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異世界を中国拳法でぶん殴る!  作者: 犬童 貞之助
第九章 魔神と人と
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9-3 竜の試練

 こちらが駆けると全く同時、対するあちらも神速疾走。音の壁を何重にも打ち破ったエレボスを、同速度で踏み込む俺の掌底が迎え撃つ!


「「!」」


 轟音、激震。


 つま先まで(しび)れる衝撃に、(ずい)まで響く衝突音。互いに回避抜きの全力攻撃。ものの見事に相打ちだ。


 俺の掌打は仮面に直撃。


 つるりと(つや)めくエレボスの表面が、我が手の平付け根を起点に亀裂を刻む。


 一方あちらは深淵を纏った竜の手刀を一閃。


 ()しくも急所狙いで被ったらしく、黒い軌跡を描く爪の向かう先は我が頸部(けいぶ)


 竜の一撃ともなれば、その威力は語るべくもない。

 そして回避なんぞしていなかった俺に、避けられるはずもなし。


 つまるところ、我が頭部は宇宙空間遊泳中である。


((──ロウっッ!?))


 曲刀たちの悲痛な叫びが脳に響いた、ところで──血飛沫(ちしぶき)上げる胴体を魔力で操作。


 顔面を(したた)か打たれ(ひる)むエレボスへ、遠隔式(えんかくしき)八極拳(はっきょくけん)を叩き込むッ!


「ぬッ、ぐッ!?」


 掌打から勢いを殺さぬ全身ぶちかましに、そこから流れるように打ち上げる裏拳殴打。


 止めに()い合わせて巨大化させた触腕でもって、打ち上がった深淵竜を宇宙の彼方へぶっ飛ばすッ!


(なっ……)

(……追撃したのか。頭ふっ飛ばされてたのに。お前さん、本当どうなってるんだよ)


「単なる(だま)し討ちだけどなー。頭がないんじゃ発勁(はっけい)も出来んし、遠隔操作はズレが出るし。切り札ってより一発芸だぞ、これ」


 伸ばした触腕で空飛ぶ頭部を回収し、回復魔法でサクッと結合。


 組み立て式褐色少年、あっという間の完成である。角が生えてたり尻尾が生えてたりするけども。


「フ……フフフ。そうか、汝の権能は“虚無”であったな。首が飛ぼうが臓器が潰れようが、己の死さえも曖昧(あいまい)とする“虚無”であれば恐れるに足らんということか」


 阿呆な事を考えていれば、くつくつと笑うエレボスが無音の内に舞い戻る。


 全力でぶん殴ってやったのにこの余裕。まるで(こた)えていないらしい。


「権能、関係あるんですかね? 魔神って大体こういうものかと思ってたんですけど」

「殺しても死なぬ(やから)ばかりであるが……我が爪で裂いてなお滅びぬとなれば、それは単なる生命力では通らぬ道理。権能が関係しているとみて(しか)るべきであろうよ」


 ということらしい。


 言われてみれば、俺の再生劇は竜にも神にも驚かれてばかりだ。彼らにとっても常識外れだったことは自明だったか。


「だが……死なぬならば、むしろ好都合というものだ」


 虹色の魔力に殺意を乗せたエレボスが、闇色の外套(がいとう)をはためかせれば──彼方の星々が輝き(またた)く!


「さあ──続けようぞッ!」

「ッ!」


 光を(ひず)ませ空を蹴り、漆黒の竜が全速突貫。当然こちらも全力応戦!


「オオオォォォッ!」


 深淵を纏い空間を割る、竜が放つ極限の手刀──虚無を纏い曖昧となった、両の(かいな)でゆるりと逸らす。


()ァッ!」


 逸らしざまに真っ直ぐ放つ、全てを込めた中段突き──闇色の外套がふわりと(さえぎ)り、突き込んだ腕を飲み込み食らう。


「……!」


 絶好の機を狙ったというのに、この対応力。


 間違いない。俺の技は、既に多くが見切られている。


 食われた腕を(かば)って間合いを取れば──即座に放たれる足刀追撃、竜爪連撃。


 刹那で急所に迫るそれらを、背から生える触腕でもって捌いて応じて受け流す!


「うッ、おッりゃぁぁああッ!」

「捌くか。そうでなくては!」


 砕けた仮面の下に笑みを作り、エレボスの攻め手は加速する。


 空間をも切り裂いていた竜の手刀は、もはや光と言って相違(そうい)ない速度に変化して。


 天を震わせていた竜の足刀は、星の爆発を思わせる激烈なる衝撃波を撒き散らす。


 正に理外。道理から外れた、この世の頂点たるを証明する力だ。


 されども──その理外の力であっても、今の俺は対応できる。


「おおおぉぉぉッ!」


 尋常ならざる光速手刀は、魔力の流れと関節の動きから軌道を予測。虚無を纏いし肘や拳で受けて潰す。


 (ことわり)を超えた必殺足刀には、あえて前蹴りで真っ向応戦。魔神の力と(つちか)った大陸拳法の技術でもって、竜なる蹴りを勢いづく前に捻じ伏せる。


 琥珀竜(こはくりゅう)に海魔竜。あいつらと対峙して防戦一方だった頃とは、もう違う。


 真正面から応じきってぶっ潰すッ!


「うるぅぁぁああッ!」


 神紅(しんく)の魔力を虚無へと変えて、片腕のまま放つ居合一閃──光速手刀と衝突相殺。


 ぶつかり合う銀の曲刀と黒き手甲が、宇宙の夜空を火花で(いろど)る。


「フッ!」


 そうして銀と黒とが交わったのも束の間──ゆらりと刃を逸らしたエレボスが、超至近距離から拳を乱打。


 対するこちらもやれるもんならやってみろと、無数の触腕で殴り合う!


「お、んッ、どぉりゃぁああッ!」


 虚無の拳が深淵の鎧を砕き、(ひづめ)ある前蹴りが竜の麟を打ち貫いて。


「フッ、ハハハッ!」


 闇色の爪が漆黒の触腕を斬って捨て、竜の拳が俺の胴にめり込み突き刺さる。


「「ぐっはあ……」」


 数秒間の天震える乱打戦の結果は、またも相打ち。


 だが……。


(無茶し過ぎだ……って、ロウお前、身体が……!?)


 血反吐を吐き捨て再生を試みるも……身体を(むしば)む不気味な闇が、こちらの魔法を阻害する。


「……本来であれば、この空間を展開してから一呼吸の間に闇へと帰すものなのだがな。よくぞもったというところだが……我が“深淵”に触れたならば、もはや再生することは叶わぬぞ」


 相手はこの世の頂点。真っ向から殴り合い、ただで済もうはずがなかった。


 それに加えて──。


(ぐぅっ……)


 ──俺に憑依(ひょうい)しているギルタブも、既に大きく消耗してしまっている。


 闇は俺だけでなく彼女にも影響しているようだ。変質した俺の魔力に適応しきれず、負荷となっている側面も否めない。長期戦はおろか、短期決戦すら危ういのが現状だ。


 サルガスへ憑依交代と行きたいところだが、相手が相手。隙を見つけるのは至難である。


 強まるエレボスの圧力を前に、脂汗がじわりと滲む。


 この状況……如何(いか)にするべきか。


 差し込んでいた光明がかげっていくような、ゆっくりとした焦りを感じた──その刹那。


「待たせた」


 深淵と同色の温かい闇が、俺を包んで飲み込んだ。


◇◆◇◆


「!」「うおッ!?」


 真っ暗闇の中最初に感じたのは人肌のような(ぬく)もり。


 次いで、(むしば)んでいた侵食が取り除かれていく気配。


 直前に落ち着いた女性の声を聞いたような気がするし、ニグラスが治療してくれたようだ。いきなり闇に飲まれた時は何事かと思ったが。


 一人納得するうちに闇が晴れ、星空宇宙と白髪美女が出迎える。


 サルビアが憑依したままなのか、いつもはショートな白髪はセミロング。心なしか体つきもより女性らしくなっているような気がするし、ミステリアスな雰囲気が一層強まっているように感じる。


「ロウ、無事か?」

「なんとか。エレボスさんの権能を消すって、凄いなお前」


「エレボスとは魔力の質が近いし、お前の魔力と眷属が持つ“虚無”の性質も利用している。魔力を曖昧とすることで“深淵”を操れるようにしているのさ」

「分かるような分からんような話だ」


 解説を聞きながら黒刀憑依を解除し、今度は銀刀憑依へ移行。


 そのタイミングで、黙ってこちらの動向を見ていたエレボスが口を開く。


「我が深淵を取り除く“闇”、か。豊穣神の域に至っていただけはある」

「うん? ……根源たる存在に認められるというのも、存外心地の良いものだ。……だが深淵竜。汝を唸らせたということは、既に実力を十分示せたということではないか?」


 ニグラスの指摘を受け、仮面からのぞく片眉をあげてみせるエレボス。


 そういえば、この戦いは腕試しという(てい)だったか。エレボスさんの殺意が全開すぎて忘れていたぜ。


嬉々(きき)として応じてたお前さんが言うか?)


 とかいう冷静な突っ込みは聞こえない。


「ふむ。確かになるほど、汝らが実力を十二分に備えていることは示されたか」

「と、いうことは……?」


「なれば──これより先は、我が真なる姿をもって力の底を見通そう】

「ですよねー」


 流石竜属、こちらの期待を裏切らない。出来れば裏切ってほしかったのに。


「おわッ」「くう!?」


 虹の爆発を伴い星空空間に生まれいずるは、闇に溶け込むような漆黒の巨竜。


 大翼は夜空そのもののように巨大。尾部は彼方の星雲のように雄大。そして頭部には、凶星(きょうせい)の輝きを宿すガーネットの単眼が堂々と鎮座する。


 赤と黒。鋭く(かく)ばる各パーツ。個々別々の姿を取るのが竜属だが……彼の姿は、今まで見てきたどれよりも禍々(まがまが)しい。


 というか、火山平原で見た時と姿が違う気がするんですが?


「以前よりもなお増した覇者の気配……あの海魔竜がみせた、“覇竜”というやつか?」


【フッ。本領を発するという意味では同様だが……我ら古き竜は力のあり方がそれぞれ異なる】


 “闇”を(つかさど)る深淵竜であれば、広がり蝕む闇の如く黒く鋭き形状に。


 “渇き”を司る琥珀竜であれば、全てを等しく渇きへ(いざな)う光輪背負う御姿(みすかた)へ。


 魔神の降魔(ごうま)がそうであるように、古き竜も真なる姿は権能を色濃く反映したものとなる──そう(のたま)うエレボス。


【レヴィアタンの“覇竜”、ヴリトラの“竜神”。ティアマトの“竜帝”に、我が形態“始竜”。我ら古き竜の二柱と戦った汝ならば理解できよう? その力の規模というものが】

「そりゃあもう。普段の状態でもでたらめなのに、本気の本気は大陸が沈むんじゃないかと思いましたよ」


 実際、戦いの余波だけで世界各地は大混乱となった。


 異常気象に魔物の活性化。不作となる作物、その煽りで不安定となる人々の生活……。ただ戦うだけで、遥か遠方にまで影響をばら撒いてしまうのがこの世の頂点、古き竜だ。


【その我らと同等以上にあったのが、かつて大陸を平定した大英雄ユウスケ。かの存在が力十全のまま復活し、魔神に(くみ)しているならば……】

「エレボスさんの本気をどうにかできなければ話にならない、と」


(しか)り。フフッ、やる気が出たか? 魔神ロウ】


 巨大な単眼をぎょろりと動かし愉快気に語る深淵竜。


 その論理は一見、道理が通っているようにも思えるが。


「なんだかんだ言って、全力で戦いたくなっただけですよね?」

【ハハハッ。言ってくれる。されども、否とは言えんな】


 直球を投げ込んでみれば案の定である。良識のある落ち着いた人(竜)だと思っていたのに、結局のところ彼も竜属そのものだった。


【もはやことは単純だ。ぶつかり合い、超えてみせよ──『深淵星辰(しんえんせいしん)』!】


 エレボスが大翼を広げれば、星空の輝きが一層強まり──爆発。


 天地全てが光で溢れ、そこかしこから隕石が飛んでくる!?


「ぬわぁぁぁあッ!?」


 家屋程度の小隕石から巨竜の十倍はあろうかという巨大隕石まで。でたらめな数で押し寄せる流星群は、咄嗟に張った俺の空間魔法をぶち抜いて──。


「私が請け負おう」

「!?」


 ──闇の触手に打ちのめされ、抉り取られて消滅した。


 何事だと顔をあげれば、巨大な闇の球体を幾つも浮かべて俺を抱き寄せる美女の姿。


 球体から無数に生え出る触手を操り、次々隕石を削り呑み込み叩き落していくニグラス。さながら、オーケストラの指揮者の如きだ。俺を抱き寄せたまんまだけども。


「……さっきの隕石、俺の空間魔法突き破るくらいの魔法だったんだけど。魔法の扱いは俺以上だな」


「深淵竜の“闇”とお前の“虚無”。私の魔法はどちらも宿す。故に生半(なまなか)な攻撃では私の護りを貫けないのさ。……だが、あれは流石に難しそうだ」

「げッ」


 心音さえも聞こえる距離にどぎまぎとする間もなく──視界を(おお)い尽くす、超特大な隕石。隕石とは言うが、もはや空そのものが落ちてきているかのようだ。


「でけえ……でかすぎる。空間魔法は……貫通するか。でも避けようにも、あの大きさじゃ……」


「ふふ、らしくもなく狼狽(うろた)える。海魔竜の息吹を防ぎ、その鱗を貫いてみせた魔神とは思えないな」

「む。『空即是色(くうそくぜしき)』を使えってことか? 確かにあれなら、穴くらいはあけられるかもしれんけど」

「お前だけに任せるわけではないさ。言ったろう? 私は“闇”も“虚無”も受け継いだと」


 言いつつ、ニグラスは手の平に闇の球体を構築させる。


 光で満ち溢れる今この状況にあって、生まれた闇は正に黒点。一切光を反射せず、全てを飲み込み渦巻くばかりだ。


「この闇は虚無の性質を濃くした魔法だ。これをお前の技と共に撃ち出せば──」

「──レヴィアタンさんの時みたく、古き竜でも打ち破れるってか」


「そうだ。ふふふ、セルケトとお前で可能だったのなら、私とお前で出来ない道理がないだろう?」


 相変わらず俺を胸元に抱き寄せたまま、何故か上機嫌で語る闇の精霊である。いつもの澄ました顔も口角が上がる異常事態だ。


 アレか、パワーアップしたばかりで舞い上がっているのか?


(ぐッ……ロウ、今はそんなことは置いておけ。あの大魔法の猶予もないし、俺も長くは憑依できない)


「そうでした。ニグラス、やるぞ!」

「いつでも行ける」


 相棒の言葉で気を引き締めて、魔力を全開。黒く毛むくじゃらの腕を竜の口に()し、魔力と権能を爆縮させる。


「うん? ロウ、降魔(ごうま)はしないのか?」


「一応これ、力試しって名目だし。俺の魔力も前より濃くなってるし、降魔状態だとどうなるか予測がつかないんだよね。ましてや、ニグラスの力だって未知数なわけだし」

「……古き竜相手に加減を考えるか。そういうところも、なんともお前らしい」


 呆れとも感心ともつかない反応をもらったところで、準備完了。


 空へと掲げた手と手を近づけ、(つむ)いだ魔法を重ねて合わせ──必殺技をぶっ放す!


「空即──」「──是色!」


 混ざり(よど)んだ黒と黒は、光を切り裂き翔け抜けて──衝突。


 白き特大隕石のど真ん中を、黒き特大閃光がくり抜き(えぐ)る!


「いよっし! やったか──ッ!?」


 古き竜の極大魔法を打ち破った──と思ったのも束の間、ドーナツ型となった光の塊が突如拡散。


 弾けて飛んだ光の粒が、全てこちらに押し寄せる!?


「!? ロウ、迎撃を!」「分かってるって!」


 動じる間もなく迫る流星群を、俺の雷とニグラスの闇が真っ向迎撃。満天の星空に虚無の雷が幾条にも(はし)り、闇の大華が乱れ咲く。


 黒と白がぶつかり爆ぜるのは、さながら宇宙戦争。だが、恐らく……。


「なんとか、凌げ──」

【──ルゥアアァ!】


 光の雨を凌ぎ切った──直後、光を切り裂き竜星飛来!


「!?」


是烎啊(せいやあ)ァッ!」


 ニグラスを食らわんと神速で顕れたそれを──横合いから全力でぶん殴るッ!


【オ゛ゴッ……グッ。よく、反応できたものだ!】

「こっちももう、三度目なもんでね!」


 巨体にめり込んだ触腕は竜の鱗をみしりと砕き、星空の彼方まで吹き飛ばす。が、K.O.ならず。エレボスはすぐに立て直し、闇の息吹を撃ち返す。


【フッ。拳の間合いでは大したものだが、離れてしまえばどうということはない。空間跳躍による回避も悪くはないが……我が『眼』から逃れることは(あた)わん。翼を持たぬものよ、深淵に呑まれ我が(かて)となれ!】


 などと、猛攻撃の最中(さなか)念話で饒舌(じょうぜつ)に煽ってくる深淵竜さん。


 俺が空間魔法でキロメートル単位の移動をしようとも、飛んでくるブレスは正確無比。相手が豆粒にしか見えない距離であっても、その余波で皮膚が焼け焦げ骨が(きし)むほどだ。回避してまわるだけでも受ける被害は甚大である。


(ぐぅッ……。ロウ、そう何度も空間魔法を使われると、不味い……)


 おまけに、憑依中のサルガスも音を上げている。もう猶予はないと言ってもいいだろう。


 俺が一人で戦っていたならば、だが。


「安心してくれ、サルガス。もう決着だ」


 俺に拘泥(こうでい)するエレボスは気付かない。


 同質の魔力──深淵なる魔力を持つ者が準備を終えて、極大魔法を狙い定めていることに。


「──」


 初撃で闇に(まぎ)れたニグラスは、エレボスの真上に陣取り機会を待っていた。


 並びなき者、古き竜。この世の頂点にあり、且つ何ものをも見通す「眼」を持つ彼にとって、きっと頭上は死角だったのだろう。


「終幕だ、深淵竜」


 放たれるは極限の闇。


 星の(またた)きさえも()せてしまう漆黒が、直下の黒竜を呑み込み食らう!


【ぐぅッ!? うえ、かッ……グゥ……オ、オォォッ!】


 闇の塊に圧し潰されて、ひしゃげて()()散る黒き大翼。


 咲き乱れる闇の大華に曝されて、鱗を失い肉を(あら)わとする四肢と尾部。


【こ、の……、闇で、“深淵竜”をッ! (たお)せると思うたかァッ!】

「……!」


 されども、やはり古き竜。


 ガーネットの単眼を輝かせ、虹なる魔力を大咆哮に乗せ。漆黒の巨竜は闇の濁流を消し飛ばす。


 「空即是色(くうそくぜしき)」に勝るとも劣らない極大魔法でさえも、彼を打倒するには至らない。ニグラスの生まれはエレボスの魔力だというし、同質の魔力故に軽減されてしまったのだろう。


 ……つまるところ、予測の範疇(はんちゅう)である。


【──ッ!?】


「お久しぶりです。拳の間合い、失礼しますね」


 咆哮の衝撃が過ぎ去った──そのタイミングでの転移肉薄。


 俺が(おとり)でニグラスが本命、ならば闇を凌げばそれでお終い……そう誘導することこそが、両面攻撃の真価である。相手を上回ったと思った時こそが、隙が生まれてしまう時なのだから。


 というわけで──ぶっ飛びやがれェッ!


(えい)()()゛ァッ!」

【グ、ゲェッ!?】


 掌底からの触腕横打、上段突きに上段蹴り上げ。ボディ&ボディに胸に頭と渾身連撃を叩き込み──止めの一撃。


 蹴り上げた脚で極限震脚、からの両腕掌打ッ!


ふんッ!」

【ごッはァッ!?】


 鱗を失い露出していた筋骨に、問答無用の必殺技──八極拳六大開(ろくだいかい)虎撲(こぼく)を叩き込むッ!


 魔神の膂力(りょりょく)(つちか)った技術。その全てを込めた掌打がこじ開けられていた腹へめり込んで、骨と臓器を粉砕する。


 六大開“(ぼく)”・虎撲連環(こぼくれんかん)。かつては魔神エスリウへ叩き込んだ秘奥(ひおう)。その連撃は魔神の守りを打ち壊し、竜の命すら(おびや)かす。


【が……ぐ……】


 エレボスがどす黒い血と体の()()をぶち撒ければ、深淵なる空間が晴れていく。


「……終わった、か。よもや頂点たる者が倒れ伏す様を、この目で見る日が来ようとはな。いやしかし、竜を拳で叩きのめすというのも、またお前らしい」


「ニグラスの力にサルガスたちの力、全部合わせた結果だけどなー。まあ向こうも『俺()()に課す試練』って言ってたし、仲間と力を合わせたってよかろうだ」

「ふふ、そうだな」


 勝利の余韻(よいん)を分かち合ったところで、深淵が消え失せ白一色の空間が出迎える。


 つまりはこれにて竜狩り完了。


 課された試練が困難であろうとも、仲間がいればなんのその! ってね。

次回更新は3月6日(土)を予定しています。

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