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異世界を中国拳法でぶん殴る!  作者: 犬童 貞之助
第九章 魔神と人と
296/318

9-10 錯綜

「──あら、この魔力は……」


 虚無の魔神と眩惑(げんわく)の魔神が殺意を爆発させている頃、遠く離れた帝都南部では。


 瑠璃色(るりいろ)細剣(さいけん)を持つ銀髪美少女が、血塗(ちまみ)れの巨鳥を足蹴(あしげ)にして朝日を浴びていた。


[──っ][──?]


 銀髪少女──妖精神イルマタルの周りには、ぽよんぽよんと跳ねるカラフルで不定形な存在たち。虚無の魔神ロウの眷属(けんぞく)、サルビアたちである。


 何事かを伝えんと(はず)む眷属たちへ頷き、遠方を見据える少女は目を細めた。


「あなたがたの指摘通り、ロウのようですね。しかし、もう一方の気配にも覚えがあります」


[?]


炫神(げんしん)ベリアル。古くはわたし同様に神だった、最も力ある魔神の一柱。大英雄が魔を(はら)ったかの大戦以来、彼女に表立った動きはなかったのですが……」


 言葉を切って考え込むイルマタル。言葉の続きを待っていた眷属たちだったが、開口したのは彼女に踏みにじられている巨鳥だった。


〈グッ……。その魔神どもは、一体なんだというのだ。これほどの力を持つ者どもが俺たちに知られず、あまつさえ神に(くみ)しているなど……〉

「ふふっ、手向(たむ)けとして教えても良いのですが。まだ余力を残していそうですから……代わりにこれを差し上げましょう」


 慈愛(じあい)の笑みみせた少女は巨鳥に切っ先を突きつけて──魔力を解放。


 直後に巨鳥の胴体が(えぐ)れ消し飛び、烈風が辺りに吹き荒れる!


〈ウ゛ッ!?〉


 少女が手に持つ細剣の正体は()()()した水素。大気中のそれを極限まで圧縮して刃とした、“大気”(つかさど)る妖精神に相応しい神剣である。


 大気圧の一億倍──人工ダイヤモンド生成に必要な圧力の二百倍ほど──という、超高圧力をかけ続けることで成立する女神の細剣。それは竜麟さえも(おびや)かす鋭さを有するが……真価は切れ味ではない。


 女神の権能により形を保つ細剣。その権能を解除して、任意の方向にを圧力を解き放てばどうなるのか?


 結果が先の一撃。上位魔神すら(ちり)と化す、(いにしえ)の女神の奥義である。


[[[──!?]]]


 そんな極限の一撃なのだから、近くにいた眷属たちは当然のことながら余波が直撃。


 建物の瓦礫(がれき)さえ押し流す風により、カラフルな不定形たちが空を舞う。


 が、彼らもロウの眷属。この世の頂点をも殴り倒す、理外の存在を親に持つ子である。


[ッ!]


 不定形から人型となった彼らは、親より継いだ“虚無”を使って宙に足場を創り出し──跳躍。衝撃波を真っ向から突き破り、イルマタルの下へ舞い戻った。


「あら。流石ね? コルク。魔神だって吹き飛ぶ一撃なのだけど」

[──……]


「“そのような技を人の都市で放つな?”ふふ、大事を成すためには小事にかまけてはいられませんから。それに、人々には影響がでぬよう風の結界を展開しています。命にかかわるような事態は起きませんよ」


 清流のように(よど)みなく語る少女は抗議する眷属たちから視線を移し、直撃地点を見やる。


 巨鳥の上位魔神がいた場所は、もはや底も見えない大穴があるばかり。穴の壁面が所々融解し不気味な風音をたてる様は、神話における冥府(めいふ)へ繋がる洞窟(どうくつ)にも似ていた。


「いずれにせよ、これで一柱が始末できました。コルク、テラコッタ、サルビア。助力に感謝します」


[[──~]]

[……]


 銀髪美少女の笑みに(ほほ)をゆるませる兄たちに、創造主そっくりのだらしなさだとジト目になる妹。


「終わりましたか……?」


 そうやって弛緩(しかん)していた場へ恐る恐るやってきたのは、避難していた人間族の少女ヤームル。


 転生者として人並外れた能力を持つ彼女だが、それもあくまで人の域。神の水準には当然劣る。現状は避難民同様に見ていることしかできなかった。


「ええ、安心なさい。それと、己の無力さを嘆くことはありませんよ、ヤームル。あなたもよくやっていますからね。先ほども人々を励まして回っていたでしょう? 神と魔神の戦いの最中(さなか)に他者へ気を配るというのは、誰にでもできることではありません」


「こ、光栄です。妖精神様」

[[[──]]]


 女神の(ねぎら)いに頬を染めて恐縮(きょうしゅく)するヤームル。魔神たるロウへの気安い態度とはまるで異なるその反応に、眷属たちは興味深げな視線を向ける。


「もう、貴方たちはそんなに見なくていいから。それより、避難してる方々に顔を見せてもらえない? 貴方たちの勇姿を見て、戦ってくれたことに感謝したいって人は多いんだから」


[──?][──][……]


「ロウ君みたいな真似したってダーメ。こんな状況だからすぐ終わると思うし、嫌がってないで早く来なさい」


 面倒臭がる三人を引きずって、少女は避難民たちの元へ向かう。


 その背を見送るイルマタルは慈母(じぼ)の微笑から一転、甘さの欠片もない表情へ変化した。


「岩に溶岩、そして雷。純粋な力だと神と変わらない、強大な力を持つ半精霊……。それがあの三人だけではなく幾人も。いよいよ手が付けられなくなってきたけれど……どうしたものかしら」


 魔神ロウとその眷属。今は人の世のため手を取り合い協力しているが、将来においての保証は一切ない。


 ましてや、ロウも眷属も()に知られてしまった現状である。救世の英雄たる少年たちに人々の信仰が向かえば、その力は更なる高みへ至るだろう。


 それは同時に、信仰を失った神の弱体化も意味する。


「ロウを知らない神たちがあの子の排除に乗り出すのは必至。ロウがいなすにせよ応じるにせよ、人の世が真っ二つに割れるのは確定、と。はぁ……いっそのこと、面倒が起こる前にロウと(ちぎ)りを結んでおこうかしら」


 (つや)めく銀糸を指先で(もてあそ)び、深々と嘆息する妖精神。


 少年の勝利を微塵(みじん)も疑わない銀の少女は、未来を見据えて(うれ)うのだった。


◇◆◇◆


 同じ頃。都市の南から東へと向かう褐色美少女と竜胆色(りんどういろ)の美女は。


「おおっ。この魔力はお兄ちゃんだね。イルマタルの方は……ああ、決着したって。念話きたよ」

「そのようだ。ロウの力は流石の圧力ではあるが、もう一つの魔力も並々ならないものであるな」


 大刀(だいとう)を振るい方天戟(ほうてんげき)を突き刺し、魔物を粉砕しながら疾走していた。


「ダメだ嬢ちゃん、こっちには──!?」

「誰か助け──へ?」


「いやっはー! 邪魔だ邪魔だー!」


「ま、魔物がゴミみたいに……。何モンなんだあの娘は」


 家屋を潰し不気味に笑う人面獅子。熔鉄(ようてつ)をばら撒き火災を振りまく巨大猿。その両者を建物ごと斬り捨てるのは、偃月刀(えんげつとう)の如き長柄の得物を操る魔神フォカロル。混じりけのない純粋なる上位魔神に、魔物如きが足を止められる道理がない。


「ひぃぃっ!?」「お助けをぉッ!?」

「騒がずとも──そのつもりだっ!」


 命からがらという(てい)で逃げる青年たちの背に迫る、目玉だらけの奇怪な巨鳥。それを穂先(ほさき)で串刺しにして、更に迫った同種の魔物を石突(いしづき)で叩き潰すのは、魔神セルケト。


 ロウの大陸拳法由来の槍術に、母たる迷宮が吸収してきた人族の武技。二つの技術を昇華(しょうか)させた彼女は正に達人。そこに魔神の力が加われば、魔物など塵芥(ちりあくた)である。


 一柱でもそうなのだから、二柱となれば蹂躙(じゅうりん)以外のなにものでもない。地を蹴り壁を蹴り疾走する彼女たちの通った後は全ての魔物が肉塊となり、残るのは救われたまま呆ける人々だけだ。


「なになに、意外にやるねーセルケト。ついてこれるなんて思ってなかったよ」

「ふっ、造作もない。我はあのロウと共に旅をしてきたのだからな」


「ふーん? なんか自慢っぽい。その辺りのことも色々聞いてみたいけど……()()()みたいだね」


 (しかばね)の山を築き猛進していた褐色少女がぴたりと止まり、黒のツインテールが風に揺れる。


 眼前に立ち込めるのは灰の雲。そして蚊柱(かばしら)のような小さな虫の集合体だ。


「アノフェレスの“虫”か。わざわざ目の前に顕れたってことは、前に操ってた私なら(くみ)しやすいとでも考えたのかな? 笑えないね」


[お久しぶりです、魔神フォカロル]


 犬歯(けんし)を剥くフォカロルが吐き捨てれば、灰の雲が美女となって答えを返す。


 灰と(すみ)の混じるまだら色の長髪に、血の巡りを感じさせないほど白い肌。病弱な女性といった風貌の女はしかし、背に()特有の薄翅を煌めく。


[アノフェレス様の支配を抜け反旗(はんき)(ひるがえ)した、といったところですか。身寄りのない貴女の面倒をみたのがアノフェレス様だというのに、所詮は恩を知らない獣ですね]


「ふざけたこと言ってくれるね、虫けらが。パパを滅ぼしたのがお前たちってことはもう割れてるよ? 言葉を(ろう)したって無駄だからね」

[ふふふ、やはり獣ですね。アノフェレス様の慈悲(じひ)が分からないとは。人に入れ込み力を減じてしまった愚物(ぐぶつ)の魔神から、貴女を解放してあげたというのに──!]


 さも嘆かわしいと(ひたい)にてをやる美女が言いきる前に、黒き斬撃が美女を一閃。魔神アノフェレスの眷属──テラジアの腕が空を舞う。


「我が()を馬鹿にされて黙っていることも、長口上(ながこうじょう)に付き合うことも、我の趣味ではない。貴様は人の敵なのだろう? ならばとっとと死ぬがよい」


[……!]


 空間を切り裂いた刃の主はセルケト。一方的に都合を突きつける彼女の表情は、不愉快だと言わんばかりに(ゆが)んでいた。


「……私のために怒ってくれたの?」

「言ったろう? 友を罵倒(ばとう)されて黙っている趣味はないと。あの女はただの眷属なのだろう? さっさと打ちのめしてロウと合流するぞ」


「うん……そうだね。ありがと、セルケト」


 普段の高慢(こうまん)さを引っ込め小さく照れて、友人に感謝を告げる褐色少女。


 しかし次の瞬間には表情を切り替え、眷属へと向き直って高らか宣言する。


「それじゃあ、小うるさいオバサンには退場してもらおうかな!」


[……生まれたてのガキが。黙って聞いていれば調子づくか。いきがるのも大概に──っ!]

〈──お前が乗せられてどうする、テラジア〉


「「!」」


 魔神たちの挑発を受けたまだら髪の女が、眷属らしからぬ膨大な魔力を溢れさせ──直後に、同じ髪を持つ男性が灰雲と共に顕現。


 “血”を(つかさど)る上位魔神、アノフェレス。


 都市を地獄へ変えた張本人の乱入により、状況は混迷を極めていった。

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