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異世界を中国拳法でぶん殴る!  作者: 犬童 貞之助
第九章 魔神と人と
287/318

9-1 上位精霊と深淵竜

これまでの経緯:


神から竜を信仰する集団と暗躍する魔神の調査を押し付けられ、帝国首都へやってきた褐色少年ロウ。

調査を進めていった少年は竜信仰の集団と接触し、召喚された邪竜を討伐するが……その裏で糸を引いていた魔神たちには、仲間共々敗北してしまう。


命からがら逃げ伸びたロウは戦力を整えるべく、同じように異変の調査へ来ていた古き竜たちに協力を求めた。

積極的ではないながらもこれが受理され、少年はひとまず安堵。この状況を治療中の仲間へ説明すべく、彼は古き竜を連れて仲間の下へ向かった──。

 竜たちとの対話を終え、体力回復のための仮眠を済ませた後。


 同族の様子を見たいというその竜たちと、友人の様子が気になるという我が眷属(けんぞく)たちを伴い、異空間へと移動する。


「ハッ。相も変わらずけったいな空間やのう」

「白一色たあ面妖(めんよう)な……ん! ウィルム!」


 入って早々目に入るカラフルな人影。大英雄にやられ治療中だった仲間たちは既に起床していた。


「ラハブにヴリトラに、エレボスか? ぬしらが人族の国へくるなど信じられん……どういう状況だ?」

「おんしの安否を気遣ったに決まっとろーに」

「ぬう。我もいるぞ、ウィルムよ。具合はどうだ?」


 等々、兄弟分だという若き竜たちは早速盛り上がり始めたが──。


「深淵竜エレボス……。己の領域以外に顕れるとは、天変地異の前触れか?」

「深淵竜……っ!? 古き竜の一柱じゃあないですか! ロウさん、どういうことですか!?」


「しゃあしいガキやのう。消すか」

「やめておけ。茜色(あかねいろ)の魔力……ソレはバロールに連なる者であろう。アレを刺激しては面倒だ」


 ──物騒極まるジジイと相対し、魔神と精霊は混乱の極致にあるようだ。


 考えてみれば、この爺さん二柱はいずれも伝説の中の伝説。この世の頂点といって相違ない。そんな存在がいきなり顕れたのならさもありなん、か。


「事後報告になりますけど、なんやかんやあって一緒に行動することになりました。あっちでウィルムたちと一緒にいるのが紅海竜(こうかいりゅう)ラハブさん。こちらの黒髪のイケメンお爺様が深淵竜エレボスさん。で、(しわ)だらけで小せえクソジジイが琥珀竜(こはくりゅう)ヴリトラです」


「おい、ぶちくらすぞ? きさん」


「「「……」」」


 ユーモアを交えて紹介すれば、“渇き”の乗った殺意を浴びせられてしまった。


 やれやれ、冗談の通じない(やから)は困ったもんだぜ。


「とにかく、ニグラスもエスリウ様も無事で何よりです。どこか不調があったりしませんか?」


「いえ、万全です。ロウさんの治療のおかげですね。起きた時、温かく心地よい“真紅”の魔力が残っていましたよ……うふふ」

「そんなスケベな感じに言わなくていいですから……でも、エスリウ様もお元気そうで何よりです。ニグラスは大丈夫?」


「ああ。身体に妙な火照(ほて)りが残るが、悪い感覚とも思えない。それくらいだ」


 薄い(くちびる)を指先でなぞり語る美女。妖艶(ようえん)というに相応しい彼女が頬を紅潮させれば、エロい以外の感想が浮かばない仕草である。


「ロウ。お前が顕れたということは、バアルやあの大英雄を退けたのか?」


「いや……色々あって逃げてきた。あの後死神がやってきたんだけど、あいつ寝返りやがってな──」


 問いかけられた言葉で逸れた思考を修正しつつ、状況を説明。


 大英雄の異次元な強さに、バアルたち一派に(くみ)していた死神の乱入。更には、魔物魔獣が跋扈(ばっこ)する街の様子など。


 駆け足に話したことや彼女たちが絶句していたことも相まって、数分ほどで全てを話し終える。


「──とまあ、今は本当に混沌としてる。エレボスさんたちが言うには、この大都市そのものが魔界に近い状態になってるみたいなんだ」


「世界を魔界に塗り替える……。そのようなことが……」

「地脈の魔力まで使(つこ)うた空間魔法……至大魔法級やろうな。儂ら並みの制御力がなけりゃ不可能な芸当やろう。信じられんのも当然やな」


 唸るエスリウに同意するヴリトラ。とても意外なことだが、彼も真面目に状況を分析しているようだ。


「今の帝都はその魔法の影響で、空間魔法の使用が制限される状況になってるんだ。外部と連携することは難しいみたい」

「ん? ロウ、空間魔法が制限されているというが、ぬしはこの空間に入ってきただろう?」

「俺には“虚無”があるからなー。あれで曖昧にしてるだけで、素でここを開くのは無理だよ。今はイルでさえ空間魔法を使えないんだもん」


「イル? あの老媼(ろうおう)まで来ていたのか」


 口をへの字としたウィルムの顔を見て説明が漏れていたと悟り、追加でちょろっと説明。すると、彼女たちは揃って唸りをあげる。


 エスリウは以前会談で彼女と会っているし、ニグラスは古き精霊故に妖精神を知っている。竜たるウィルムに至っては手合わせを何度もしているらしいし、前者二人よりもイルの強さをよく知っているのだろう。


「イルは外で休んでるけど、すぐには戦えない状態なんだ。俺と同じくコテンパンにされたからな。奇襲されたってことを差し引いても、あいつらは相当に強い」

「あの妖精神が……。ロウさんは、大丈夫なのですか?」

「飯食って少し休んだら回復しましたよ。今は万全です」


「なんですかそれ。もう、心配しているんですよ」

「ロウのこういうところはよく分からない」

「ふっ。妾たちを(おもんぱか)っての言動だろうさ」


 真面目に話すも冗談と(とら)えられてしまった。ご飯を食べたら本当に魔力が回復するんだけどな……。


 魔力を(もてあそ)びつつ説明すべきか流すべきか悩んでいると、枠外から口を挟まれてしまう。またもやヴリトラだ。


「……きさんの魔力、また変質したんか? 前の“真紅”より濃くなっとるが」


 ガーネットの瞳を(きり)のように鋭くして、琥珀色の老人はこちらを睨む。


「ああ、これ? なんだか父親……魔神ルキフグスから掛けられてた封印が、完全に解けたみたいでな。また少し変わったみたいだ」


 言いながら、己の魔力を「魔眼」で覗く。


 映りこむのは(つや)やかな赤が、時折漆黒の光を発する奇怪な色。黒く煌めく真紅の魔力である。


 権能を乗せた状態の漆黒の魔力と、素の状態である真紅の魔力。俺の持っていた二つの魔力が、一つのものとして溶け合ったということだろうか?


「漆黒を帯びる(あざ)やかな紅……さしずめ、神紅(しんく)と言ったところか。我らが発する金と虹の魔力が如きよ」


「……こん魔神、どこまで強うなるん?」

「ははは。妾が見込んだ男だからな。どこまでも伸びていくだろうさ」


 胸を反らして「儂が育てた」みたいなことを抜かすウィルム氏。何故こいつが得意がるのか、さっぱり理解できん。


「ヌウ。(なご)やかに喋っている状況ではなかろう? ウィルムを斬ったという大英雄とやらに、身の程を教え込まねばやらねばなるまい」

「猛るのは構わんが、力量を見誤らんようにな。こんガキが言うように本物(ほんもん)の大英雄やったら……儂らでも難儀する相手やろう。身の程を教え込まれるのはどっちか分からん」


 魔力を熱風へと変える枯色(かれいろ)の青年を、熱をも奪い去る“渇き”で(たしな)める琥珀色の老人。


 何度目の驚きか分からないが、ヴリトラは面倒見の良い一面を持つようだ。


 ウィルムを地平の彼方まで殴り飛ばしたり、一国どころか大陸北部全てを“渇き”で飲み込んだり。俺の知る彼はどうしようもない阿呆だが、同族から見ればまた違うのかもしれない。


「さて。ウィルムの無事も確認できた。我らは用も済んだが……汝らは如何(いか)にする? 打って出るか?」


 そろそろ別れを告げようか──という矢先に、無茶なことを言い出す深淵竜である。


「えッ。いやいや、この人たちみんな病み上がりですよ? 如何にするも何も、休息一択でしょう」


「むっ。妾の助力が不要だというのか?」

「ぶった斬られたばっかりだろ……無理せず休んどけって」

「ロウさんも叩きのめされたのでしょう? ワタクシたちも条件は変わりませんよ。心配していただけるのは嬉しいですけれど……うふふ」


「ぬぐぐ」


 引き留めるも瞬時に説き伏せられてしまうの図。


「少しいいか?」


 ドヤ顔のエスリウたちに付き合っていると、一人思案を続けていたニグラスが割り込む。


「ん、ニグラスはお休みする? 竜と魔神がおかしいだけで、精霊だと回復しきれないか」

「回復しきれないのは事実だが、休んでいるつもりはない。私は魔力を受け取りたいのだ。私の起源であろう深淵竜と、虚無の魔神たるお前からな」


「魔力?」「ふむ」


 いきなり何を──と思ったが、彼女は精霊。魔力から生じた存在だ。上位者の魔力を取り込むことで、再生を促進させようとしているのかもしれない。


「回復したいってならどうぞって感じだけど。エレボスさんは親……? みたいなもんだとして、俺の魔力は必要なのか?」


「お前の魔力は私に馴染む」

「……さいですか」


 真顔で言ってのける銀髪ショートな美女である。反応に困るんだが?


「お前の眷属の力を借りた時によく分かったが、“虚無”の力はあらゆる(さかい)を曖昧にする。虚無の影響下であれば、私も通常の精霊のように他者の魔力を己のものとできるようになるのだよ」


[[[──]]]

「そういうことか。ニグラスって精霊なのに肉食だったもんなあ」


 俺の表情を読み取ったのか補足説明が降ってきた。


 魔力より生まれ肉体を持たず魔力を(かて)に生きる精霊。

 その枠組みでありながら、肉体を持ち肉を()むよう生まれついたニグラス。


 虚無と混ざり合うことで精霊本来の性質を取り戻すというのも、なんとも因果な話だ。


 俺とヴリトラの戦いの余波で封印が(ほころ)んだらしいが……あるいはそれも、虚無の曖昧なる性質が影響して解けてしまったのだろうか?


「ロウ。お前には散々世話になっている。今回の治療にしても、あの窮地から救ってくれたことも……街を旅して、人の世というものをこの目に見せてくれたことも」


 胸に手をあて、真っ直ぐに言葉を(つむ)ぐ白髪ショートな美女。


「その上でお前に頼み込むのは気が引けるが……私は、お前に(むく)いたい。そう思っている」

「ニグラス……」


 しばしの溜めを経て、彼女は言葉を締めくくった。


 その場の流れや成り行きだったり、その場のノリと勢いだったり。深く考えずに彼女と行動してきたが……あちらにとってはそうではなかったらしい。


 嬉しい反面、少し申し訳なくもなる。しっかりと応じなければ。


「そうまで考えてくれてるとは思わなかった。俺はお前の封印を解いちゃった責任があるわけだし、しっかりと面倒をみるつもりだよ。魔力のことに限らずな」

「そうか。助かる」


 答えを告げれば緊張を解き、ホッと一息つくニグラス。


 魔神や竜相手でも物怖(ものお)じせずに意見を言うし、緊張とは無縁なイメージを(いだ)いていたが。意外に可愛らしい一面があったものだ。


「あらあらまあまあ」

「ふんっ! やいロウ、脇へと逸れていないで本筋へ戻れ」


「そうだった。エレボスさんも、ニグラスへ魔力を渡すということで問題ありませんか?」


 沈黙している黒髪の老人を見やれば、静かに(たたず)む姿が目に入る。


 揺らがぬ背筋に結ばれた口元。深淵なる古き竜は深く目を(つむ)って熟考(じゅっこう)中らしい。


 やはり手を貸すというのは抵抗があるのだろうか? ここはもう一押ししておこう。


「ニグラスも魔神に匹敵する力の持ち主ですから、戦力に数えられるなら心強いです。相手は上位魔神が三柱に、魔物眷属が山ほどいますし。その上、俺も一人で戦って、負けちゃいましたからね……さてニグラス君、意気込みをどうぞ」

「……お前はいつでも脈絡がない」


 俺ばかり喋ってもなんだと話を振れば、呆れたように嘆息する上位精霊。


 それでも彼女は己の口から言葉を紡ぐ。


「豊穣神バアル……嵐神バエルは、私の仇敵(きゅうてき)。何としての私の手で討ちたい。どうか、力を貸していただけないか」


「こいつの友達で貴方がたの同族たるウィルムにも手を出した。それが魔神バエルです。ニグラス自身の私怨だけじゃなくて、落とし前を付けさせるって意味もあるんです」


 懇願(こんがん)するニグラスに続きつつ、同族たちに囲まれている蒼髪美女をちらり。


「……」


 友達として紹介すれば口を挟んでくるものと思っていたが、彼女は口をへの字としたまま開口しない。


 ニグラスのことを友として認めているのか、あるいはバエルの行いに腹を()えかねているのか……。


 いずれにしても話を進めるうえでは好都合。交渉を畳みかけるとしよう。


「嵐神といえば暴れ回ってきた魔神でもあるんですよね? こうして表舞台に上がってきたなら、人族だけでなく竜にもちょっかいを出すことだって考えられますよ」


「ハッ。そん時ゃ消し飛ばしてやればよかろうが」


「そうやって分かりやすく攻めてくる相手じゃないって話だよ。今回だって色々と策を巡らせてたみたいだし……何仕込んだか知らないけど、大英雄まで復活させてるんだ。放っておいたら手が付けられなくなるぞ」


 割り込んできた琥珀竜(こはくりゅう)への返答を済ませ、瞑目する深淵竜の言葉を待つ。


 ガーネットの瞳は未だ閉じられ、その思考は(うかが)えない。彼の考えを動かすことはできたのだろうか?


 ──そのまま待つこと五分ほど。


「……」


「「「……?」」」


 エレボスは(あご)に手をあてたまま一言も発しない。直立不動を堅持(けんじ)している。


 ちょっと長考が過ぎませんかね?


「おいエレボス。そうまで考えることか? 消し飛ばすにせよ捨て置くにせよ、決めかねるほどに複雑たぁ思えんが……」


 (しび)れを切らしたヴリトラが声をかけるも、反応なし。


「エレボスさーん? 聞こえてますかー?」

「……」


 流石に変だぞと近寄り、おっかなびっくりつついてみる。が、黒髪の老人はやはり反応を示さない。


「……こんアホウ、寝とるな」


「「「は?」」」


 どういうことだと首を捻れば、同胞からもたらされる驚愕の真実である。


 流石は行動の読めない古き竜。凡人の想像など遥か上をいく奇行だ。


(遥か上というか、どこまでも下というか)


 なるほど。深淵だけにってか。


((……))


 サルガスの念話に合わせて上手いことを言ってみたが、受けが悪かった。無機物たる曲刀たちには人間族的ジョークは難しいらしい。やれやれだぜ。


「起きんか、どアホウが」


「……? ……ふむ。さて、何の話だったか」


 “渇き”の乗った金なる魔力を叩きつけられ、流石に目覚めるエレボス。彼は何事もなかったかのように話を再開した。


 色々と突っ込みたくなるが……こちらの要求が通りそうだし、触れずにいこう。


「お力添えいただけないでしょうか、という話でしたね。古き竜の魔力を得れば、このニグラスもバエルに対抗できる域に至ると思うのですが」


 などと、如何にも恐縮(きょうしゅく)しているような顔を作っていると、隣にいたニグラスが小声で抗議をよこしてきた。


「むう? 私は回復をするだけで、力を増幅させるような意図はないが……」

「いいからいいから、そういうことにしとけって。またやられるかもしれないってんじゃ、力を貸してはくれないかもしれないだろ?」


「小声でやり取りせずとも聞こえている。……我らを前に(たばか)ろうとは、面の皮が厚いことだ」

「えへへ。すみません」


 謝罪をきめつつショタスマイル。こういう時は笑って誤魔化すに限るのだ。


 が、ここで思わぬ横やりが入る。ずっと口を結んでいたウィルムである。


「全く。ロウの阿呆はいつでも回りくどい。魔力をよこせ、聞き届けぬなら力ずくで奪うまで。そう言えばいいものを」

「言わねーよ! 魔神と戦う前から敵増やすわけがねーだろうが!」


「フッ。ウィルムの言葉通り、拳を合わせれば早い話であろうな。どれ、汝が我ら古き竜が協力するに値するか……人化したまま相手をしてやろう。ヴリトラ、空間の保護を頼むぞ──」


 考えなしの蒼髪美女に反論している間に、黒髪老人が何を思ったのか──虹なる魔力が白い空間を塗り潰す!?


「「「!?」」」


「ハッ。こりゃあ見ものやな」


 震える地面、(きし)む空間。


 深淵竜エレボス。原初の竜たる彼との、何の脈絡もない戦いの始まりだった。

次回更新は2/20(土)を予定しています。

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― 新着の感想 ―
[良い点] いいですねぇ。戦いの前の静けさというか、備えて力を蓄えて次に進もうとしている感じ。これからどんな展開が待っているのか気になります!  [一言] 太極拳には道教の考え方があって「気」を大事に…
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