表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界を中国拳法でぶん殴る!  作者: 犬童 貞之助
第九章 魔神と人と
295/318

9-9 英雄の条件

 白髪の美女──魔神ベリアルを返り討ちとしたロウは、勢いそのまま天に跳ぶ。


「一、二、三……八。個々に処理したんじゃ間に合わないか。まずは一か所に纏めなきゃな……とっておきの水魔法、見せてやんよ」


 ベリアルに召喚され降下中の巨大蜘蛛(きょだいぐも)たち。その頭上に陣取った少年は特大氷剣を八本創造。氷の鎖が柄につくそれを、眼下の蜘蛛へぶん投げる!


八握剣(やつかのつるぎ)ッ!」


[[[──ギィッ!?]]]


 センスが壊滅している少年にしては真っ当なネーミングの魔法は、蜘蛛たちの落下速度を十倍も上回り──着弾。外骨格を叩き割って突き刺さり、内より氷結して巨体の落下を食い止めた。


「ふんぐッ、ぅぉぉぉおおおッ!」


[[[!?]]]


 次いで、少年は両腕と背から生える触腕で束ねた鎖を引き、渾身の咆哮(ほうこう)


 歯を鳴らし魔力を(たぎ)らせ、魔神の膂力(りょりょく)を解放するッ!


「りゃあぁッ!」


「う、浮いたぁっ!?」

「使徒様の魔法だ。闘技場ほどもある魔神の群れを、天まで引き上げるなど……何と凄まじい」

「いや、あれってただの馬鹿力なんじゃ……?」


 などという地上の声が耳に入らないロウは、逆さまとなった蜘蛛たちに魔神としての本性を曝け出す。


「あの女から召喚されて、さあ楽しい虐殺の始まりだ……なんて思ったか? 残念だったな──お前たちが殺られる側だよ」


 幼き魔神が魔力を発し、神紅(しんく)の魔力が朝空を(おお)う。


 虚無の魔神の蹂躙劇(じゅうりんげき)が始まった。


◇◆◇◆


[[[──!]]]


 ロウを敵と認めた蜘蛛(くも)たちの対応は早かった。


 胴体を氷の剣で貫かれているものの、彼らも上位魔神の眷属(けんぞく)。臓器が潰された()()で止まりはしない。


 ある者は光の魔法を一斉掃射。

 ある者は光の足場を至る所に浮かべて周囲の援護。

 またある者は特大光球を創り上げ、最大火力で対する者を焼き尽くす!


 放たれた光の嵐は上下自在の全方位。迫る速度は文字通りの光の速さ。


 鎖を手に持つ少年に避ける間もなく……殺到した攻撃はそのまま直撃。朝焼けの空が灼熱と閃光で燃え上がる。


[[[……?]]]


 あれほどの力を有していながら、防御や回避の(きざ)しさえ見せなかった少年。その不自然さに、蜘蛛たちは思わず(いぶか)しむ。


 ──召喚されたばかりの彼らは知らなかった。


 自分たちが対する相手が、主神ベリアルの魔法でさえまるで効かなかったという事実を。


[ギ!?]


 炎が晴れるも、そこにあるのは氷の鎖が繋がれた宙に浮かぶ巨岩のみ。


 どういうことだと眷属の一体が首を(かし)げ──その首がころりと転げ落ちた。


「まず一体」


[[[!?]]]


 黒刀をきらりと光らせる少年は、いつの間にか蜘蛛たちの裏へと回っている。


 それが意味するところは、魔神の眷属でさえ知覚不可能な神速移動と超速斬撃。


[[[……!]]]


 眷属たちはここに至ってようやく理解した。


 この小さな子供が、自分たちより遥か格上の存在であると。


 首を失った蜘蛛が氷に閉ざされ氷像と化し──少年の姿が掻き消える。


[ギギッ──]


 仲間の(おぞ)ましい死に様に錯乱(さくらん)し、眷属の一体が光魔法を全方位に乱射するが──ふいに停止。


[──ギ?]


 正中線(せいちゅうせん)からぱっくり割れて、縦に別れた巨体がずるりと滑って氷結する。


「二体目」


 氷の切れ目にいたのは当然少年。そしてやはり、再び姿を眩ませた。


[!?][ギ……ギギギッ]


 残された蜘蛛たちはあまりの実力差に後ずさったが……氷の鎖が虚しく鳴るのみ。


 ならばと光の魔法を束ねて撃つが、魔神の氷は欠片も融けない。半狂乱となった蜘蛛たちは、黒光りする脚を何度も何度も鎖に向かって振り下ろし──。


「五体」


 ──黒き刃で微塵(みじん)に刻まれ、氷塊となって空を舞った。


[ギッ……ギィ!][ギィィッ!?][ギ……]


 怒り狂う者、発狂する者、全てを諦め止まる者。残るは三体。


「そう怖がるなよ。すぐに終わる」


 その全てに死を告げて、虚無の魔神の刃が(はし)る。


 真正面から縦一閃。駆け抜けるように横一閃。返す刃で切り上げ一閃。三連閃で三体(ほふ)り、宙を舞う残骸も居合連斬で細かく解体。


 都合十秒。無尽に動いた刃が止まり……少年の周囲の命は(つい)えた。


「ふぅ……おしまい。鎖を繋いでた岩を破壊されなくてよかったよ」


(相手の魔法はロウの鎖を破壊できていませんでしたし、そうなっていても問題はないと思うのです)

「それもそうか」


 黒刀をかちりと納め、凍り付いた残骸を風と炎で処理していく少年。敵とはいえ魔神の眷属であるからか、その表情は(かす)かに苦い。


(ロウ。この者たちは、ロウが護ろうとするものを破壊するべく召喚された存在です。貴方が人を護ると決めた以上、心を痛める必要など一切ありません)


「ん……。思い悩んだわけじゃないよ。ただ、俺が魔界で生まれてたら、こいつらと一緒に侵攻してたのかも……って考えたんだ。つまらん仮定の話だな」

(むう。それを感傷(かんしょう)と言うのですよ、ロウ)


「そう? じゃあアレだな、心配してくれてありがとうってやつだ」


 おどけて答えて破顔(はがん)して──すぐさま表情を戻すロウ。


〈オオオォォォッ!〉


 (とどろ)く咆哮、天衝く魔力の大柱。魔神ベリアルの復活を感じた故である。


「仕留めたつもりだったけど、生きてたか。腐っても魔神だな」


 瞳孔を散大(さんだい)させて見つめる先には、紅玉色(こうぎょくいろ)の魔力を立ち昇らせるフジツボだらけの巨大な黒蜘蛛。建物を粉砕していきり立つその蜘蛛は、ロウが処理した眷属の倍はくだらない超巨体だ。


〈こ、のっ、余を! 炫神(げんしん)ベリアルをっ! よくもっ、こけに! してくれたなぁぁああ!? 魔神ロォォォウっ!!!〉


「ぅぉぉ……うるせえ。折角隠してるのに、魔神とか叫ぶなよ。つーかあいつ、俺のこと知ってたのか」

(それはまあ、あの魔神もバエルたちの一派でしょうから。しかし、炫神(げんしん)ベリアルとは……凄まじい大物が出てきましたね)


 天震わせる叫びに少年が顔をしかめる一方、魔界事情に詳しい黒刀は驚嘆の声を上げる。


「ベリアルねえ。有名なんだ?」


(はい、とても。元は上位神であり、天空神に叛逆(はんぎゃく)した最上位に位置する魔神。()()バロールと並ぶ伝説の魔神の一柱です。伝説というだけあって、もう随分と表舞台に出ていなかったのですが……)

「バロールって、あのバロール様!? マジかよ……。ぶん殴った限りだと、そんな感じしなかったけどなあ」


 等々、話を脇へと逸らす間に地上で魔力が収斂(しゅうれん)完了。極太の閃光がロウめがけて放たれる!


〈光を呑み込む闇……!? 貴様ぁ、逃げるなぁっ!〉


「誰が当たるかってんだよ。……降魔(ごうま)状態? だけはあって、凄い熱だ」


 竜の息吹と同等の熱量を誇る閃光に対し、少年は空間変質魔法「常闇(とこやみ)」で応戦。光を吸収する闇で魔神の魔法を呑み尽くす。


「ハァーハッハッハ! どうだ逃げずに受け止めてやったぞ? なんかお気持ち表明しろやァ!」


〈こんの、(わらべ)風情(ふぜい)がっ! 燃えて、燃えてっ、燃え尽きよっ!〉


 世界を白く染め上げる光の流星に、それを食らい尽くす漆黒の闇。


 神話大戦そのものといった魔神の魔法のせめぎ合いを見て、避難を続ける帝国臣民は息を飲む。


「光操る蜘蛛の魔神に、闇を操る神の使徒様。まるで神話のようだが、全く逆だ」

「しかしあの蜘蛛の魔神は、何やら使徒様に魔神と叫んでいたような……」

「何でもいい。あんなものに巻き込まれたらおしまいだ。使徒様のゴーレムが魔物を倒してくださったんだ、さっさと離れるぞ!」


 ロウ手製のゴーレムと剣闘士ドランが再集結しつつある魔物を蹴散らし、集団を先導。ロウに治療された冒険者や兵士も魔物撃退に加わり、避難は順調に進んでいた。


 しかし……。


〈ちっ、忌々(いまいま)しい! ……んん? あちらで群がる()どもは……くくっ、そうかそうか。なにも正面から打ち破るだけが戦いではなかったか〉


 魔神からは、逃げられない。


「攻撃がやんだ?──ッ!?」


 上空にいた褐色少年が(いぶか)しんだ直後。光の津波が人々をさらう。


 魔物と交戦していた獣人の剣闘士。

 それを後方から援護していた人間族の兵士。

 彼らに護られ進んでいた避難民たち。


 光を目にした彼らは皆、呆けたままに立ち尽くし──。


「おぉりゃあぁッ!」


「「「!?」」」


 ──(ただ)ちに割って入ったロウのおかげで、辛くも窮地(きゅうち)を回避した。


「し、使徒様!?」「いつの間に……」「この闇は一体……。それにさっき、何か光が見えたような」


「魔神が攻撃してきてんだよ──ッ!」


 八つ当たり気味に声を荒らげ、少年は更なる魔法を展開。


 闇を切り裂き現れた蜘蛛(くも)の脚を、氷の柱で受け止める!


〈あっはははっ! なんだなんだ? 防戦一方になったじゃあないか!〉

「ぐぅッ……」


「ひぃぃぃっ!?」「あ、熱い!? 使徒様、お助けを!」「我らをお守りください!」


 なおも振り下ろされる脚を魔法で退(しりぞ)け続けるロウだが、その攻撃で光を(さえぎ)る闇は晴れていく一方。


 徐々に過熱していく魔神の光は、避難民たちをうっすら(あぶ)り……迫る死の気配に、彼らはたちまち錯乱状態となった。


「馬鹿野郎ッ。使徒様が全力で戦ってるってのに、護られてるだけでガタガタ抜かしてんじゃねえ! 祈りで使徒様にお力添えした方が万倍マシだろうが!」


 そんな中で声を張り上げたのは獣人の剣闘士ドラン。


 何度も死を感じてきた歴戦の戦士故の胆力(たんりょく)。そして、褐色少年への恩義。

 彼の精神は、魔神の魔法でも(くじ)けない。


〈くくくっ。この()に及んで(わめ)き散らすばかりとは、傑作だなあ? 魔神ロウ。後ろを見てみろ、(みにく)く貴様の足を引っ張るばかりじゃあないか。貴様が護ろうとしているものが、何の価値もない塵芥(ちりあくた)という証左よなあっ!〉


「……解釈違いだな、クソッタレ。俺はむしろ、護って良かったと思ったよ。捨てたもんじゃないともな。……追い詰められた中で奮い立って、周囲を鼓舞(こぶ)してあがいてみせて。事あるごとに『逆境の中でこそ英雄が生まれる』って神が言ってた意味、今ようやく実感できたくらいだ」


〈……下らん。英雄なんぞ──(ちり)だろうがっ!〉


 豹変(ひょうへん)したベリアルは攻撃を激化。多脚で薙ぎ払い光で融かし尽くし、ロウを苛烈に攻め立てる!


「そうじゃねえって、言ってんだろうがッ!」


 対する少年も権能を解放。腕を降魔(ごうま)で異形へ変えて、虚無の魔法で迎え撃つ!


「「「……!」」」


 石畳の路面を豆腐(とうふ)のように崩す蜘蛛の脚を、黒き氷柱でせき止めて。

 頭に脚に、無数に埋まる眼球から次々放たれる閃光の嵐を、虚無の闇で食い尽くす。


「おおおぉぉぉッ!」


 光操る山のような黒蜘蛛と、闇操る幼き褐色少年。数秒間の大魔法の応酬(おうしゅう)は、帝国臣民が知る神話のどれよりも激しいせめぎ合いだ。


〈ちぃ……!〉


「す、凄い……」「押してる。使徒様が押してるぞ!」「獣人の言う通りだ。このまま祈りを続けよう!」


 仰け反りぐらりと後退する大蜘蛛に、押し込みにじりと前進する少年。圧倒的体格差の真っ向勝負は、不合理にもロウに軍配(ぐんばい)が上がる。


 半降魔(はんごうま)状態となり力が限りなく高まっていること。そして、背に護るべき存在が確かにあること。


 魔神の力と人の心。二つを(あわ)せ持つロウだからこそ、窮状(きゅうじょう)は力に変換される。生まれついての上位者たるベリアルには理解及ばない現象である。


〈……力を持っただけの小童(こわっぱ)が。魔の頂点たる余を下がらせるだと? 図に乗るのも大概にしろ〉


 その姿にかつての仇敵(きゅうてき)を見たベリアルは、本気となる。


 フジツボだらけの奇怪な外骨格が、脱皮したてのように透明感ある白亜の鎧に生まれ変わり。

 神聖極まる特大光輪を頭上に浮かべ、これが神だと言わんばかりの威光を知らしめて。


〈潰す。格の違いを知るがいい〉


 金の“魔眼”を光輪の中央に開眼させて、眩惑の魔神が真なる力を解放。同時に、溢れた光の中から黒の巨大蜘蛛が大挙する。


「……はッ。やれるもんならやってみろってな」


 魔を全開にした白蜘蛛に、数え切れぬほどの黒蜘蛛たち。それを見るロウは鼻で笑う。


 (ほとばし)紅玉色(こうぎょくいろ)の殺意に、神紅の魔力で少年が応じ──虚無と眩惑、頂点たる魔神たちの殺し合いが始まった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ