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異世界を中国拳法でぶん殴る!  作者: 犬童 貞之助
第九章 魔神と人と
299/318

9-13 黙って食われろ

「……手間取らせてくれる」


 帝都上空。天使の如く純白の美女が眼下を見据えて吐き捨てる。


 視線の先には奈落の様な大穴と、底で白熱する溶融(ようゆう)した大地。空を舞う美女──ベリアルの放った光の大魔法により、地上には街一つが入ろうかという巨大な穴が穿(うが)たれたのだ。


「ちっ。『耀籃(ようらん)』でもアレの氷城は健在か。忌々(いまいま)しい」


 悪態をつくベリアルの言葉通り、避難民たちを護る氷の城は揺らがず。虚無を纏った氷の城塞(じょうさい)は彼女の魔法を受けてなお、沈むことなく溶岩湖に浮かび(ただよ)う。


「しかし奴は焼き捨てた。なれば、如何様(いかよう)にも──っ!」


 苛立ちながらも蹂躙(じゅうりん)の算段を付けていた美女だったが──ふいに権能を解放。己が幻影をずらりと並べ、光の魔法を掃射する!


 自身と同様の姿を持つ幻影たちが狙い撃ったのは、突如として空中に顕れた魔力の塊。それを空間魔法の揺らぎとみた彼女の先制攻撃だったが……。


「随分と(ぬる)いご挨拶だなァ? 最上位魔神さまよお」


 光の魔法は闇に呑まれ、異形の()()が内より()でる。


 頭部には太く捻じれて後方へと流れる黒い角。

 腕部には虚無の雷を(はし)らせる黒き体毛。

 腰部(ようぶ)からは竜を思わせる鱗を有するしなやかな尾。


 一斉照射の影響か、それとも先の大魔法の影響か。少年の身体からは異臭が漂うが──。


「……っ!」


 ──(にじ)む覇気は未だ(おとろ)えず。


 小さな身から溢れる力は、ただ垂れ流されるだけで周囲の空間を圧壊(あっかい)させる。正に正しく頂点のそれである。


「聞いていた姿とは随分異なるが。それが貴様の降魔(ごうま)か。山羊(やぎ)とも(さる)とも竜ともつかぬその姿……くくっ。なんともなんとも、(みにく)いな」


「ハッ。降魔だとフジツボだらけになる蜘蛛女(くもおんな)が、それを言うか?」

「機能美も曲線美も備える蜘蛛の美しさを(かい)せんか。愚物(ぐぶつ)めが。所詮は生まれたての(わらべ)に過ぎんなっ!」


 皮肉と罵倒(ばとう)応酬(おうしゅう)を終え──魔神と魔神は互いに突進。


 異形の少年と美女の集団、両者の殺意が交差する!


()ァッ!」

「お゛げっ……」


 飛び込む勢いと共にまっすぐ伸びた少年の拳が、美女の胸部を空の果てまで打ち貫いて。


「千切れろっ!」


 少年が一人討ち取る間に上下左右正面背面を囲んだ美女たちが、無尽に手刀を繰り出して。


()ッ!」


 その手刀の全てを目で見て肌で感じる少年が、無数に生える触腕の鮮やかなる動作で逸らしてやり過ごす。


「……貴様っ!」


 片や万年を生きた古強者(ふるつわもの)に、片や生まれて十余年の幼き子供。同じ魔神であるにしても、歴然たる力の差があって(しか)るべきなのに……幼き魔神ロウは、古き魔神ベリアルの攻勢を容易くいなす。


 さながら、子供の稽古(けいこ)をつけるかのように。


(のろ)いな。(はえ)が止まるぜ? 蜘蛛女」

「こっ、こっこのっ、舐めるなと言っていようが!」


 少年が安い挑発を投げて寄こせば──激する美女の攻め手が加速する!


 襲い掛かる幻影は数を倍し、繰り出す攻撃は魔法も追加。輝く手刀と乱舞する閃光で、上空に太陽が二つあるかの如く光が満ちる。


「……馬鹿、なっ」


 あらゆる角度からの肉弾攻撃。

 隙間すらなく照射している光魔法。

 相手の虚を突く空間魔法。


 幻影と共に行なうベリアルの攻め手は……しかしどれもがロウに届かない。


 灼熱を宿す光の手刀は虚無の触腕であえなく無力化。円を描くような動作で絡められ、いとも容易く捌かれる。


 遠距離から放つ光魔法も虚無の護りで雲散霧消(うんさんむしょう)。少年が発する漆黒の魔力にあてられ(かげ)って消える。


 虚空から手足を生やして奇襲する、“眩惑(げんわく)”の権能と空間魔法の合わせ技。その搦手(からめて)さえも、少年は予期していたかの如く柔らかな体捌きで躱してみせる。


「舐めてるのはどっちか。はっきりしたな? ベリアル」


 突撃する幻影は次々潰され、生み出した()()から消えていく始末。


 力劣る眷属(けんぞく)の幻影ではなく、並みの魔神を捻り潰せる己の幻影を生み出しているのに、だ。


「この……っ! 生まれて間もない小童(こわっぱ)がっ、余を! このベリアルをっ! 愚弄(ぐろう)するかあっ!?」


「いやいや、お前もやるもんだよ。()()()()にな」

「──っ」


 古来より存在し力を(たくわ)え続けてきたこの世の上位者、ベリアル。その強者を、幼き魔神はごくごく自然に見下ろし話す。


 積み上げてきた激戦の数を考えれば、少年の言動も裏打ちを持つものだが……知らぬ美女には笑えもしない世迷言(よまいごと)。最上位魔神たる己を軽んじる妄言(もうげん)である。


 要するに、ロウはベリアルの逆鱗(げきりん)に触れた。


〈貴様は、殺すっ!〉


 いきり立つ美女は再び降魔(ごうま)


 特大の白蜘蛛(しろぐも)となったベリアルは、空を埋め尽くす己の幻影と共に、少年を圧殺せんと襲い掛かり──。


〈待ってたぜ。この時をよォ!〉


 ──同じように権能を全開とした山羊頭(やぎあたま)の魔神に、真っ向粉砕されることとなった。


〈ご、あ゛っ!?〉


 漆黒の触腕によって砕かれていく白亜の外骨格。漆黒の魔力によって掻き消されていく“眩惑”の権能。その殲滅(せんめつ)速度は先ほどの数倍は下らない。


〈なんだそれはっ、その姿は!?〉


 (またた)く間に孤軍となった白蜘蛛は態勢を立て直そうとするが……空間魔法は構築できず。魔力が搔き乱されて不発に終わる。


〈魔神ってのは変身を残しておくもんだろ? お前が黒蜘蛛から白蜘蛛になったようなもんだよ──本気ってことだ!〉


 言いながらも触腕をぶん回すロウは渾身の震脚、からの裏拳打ち下ろし。


 (ひづめ)ある脚で虚空を踏み込み、八極拳(はっきょくけん)大八極(だいはっきょく)反砸(はんざ)を叩き込むッ!


(ふん)ッ!〉

〈ふごっ……〉


 スイカを割るかの如く蜘蛛の頭部へ打ち下ろされた裏拳は、ガワを砕き()()を潰し、爆裂。浸透(しんとう)した虚無が内より爆ぜて、蜘蛛の巨体が砕け散る。


 頭部付近を僅かに残しベリアルの体は爆発四散。


 頭部を掴みとったロウが最後通牒(さいごつうちょう)を突きつける。


〈よう。なんか言い遺すことはあるか?〉


〈……それほどの力を持ちながら。貴様は何故、余の邪魔をする? 魔神であれば魔の繁栄を望むものだろうが。何故魔を滅する側に立つ!?〉

〈別に魔物や魔神なら何でも相手するってわけじゃねえよ。お前らが人を殺そうっていうから敵対しただけでな〉


(たわ)けたことを。人の(いとな)みを踏みにじり、命の全てを蹂躙(じゅうりん)する。それが魔神というものだろうが!〉


 蜘蛛の頭部が(わめ)き散らせば、山羊頭(やぎあたま)の魔神が首肯する。


〈そういうもんだろうな。俺にも破壊に対する昂揚感(こうようかん)は確かにある〉

〈はっ、自覚があったか。なれば貴様の行い、如何(いか)に説明する?〉


〈んなもん簡単だ。破壊が俺の本質だとしても、それが人を殺すことには繋がらない。俺は魔神だけど、人でもあるからな〉

〈……なんだと?〉


〈知らなかったのか? 俺は人と魔神の間に生まれたんだよ。だからお前の言い分は許容できないところもあるけど、理解できる部分もある……まあ、今更だ。もうこんなこと話して、どうのこうのってもんでもない〉


 話を打ち切ったロウは触腕を捕食形態へ移行。(くじら)のように巨大な口を開いて構えをとる。


〈待て! 貴様も魔の本懐(ほんがい)を理解できると言っただろうが! なれば──っ!?〉


 蜘蛛頭の命乞(いのちご)いの最中(さなか)、ロウはいきなり魔法を構築。己の背後へ虚無の雷を叩きつける!


[[[ギッ……]]]


〈見え見えなんだよ。(こす)い時間稼ぎなんてな〉


 背後にいたのは黒蜘蛛の群れ。“眩惑(げんわく)”の権能で生み出されたベリアルの伏兵を、ロウは魔神の感知力と山羊頭の視野角で看破していた。


〈ぐっ……この、生まれて百年も経たぬ、混ざりものの分際で。余を、このベリアルを見下すかっ!?〉


〈混ざりもんだからこそだよ。お前がどこの誰でどんな地位で、魔神としてどんな風に(あが)められていようが……知ったこっちゃねえ。だから……〉


 言葉を切った瞬間、構えられた捕食口がゆるりと開き──煮え(たぎ)る殺意と魔力が、(せき)を切ったように溢れ出る。


〈……!?〉


 空が(きし)む。天が震える。空間が()じ切れる。


 あまりに濃い神紅(しんく)の魔力に、あまりに苛烈な灼熱の殺意。そして……あまりに(おぞ)ましい()()


 神として天空神の小間使(こまづか)いに奔走(ほんそう)していた時も、魔神としてあらゆるものを踏みにじってきた時も。絶対者たる彼女に決してぶつけられることのなかった、純粋な衝動。


〈待っ、やめ──〉


 己が捕食されるという未知の恐怖を前に、つい誇りを忘れたベリアルが声を上げ──。


〈黙って食われろ〉


 ──剥き出しとなった魔神の本性が、白亜の蜘蛛を噛み砕く。


〈ぐっ……!? ぐぅううう……!〉


 脚に(はさみ)、己の眷属。数多(あまた)の幻影を生み出し最期の抵抗を行なうベリアルだが……拘束されたうえに消耗した状態で、最強と成った魔神に(あらが)えるはずもなし。


 硬質なものが砕かれる咀嚼音(そしゃくおん)。柔らかな組織が千切られる断裂音(だんれつおん)


 虚しく響いた食事の音は数十秒で空に消え……白き蜘蛛の紅玉色(こうぎょくいろ)の魔力は、虚無の魔神の神紅(しんく)に駆逐された。


〈ふぅ。触腕で食ったからか、あんまり食った実感湧かないな。味もしないし〉

(まさか、伝説の魔神を食らうなど……。倒した、ということになるのでしょうか?)


〈分からん。殺しても死なないのが魔神だし、案外俺の腹を裂いて出てくるかもな。あいつ蜘蛛だし、如何(いか)にもありそう〉

(うっ。笑い事じゃないですよ、ロウ。あの魔神なら本当にあり得そうなのです)


 冗談とも本気ともつかない言葉を返しつつ、降魔を解いた少年は索敵を開始。「魔眼」を()らして地上を探る。


「ん~……闘技場の周辺、魔物が一掃されてる。俺とベリアルが暴れた場所以外もってことは、あいつらが到着したのかな?」


(そのようですね。たった今、サルガスが「この荒れ様はロウがやったのか?」と念話を送ってきましたから)


「真っ先に俺を疑うか。流石サルガス、俺のことをよく理解してるぜ」

(信頼されてる風なことを言っても、誤魔化せていませんからね?)


 美談風に纏めるロウに、鋭く現実を突きつけるギルタブ。


 久しぶりのお約束のようなやり取りを経ながら、ロウは地上で待つ仲間の下へと向かった。

やっとこさっとこベリアル戦の終了です。お付き合いありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 最上位がまともに相手にならないくらいまで強くなったのか 最上位の中でも強さの幅があるのかな
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