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異世界を中国拳法でぶん殴る!  作者: 犬童 貞之助
第九章 魔神と人と
315/318

9-28 昇華繚乱

「……っ!?」「ロウ、さま?」


 皇女ユーディットが息を飲み、皇女サロメが声を震わせ問いかける。


「……」


 姉妹が見つめる先には沈黙を続けるロウの姿。


 二足立ちの黒き獣といった風体(ふうてい)だった魔神の少年は、今や常の通りの褐色少年。少々髪が伸び銀のメッシュが入ったことを除けば、普段の状態と変わらない。大英雄との戦闘中、更には仲間のウィルムが瀕死(ひんし)だというのに、ロウは何故か権能を操れる降魔(ごうま)状態を解除していた。


「ふざっ、けるなああぁぁッ!」


「「!?」」


 少女たちが疑問と困惑を感じる中、空震わせる怒声が静寂を破る。


「この外道が……街を破壊し人の尊厳を踏みにじるだけでなくッ、死者すら冒涜(ぼうとく)するかァ!」


 姉妹が浮遊する氷の足場から見下ろせば、白熱する熔融(ようゆう)金属の海で咆える武神が一柱。ロウに不意を打たれた大英雄ユウスケが、怒りのままに光熱を発し恒星の如き灼熱地獄を創り出していた。


「ああ、なんてこと……お兄様たちのいらっしゃる城が跡形もなく……」

「ウィルムさまが氷の魔法で保護してくださいましたから、お兄さまたちもきっと大丈夫なはずです……けれど、ロウさま!? 早く起きてください! あの方が──」


 攻めてくる──ロウの肩を揺さぶるサロメがそう繋げようとした瞬間、眼下の海が爆発。灼熱の飛沫(しぶき)を散らして白き羅刹(らせつ)が空へ跳ぶ!


「っ!」「さがって、サロメ!」


「くッ──」


 愛し愛され生涯を誓った伴侶(はんりょ)としか思えない少女たちが、あろうことか魔神を(かば)って身を(てい)す。その光景を前に、今まさに振り下ろされようとしていた真っ赤な剣先が(かす)かに揺れる。


「ぐ……クッソオォォォッ!」


 されど、逡巡(しゅんじゅん)は一瞬。


 顔を壮絶に(ゆが)ませたまま、怒れる男は聖なる剣を振りきって──


「ッ!?」


 ──勢いよく、明後日の方向へと吹き飛んだ。


「なッ!?」


 竜をも超えた己でさえも何が起きたか把握できない──。混乱する頭で空中制動を行ったユウスケは、何かを(ささ)げるように腕をあげたロウの姿を見る。


「……あいつに、何かされたのか」


「言葉も聞かず行動も見ず。あまつさえ人間の、戦闘とは無関係な女性ごと斬ろうとする。外道はどっちだ? なあユウスケ」


「ロウさま……?」「あの男は一体どこへ……あ、あんな遠くへ!?」


「……()りもせず言葉を並べてばかり。その手には乗らないぞ、邪悪な魔神め!」


 弾き飛ばされた原因は不明であれ、自身の身体には怪我も無ければ変調もない。ならば恐るるに足りずと断じ、ユウスケが再び閃光となる!


(──獲った!)


 光となったまま一直線に斬りかかると見せかけての、背後へ回り込みながらの旋回斬撃。それは少女たちは当然のこと、魔神の少年ですら(まばた)き一つ不可能な光速の絶技である。


「ッ!?」


 その大英雄の一撃が何故か、魔神の少年が前に失敗してしまう。


 背を向けたまま相手の(ふところ)へともぐり込む、大陸拳法の退歩(たいほ)の歩法を駆使されて。


「踏み込みが甘い。お前でも迷うんだな」


「い゛ぎッ!?」


 回転斬りの内側へと入ったロウは相手の腕を(から)め捕り、伸ばされた肘関節に掌底一発。鎧を砕く(にぶ)い音を響かせて、不倒の英雄の肘を折る。


「まだまだ()()は残ってるぜ?」


 耳を打ち鼓膜(こまく)を破る掌打。

 目を狙い(まぶた)を裂く穿掌(せんしょう)

 (のど)を突き気道を潰す冲拳(ちゅうけん)


 力を削ぐにはじわりと()()ところから。人体破壊を突き詰める大陸拳法に(のっと)る少年が、百戦錬磨の青年を(えぐ)り、穿(うが)ち、削り取る。


「「……っ!?」」


 姉妹が振り返る頃には見るも無残。輝く鎧は砕けひび割れくすんで色あせ、英雄自身は(ひざ)をついて血塗(ちまみ)れ汗塗れ。今までとは全く逆の光景が広がっていた。


「がはッ……馬鹿なッ……何故急に、強くなる!?」


「自分の力を掌握(しょうあく)したってやつだよ。持て余してた力を戦いの中で自分のものとする……よくあることだろ?」


(……実際には憑依(ひょうい)中の俺たちに魔力制御を丸投げして、ロウ自身が戦いに没頭できるようになったってだけなんだが)

(似たようなもんだろ。誤差だよ誤差)


「ごッ……のッ、僕が! 負けてたまるかぁぁあッ!!!」

「!」


 トドメを刺すべく近づくロウへ、咆えるユウスケは魔法で対抗。ロウどころか皇女も巻き込む光波を爆発させる!


「くっ──……? 助かっ、!?」


「いよいよ化けの皮が剥がれてきたか……あ。殿下、ちょっと雑な運び方ですけど緊急時ですのでどうかお許しを」


 あわやの窮地となるも、魔の深淵に至ったロウに焦る道理なし。当然のように空間魔法で退避した少年は、光波も熔鉄(ようてつ)も届かない地上で応急処置を開始した。


「……むぅ。わたくしとお姉さまは変な触手で摘ままれているのに、ウィルムさまは『お姫様抱っこ』ですか?」

「ウィルムは大怪我してますからね。こっちの方が治療と並行しやすいんですよ。そんなにむくれないで下さい。ほら、治療しますから」


「黒い光……なんだか温かい?」「わたくしたちの傷も、癒えていく……」

「殿下たちも()り傷に火傷にって、結構見るに堪えない感じだったので……遅れちゃって申し訳ないです」


「い、いえ。状況が状況でしたから……こほん。ウィルム様の容体は如何ですか?」


 困り顔のロウに何故か赤面しつつ、皇女ユーディットは横たえられた蒼き竜人を見やる。


 肩から腰まで縦断していた傷は既に消え、透き通るような蒼の麟で(おお)われている。ユーディットには治療が完了したように思えたが……治療を行なっている少年は眉間(みけん)(しわ)を刻んだままだ。


「表面上は傷が(ふさ)がってますけど……俺とウィルム、それにあいつの魔力が身体の内側で反発し合ってて。……両殿下、少しウィルムに触れてもらえませんか?」


「え? ええ」

「触れるだけでよいのですか? ……あれ? なんだか、身体に力が湧いてくる……?」


 戸惑う姉妹が患部に触れると、黒い光と虹の光がかざした手を通して二人の内へと移動を始める。それを見て姉妹の困惑は深まったが、対照的に少年は合点がいったように頷いた。


「……やっぱりか。今、殿下たちにはウィルムの内に残ってる魔力を吸いだしてもらってます。末裔(まつえい)ってことでそんな気はしてたんですけど……殿下たちはあいつと魔力が同質みたいですね」


「ユウスケ様の魔力を吸収? そんなことが……」


「俺の権能で魔力の質を曖昧(あいまい)にしてなんとか、って感じです。竜や魔神だと反発されたんですけど、流石殿下です。その調子でウィルムのこと頼みますね」


「え? あっ、ちょっと!?」


 一方的に告げたロウは皇女の周りに障壁を創ると再び転移。上空へと舞い戻り……英雄と魔神が三度(みたび)対峙する。


「よう、お待たせ」

「……お前」


 光の放出を終えて上空で(たたず)んでいたユウスケは虚脱(きょだつ)したように背を丸めていたが……ロウの接近に気付くと血走った目にありったけの怨嗟(えんさ)を籠めて睨みつける。


「何故、なんでだ……なんでアリアまで。死者を呼び覚まし、果ては僕の妻まで(たぶら)かして……一体どこまで下劣な真似をすれば気が済む?」


「誑かしてないし、そもそも別人だっての。他人の空似……じゃないか。お前の子孫だよ。大体、お前の妻だって人が二人いたらおかしいだろ!」


「……子孫。そうか、僕たちの子はしっかりと命を繋いでいってくれたのか」


 子孫と聞いてユウスケの瞳の(にご)りが僅かに晴れる。その反応に肩をすくめたロウは現状の再確認を(うなが)した。


「つまりお前の勘違いだった訳だ。今更悔いても遅いけど、何か言い訳はあるか?」


「……そんなものはない。お前が魔神である以上──今まで通りに戦うだけだッ!」


 濁りは晴れるも、大英雄は止まらない。


 目にする全てを敵と認識してしまう恐るべき幻惑の秘術、「異教徒の悪夢」。豊穣神バアルのかけたこの幻術に囚われる彼には、古き好敵手も己の子孫も魔に類する存在としか映らない。魔神に(さと)されたところで止まるはずもなかった。


「負けてッなるものかぁぁあッ!」


 輝く光で己を癒し真っ赤な剣で果敢に攻める。血に染まりながら聖剣を振るい光の魔法を操るユウスケは、正しく神話における不倒の勇者そのものだ。


「開き直りやがったか。意思を曲げないって言えば聞こえはいいが……ここまで頑固じゃ救いようがねえな!」


 対するロウは大陸拳法の腕捌きで剣を封じ、「魔眼」を駆使して始動を見切り魔法を避ける。


 秒間数十もの絶技の応酬。血煙(ちけむり)吹き荒れ必殺の剣と拳がうなりを上げる。そんな壮絶な戦況で軽口を叩く少年だが……内面では大英雄に驚嘆していた。


(……対応が早い!)


 絡めとる雲手(うんじゅ)には上下の攻め分け、すなわち魔法や蹴り技で崩しを入れる。


 柔らかな箇所を狙う打撃や穿掌(せんしょう)はあえて無視し、回復能力にあかせて攻め続ける。


 初撃で先手を取った投げる掛け技──八極拳(はっきょくけん)連環拳(れんかんけん)投式(とうしき)千斤墜(せんきんつい)でさえも、技の起点すら見切り封じる始末。褐色少年の珠玉(しゅぎょく)の技が次々看破されていく。


 最強と成るべくして生まれた大英雄。竜の拳さえ見切る彼に、応じられない技はない。


 しかし。その大英雄当人も、対面する相手に驚愕していた。


(あり得ないッ。あの傲慢(ごうまん)享楽的(きょうらくてき)な魔神が、これほどの武と技を練り上げたのか……!?)


 拳の突きかと思えば手が開かれて絡みつき、胴を打つ掌打かと見れば顔面急所を抉る貫き手となる。一手が十手となり十手が百もの派生を持つ様は、正に正しく千変万化(せんぺんばんか)()の反射を計算し尽くした代物だ。


 それは明らかに魔神が持ち得るものではなく、人が人を想定して身につける()()()()。力ある絶対者とは縁遠い、卑小(ひしょう)な存在が同族を打ち倒すために(つちか)うものである。


「お前……まさか本当に、地球から……? 魔神なのに!?」


「だからそうだって言ってんだろうが。お前こそ、本当に元オタクかよ。どっかの達人って言われた方が納得するんだけど?」


「オタク……ハッ。その言葉も、何とも懐かしい」


 挑発を一刀のもとに斬り払い、剣を寝かせて構えをとったユウスケが問いかける。


「お前、名前は?」

「あん? ロウだよ」


「こっちでの名前じゃなかったんだが……まあいい──」

「!」


 嘆息が終わると青年の空気は一変。(たぎ)る魔力は研ぎ澄まされて冷えていき、燃え盛る怒りは重く静かな殺意に変わる。


「──魔神ロウ。お前を殺す。僕がこの手で、世界を守り抜くために」


「……。言うじゃねえか、世界をぶっ壊す側に回った分際で。でもなァ、ユウスケ──ぶっ殺すのはこの俺だ!」


 ユウスケが放つ冷たい殺意を前に、仲間を害された怒りと帝都を滅茶苦茶にされた義憤(ぎふん)とがロウの中で燃え上がる。


「「おおおぉぉぉッ!」」


 二人の殺し合いが、加速する。


◇◆◇◆


「死ねッ!」


 軽薄な言葉とは裏腹な、剣の極みに至った斬撃が空に無数の()を描く。


「てめえがなッ!」


 薙がれる聖剣の内へと入り、掌打・靠撃(こうげき)肘撃(ちゅうげき)の三連撃。罵倒へ応じるように武を極めし打撃が肉を打つ。


「……ッ」


(このまま、押し切──ッ!?)


 追撃に出ようと踏み込んだ少年の足が飛ぶ、腕が飛ぶ。


「づぅ……!」((!?))


 聖剣による不可視の()()斬撃。斬撃を残留(ざんりゅう)させる荒唐無稽(こうとうむけい)な現象さえも、英雄の剣技であれば可能だった。


「らしくもなく、焦ったな。こちらが押し切らせてもら──ッ!?」


 血を滲ませたまま口を吊り上げ、こちらの番だと剣振りかぶった青年は……しかし肋骨が砕けて背骨が曲がる。


「ぐッ、い゛!?」


「これくらい……想定通りってなァ!」


 斬られた断面より生え出る漆黒の手足。聖剣による再生阻害で回復できないなら、ありあわせの手足を創ってしまえ──。そんな魔神らしい発想に則った拳と蹴りとが、英雄の身体を打ち砕く。


「こッ……このッ、化け物がッ!」


「ハハハッ! そう褒めんなよな!」


 剣が刺さる。拳がめり込む。刃が皮を切り裂き指先が肉を抉り取る。


 極限の領域へ至った両者が、互いを殺すために斬って穿(うが)って潰し合う!


「ぐ……何故、だ!?」


 拳打は見切った。歩法も見切った。間合いも動作も英雄たる「眼」で収め、ユウスケは大陸拳法の術理を全て解したはずだった。


 なのに、褐色少年はこの大英雄を上回り始めている。見切られた技を新たな切り口で生まれ変わらせて、鮮やかな技として叩きつけながら!


「不思議そうだな? こっちはお前に感謝したいくらいだぜ、ユウスケ。お前のおかげで八極拳(はっきょくけん)太極拳(たいきょくけん)も完成を見た……いや、()()()()()と知れた。戦いの中で変化し続けることこそが本質だ──ってな」


 ()()の打倒こそが武の本質。状況に合わせて相手が如何(いか)ようにも変わり得るならば、こちらの手もまた適合するよう変化する。技を見切り続けるユウスケは、皮肉にもロウを更なる高みへ押し上げてしまったのだ。


「変化し続ける、だと? そんな付け焼刃なもので……」


「技と技とを状況に合わせ、新たな形に融合させる……積み上げたものがあってこそ成立する芸当だ。付け焼刃でお前に通用するかよ、このすかたんが!」


 罵倒(ばとう)とも賞賛とも取れるような言葉を吐き捨て、斬撃を()(くぐ)るロウがトドメの攻勢へ打って出る!


「ぐッ、クッソオォォォッ!!!」


 焦りに苛立ち、僅かな恐怖が浮かんだ大英雄の大振り一閃──大上段から迫ったそれを、手首を掴む少年が軽々いなす。


「──ッ!」


 すかさず撃たれる光の魔法と膝蹴り迎撃──触腕の護りと肘で封殺。虚無の(かいな)で光を潰し、膝は()を砕いて受け潰す。


「あ゛が……」


「締めだ、ユウスケ──ぶっ飛べッ!」


 膝が砕かれ前のめりとなる大英雄の(あご)を掌打が打ち上げ、開いた脇腹を肘打ちが貫き──全身のねじれと共に返される拳が、がら空きの胴体へ突き刺さるッ!


()ァッ!」


「げッ……ば……」


 肉と骨が同時に爆ぜる奇妙で生々しい音を響かせたユウスケは、穴という穴から血を吹き出して彼方へ飛翔。超音速のまま瓦礫(がれき)の山へとぶち当たり──。


「これにてようやく成敗完了、っと──」

〈──なんたる様だ。『力の器』を操る大英雄が、単なる魔神へ敗れようとは!〉


 ──無惨に瓦礫へ突き刺さったところで、(おぞ)ましい蠅頭(ようとう)の魔神が顕れ……戦況は大きな変化を迎えることとなる。

ここまで総計150万字と少々、お付き合いいただきありがとうございました。


作者の都合により、今話以降の更新は今まで以上に遅れる形となります。

これほど長い物語を書き続けてこれたのは、感想を送ってくださる方々、ブックマークやポイントで評価をしてくださった方々……そして日々読みに来てくださった読者様のおかげです。


作品は読まれてこそ作品となる──単なる自己の欲求に従っただけの物語が作品となれたのは、皆様がいてこそでした。

重ね重ね、読んでくださりありがとうございました。

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