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異世界を中国拳法でぶん殴る!  作者: 犬童 貞之助
第二章 工業都市ボルドー
33/318

2-10 事案か否か

 一夜明けて翌日。ボルドー生活三日目である。


 昨日怪我を負ったため、今日のボルドー周辺探索はお休みだ。


 ……大金の入る予定が出来て(なま)け心が芽吹いた、なんてことはない。


 昨日と同じように朝食を済ませてから冒険者組合へ顔を出そうと考えていると、昨日同様にタリクから呼び止められた。


「ロウ、組合へ向かうのか? もしそうなら、この時間は混むから時間帯をずらした方が良いかもしれん」


 彼の話によると、この時間の組合は我先に依頼を受けようとする冒険者でごった返しているらしい。


 昨日は浴槽(よくそう)創りに精を出していたためピークを過ぎていたようだが、この時間帯は鬼門(きもん)になるとのこと。


「ありがとうございます。確かに子供だとトラブルに巻き込まれそうですもんね」


 仮に絡まれても対処自体は問題ない。が、衆人環視(しゅうじんかんし)の中で騒動を起こすなど、俺の身の上を考えれば論外もいいところだ。タリクの言う通り、混む時間帯は避けるべきだろう。


 とすると、この空白時間をどうするか。折角なので相棒たる曲刀たちの意見を()うてみた。


(昨夜の空間魔法研究の続きに打ち込めばいいと思うのです)

(折角時間が出来たんだから身だしなみを整えてきたらどうだ? 散策にもなるぞ)


 どちらの提案にも理はある。だけど、研究は詰めてやり過ぎると発想が()り固まるからなあ。


 昨夜の研究で新しい空間魔法を創ったし、ここらで一息入れるのも良いかもしれない。


 というわけでサルガス君の案採用! パラリラパラリラ~。


(フッ)(むうっ)


 煽り合う曲刀たちの反応に子供かッと内心で突っ込みを入れつつ、部屋へと戻りローブを脱ぎ去る。


 正直言って買い物に行くための服が無い状態だが、資金は潤沢(じゅんたく)だしお店の人に見繕(みつくろ)ってもらおう。


 うがいに顔洗い、木の枝と糸による歯みがきを経て、服装を身軽なものへと切り替える。パパパッと準備を終えたら商業区に向けて出発だ。


 宿のあるボルドー居住区は文字通り都市住民の居住区画。宿や食料品を扱う店舗、出店以外の商業を認めていないのだという。雑然(ざつぜん)とした俺の故郷リマージュと異なり、都市計画の下に造られた都市なのだろう。


 その居住区は今、人で溢れている。通勤ラッシュ……のようなものだろうか? 都市東側の工業区へ向かう者もいれば北側の商業区へ向かう者もいるが、ともかく数が多い。新空間魔法の「転移」ですっ飛ばしたいくらい多いのだ。


(サラッと恐ろしいこと考えたな)

(こうして見ると人間族が大半ですね。幾らか小人族(ドワーフ)や獣人の姿も見えますが)


 小人族……と聞くと指〇(ゆびわ)物語的なホビットを彷彿(ほうふつ)とするが、ずんぐりむっくりなドワーフのことを指すようだ。ハーフリングは小人間族というらしい。


 ギルタブの言葉通り、人ごみに(まぎ)れてひょこひょこと歩く横幅の太いドワーフたちがちらほら見える。ヒューマンとドワーフの混血たるアルバは細身だったが、純粋なドワーフは恰幅(かっぷく)が良くなるものらしい。何故かは知らん。


 人ごみに辟易(へきえき)しつつも持ち前の隠形法(おんぎょうほう)、無音歩行を駆使し屋根伝いに進む。あんな人の海の中を進むなどトラブル遭遇率九分九厘(くぶくりん)だ。


(本当に自由な奴だなお前さんは……)


 最近サルガスに呆れられることが多いような気がするが、気にしてはいけない。自由は(たっと)ばれなければならぬのだ。


 その後も発見されることなく隠密行動を敢行(かんこう)し、無事に商業区へ到達。何か間違っている気がするが無視だ無視。


(居住区ほどではないにしても、ここも人が多いのです)


 商業区は飲食、衣料、武具道具類から家具に工芸品、生活雑貨まで多様な店舗が軒を連ねていた。正しく商業のための区画である。


 ボルドー全体で言えることだが、住居から商業店舗まで石造りの建物がとても多い。


 というか、屋台以外は大体石を積み上げて作る方式のようだ。木造住居・店舗も多く見られた交易都市リマージュとは、この点で大きく異なっている。


 周囲に森がある点ではボルドーもリマージュも一緒だが、街並みの違いには何か理由があるのだろうか? 興味惹かれるところである。


 それにしても、商業区の活気は凄いものだ。数日前に近隣で大災害が起きたとは思えない。ドレイクの大魔法の影響とは大したことのないものなのだろうか?


(近隣とはいえ都市からそれなりの距離がありますから、二、三日で影響が出るようなものではないでしょう。しかし、十日も経てばこの雰囲気も変わると思うのです)


 情報伝達や物流の手段を考えれば、数日で街の様子が変わるわけないか。


 でも、俺たちがボルドーに到着した時は物々しい警備だったし、都市の上層部は事態の詳細を把握してそうなんだよな。厳戒態勢を()いていないのは、その情報をせき止めているだけか?


(かもしれんな。とはいえ、都市に人の出入りがあればいずれは伝わる情報だろう。市民へと伝わる前に対策を立てている、そんなところだろう)


 銀刀が俺の疑問を吸収し、答えを纏めてくれた。なし崩し的に決めたことだったが、慌ただしくなる前に買い物へ繰り出したのは、思いがけない幸運となったようだ。


 そんな脳内雑談を交わしながら商業区の雰囲気を堪能した後は、ふらふらと大通りを彷徨(さまよ)い服飾店を冷かしていく。


 しかしながら、中々マイハートにギュギュンとくる出会いが訪れない。要は似合いそうな子供服が無い。


(思ったのですが、ムスターファが営んでいるというアーリア商会なら、取り扱いがありそうですよね。彼は相当に手広く商売をやっているようですし)


 可愛らしい子供服にケチをつけていると、黒刀から思わぬ助言が飛んでくる。


 確かに彼女の言う通り、あのやり手にして何でもかんでも手を出すムスターファ氏ならば、子供礼服くらい普通に扱っていそうだ。


「商業区に店舗があると言っていたし、行ってみよう。買い食いついでにアーリア商会の位置を聞いてみるかなー」


 大通りには食べ物を扱っている屋台が沢山出ているため、買い食いで困ることは無い。むしろ、立ち込める食欲をそそる香りにあてられ、買うつもりがなかったのに買ってしまうこともありそうだ。


 そんな目抜き通りを見回し、さて何を食らうかと考えていると──。


「──そこのおにーさんっ! 食べ物屋さんをお探しじゃないですかー?」


 薄桜色(うすざくらいろ)のショートボブヘアの、可愛らしくも幼い少女に声を掛けられる。


 日本なら事案じゃないですか!


「そうそう。食べ歩きできそうなものだったら嬉しいんだけど、ありそう?」

「ありますよー! こちらですっ!」


 大通りから()れ人通りもまばらな小道をガチョウの(ひな)よろしく後をついていくと、香草の良い香りを(ただ)わせる露店に辿り着いた。


「こちらになりますっ!」


 案内を終えた少女は露店へと消える。入れ替わるようにして現れたのはここの店主と思わしき女性。先ほどの子によく似ているが、姉妹だろうか。


 客引き少女と同じ薄桜色の髪を腰までストレートに伸ばした女性は、これまた少女と同じ桃色の瞳でこちらを捉えると、華やぐような笑顔で声をかけてきた。


「いらっしゃいませ。お連れ様はいらっしゃいますか?」


「こんにちは。一人で来ていて、歩きながら食べられるようなものがあればなーと」

「お一人でしたか。片手で食べられる、揚げたお肉と香草、生野菜をサンドしたパンはいかがですか? さっぱりとした川魚や鶏肉も挟むことができますよ」


 そう言って彼女は、既に出来上がっている商品を見せてくれた。


 一般的なバタールより一回り小さいパン。その真ん中を切り開いて具材を詰めたサンドイッチからは、食欲をそそるとても良い香りが漂う。挟まれている野菜も(しな)びておらず、とても瑞々(みずみず)しい。


 ただし、パンはハード系のようだ。迅速に頂くためには、例の如く口内を魔力強化する必要があるかもしれない。


「美味しそうですね。種類は別々で二つ頂いてもいいですか?」

「お二つですね。一つ銅貨二枚で計銅貨四枚になります」


 俺の頭部程もあるパンだけに値段が張るかと思いきや、二百円ほどであった。


 これなら五つ買って小銀貨で払ってもいいかもしれない。俺の胃袋は底なしだし。三つはここで頂いて二つ紙袋にいれたら、食べ歩きの時も汚れずに済もう。


 と、注文しようと屋台を見ると紙代は別料金と書いてあった。四つで行こう。


「すみません、数を四つに変更して、その内の二つを紙袋で包んで貰うことはできますか? 紙袋の方はできてから時間が経っているもので大丈夫ですので」

「お包みすることはできますが、四つですか? お客様が食べるには量が多めになるかもしれませんが……」


 若い女性は少し困惑気味だ。線の細い小柄な少年が、大人でも一つ食べたら満足できそうなサンドを四つも頼むんだもんな。


「大食いなもので。サンドと紙代、合わせて小銀貨一枚で大丈夫ですか?」

「はい。ご準備いたしますのでお掛けになってお待ちください」


 支払いが終わると素早く調理に取り掛かってくれた。揚げたてが食べられそうだ。


「ジー……」


 ……食べられそうなのは良いが、見られている。幼女に。

 見るという行為を逸脱し、凝視と言っても過言ではない強烈な視線だ。


(見られてるな)(見られているのです)


 俺ってイケメンショタだし仕方がないね。って流せたらいいんだけど、後ろ暗い人生だから辛い。もしかして、誘拐犯として手配書が回っていたりして……?


(あんな幼子が手配書なんか見るとは思えないな。こんな少女の目に留まるくらいならお前さんが手配書を見ているか、あるいは大人の賞金稼ぎに見つかっているだろう)


 それもそうか。じゃあ俺の魅力にやられた子猫ちゃんってことか。


(ロウを店に連れてくる時もチラチラ見ていましたからね。そんなところでしょう)


 脳内で作戦会議をしている間も注がれ続ける視線。こちらが目を向けると影に隠れてしまう。その疾さたるや風の如し。


「お待たせいたしました。出来立てですので、火傷しないようお気を付けください」


 そうやって幼い少女の反応を楽しんでいると、お待ちかねのサンドイッチがきた。見かけも香りも実に旨そうである。


 食べだすと本題を忘れてしまいそうなので、今のうちにアーリア商会の件を訊ねておく。


「少しお訊ねしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」

「はい。食べきれなかったら紙袋をご用意致しますよ」


 問いかければ、ふわりと笑みを浮かべて答えてくれた。

 いざサンドを前にして、俺が怖気づいたとでも思ったのだろうか? (はなは)だ心外である。


「いえ、全く関係のない話で恐縮ですが、実はアーリア商会の店舗を探している途中に小腹がすいてしまい、ここで食事を摂ることにしたんです。食べ終わったら向かいたいなと思っているのですが、もし場所をご存知であれば教えていただきたいなと」


「あら、そういうことだったんですね。アーリア商会の店舗はとっても大きいので、すぐわかると思いますよ。ここから大通りに出て、南の上層区方面へ伸びている道を進めば行きつきますね」

「ありがとうございます。大通りを抜けて上層区方面ですね」


 得られた答えは漠然としたものだったが、一目見て分かるほどの店を構えているのだろうか?


 さておき、実食である。


 飯ヨシッ! 唾液(だえき)ヨシッ! 身体強化ヨーシッ!


 さあ、食らい尽くせッ!


(どんだけ楽しみだったんだよ)


 銀刀の言葉を無視して脳内で号令をかけ、大胆かつ繊細にサンドイッチの端へとかぶりつく。


 バタールのクラストをガリガリと粉砕しトンカツっぽい揚げ物と、レタスのような何かを咀嚼(そしゃく)する。


 その味、旨し! 瑞々しい野菜が揚げたてのカツを引き立てている。カツは香草と共に揚げられているおかげか、口内で広がる香りも良く、食べやすい。


 削岩機(さくがんき)の如くガリガリと(むさぼ)り、瞬く間に一つ目が胃袋へ収まる。


 うおおぉ! 次だッ!


 皿の上のサンドイッチをガッと(つか)み、勢いそのまま食い千切る。視界の端にドン引きする店主と幼女が見えたが気にも留めない。


 二つ目は揚げた川魚を数匹挟んでいるサンドだ。新鮮な上に内臓をきちんと処理してあるようで、臭みはまるで無い。素晴らしい!


 食べ進み中心付近へ到達すると、柑橘(かんきつ)系の爽やかな香りと酸味に出くわす。これは良い伏兵だ。油物と柑橘類の相性の良さは異世界でも通じるということか。絶品である。


 輪転機(りんてんき)が紙を巻き取るかの如くモリモリと食し二つ目も完食。流石に喉が渇いたため一口大の水球を魔法で創り出し口内の(うるお)いを取り戻す。


「──ふいー。美味しかったです」


「……はい。ええと、凄い食べっぷりでした、ね?」

「あはは。よく言われますよ」

「おにーさん、お水を浮かべてたのは精霊魔法ですかっ?」


 俺のフードファイトぶりに引き気味だった店主と話していると、興奮気味の幼女から質問が飛んできた。


「物知りだね? でも、大したことはできないよ」

「凄い! 見せてもらってもいいですかっ?」

「もう、アイラったら。お客様、申し訳ありません」

「いえいえ、大丈夫ですよ。ほら、こんな感じ」


 店主に窘められシュンと項垂(うなだ)れた幼女──アイラがいかにも悲し気だったため、助け船を出す。


 今となっては対外向けのダミー精霊創りも慣れたもので、ぼんやりとした想像からでも発現できるまでになった。今も俺の周りを衛星のようにゆらゆらと漂っている。


「あら……これが水の精霊なんですね。初めて見ました」

「おおーっ! 浮いてる! 水の精霊と仲良しなんて、おにーさん(うらや)ましいっ!」


 はしゃぐ幼女ことアイラ。無邪気な笑顔は実に可愛らしい。俺にもあんな時期があったな……。


(おっさんかッ)


 サルガスの突っ込みを華麗に受け流し、持ち帰り用のサンドイッチを受け取る。


 アーリア商会の位置についての情報提供に対し感謝を告げ、俺は露店の二人に見送られながらアーリア商会へ向かったのだった。


◇◆◇◆


「──格好いいけど、少し変わったお兄さんだったね?」

「うん! サンド食べてる時、なんだか凄かったっ!」


 褐色少年ロウを見送った後。


 少年の人が変わった様な食事振りを思い出し笑みを浮かべる、店主と娘。丁寧な物腰、知的で品性を感じさせる雰囲気とは真逆の、肉食動物もかくやという食事作法。正しく衝撃的である。


「沢山食べるし帯剣してたし、あの年で冒険者なのかもねえ」


「うん……よおしっ! あたしも頑張るぞーっ!」

「まったくもう……」


 幼い少女が気炎を上げると、それに呼応したようにかまどの火勢が強まる。


 客引き少女ことアイラは、幼くも火の精霊と契約した精霊使いだったのだ。それも一日中火をおこし続けることができる、常識はずれの魔力も有している程の、である。


 アイラの母も娘が並外れた精霊使いであることは理解していたが、将来その力で冒険者としてやっていきたいと言って聞かない娘には随分と困らされていた。


 確かに、一部の名の知れた冒険者は、大商人や都市や国から依頼を受け富や名声を欲しいままにしているが、そういった存在はほんの一握りだ。


 冒険者の大部分は安定した収入が見込めないため、必死に売り込みをして得意先を作るか、見返りは多いが危険な依頼や素材を探し求めるかである。


 前者であれば他の仕事とそう変わらないから良いものの、常に危険の付きまとう後者であれば、長生きなど望めようはずがない。


 冒険者という名が示す通り、この組合に所属するものは一発当てよう、一山当てようという夢を持っている者も少なくない。


 そういう冒険を好むものは先の例のハイリスクハイリターンな仕事を選びたがる傾向があるし、彼女の娘アイラもまたそういった気質を持っているように見えるのだ。母親としては心配するなと言う方が難しい。


「はあ……どうしたものかしらねえ」


 やる気を(たぎ)らせる娘と対照的に、母は憂鬱(ゆううつ)そのものといった面持ちで娘を見守るのであった。

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