2-6 真っ向粉砕
昼下がりの危険地帯。
森林地帯を抜け、ところどころ岩肌が露出した地面を滑るように走る。
木々は疎らであり、身を隠せるような遮蔽物も多くない。姿を隠して機を窺うようなことは難しいだろう。例の魔物には接敵し次第、致死の一撃を見舞わねばなるまい。
「……ん」
一撃で仕留められなかった場合を想定し周囲を分析していると、あちらこちらに壊れた剣や槍、防具などが散乱していることに気が付く。
……もしかすると、ここはあの魔物の狩場なのかもしれない。
そんな考えがよぎり異形の魔物を見れば、開けた場の中央でこちらに背を向け、立ち止まっていた。
(罠っぽいな。これで相手が知恵を持つことはほぼ確定か。気を付けろよ、ロウ)
(本能のままに戦う魔物とは根本が異なります。慎重な行動を心掛けて下さいね)
曲刀二人の忠告に頷き、荷物を置いて臨戦状態へ移行。
「……」
ギルタブによる居合の間合いまであと数十メートル。
盗賊として鍛えた無音歩行にて距離を縮める。
「…………」
更に接近を続け魔物との距離、五メートルほど──必殺の間合い。
「……!?」
そこまで接近したところで奴の動きに変化あり。散らばる武具残骸の中から、冒険者と見られる遺骸を拾い上げたのだ。
一体何を──と思った瞬間、魔物が冒険者を投げよこす!?
「ッ!」
「カカカッ」
こちらへ投げたということは、こそこそ動いていたのがバレていたということ。
投げると同時に距離を詰めるのは、死体を使って反応を見ようってところだろうか。
避けるか攻めるか動じるか。いずれにしても、奴の思い描いた通りだろう。
これが知恵ある魔物。クソッタレだな。
「馬鹿が──思い通りになるかよ!」
槍のように長細い五本腕が迫る寸前──中指を突き立て魔法を構築。
石柱を地面から突き上げ、クソッタレの顎を打ち抜く!
「ゴゲッ……」
「確保ォ──っと! タフだな、おい」
鈍い音が響いた隙に宙を舞った冒険者を抱き留め、魔物を一瞥すれば──相手は既に攻撃態勢。手刀と尾撃が飛んできた。
オーク程度なら脳みそぶち撒ける威力の魔法だが、この魔物では昏倒すらさせられないらしい。
「見積もりが甘すぎたか。やんなっちゃうね、全く」
回避した後距離を取り、遺体を横たえ黒刀抜刀。続く猛攻と向かい合う!
「グオォォッ!」
「おぉぉッ!」
五本腕の貫き手に手刀、槍のような尾部での薙ぎに刺突。
空気が震え擦過した箇所が焦げ付くほどの猛撃は、受けた瞬間一気に潰されてしまうほどの密度と圧力。いなして躱してやり過ごすしかない。
(冷静に分析してるところ悪いが、どうすんだ? 手詰まりってことだろそれ)
「ハッ。手が詰まったら足を使えばいいんだよッ!」
屁理屈をこねて魔力を込めた震脚一発ッ。
震動と共に伝播した魔力が周囲の地面を一気に隆起。
土壁となったそれらがぞわりとうねり、四方八方より異形の魔物へと降りかかる!
「カアァッ!」
どっこい、異形の魔物は五秒で突破。土壁なんぞなんぼのもんじゃいと体当たりで破壊した。
「知ってた。けど、これならどうだ?」
さりとて、こちらもそれは想定済み。
相手の罠を突破した──そう思った瞬間こそが、己の最たる隙となるのだ。
先の魔法は所詮その隙を作りだすための布石でしかない。知恵ある魔物ともなれば、この手の罠はかえって嵌りやすかろう。
という訳でサクッと魔法を発動。
竜の大魔法すら凌いだ氷の城塞でもって、異形の魔物を封じ込める!
「ギ──ッ!?」
奴を中心として生まれた氷は伸びて膨らみ牢獄と化す。
完成したるは家屋三戸分ほどの特大氷塊。件の魔物を完璧に閉じ込めている。勝利と見て間違いないだろう。
「ふぅ。上手くいったか」
(お見事です、ロウ)
(行き当たりばったりかと思ったが。お前さん、意外に策士だったんだな……)
倒せたかどうかは不明だが、とりあえずのところ危難は去った。ミッションコンプリートであろう。
「どんなもんよーってな。……とりあえず、冒険者の死体埋めていくか」
どや顔を決めつつ投げつけられた遺体や散乱していた遺骸を集め、身分の証明になりそうなものを回収。回収後は魔法で掘った穴へ埋めていく。
並行して周囲も物色。散乱している武具の中で使えそうなものを探していった。
「──むむむ、全部ボロッボロだな……」
盗賊心をうずかせながら物色したものの、骨折り損で終わってしまう。
どれもこれも損傷が激しいため、価値が残っていそうな品は無かったのだ。あの魔物を相手にすれば当然とも言えるが。
(私と打ち合えるほどの肉体でしたからね。人の武具では砕けて当然なのです)
(ククッ、良かったな? ギルタブ。当分はロウ浮気はなさそうだぞ)
「浮気て。そもそも武器が残ってたって、売却用だよ。君らの代わりに使おうなんて──」
──思ってない、と言いかけた寸前。
重く不快な音が、森の中を木霊した。
◇◆◇◆
めぎり、と。
硬質な金属を力ずくで捩じ切ったかのような、不愉快極まる破砕音。
音の所在は大氷塊。音の奏者は異形の魔物。
腕と脚とを目一杯広げて氷を割り開く様は、魔というに相応しい邪悪さだ。
「マジ、かッ!」
氷塊が開き切る前に黒刀居合で斬り上げ一閃。おっぴろげられた股を真っ二つに──できない。
(硬い……っ!)
黒刀から伸びた魔力の刃は、外骨格を有する前肢に阻まれ斬撃失敗。傷一つ見当たらないその前肢は、その尋常ならざる硬度を物語る。
居合一閃を捌いた魔物は跳び上がって間合いを取った。仕切り直しの振り出しだ。
「グァガガガッ!」
「げぇ。歯がビッシリだな。マジで色々な生物が混ざってやがる」
(醜怪極まる姿なのです……)
不気味に笑う魔物の口内には、鋭い歯が上顎下顎に所狭しと立ち並ぶ。大小様々犬歯臼歯と入り乱れるそれには、およそ生き物としての整合性を感じない。
視覚的な不気味さばかりか、立ち込める臭気も凄まじい。
強烈な臭いを感じ取った俺の舌が勝手に味を再現し、口内に酸味、苦味、塩味が溢れかえるほどだ。
ぶっちゃけ吐きそう。
──そうやってこみ上げる嘔吐感と格闘していたため、見逃してしまった。魔物の口内で蠢く、凶悪な武器を。
(──ッ!? ロウ! 避けろ!)
「!?」
サルガスの切羽詰まった警告に辛うじて身体が反応し、人体における要所を腕と黒刀で固めたところで──正体不明の横薙ぎ一閃!?
「──い゛づッ!?」
(ロウっ!?)
横薙ぎを黒刀で受けた、そう思った瞬間に背中からの衝撃、熱。
気が付いたときには、ぶち転がされていた。
「いってェッ! なにが……!?」
転がった拍子に口に入った土を吐き捨て立ち上がれば、魔物はすでに眼前。当然のように腕脚尾っぽの猛攻が迫る!
「ちッ、なんだって、んん!?」
槍の如き腕部に鈍器のような脚部、馬上槍にも似る尻尾。それらを黒刀で弾いてようやく、魔物が持つ第四の武器を拝むことができた。
「舌か……!」
耳元まで裂けた口からだらりと下がる異形の舌。両側面に鋸刃のような牙が並ぶ鞭の如き歯舌。
間合いを無視した一撃を可能としたのは、奇怪極まる魔物の舌だったのだ。
(なんて歪な……!)
多腕による間断なき連続攻撃、多脚による生物とは思えぬ高速旋回、俊足移動。その上に、黒刀と打ち合えるほどの防御力と魔法すら凌ぎきる耐久力。加えて異様なこの歯舌。
「……」
正直なところ、まるで隙が見当たらない。
しからば、如何にするか?
答え: 真正面からぶちのめすッ!
黒刀納刀、魔力全力解放。身体強化、全ッ開ッ!
「おおぉぉぉッ!」
「グゥォォッ!?」
人外たる俺の本気の魔力の解放は、爆発の衝撃波と何ら変わりない。だまし討ちの一回限定だが、その一回だけは確実に怯む。
「ぶちッのめすッ!」
刹那で彼我の間合いを踏破。そこから更に、大地が爆ぜるほど強烈に踏み込む。
仰け反る魔物めがけて繰り出すは、踏み出した足の着地と同時に打ち出す、渾身の中段突き──八極拳金剛八式・衝捶ッ!
「どっせいッ!」
「グゥゲェェッ!?」
分厚い筋肉の壁を突き破り、内臓を蹂躙する感覚が伝う──やいなや拳を引き抜き、連撃開始ッ。
「哈ッ、䠞ッ、呀啊ァッ!」
逆手で掌底ッ! 前蹴り追加ァ! 締めにラリアットじみた横打をぶちかますッ!
「グ、ゴゥッ……」
しこたまぶち込んでやった連続攻撃は、八極拳六大開“捅”・猛虎硬爬山。人体破壊の粋をつぎ込んだ、八極拳の深奥である。
全力全開の極限連撃により怯んだ奴は、既に死に体。
今ならば、きっと斬れるだろう。
(お任せくださいっ!)
頼もしき念話に頷き黒刀抜刀。
「れぇぇいッ!」
斬れるもんなら斬ってみろと差し出される前肢を、根元から切っ先まで存分に使い切り、切断。勢いそのまま振り抜く過程で更に一本斬り捨てる。
計三本を切り捨て思うは、抜き胴一本ッ!
「ググゥッ!?」
「このままバラしてやんよ──!」
解体ショーの始まりだ──と思いきや、硬質な尾部で返す刃が弾かれた。
そういえばあったねと感心していると、魔物は残る脚を生かして器用に後方退却。態勢の立て直しを図る。
「させるか──どわッ!?」
「カッ!」
追撃すべく踏み込む寸前、魔物の頭部が溜めを作っていることに気が付きやにわに回避!──瞬間、縦一閃が地を抉る。
(追撃もきますっ!)
そこから魔物は舌技繚乱。
歌舞伎舞踊の狂乱物にも似た動きから、破滅の嵐が吹き荒れる。
その奇天烈な攻撃はしなるが故に防御は不可能。つまりは回避あるのみ!
「グォォォオオオッ!」
「ハッ! ご自慢の舌も! 当たらなきゃどうってこと、ねえなァ!」
足元で炸裂する一撃目──真上に跳び上がってふわりと回避。
跳んだはしから迫る二撃目──魔法で足場を創って跳躍離脱。
距離を取っての三撃目──。
「狙いが分かれば読みやすいってなッ!」
──薙ぎ払いの横一閃を、こちらの縦一閃にて一刀両断。
赤黒い血が吹き上がり、魔物の叫びが木々を揺らす。
「オオォォォーン……」
舌を断たれた魔物は堪らず後退。
そこを逃す俺ではない! 開いた間合いを疾風の如く──。
「カァッ!」
──詰めようとした矢先、魔物の短い呼気。
二対の腕を打ち合わせ、祈るような所作。
更に、高まるかの魔力。
何かがくるッ!?
直後、魔物は上半身から倒れ込み、腕を叩きつけながら土下座のようなポージング。
物凄くシュールで爆笑したいが、膨大な魔力の奔流がそれを許さない。きたッ!
((!?))
突如、轟音と共に大地から姿を現す石の尖塔──その数、百本以上。
大地の至る所から突き出した先端が、俺を串刺しにせんと一点に押し寄せるッ!
「上ッ等ッだッ!」
その体を貫かんと迫りくる尖塔をッ、黒刀を振るって斬り飛ばしッ、固めた拳で殴り砕きッ、足刀でもって叩き折るッ!
「──ラァッ!」
最後に迫った尖塔を踏み砕き、呼吸荒く異形の魔物を探す。
……が、気配無し。敵ながら見事な引き際だ。
魔法という奥の手を最後まで見せなかったのも、戦い慣れているかのような印象を受ける。力任せ一辺倒のこちらとは大違いだな……。
「あ゛あ゛あ゛~……死ぬかと思った。知恵ある魔物がこうも厄介とはな~。正直舐めてたわ。全力戦闘は凄くいい経験になったし、挑んだこと自体は後悔してないけど」
魔物の圧力が消えたことで全開だった闘争本能が機能を停止すると、今更ながら身体がブルブルと震えだし、ついでに背中の傷もジクジクと痛み出す。
(……お前さんの底、正直さっぱり見えん)
(ふふふ。流石はロウ。私の主に相応しい強さ美しさなのです)
「ガハハハ。もっと褒めてくれ~……っと、いてて。まずは傷の消毒かな……」
馬鹿話を切り上げ行動開始。未知なる感染症を防ぐべく、魔法で水球を浮かべ背中の傷を洗浄する。
ズキズキと痛みが増すが、耐えられないほどではない。転生時に地獄のような激痛を味わったからだろうか?
曲刀たちに背中の傷を見てもらったところ、中々酷いことになっているようだ。あの悍ましい鋸刃なら当然とも言える。痕が残ったら嫌だなあ……。
消毒を終えた後は手持ちの傷薬を使い、清潔な布を当てる。これで応急処置も完了だ。
そうして手当が済めばお待ちかね。素材物色タイムである。斬り落とした舌や脚をしげしげと眺める。
「う~ん。これをムスターファさんに渡したら、何かまた騒ぎになりそうな気もするな」
(なるだろうな。あんな魔物はハダルの知識にさえない。それ以前に、アレは強すぎる)
(そうですね。ロウ自身の強さを測る指標には良い相手でしたが)
あの魔物相手だと、アルベルトたちのパーティーでも蹂躙される他ないだろう。そもそもの身体能力が違い過ぎて戦いが成立し得ないのだ。全滅は必至、逃げ果せたら御の字だ。
「といっても、持ってたままでも仕方が無いしな。立ち入り禁止ってだけで禁猟区なわけじゃないし、金になるか分からんが、渡すか」
あの凶悪な舌なんかは防腐処理さえすれば、そのまま武器にしても十分使えそうだ。
とにもかくにも本格的な傷の治療だと予定を立て、手早くその場をおさらば。
ちなみに、帰りは空間魔法の透明化は無しである。移動に関しては気配と音を消せば十分だと気付いたからだ。虚しい。