や剣術槍術を修め、国の精兵たる騎士に匹敵する実力者。そんな彼らをして別格と言わしめるのがヤームルだ。
事実、その殲滅力は先の大魔術で示した通りで正に暴力的。数の差などものともしない圧倒的な個なのだ。
しかし、その個も敗れ去ってしまった。少年の言葉は広がる光景に裏打ちされており、疑う余地もない。
「……いや、今は余計なことなど考える必要はない。怪我人の手当てと被害状況の確認を急げ」
「「「は!」」」
ロウの言葉で動揺こそ走ったが、彼らも訓練を受けている警備員。それぞれが襲撃者の拘束、怪我人の手当てなどへ動き出す。
「あーっ! お客様だったんですか!?」
「あ、服を見繕ってくれたお姉さん。もう避難誘導は終わりましたか?」
そんな中、従業員の一人が声を上げる。少年を着せ替え人形にした女性の一人、金色のポニーテールが特徴的なアイシャだった。
「ええ、ヤームル様とお客様に引きつけて頂けたおかげです。しかし、あのヤームル様が……。私たちのいずれかが同行し、盾となるべきでした」
「いえ、相手が悪過ぎました。賊たちは三人とも相当な実力者でしたから、結果は変わらなかったと思いますよ。それどころか、死傷者が増えることになっていたかもしれません。実際、俺たちが到着するまでに、警備兵の方たちは簡単に無力化させられたようですから」
唇を噛んで震えるアイシャに対し、ロウは自身の見解を話す。
彼とて彼女たちを低く見ているわけではないが、襲撃メンバーは少数ながら精鋭中の精鋭。むしろ人質にされ賊を取り逃がすことになっていたかもしれない。少年はそういった危険性を包み隠さず彼女へと伝えた。
「そう、ですか……確かに我々はヤームル様の足元にも及ばぬ実力です。お力添え、ありがとうございました」
ロウから仮にいても足手まといになっていたと告げられ、一瞬言葉に詰まったようなそぶりを見せたアイシャ。とはいえ彼女自身もヤームルとの大きな実力差を感じていたため、言葉を飲み込み助力への礼を述べる。
「それにしても……先ほどの巨大な岩の操作といい賊を行動不能にしたことといい、お客様は相当の実力をお持ちなのですね」
改めて周囲に残る戦闘の痕跡を見渡しながら、彼女はしみじみと零した。
何分、着せ替え人形にしていたころの印象では考えられない力である。彼女はその時の様子を思い出し微笑みを浮かべる。
「世の中物騒ですからね。鍛えに鍛えましたよ」
中島太郎としての意識がロウに宿ってからまだ一週間程しか経っていないが、余りにも目まぐるしく、そして荒事が多い日々の連続である。
幸いにしてロウは優れた能力を持っていたが、自ら鍛えていなければ死んでいたような場面も幾度となくあった。
もっとも、彼の場合は進んでそういった物事に首を突っ込んでいった側面もあるが。
(今にして思えば、フードみたいな実力者と会えたのは幸運だったな。あのおかげで危機感を覚えたようなものだし)
自身の持つ驚異的な身体能力を過信していた時に出会った強敵。
常識離れした力をもってしても攻めきれず、それどころか窮地へ追い込まれるほどの技量。
上には上がいると早い段階知れたのは、彼にとって正しく僥倖だった。
(ロウ、聞こえていますか? 盗人たちがアジトへと到着したようです。場所は工業区南側の裏通りにある、板の様なものの絵が描かれた看板の、大きな質屋です)
(近くまで来たら魔力で俺たちを探知できると思うから、それっぽい建物を探してくれ)
ロウが自身の力やフードの人物について考え込んでいると、曲刀たちからの念話報告が入る。
(場所が分かったのはいいけども。問題はアジトの情報を従業員や警備兵へ伝えるかどうかだよなー)
少年はまたも思案する。
そのまま情報を伝えるにしても何故知っているかということになるし、そこを誤魔化せたとしても、あの実力者たちのアジトを制圧するだけの兵力が集まるか疑問が残る。
あれほどの実力を持った陽動班が帰らないと知れば、彼らは素早く証拠を隠滅してしまう可能性もあった。現状、拙速は巧遅に勝るだろう。
ならば単身乗り込むかというと、これも問題点がある。確かに彼は実行能力を持ち合わせているが、一度賊に盗まれた自分の品が何故手元に戻ってきているのか? ということになるからだ。
今回ロウが曲刀や短剣を持っていたことはこの店の台帳に記入されているだろうし、武装解除を行った店員も記憶に残っていることだろう。そうなれば武装した少年をどこかで見た時に何故持っているのか、まさか賊と繋がりがあったのか等々、いらぬ嫌疑をかけられかねない。
(うーん。情報を伝えて単独行動、これで行こう。後は適当に壊滅させるか、それとも無視してモノだけ回収するかだけど。放っておいて他で被害が出ても気分が悪いし、また盗まれても面倒だし、潰しておくか。さっき岩壁変形させたし、今更目立つことに気を払う必要もなし。何より、俺の数少ない友達に手を出されてるわけだし……潰す以外ありえんな)
情報をどうやって入手したかについてさえ説明できれば、大きな問題は無い。強盗団のアジトに殴りこむとなると騒ぎが大きくなるだろうが、そこはムスターファに頑張ってもらうことにしようと決めたロウ。
孫娘を溺愛する彼のこと、その孫に手を出した強盗団を潰すためなら衛兵たちに手を回すことも厭わないだろうという目論見である。
「──ヤームル~~~ッ!?」
噂をすればなんとやら。ロウが脳内で方針を固めたと同時に、大いに取り乱したムスターファの登場である。
身体強化を行っているのか、暴れ馬さながらの速度で転がり込んできて、正に知らせを聞いて飛んできたという風で息も絶え絶えだ。
「この場の責任者はいますか? どなたかムスターファ様にご説明を」
同行していた彼の懐刀、白髪の老執事のアルデスが主に変わり情報を求めた。
「現場の指揮権を預かっておりますフィエンです。既にお客様の避難は終えており、店内に潜む賊はここで無力化されている三名のみのようです」
「……うむ、ご苦労。だが、この三名の賊にこのような醜態をさらしたということかのう?」
女性従業員の報告が始まると、瞬時に孫好き爺から商会代表としての顔へ切り替わるムスターファ。周囲の被害状況を見回しながらの発言は非難の色が強い。
(確かに、武装解除しててもこの有様じゃあな。ヤームルや俺が破壊した部分もあるけど)
ロウが彼女のフォローを行おうか迷っていると、戦闘の痕跡の調査や襲撃者の確認を行っていたアルデスが助け舟を出した。
「御屋形様。この賊は隣国で悪名を轟かせていた『灰色の義手』の幹部、『中指』のジェイクのようです。武装解除をしていようとも、警備兵を集結させなければ相手にならなかったでしょう」
「……あの戦争屋か!? 奴ら、このボルドーに潜伏していたのか!」
彼の口から「灰色の義手」の名が出たことで、成り行きを見守っていた周囲にどよめきが生まれる。かの傭兵団は対人特化の戦闘集団であり、戦争や内乱の際に国から雇われ戦うことを生業としていたのだ。
戦場となれば女子供問わず徹底的に殺し尽くす戦いぶり。
自らが制圧した地域は殺人強姦略奪と悪逆非道の限りを尽くす醜悪さ。
そして何より、圧倒的なまでの強さ。
傭兵団「灰色の義手」の悪名は、活動拠点である隣国からこの公国まで伝わるほどである。
「最近は活動の噂を聞いていませんでしたが、こちらに流れてきていたようです。ひとえに私の至らない情報収集力の故、不徳の致すところです。申し訳ございません」
ムスターファたちの情報共有が進む一方で、事情を知らぬロウはジワジワと焦燥に駆られていた。
(あれあれー? あのリーダー野郎、そんな有名人だったのか……強いとは思ったけど。やらかした案件だけど、放っておいたらヤームルを始末されるか誘拐されるかしてただろうし、仕方がないか)
ひとしきり煩悶とした後、少年はやってしまったのだから仕方がないと開き直った。後悔先に立たずというのが彼の座右の銘である。
「それで、ムスターファ様。ええと……」
「ああ、分かっている。ヤームルは自ら指揮権を使い賊を討ちに行くと言ったんだろう? 気の強いあの娘が言いそうなことだよ……」
ロウが自省を打ち切ったタイミングで、孫娘のお転婆ぶりを嘆くムスターファ。その事で悩まされることが多いのか、報告者の前で吐いた溜息は重い。
「はい……やはり、あの時はヤームル様にもお客様の誘導へ加わって頂くべきでした。ヤームル様のご友人であるロウ様に同行していただけたおかげで事なきを得ましたが、今回の失態、如何様にも責任を取る所存です」
「よい、よい。ヤームルの実力は儂も知るところだ。侵入した賊などに後れを取ろうとは夢にも思わないのは、儂も同じだ。ここは同道してもらったロウ君に感謝すべきところだろう」
そういって、彼はロウへと向き直る。それを合図とするようにアルデスやフィエン、周りの従業員らも少年へと身体を向け、主が言葉を発すると一斉に頭を下げた。
「遅くなったが礼を言わせてほしい。ありがとうロウ君」
「興味本位でついていったので礼を言われるときまりが悪く感じちゃいますね。それはそうと、ムスターファさんにお話があるのですが」
あまりにも真っ直ぐな感謝の言葉に気恥ずかしさを覚えたロウは、一瞬で話を切り替えた。
大胆かつ強引に話を終わらせる少年の奥義。中島太郎流処世術之三、強引的話題転換である。
「……君はどんな時でもマイペースだね。なんだろうか?」
「すみません。実はここにいる襲撃者は全員陽動だったみたいで、本隊は盗みを働いていたみたいなんですよね」
「なんとッ!? それは本当かね!?」
「売上金を納めている金庫が無事なのは、私どもも既に確認していますが……」
ロウが襲撃者たちが話していた内容を報告すると、全体を把握している責任者フィエンが戸惑う様に答えた。
彼女の返答を受け、ロウはギルタブとのやり取りを思い出しながら話を続ける。
「金庫の方は無事だったんですね? 少なくとも入店者の武装や魔道具を保管している倉庫の方は盗みに入られたようで、俺の持つ魔道具も被害にあったんです」
「──っ! 確かに避難誘導中、保管庫側で死傷した警備兵たちがいましたが……くっ」
「……なるほど。緊急時は警備の薄くなる保管庫を狙っての犯行か。その情報は襲撃者から聞き出したのかい?」
「いえ、自前の魔道具ですね。武装解除の時に偶然、一定間隔でこちらに信号を送る魔道具も渡していたもので、盗人たちがいる場所は割れています」
「見事な周到さだ。ロウ君、申し訳ないが衛兵への説明の際に案内役となってもらえないか? 君も疲れがたまっていることと思うが──」
「ええと、実は頼み事がここから先なんですよね」
ムスターファがロウに案内役を任せようとしたところで、ロウが慌ててこれを遮る。
「すまない。まだ君の頼みごとを聞いていなかったね」
「そのことなんですが……簡単に言うと、襲撃者たちのアジトを強襲して壊滅させたいので、ムスターファさんには衛兵たちに状況説明や後始末をして欲しいなと」
「「「……」」」
一同唖然。何を言っているんだこの子は? という視線を一身に受けるロウ。
(そりゃこういう反応になるよなー。「灰色の義手」って凄く強いらしいし。なんかもう面倒臭くなってきたな。ここいらで力の一端を見せた方が、スムーズに話が進むか? ストレス発散にもなるし!)
フラストレーションが溜まってきた少年が暴力的な思考で決意を固めていると、当惑したようなムスターファが質問を投げた。
「ロウ君、君は精霊使いだろう? 確かに強力な精霊魔法を使えば不可能ではないだろうが、討ち漏らしが出て近寄られでもしたら──」
「ご心配なく。実は精霊魔法より格闘術の方が得意なんですよ。こんな感じで」
ロウはそう語りつつ身体強化を行い右拳を軽く握り、魔力の強化を掲げた右腕へと集中させる。
ぐにゃりと周囲の空間が歪み、肉眼で捉えられるほどの魔力が掲げられた拳に凝縮されたところで──ロウはそれを、床へ向けて打ち込んだ。
「哈ァッ!」
瞬間、雷鳴の如き轟音が店内を貫く!
局所的な地震のように、建物が縦に震動。
拳が撃ち込まれた地点から放射状のひび割れが幾条も走り、炸裂音が強烈な圧となって周囲を叩く。
賊たちを吹き飛ばした太極拳の震脚ほどの威力は込められていなかったが、威嚇としては十二分、正しく人外たる一撃である。
「「「──っッ!?」」」
一同絶句。フィエンやアルデスなどは既に臨戦状態だが、他の従業員たちは腰が抜けている。
「……突然失礼しました。後ほど土の精霊魔法で修繕するのでご安心を。今のでも加減しているので、そこの襲撃者みたいな人がいくら居ようが、結構簡単に捻り潰せます」
「ひっ!?」
少年がチラリと視線を向けると、警備員によって拘束されていたキャリコが悲鳴を漏らす。
縮こまるようにして小さく体を震わせる彼女を見て、誰があの恐るべき傭兵団の構成員だと分かるだろうか?
「すまなかった。ロウ君の実力を疑っていたわけじゃないのだが、『灰色の義手』の名は広く知られているからね。いらぬ節介をやいてしまうのだよ」
「非常識な頼みごとをしてますから、当然のことだと思います。ただ、俺自身も相応に非常識な存在というだけで」
「君と顔を合わせるたびに実感しているような気がするよ……。先ほどの件、周囲への説明や後始末は儂に任せると良い」
諦観の混じった様な笑みを浮かべるムスターファ。
何度目かになる彼の疲れた表情にロウの良心が痛んだが、この身が魔族に生まれてしまったのだから仕方がないと開き直っているのがこの少年である。当然深くは反省しない。正に正しく人でなしである。
「陽動部隊が帰ってこないと知ればアジトを移すか証拠品を始末するかしそうなので、掃討してきます。俺は急ぎますが、一応そこの襲撃者たちからも情報を聞き出した方が良いかもしれません」
曲刀たちから得たアジトの位置情報を伝え破壊したフロアの修復を行うと、ロウは素早く工業区のアジトへと向かった。
──実力の一端を示すための行為がやり過ぎだったと感じていて、出来るだけ早く立ち去りたい思いがあったのはご愛敬である。