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異世界を中国拳法でぶん殴る!  作者: 犬童 貞之助
第二章 工業都市ボルドー
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2-8 異形の魔物、セルケト

 褐色少年が背中の治療を終えた頃、ガイヤルド山脈の(ふもと)にある迷宮にて。


「グゥゥゥ……」


 人間族らしき子供との激戦で消耗した異形の魔物──セルケトは、洞窟(どうくつ)のような構造を持つ迷宮の内部で、体力の回復、並びに損壊した部位の再生を行っていた。


 傷ついた体で迷宮へとたどり着いた当初、セルケトの内を満たしていたのは煮え(たぎ)るような黒き怒りだった。


 しかしその感情は、身体を再生させ少年との再戦に向け体を作り替えていく過程で別のものへと変質していくことになる。


 元々この魔物は、ある特殊な魔道具──「灰色の義手」と呼ばれる傭兵団がこの迷宮へ仕掛けたもの──を核としている。


 迷宮を構成する魔力、生命力、精神力などを吸い取り、その膨大な力を魔物たちへ注ぎ込み、それらの魔物が融合・変質することで生まれた存在。それがこの魔物だ。


 迷宮の力だけでなく精神まで受け継いで生まれたセルケトは、憎悪の感情を人族へ、とりわけ人間族に対して強烈な怨念(おんねん)を持っていた。


 その感情の下に行動したセルケトは、調査団や冒険者たちを幾度となく(ほうむ)り、(しかばね)の山を築いてきたのだが──。今回の人間族の、それも成人していないような少年に叩きのめされたことで、未だかつてない、星の内部に満ちるマグマの如き怒りがこの魔物の内を支配する。


 怒りに突き動かされた魔物が少年を滅ぼすためにとった手段は、今一度迷宮の力を取り込むことで体を作り変え、己の身を更なる強靭なものへと変化させるというものだった。


 筋肉は相手を圧倒できるようにより強くしなやかに、皮膚は相手の攻撃を凌げるようにより硬く(なめ)らかに。


 あの少年が小さな体で自分を圧倒したように、我が身も凝縮することでより強くなれるはずだと、肉体を思うがままに作り変えていく。


「グゥ……」


 迷宮の魔力を吸い上げ、肉体を変化させていくことしばし。


 大型獣のような下半身が虫のように扁平(へんぺい)となり、面長(おもなが)だった馬の頭部は美しい女性の顔へ。たてがみは絹糸(きぬいと)のような長髪へと姿を変えた。


 のみならず、胸が膨らみ(?)腹は細くくびれ、血流が促進(そくしん)されたことで血色も良くなって。青白かった全身は白磁のような肌へと変化する。


「肉体の変化はこんなものか」


 頭部が人のように変化したことで言葉を発することが可能となったセルケト。


 元々迷宮の精神を受け継いでいたことにより人の言葉を解する知能と知識を有していた彼女は、発声器官が形作られた今では喋ることすら可能となっていた。


「……」


 なおも細部を変化させながら、彼女は思考を続けていく。


 そうしていく内に彼女は結論に辿り着く。今回少年との戦いで手痛い傷を負ったのは実力の差もあるが、道具、いや、武器の差もあったのではないか、と。


 己の身を武器とするのは肉体を振るう分使い勝手がいい反面、破壊された際に自身も傷を負ってしまうリスクが付きまとう。しかし、人間族がそうしていたように、道具をもって武器とすれば破壊されたとしても己は傷つかない。


 だが、武器を利用するにしても生半可(なまはんか)なものではだめだ。かの少年の持つ武器は我が身の最硬を誇った脚を切断するほどの得物。最低でも我が脚並みのものでなければならない。


「であれば、どうするか……むっ!」


 そこまで考えたところで──彼女に稲妻の如き閃きが脳内を走る。脚が最も武器に適した硬度ならば、それを利用して武器を創ればよいではないか、と。


「ぐっ! うっ!」


 痛みに顔をしかめながら自身の硬質な脚をもいでいくセルケト。迷宮の力を吸い上げれば肉体を再生できるとはいえ、痛みは強烈だ。


 その痛みを(こら)え、四本腕にあらん限りの力を籠めて一本、また一本と足を引き千切っていく。周囲を赤い鮮血で染めながらも彼女は凶行を成し遂げ、硬質極まる素材を手に入れた。


「この我が脚を人間族たちが使っていたような、様々な形の武器へ変質させていけば……」


 しばし時間をおき、血が収まり脚も再生し体力も戻ってきたところで、彼女は魔法を使い自分の脚だったものを武器へと変化させていく。


 精強(せいきょう)人間族(ヒューマン)が使っていた大剣。

 勇壮(ゆうそう)小人族(ドワーフ)が使っていた壁盾。

 精妙(せいみょう)なる槍さばきを見せた虎人族(マガン)の大槍。

 奇怪な動きで我が身に傷を負わせた森人族(エルフ)の大鎌。


 母なる迷宮がまだ迷宮となる前に共に旅をし、あるいは殺し合った者たちと、己が殺し合った強者たちの武器である。


「これらの武器を我が四本の腕で自在に操ることが出来れば、あの少年にも勝ることが可能なはずだ。人族たちの武器捌(ぶきさば)きは目と脳裏に焼き付いている。その技術をこの身に馴染ませれば勝てる!」


 いつの間にか己が憎しみではなく対抗心、使命感によって少年との再戦を望んでいることにセルケトは気付けない。人族の言葉を利用した思考を行うことで自我が生まれ、迷宮の精神というくびきから放たれていることに気が付かない。


 薄っすらと輝きを放つ鉱石がほのかに照らす迷宮内で、しばし完成した武器の調子を確かめる彼女。


 すると流した鮮血に惹かれたのか、迷宮内の魔物が姿を現し始めた。


「「「ウゥゥ……」」」


 普段はセルケトを恐れて近寄りすらしない魔物たちだが、今回はまるで獲物を狙っているかのようにぞろぞろと彼女の周囲を囲みだす。


「……ふむ? 姿が変わったからといって、我が母より受け継いだ魔力が変質したわけでもあるまいし、一体何を──」


「ガゥッ!」


 セルケトが唸りながら考えていると──狼型の魔物が牙を剥き、脈絡もなく襲い掛かった。


 その動きを皮切りに、周囲の魔物たちが一斉にセルケトへと殺到する。驚き思考を中断していたセルケトだったが、されるがままの状態で思考を再開する。


「──ふむ……我が身が母の力を取り込み過ぎたせいで、母から敵対者と見做(みな)されたのかもしれんな。(はなは)だ心外ではあるが、仕方があるまい」


「「「ゥゥッ!?」」」


 彼女はその場での急速旋回をすることで、腕に噛みつき足へ張り付いていた魔物たちをまとめて引き剥がす。


 鋭い爪や牙をそこかしこに突き立てられたにもかかわらず、彼女の肉体に一切傷はない。肉体が変化・凝縮されたことで、もはや魔物など歯牙(しが)にもかけない頑強さを手に入れていたのだ。


勘当(かんどう)されてしまったが……まあ良い。そんなことよりあの少年との再戦だ。明日にでも再会しないとも限らん。(すみ)やかに人族たちの技術を──ん?」


 もやもやと考えながら出口へ向かっていくと、再び魔物たちに囲まれてしまうセルケト。数は先ほどよりも更に多く、弾き飛ばした個体の姿も見受けられた。


同胞(どうほう)に、いや、元同胞に手を出すのは(はばか)られるが。こうも狙われてしまうと我が大願(たいがん)(さまた)げとなる。──ここで退かねば貴様らを食らうぞ」


 見逃した先ほどとは異なり、彼女は魔物たちへ波濤(はとう)の如き殺意を向ける。


 通常なら魔物であっても背を向け逃げ出すほどの殺意を受けてなお、この場にいる魔物たちは敵意の炎を絶やさない。どころか、油を注いだ火の如く憎しみが増大したようだった。


 一気に膨れ上がった憎悪の感情にかられ──囲んでいた魔物たちが、セルケトへと津波のように押し寄せる!


「「「オオオォォォッ!」」」


「是非もなし」


 嘆声をもらした彼女は、脚より創られし大剣で真一文字に薙ぎ払う。


 魔力を纏った大刃は魔物の大群を紙きれの如く裁断(さいだん)。尋常ならざる切れ味を示し、血と体液と臓物の雨を吹き散らす。


「我に死角はないぞ!」


 正面の魔物を切り伏せる間に背後側面より接敵してきた相手には、より強固凶悪になった尾による打撃で応戦する。


 多節棍(たせつこん)の如き進化を遂げた尾は唸りを上げて魔物たちを砕き、潰し、打ちのめす。尾が振るわれるたびに肉塊が増えていき、魔物たちはその数を大きく減じていく。


 その様は、圧倒的個の前では数など塵芥(ちりあくた)だと語っているかのようだった。


「ふんっ!」


 もはや欠片も容赦のないセルケトは最後の締めへ。大剣と大鎌を大きく広げて構え、多脚による高速旋回を行う。


 初めに魔物たちを吹き飛ばした時と同様の動きだが、武器を広げるだけでその意味合いは大きく変わる。弾き飛ばすだけだった行動が、今や研削盤(けんさくばん)の如き様相を呈し、魔物たちを粉微塵(こなみじん)に削り取る!


「ギィィィッ」「ガウッ!?」「ギギャッ……」


 大剣や尾の攻撃から逃れていた魔物たちも瞬く間に血の(きり)と化し、百にも迫る魔物の群れはものの数十秒で全滅することとなった。今や迷宮内は、血の(したた)る音だけが寂しく響く。


「──終わったか。死んでいった者たちには悪いが、よい(かて)になってくれたものだ。我が脚より創りだしたおかげか、この武器たちは良く手に馴染(なじ)む。これならば、あの少年と戦う前に習熟することも不可能ではなかろう」


 武器の調子を確かめつつ魔法で魔物たちの残骸(ざんがい)を集めたセルケトは、そのまま魔法を操り死骸を押し固め肉団子を創り出す。今まではこうやって動物や魔物、人族たちを食らってきたのだが──。


「……どうしたことだ、食欲がわかん。肉体が変化し我が食性も変わったのか?」


 仕方なしに旨そうに見えなくなった肉団子を食らってみたものの、味も臭いも体が受け付けず食べられたものではなかった。


「ぐげぇ……。これではとても食えん。これらを我が食べぬことで母が吸収することになるのは業腹(ごうはら)だが……我が母への最後の親孝行としておくか。しかし……今後の食料は如何にするか、由々(ゆゆ)しき問題よな」


 彼女は死骸の処理を諦め嘆息すると、自身の食性について思いを巡らせつつ、今度こそ迷宮の出口へ向かい「獣の虚」を去っていった。

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