9-5 掃討作戦
気落ちしていた美少女を励ますという大任(?)を終え、やっとこさっとこ宿へと戻ってきたものの。
帰還した俺を待ち受けていたのは、瓦礫の山と積み重なる魔物たちの死骸だった。
「ロウ君っ!」
「おふッ」
一体何事かと考える間もなく、栗色が視界を占拠する。体当たりからのホールドで温かな感触を伝えてきたのは、仲間の中では数少ない一般人のヤームルだ。
「もうっ、来るのが遅いですよ!」
「ええと、すみません? この有様は何が……?」
「死神サマエルがやってきたんですよ」
回答したのは胸に埋まる少女ではなく、ソファで寝転ぶ白銀の少女。
台風の目のように被害を免れている無風地帯の主は、休息をとっていた妖精神イルマタル。なんだか宿の客や従業員から崇められているというか、傅かれているが……もう正体を隠していないということか?
「死神が……。ってことは、ウィルムたちが応戦してこうなっちゃった感じですか」
「あの子ではなくヴリトラが、ですね。顕れたサマエルは竜たちに驚きつつ、大人しくしていることを揶揄したのですが……それが竜の逆鱗に触れたようです」
「あー、想像できますね。『これはこれは。頂点たる存在が脆弱なる人の姿で隠れ忍ぶかね。フクク、滑稽極まるじゃあないか。やはりトカゲはトカゲ、物陰に隠れる性ということかね』とか言って」
「ぶっ。ちょっとロウ、見ていたんですか?」
「想像ですって……あいつマジで言ったのかよ」
吹き出したイルマタルの反応的に、本当に言ってのけたらしい。いつでも嫌味しか吐かない奴だな……。
「再現してみせるロウさんも相当な気がしますけれど。それはそれとして、ヤームル? いつまで引っ付いているつもり?」
「へ? あっ、ご、ごめんロウ君」
お話し中も密かに美少女との抱擁を楽しんでいたが、ジト目なエスリウの指摘で終了してしまった。悲しみしかないが状況が状況だ。気持ちを切り替えよう。
「こっちこそ来るのが遅れちゃって申し訳なかったです。話を戻しますけど、ヤームルさん以外の皆は出ていった感じですか?」
「ううん、魔神の子たちやアシエラさんたちは残ってくれてる。魔物がここに押し寄せてきたから防衛してくれてるのよ」
「そういうことでしたか。……セルケトたちはともかく、アシエラさんたちは大丈夫かな」
「問題ないでしょう。あの姉妹もロウの血を飲んだことで、一層強化されたようですから。今の彼女たちであれば、魔界生まれの魔物であっても後れをとらないはずですよ」
「それなら安心……って、俺の血を飲んだこと、イルも知ってたんですね」
「? つい先ほどの、あなたが寝ている間のことですよ?」
魔導国にいる時の話かと思えば、つい先ほどの話だというイルマタル。
つまりこれはアレか、いつの間にやらチューチューされていたということか。
「私が言うことじゃないけど、アシエラさんたちはロウ君の力になりたかったみたい。勝手に血を飲んじゃうのは問題かもしれないけど、今は緊急事態だし。怒らないであげてね?」
「むーん。何事もなかったなら問題なしですけども──」
「──あっ、ロウ君だ。おかえりー」「戻ってきてたんだね」
噂をすれば何とやら、吸血鬼姉妹のご帰還である。
靴や袖が多少血で汚れているものの、傷を負っている様子はない。イルマタルの言うように問題はなかったようだ。
「アシエラさんもアムールさんも、おかえりなさい。魔物と戦ってきたみたいですけど、新しい力はどうでした?」
「えっへっへー。そりゃあもう凄いよ。城壁を簡単に跳び越えられちゃうくらいに身体が軽くて! 家みたいに大きい魔物相手も、血の腕でどーんと吹き飛ばせたし!」
「ちょっと待って。ロウ君、力について聞くってことは、もしかして……」
「俺の血を飲んだって聞きましたね。身体に異変はないですか?」
「無い、かな。事後報告で申し訳ないけど、勝手に飲んじゃってごめんね」
「そうだった。ロウ君ごめーん!」
調子のいい報告から一変し、慌てふためき頭を下げるアムール。俺の十倍近くの時を生きる彼女だが、こういうところは幼い外見同様に可愛らしい。
「また鼻の下を伸ばして……。ロウさんって本っ当っに節操がないですよね」
「まあロウ君だし。というか、エスリウさんこそなんだか距離が近くないですか?」
じっとりとしたヤームルの視線の向かう先は、俺の頭の少し上。背後で仁王立ちしているエスリウである。髪が触れ合うほどの距離は、相棒たる黒刀からも文句が飛んできそうな近さだ。
黒刀といえば、曲刀たちの念話が随分と途絶えているけど……大丈夫だろうか。憑依で消耗し過ぎたのか?
(俺もギルタブも意識はあるぞ。回復に専念して念話を極力控えているだけだ。ギルタブは色々と言いたいことがあったみたいだったがな、ククク)
心配しているとそんな念話を受信した。
魔力が神紅となり、俺の力は飛躍的に高まったが……やはりまだ曲刀たちは馴染めていないようだ。魔神たちとの戦う際にはこの点を留意しておかなければ、足下をすくわれかねん。
(足下て、ごく自然に格下扱いか。なんともお前さんらしい……ふぅ。悪い、もう少し休む)
再びサルガスが物言わぬ曲刀となったところで一息吐き、頭を整理。ガールズトークで逸れに逸れる話題を戻すべく、口火を切る。
「ヤームルさんの言葉じゃないですけど、今は緊急事態ですから。謝ってもらうことじゃないですよ。むしろ、都市のために戦ってくれてありがとうございます」
「あはっ。それをロウ君が言うのも変な感じがするね」
「よかった。実は結構ひやひやしてたんだ。ロウ君って怒ると怖いし、今もピリピリしてるみたいだから」
「……相手が相手ですからね。街を壊し人を殺し、魔界を地上に顕現させる……これだけ暴れておいて、許すなんてあり得ないです」
魔神の盗伐も、本を正せば神からの依頼。俺自身は何の恨みも持っていなかったが……今は違う。
バアル、サマエル、アノフェレス。人の世を荒らし人の営みを踏みにじるこいつらに、かけてやる情けはない。
必ず息の根を止める。
「周辺の掃除完了っと──ん。お兄ちゃん、戻ってきてたんだ? どうしたの、そんな怖い顔して」
「ちょっとな。おかえりフォカロル、それにセルケトたちも」
辺りの魔物を全滅させたらしく、出払っていた仲間も集合した。
竜たちばかりにやらせるわけにもいかない。こちらも動くことにしよう。
◇◆◇◆
「それじゃあお前ら、しっかり守ってくれよ。無理そうな相手が来たらイルに任せる感じで」
[[[──]]]
夜も更けてきた出発前。
俺の言葉にブンブンと頷くのはカラフルな我が子たち、もとい魔神の眷属。次女シアンを除く三人だ。シアンはニグラスのサポートを行なうため、既にニグラスに引っ付いて回っている。
「……あなたの魔力で強化されたこの子たち、相当なものですよ。今のこの子たちで手に余るなら、消耗しているわたしではどうすることもできないでしょう」
「そこはほら、女神様じゃないですか。神の底力でなんとかしてくださいよ。なんか正体を明かして避難してる人たちに崇められてるみたいですし、祈り力に変えてー、みたいな」
「少数の祈りではさほど力は得られませんよ。想いは重なってこそ大きな力へ変わるもの。半端なものでは最上位の存在となったあなたの眷属たちに及ぶべくもありません」
神紅の魔力への適合が遅れている曲刀たちと異なり、俺の眷属たちはすぐに魔力へ順応した。今や彼らの力はひと月ほど前の俺と同等。魔神級である。
そこまで力を付けておきながら未だに喋れないというのも、何ともちぐはぐな気がするが……。生まれたばかりの子供たちと考えればそうおかしくもないか?
「ロウ君、あんまり無茶しないでね。エスリウさん、ロウ君のことしっかりお願いします」
「大丈夫よ、ヤームル。ロウさんはあなたが考えているよりずっと強くて、ずっと恐ろしい魔神ですから」
「その安心のさせ方どうなんですかね……」
居残りは転生者の少女、ヤームルも同様だ。
騎士や冒険者と比べても十分以上に強い彼女だが、如何せん相手が魔神とその眷属。お留守番もやむなしである。
「確認です。今から行うのは?」
「人命救助!」「と、魔物の掃討……だよね?」
元気よく答えるアムールに、自信なさげに答えるアシエラ。二人に頷きを返し、今度は我が妹へ問いかける。
「活動の際、人から目撃された時の言い訳は?」
「高名な冒険者アシエラの弟子でーす。詳細は冒険者組合にお訊ねくださーい」
「よろしい。では、行動中にイレギュラーな存在……大英雄と出会ってしまったら?」
「腹が立つけど、まず逃走。そしてお兄ちゃんたちに連絡して、可能な限り味方と合流する」
「我慢させちゃって悪いけど、あいつは古き竜よりも強いかもしれない。戦闘は極力避けてくれ」
黒のツインテールを弄りながら不満顔となる褐色美少女を宥め、残る面子に質問を投げる。
「それでは最後。大英雄であれば逃げますが、相手が上位魔神だった時は?」
「問答抜きで叩き潰す」「だが、勝てそうになければ無理せず撤退。だろう?」
「よくできました。倒せるなら倒す、倒せないなら後回し。優先すべきは魔物の掃討だ。持ち場周辺の掃討と救助が終わったら、連絡を取りつつ中心に向かう感じで」
「魔神がついでの扱いですか……」「うふふっ。頼もしい作戦ですね」
即答したセルケトとネイトに首肯して、予め振り分けていたチームにわかれる。なんだか引かれたような気もするが無視だ無視。
基本は二人一組。念話での連絡も取れないといけないので──。
・フォカロル・セルケトの魔神ガールズ組。
・エスリウ・ニグラス+シアンの色っぽいレディ組。
・ネイト・アシエラ・アムールの黒髪三人娘組。
・遊撃組の俺。
──このような振り分けとなった。
どこかの組に混ざろうかと思ったが、俺には結界内で唯一空間魔法を使えるというアドバンテージがある。単独行動が最適なのだ。
全員を空間魔法で送り出す、という役割も考えたが……今この都市は魔の巣窟。空間魔法の点での移動より、足で移動しながら魔物を潰していく方が効率的だろう。
「セルケトと一緒か。私速いけど、大丈夫? ついてこれる?」
「ふっ。造作もなかろうよ」
「ネイトちゃん、よろしく~。頼りにしてるよっ」
「ああ、任せておけ。戦いはアタシが主にやるが、人とのやり取りはお前たちに任せる」
等々、盛り上がりを見せる面々。
正直言って魔神ガールズが大暴れしないか心配だが、俺以外でフォカロルの手綱を握れそうなのはセルケトだけ。致し方なし、だ。
「フォカロルさんは習得していますし、ワタクシも念話は可能ですけれど。ネイトさんは念話を行えるのですか?」
「いえ、できないはずです。なので、念話を行える要員を渡しておきます。ネイト、相棒を貸すから大切に扱ってくれよ?」
「ん、なるほど。サルガスならば問題はないか」
「? その曲刀が魔道具を兼ねている、ということでしょうか?」
「ああ、エスリウは知らないんでしたっけ……サルガス、人化お願いできるか?」
「先に説明しておいて欲しかったぞ、全く」
ぶつくさ言いつつイケメン光臨。文句を垂れながらも人化してくれるあたり、やはりいい奴である。
「っ!?」
「とまあ詳細は省きますが、この人は念話が可能で意志を持っている武器となります。サルガス、ありがとな」
(ああ。後はネイトの魔力をもらって回復に専念させてもらおう)
役目が終わると途端に曲刀へ戻り、そんな念話をよこす銀刀氏。若干不機嫌なのは俺の魔力が食べられないからだろうか?
「──これを機に、私も自己紹介しておきますか」
「うおッ」「二人目っ!?」
曲刀たちって意外とグルメだよな──などと考えていると、今度は黒刀が人化顕現した。
「いきなりどうしたんだよ。消耗してるんだろ? 休んどけって」
「丁度よい機会ですからね。さて、私はギルタブ。ロウとなが~い付き合いのある、一番の相棒です。お見知りおきを、エスリウ」
「……どうも、初めまして──あっ」
呆気に取られていた少女が挨拶を返す間もなく曲刀へ戻り、俺の腰へと帰ってくる黒刀さん。一方的に自己紹介したかっただけらしい。
「おぉ~。ギルタブさん、一番の相棒とは強力な宣言だね!」
「あの武器のことはどうでもいいかな。それよりお兄ちゃん、なんかエスリウと親しげじゃない? 名前呼び捨ててさ」
「ふむ。その点は我も気にかかったな。常であれば『エスリウ様』と呼んでいたはずであるが」
「えッ。君らそこ気付くの?」「あらあら。ロウさん、どうしましょう?」
「気づかないと思っていたのか。流石はロウだ。機微に疎い」
などと、和気あいあいとしていると──。
「「「!」」」
──寒空が震えて大地が揺れる。
震源と思わしき方角を見やれば、遠方にあってなお輝く金の魔力。朝焼けの空を太陽のように染め上げたのはヴリトラかエレボスか、いずれかが魔力を発したものだろう。
「派手にやり始めたか……こっちも急ぎましょう。それじゃあ掃討作戦、開始します!」
無言で頷いた面々を見送り、こちらも空間魔法で上空に移動。
魔物狩りの朝、始まりだ。