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異世界を中国拳法でぶん殴る!  作者: 犬童 貞之助
第九章 魔神と人と
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9-25 咆哮

()ちたものに情けはかけないぞ──ヴリトラ!」


 凛々しい声が宣言すれば、白き斬線が無数に(はし)る。


「しゃあしいのう。きさんを()()()んには都合がよかろうが!」


 枯れた老声が怒声を上げれば、(あい)・黒・琥珀(こはく)の三つの光が白とぶつかり食らい合う。


 白は人類の天敵となり果てた大英雄ユウスケ。三色は何の因果か人類を護るために戦うことになった竜二柱と魔神の少年。ウィルムとヴリトラ、そしてロウだ。


 騒乱の首魁(しゅかい)たる一柱「死神サマエル」が討たれ、戦況も収束へ向かうはずだった帝都中枢は……彼らの尋常ならざるぶつかり合いにより、吹雪吹き荒れ砂嵐が空(おお)う地獄と化していた。


「突っ込む! 合わせろッ!」


「おぉっ!」「クソガキが。誰にものを言うとるか!」


 その最中、聖剣光波に僅かな隙間をみとめたロウが決死の覚悟で強行突破。それを(おとり)として竜の二柱も攻勢に出る。


 正面からは黒刀(たずさ)え光を切り裂く褐色少年。側面には氷翼操り光波を(くぐ)り抜ける蒼髪美女。背面では手刀二振りを隙なく構える琥珀の老人。


 ()かれた布陣は凸凹(でこぼこ)なやり取りと裏腹なほどに容赦なし。ユウスケを包囲するロウたちはそのまま同時に襲い掛かる。


「バラバラにこなかったことだけは褒めてやる」


「「「っッ!」」」


 さりとて相手は大英雄。この世の最強すら超越せし絶対者。


 迫る黒刃を聖なる剣で薙ぎ払い、脇を狙う氷の拳には輝く光壁を展開。背から首と心臓二か所を狙う渇きの手刀と貫き手でさえも、正対しながらロウと斬り合う()()()に剣を奔らせ処理する始末。


「言っただろう。僕には勝てない。何人かかってこようが同じことだ」


 竜と魔神の神速連撃を、光速連撃と熟達(じゅくたつ)の技で捌くユウスケ。


 上位者三柱が束になろうとも、この青年には届かない。


「ユウゥスケェッ!」「舐めた真似をっ!」「……そうでなくっちゃなァ!」


 しかし。その力量差こそが、急造に過ぎなかったロウたちの連携を高めていく。


「──()ァッ!」


「む……」


 曲刀を振るえば刃を弾かれ腕を斬られ、ならばと蹴れば蹴り足軸足共々斬り落とされて。


 それでも手足を繋げ触腕を生やし気迫の攻めを見せ続けたロウの拳が、ついにユウスケの(ほほ)擦過(さっか)。白い肌に薄っすら赤い線が描かれる。


「はっ、もう見切ったつもりか──竜はここからだぞ大英雄!」


 束の間の驚きを表すユウスケへ、ロウの影から飛び出すウィルムが剣舞で急襲。氷の剣翼と凍える手刀を奔らせて、堅固な鎧を凍り付かせて切り刻む。


「くッ……」


 凍結していく肉体。襲い来る氷刃の追いきれないほどの速度と密度。己に匹敵しうる疾さと物量を前に、さしもの英雄も一瞬怯む。


「きさんらにしたら上出来やな──カァッ!」


「ッ!?」


 その隙を見逃さず、ウィルムと入れ替わるヴリトラが竜拳制裁。ユウスケの頬に拳がめり込んで、爆裂音が最強の英雄をのけ反らせ──。


()ッ!」「くたばれっ!」「()ねぃッ!」


 魔神の前蹴りが、若き竜の飛び蹴りが、古き竜の大振り手刀が──トドメとばかりに突き刺さる!


「ごッ……」


 前蹴りは腹部に、飛び蹴りは(あご)に。最後の手刀は二人が避けた直後に炸裂。鎧を“渇き”で消し飛ばし、ユウスケの胴体に斬線を刻む。


「よしッ、畳みかける──ッ!」


「お゛あ゛ぁッ!」


 それでも──大英雄は倒れない。


 崩れる体勢を気合の一声で立て直したユウスケは、光の波動を同時に拡散。物理的な衝撃を有する光波でもって、追撃に出るロウたちを纏めて吹き飛ばしてみせた。


「ちぃ! 三柱がかりでこの様かっ!?」

「打ち負けてないなら問題なし! 手ぇ止めずにいくぞ!」


 愚痴(ぐち)を垂れる仲間を叱咤(しった)しつつ、ロウが再び一人先行。稲妻の如く空を跳び回り、光波乱れ撃ち(あまね)く照らし(ことごと)くを破壊する英雄へ斬りかかる。


()りないやつだ──何度やっても変わりはしない!」


「……ッ!」


 空間魔法に魔神の脚力。どちらも活かし弾丸さながらに斬り込む少年は、しかし予定調和のように弾かれいなされ返り討ち。裏をかこうとしていたヴリトラ共々寸刻みにさせられて、研ぎ澄まされた連携でさえ突破口さえつかめない。


「チィ……おいきさん、もうちっとヤツの気を惹けんのか?」

「死ぬ気でやってご覧の有様だ。クソッ……サルガス、ギルタブと憑依(ひょうい)交代できるか? お前で攻めてみたい」


(解除と続行どっちもいけるが──)

(ロウ! 私だってまだまだやれるのです!)

(──って感じだ)


「ぬぐ。ギルタブが駄目って話じゃないんだよ。ただ攻め口を変えたいというか……おわッ」


 作戦会議の最中も降り注ぐ光の雨はその精度を増すばかり。傷だらけの体で回避するロウもヴリトラも、次第に接近することすらできなくなっていく。


「はっ──情けない男どもだ!」


 そんな中で奮戦するのは氷の剣翼で空を翔けるウィルム。


 跳ぶにしても飛ぶにしても動作が直線的な男二人に対し、繊細な翼を操る彼女はまさに自在。


 急加速に急減速、螺旋(らせん)回転に放物軌道。多様な曲芸を魅せつつ大英雄へ近づいて──そのまま凍れる斬撃を叩きつける。


「れやあぁっ!」


 聖剣光波を(くぐ)り抜けての手刀一閃。


 即座に応じられた聖剣斬撃と斬り結びながらの剣翼連閃。


 相手が凍結斬撃に怯んだ隙に、()に回転して放つ(かかと)の一撃──胴回し回転蹴りを一閃。連撃の締めを無防備な脳天に打ち下ろす。


 だが。


「っ!?」


 相手はやはり大英雄。疾さのみならず力も硬さも具える真正の強者。


 確かな手応えをもって大英雄を氷像に変えた神速蹴撃は、次の瞬間氷を砕いた青年に掴まれた。


 直撃してなお無傷の英雄。剣翼により疾さのみを突き詰めたウィルムに、ユウスケの守りを崩せる道理がない。


「……君は速いが、それだけだ。さあ──報いを受けろ!」


 (かす)かに憐憫(れんびん)(にじ)ませたユウスケは、輝く剣をかちりと構え──ウィルムの胴を、背から一突きで串刺しにした。


◇◆◇◆


「かはっ……」


「ウィルムッ!」


 砕ける剣翼。吹き出す鮮血。


 真っ赤に染まった白い刃が、美女の胸からそそり立つ。


「ん……まだ動けるのか? 丈夫すぎるのも考えものだな!」


 吹き上がる血に目を細める英雄はなおも追撃。あふれる魔力を剣に流し、光の奔流を解き放つ!


「さっせるかァ!」

「こんのッ、ド阿呆がぁ!」


 血に(まみ)れた刀身の輝きが増し、ついに臨界を迎えるその寸前──黒と琥珀(こはく)が青年に飛び蹴り。同時に割って入ったロウとヴリトラが、黒焦げになりながらも剣とウィルムとを(かす)め取る。


「馬鹿げた火力で焼きおって……おいウィルム、生きとるか!」


「……ぐぅ。もう少し妾を、気遣えんのか。耄碌(もうろく)(じい)め……」


 同じく焦げて煙を上げるウィルムが、乱暴な処置に恨みごとを(こぼ)した直後。


「一応無事? か。良かった──?」


 ヴリトラの引き抜いた剣がほのかに明滅(めいめつ)。剣の内側に秘められた魔力が、刀身の一点で(うず)を巻く。


「渦? なんッ!?」


 言いようのない悪寒を覚えるロウが警告を発する間もなく、刀身は炸裂。


 柔らかな光が剣を起点に拡散し、竜二柱を包み込む。


「……ぬかったか」


 朽ちるように崩れる指先。溶けるように消えゆく拳。


 (またた)く間に半身を消し去る光を前に、過去の情景がヴリトラの脳内を駆け巡る。


 琥珀色の幼竜として大砂海に生を受け、世界というものを肌で感じたあの日。

 美しく雄大な赤き同胞と出逢(であ)い、初めて同格というもの知ったあの時。


 異なる世界より召喚されたという男と戦い、己すら上回る極限の強さというものを見たあの出来事。

 手塩にかけて鍛えた若竜が、幼く小憎(こにく)らしい褐色の魔神と心底楽しそうに笑い合っていたあの瞬間。


「ハッ……最期に思い出すんがこれたぁな」


「ヴリトラ──」


「おい、クソガキ……いや、魔神ロウ。気張(きば)れよ──オオォォッ!!!」


 抱えていたウィルムを褐色少年へ投げ渡し、琥珀竜ヴリトラはありったけを籠めて権能解放。


 拡散する滅びの光へ向けて、己が全てを絞り出し──生涯最後の息吹でもって、輝く剣を消し飛ばした。

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