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異世界を中国拳法でぶん殴る!  作者: 犬童 貞之助
閑話・壊乱の裏で
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遍く焼き尽くす悪鬼

久しぶりの更新です。

[──嵐神バエル。かような素晴らしき(うたげ)にご招待いただき、光栄でございます。宴を楽しんでいる主に代わり感謝申し上げます]


 異臭(ただよ)い黒煙(けむ)り、炎が()の如く煮え(たぎ)る廃都と化した帝都中枢。


 その上空において赤き光に照らされる異形の存在が、空中で器用に拝礼し(こうべ)を垂れる。


〈猿の体に蝙蝠(こうもり)の翼……マモンの眷属か。ククッ、常に関心が地へ向かうあの主の割に、礼儀を知っているではないか〉


 頭を下げる先は長身の老人と有翼の青年。魔神たちを召喚しこの惨状を創り出した、嵐神バエルと死神サマエルである。


[我らは外部との調整のために生まれた側面もありますので……。さておき、バエル様。ご報告が一点ございます]


 無言で(うなが)す死神と嵐神へ、居ずまいを正した眷属は言葉を選びつつ話を続けた。


[『不滅の巨神』バロール。かの存在に加え、それに同調する者。彼奴(きゃつ)らが魔界にて暴れに暴れたため、参加を予定していた魔神が一部、対応に追われています]


 地上へ顕現する前、魔神マモンやその眷属たちは魔界の一区画、アノフェレスの領域で儀式に必要な魔力を供給していた。


 違う次元に存在している魔界と地上とを結びつけるには、尋常ならざるエネルギーを必要とする。個人単位でさえ魔神や眷属でなければ困難なのだから、小国にも匹敵する巨大都市となれば言うに及ばない。


 故に、バエルは魔界でも指折りの魔力を持つ魔神たちを集める必要があった。


 竜の如き莫大な力を内包しながらも、煌めく財貨にしか興味を示さない吝嗇(りんしょく)の魔神。


 数々の神や魔神を滅ぼし己の(かて)としてきた、百眼の魔神。


 最上位魔神としての力を己が美のために使い、どういうわけか蜘蛛の姿へと至った、眩惑(げんわく)の魔神。


 興味本位に暇潰し、虎視眈々(こしたんたん)と隙を窺い喉を鳴らすもの。統率されるということのない集団は、しかし全員バエルの言葉に従った。


 “地上に魔の領域を創り上げ、神の支配に風穴を開ける。魔神という恐怖を忘れた人族動物たちを、(ねぶ)り尽くしてみたいとは思わんかね?”


 魔神の在り方は多様なれど、その本性は破壊で一致している。彼らがこの提案に対し首肯しない道理がない。


 そうして嵐神と協力関係を結んだ魔神たちは、魔力を垂れ流すことで儀式を支えていたが……。人族の側に立つ魔神が、その気配を嗅ぎ付けた。


 魔眼の魔神バロール。褐色少年の友人にして魔神であるエスリウの、実の母親である。


〈バロールの襲撃……。あれの力は子を成し(おとろ)えたはずだが〉

[我らもそう考えていたのですが……あれはやはり、最上位魔神として相応しい力でした]


 (いぶか)しむバエルに対し、眷属は身を震わせながらも語り始めた。


◇◆◇◆


 ──事の起こりは一時間ほど前に(さかのぼ)る。


 分厚い雲が覆う下、()び切ったような赤銅色(しゃくどういろ)の大地と、うぞうぞと動く黒く葉のない巨木群。


 そこを堂々闊歩(かっぽ)する肉を持たない(むくろ)の群れに、ピンと立つ耳で周囲を警戒する六眼の大狼たち。

 岩の如く不動なフジツボを付着させる巨大蜘蛛(ぐも)の集団に、あれこれと喋り回る有翼有角の褐色美女。極彩色の翼を持ち飛び回る多眼の巨鳥たち、等々……。


 魔が溢れる典型的魔界風景といったアノフェレスの領地、その辺境。辺りを警固している統一感のない集団の彼らは、各地より結集した魔神の眷属や配下の魔物たちである。


[ううっ。アノフェレス様のお城まで距離あるのに、魔力の波動ものすごい……。寿命ちぢんじゃう~]

[ちぢんでもカーリー様に伸ばしてもらえばいいじゃん。馬鹿言ってないで警戒しなよ。太陽神の動きが怪しいってんだからさ]

[はいはい……。というか、喋れるのってあたしらだけ? 向こうの蜘蛛とか犬とか、完全に無言なんだけど]


[[[……]]]

[うわっ、めっちゃ睨まれた。真面目にがんばりまーす──!?]


 領地の中心たる古城で主が儀式を行う中、眷属となる魔族の女性がやる気なく呟いたところで──突如一帯が、灼熱の炎に包まれた。


[[[!?]]]


 東西南北全てが(ほむら)。空も大地も(ふた)をしたかのように炎で全てが閉ざされる。


[あっ][やば!?][ギッ……]


 瞬時に(たぎ)った天と地は眷属たちに猶予(ゆうよ)を与えない。火の海に沈んだ彼らを、()()劫火(ごうか)が灰すら残さず消し去った。


〈……衰えんな。ミトラスやイルマタルの話を聞いた時は、気質も和らいだ印象を受けたものだが。同族相手でさえこれか〉


 瞬きする間に活火山の如き炎熱地獄となった地上。


 それを高高度から眺める褐色禿頭(とくとう)の大男は、吹き上げてくる熱気に目を細めつつ地獄を創り上げた魔神へ水を向けた。


「うふふ。丸くなったということは否定しませんよ、エンリル。ただ、ワタクシの“破壊”という本質に変わりはありません。変わらぬ故に本質だとも言えますけれど」


 大男──エンリルへ返答する象牙色の美女は、こともなげに語る。数多(あまた)の同族を蒸発させてなお変わらぬ声音(こわね)は、既に彼らと決別している故である。


(もっと)もだ。……長々と話し合う間柄でもなし。バロール、()くぞ〉


 話しかけておきながら早々に切り上げるという、神特有の荒業を披露して──褐色大男は腕を突き出し魔法を構築。


 呼応するように、雲が渦巻き風雨が(すさ)ぶ!


「流石に気取られたようですけれど。態勢が整う前に削りましょう」


 猛烈な勢いで凝縮していく風に爆炎を投げ入れたバロールが、促したところで──渦巻く暴風がいよいよ臨界。


 神と魔神の力の結晶が、彼方の古城めがけて荒れ狂う!


空威八荒(くういはっこう)ッ!〉


 神の力で圧縮され魔神の魔法で熱せられた塊は、雄々しい号令と同時に射線上の一切を蹂躙(じゅうりん)。数十キロメートル先で(かす)んでいた古城を結界ごと(えぐ)り、崩し、溶融(ようゆう)させる。


 魔神の居城をも打ち貫く極限の大魔法。延々と続く地上の裂け目と木霊(こだま)し続ける轟音が、その威力を物語っていた。


 魔界を覆う分厚い雲が晴れて消え、魔界ならではの黒い太陽が惨状を照らし出す。それを上空から見届ける象牙色の美女は、軽い調子で開口する。


「あら。新しい魔法ですか?」

〈あの“虚無”の魔神に触発されてな、千年ぶりに工夫を凝らしたのだ。魔力を爆縮し、一点に向けて解き放つ……範囲は絞られるが、威力は申し分ない〉


「ロウ君が使ったという大魔法ですか。あの子は古き竜の鱗を貫いたと聞きましたしたけれど……形ばかりの模倣では、儀式を中断させるまでは至らなかったようですね」

〈ぬう〉


 バロールの視線の先には次々とせり上がる巨岩の影。尋常ならざる魔法で再建されていく古城の姿だった。


〈悪趣味な外壁ということは、マモンか。オリハルコンを生み出し壁とするなど、なんとも品のない(やから)よ〉

「“不変”のオリハルコン……それも魔神の魔力で強化されたもの、ですか。うふふふ、ワタクシの炎も耐えられるかしら? 案外熱がこもって、良い具合に蒸し焼きができそうですけれど」


 物騒極まる発言をぶち上げて、今度は魔神が魔力を解放。茜色(あかねいろ)の魔力を(たぎ)りに滾らせ、超特大火球を古城の真上に生成する。


 その大きさは山のような古城をそのまま飲み込むほど。天に座す黒き太陽とは対照的な白き炎塊が、光と熱とで魔界全土を加熱する!


〈ぐう!? 待てバロール、早まるな──〉


 いきなり構築された極限の魔法を見て、泡を食って制止したエンリルだったが──遠方にまで吹き荒れる熱風で、その声も掻き消えた。


 よって、魔神の一撃を阻むものなし。


 神の制止など文字通り耳に入らなかったバロールは、狙い澄ますように目を(すが)め──金の城へ灼熱火球を投下した。


焦天烈火(しょうてんれっか)っ!」


 号令を受けた灼熱の星はゆるりと加速。揺らぐ陽炎(かげろう)のような尾を(なび)かせて、真下の城へ押し迫る!


 審判の時を思わせる数秒の落下劇を経て、堕ちてきた天が尖塔の端に触れ──炸裂。


 天焦がし大地融かす魔の烈火が、(あまね)く照らして焼き尽くす!


〈……ッ!〉


 第一波、熱線。生物無機物大地に大気、全てを等しく照らす光が一切合切を炭化・融解・蒸発させる。


 第二波、熱風。第一波で焼かれた対象を、超音速の衝撃波が微塵に砕き吹き飛ばす。


 第三波、吹き戻し。衝撃波によって押し出された大気が急激に戻ることで、一帯は塵旋風(じんせんぷう)で溢れかえる。熱風で砕かれた残骸(ざんがい)たちの行く末は、天へと(かえ)るのみである。 


 もうもうと立ち込める黒煙が至る所で渦を巻き、火山雷の如く紫電と融解し赤熱する地面だけが辺りを不気味に照らし出す。


 アノフェレスの領土全域は、バロールのただ一撃で地獄と化した。


〈……一撃でこれとは、馬鹿げた魔法だ〉


 最上位魔神たるに相応しい極限の魔法。美女の姿をした化け物に、暴風神は震撼(しんかん)する。


「うふふ。気兼ねなく力を振るえる魔界だから、少しはしゃぎ過ぎてしまったかしら? ああ、でも──相手もやるものですね」


 上位神をも心胆寒からしめる一撃を見舞われた魔神の城は──しかし健在。


 辺り一面は溶岩湖さながらに煮立っているが、城の四方は光の結界に護られ難を逃れている。


 それすなわち、本気のバロールと互角に渡り合う大魔法。同格の存在の証明である。


「ワタクシの魔法を防ぎきる光魔法……ベリアルですか。マモンだけでなく彼女も動くとは、意外です」


 美女が嘆息するうちに光の結界が解除され、塵旋風が吹き飛び消える。


 直後。城門より()()()と顕れるのは、二つの巨影と一つの人影。


 城塞の如き体躯に鎖を巻き付け打ち鳴らす、赤き眼光を宿した黒毛の三つ首犬。


 それと同等の長大さを誇る、人面で(ひづめ)ある獣脚を幾つも生やす蛇の如き灰色の存在。


 そしてそれらと並び立つ、三眼四つ腕の褐色美女。


 いずれも“赤”系統の魔力を発する存在──魔神である。


 だというのに、象牙色の美女は薄く笑う。


「あらあら。総がかりで来るかと思えば、たったの三柱だなんて。安く見られたものですね。まさか彼らの後ろで群れている眷属たちが、数の足しになるとでも思っているのでしょうか?」


〈大層な自信だが……そこまで言うならば迎撃に出た魔神どもはうぬに任せよう。我は儀式を挫かねばならん。……どの道、我らに共闘など不可能であろう〉

「それもそうですね。では、参りましょうか」


 提案に頷くバロールは空間魔法を構築し、魔神たちが手ぐすねを引く城門へ転移したのだった。


◇◆◇◆


[──という事態が発生したため、複数の魔神が不在となっております。魔神バロールの大魔法は……炫神(げんしん)ベリアルが居なかったらと思うと、生きた心地がしないものでした。『(あまね)く焼き尽くす悪鬼』……正しくその異名通りです]


〈眷属どもの数が千にも満たぬと思えば、あの巌巒(がんらん)め……やってくれる〉


 場面は戻り混沌の帝都。報告を聞いた嵐神バエルは静かに怒りと雷を(はし)らせる。


 彼が長い年月をかけて準備してきたのが今回の計画だ。


 救世の大英雄を手駒とし、更には地上に魔の領域を顕現させる。その大目的は果たしたものの、魔としての本懐(ほんがい)、人族の蹂躙(じゅうりん)は不完全である。


 召喚が完全であれば、上位魔神九柱と万を超す眷属とが、あらゆる命と文化文明を破壊していたことだろう。大帝国を一夜にして滅ぼすという、魔の勢力にとってこの上ない喧伝(けんでん)となるはずだったのだ。


 それに水を差されたバエルの怒りは、尋常のものではない。


[で、ですが、ご心配には及びません。我が主が力を振るい、暴風神エンリルを撃退しておりますゆえ。残る魔神バロールも、三柱と数多の眷属たちであれば問題なく討てることでしょう!]


 膨れ上がる尋常ならざる圧力に気圧(けお)され、早口に弁明する報告者の眷属。


〈フククク。だと言うが……如何にするかね? バエル。我らだけでも、この地を(なら)すのは容易だと思うがね〉

〈……〉


 他方、計画通りに行かぬ現状さえも愉快だと笑う死神。


 彼の態度に眉をひそめる老神は、状況を見極めるべく魔界に眷属を向かわせることを決めたのだった。

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