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異世界を中国拳法でぶん殴る!  作者: 犬童 貞之助
第八章 帝都壊乱
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8-34 魔窟

褐色少年が古き竜に協定を持ち掛けている頃。


「──陛下。延々と湧き出る魔物どもの前では、ここも長くは持ちません。お早いご決断を」


 帝都宮殿謁見(えっけん)の間では、呼吸音が際立(きわだ)つほどに空気が張り詰めていた。


 報告者は浅黒い肌の師団長。報告を受け取るのは白髪の交じる金髪の皇帝。彼の玉座より一段下がったところでは、皇后(こうごう)が身を震わせ皇女姉妹が固唾(かたず)を飲む。


 他方、皇子たちは鎧兜をつけて彼女たちを護るように傍で立つ。皇族であるというのに護衛騎士のような(たたず)まいだ。


 その中には、とうに成人している皇帝の長子も含まれる。他国であれば考えられない配置であるが、これはランベルト帝国の特殊な皇位継承を因としていた。


 ──大英雄ユウスケを祖霊として(あが)める帝国では、皇位を継ぐものに対し何よりも血の()()を求める。彼の力を引き継いでいることこそが重要であり、他の一切を些事と切り捨てたのだ。


 故の近親婚であり、史上稀にみるほど資質を持って生まれたのがサロメとユーディットである。彼女たちが生を受けた時点で、皇子たちが皇帝となる道は途絶えていた。


 中には皇女姉妹を秘密裏に謀殺(ぼうさつ)せんと画策した皇子もいたが……皇位を継ぐものには聖獣の加護が宿る。


 神たる力を有する聖獣が前には、刺客も毒物も児戯(じぎ)同然。この皇子の(くわだ)ては、皮肉にも聖獣の隔絶(かくぜつ)した能力と皇女姉妹の揺るがぬ継承権を証明して(つい)えたのだった。


 ──さておき、緊迫した空気漂う宮殿内である。


「ならん。玉座を捨て逃走するなど、諸侯に知れ渡ればどうなる? 余の廃位(はいい)目論(もくろ)むものどもが活気づくのは自明だ。後の火種となる行いは(つつし)まねばならぬ」


「……」


 先を(うれ)いて今の窮地を凌げずどうする──そんな思いが口を衝きかけたが、師団長はなんとか沈黙を貫いた。


「して、ミネルヴァ様、ナーサティヤ様。どうかお力添え頂けませぬか? 此度(こたび)の騒動は魔神によるものだと(おっしゃ)られておりましたし、今は我らを守護する聖獣様も不在。となれば……」


 (おごそ)かな態度を一変させ、褐色青年と銀髪美女へ(うかが)いをたてる皇帝。相手が神々となれば、大国の王であっても形無しである。


〈そう強請(ねだ)るな。ケルブたちが不在である以上、我も傍観したままというつもりはない〉


 巨大な両刃斧を肩に担ぎ、(わずら)わしげに応じる女神ミネルヴァ。


 だがその内面では、事態を把握せんと己が眷属(けんぞく)と念話を繰り返していた。


(──未だ空間魔法は使えないのか? グラウクス)


(そのようだよ、己が主。けれども、(くだん)の魔神は自在に顕れ己を狩っていく。かの存在がこの状況を創り出したとみてよいだろうね)

(己以外の空間魔法を封じる特殊な結界……。この巨大都市を(おお)うほどの規模、前もって準備していたとみるのが妥当か。ロウや聖獣を始末するために用意していたのか……?)


 動乱が起きる以前より、帝都各地を調査していた女神の眷属。個であり群もである彼らは戦場を飛び回って情報を集めるが、進捗(しんちょく)(かんば)しくない。


(この結界内では己たちの力は減じてしまうけれど、相手方はむしろ増幅している風でもある。話に聞く“魔界”という場に近いものを感じるね)

(……事実、そうらしい。たった今、イルマタルより念話があった。古き竜がこの結界を魔界に近いものと(はん)じたとな)


(! 古き竜がきているということかな? この世の頂点たる彼らがいるならば、魔が蔓延(はびこ)るこの状況もすぐに終わるのだろうか)

(そう単純でもない。なにせ奴らは──っ!)


 気ままの化身だ──そう続けようとしていた女神は、突如念話を打ち切り宮殿を揺るがす強烈な踏み込み。


 その勢いを乗せた両刃斧を、(まき)りの如く振り下ろす!


〈!〉


「「「っッ!?」」」


 床を割り天井を砕いた剛撃は、謁見の間を易々(やすやす)二分。儀式魔術にも耐えるとされる建材を粉と砕き、大広間を近くの回廊(かいろう)と繋げてしまった。


「ミ、ミネルヴァ様!? ご乱心なされましたか!」


〈なに、まだまだ牽制程度だ──おおぉっ!〉


 彫深く美しい顔を(ゆが)みに歪め、知恵の女神は力のままに斧を数閃。


 人体が吹き飛ぶほどの余波を撒き散らし、巨大な刃を振って振って振りまくる!


「ひいぃぃぃッ!?」「あひゃあっ!?」「うぅっ」


〈動かずに。私が護っているので問題はありません〉


 光の結界を創り出す医術神が(なだ)める言葉を放つ最中も、女神の剛刃は猛り狂う。


 一振りで壁が消し飛び、次の瞬間天井も消失。六度目が振られる頃には、謁見の間どころか皇居そのものが廃墟となっていた。


 降り注ぐ瓦礫(がれき)に立ち込める粉塵。皇族たちの悲鳴を無視する女神は、瑠璃色(るりいろ)の瞳を凝らして虚空を睨む。


〈仕留めましたか?〉

〈……いや、そう甘い相手でもない〉


〈クッハハハッ。やってくれるではないか、ミネルヴァ!〉


「「「!?」」」「きゃあぁぁっ!?」「うくっ!?」


 突如、塵埃(じんあい)を切り裂き(ほとばし)る稲光の束。


 石材を溶かし建材を燃え上がらせるそれは、地に落ちた後も光り輝き留まり続け──やがて纏まり肉を(かたど)る。


〈……ッ!〉

〈やはり汝は、バエルでもあったか。バアル!〉


 紫電を纏い顕れたのは縮れた黒毛を生やす、竜ほどに巨大な(はえ)の如き存在。 


 赤き複眼を具える巨大な頭部こそ(はえ)そのものだが、他は似ても似つかぬ異形。


 (おびただ)しい数の人の腕が折り重なってできたような、でぷっりとした腹部。

 ぼろ布を押し広げたかのような黒き六枚翅。

 蠅の頭部に横付けされる猫や(かえる)の頭部たち。

 女神の斬撃を受けて(したた)り続ける、廃油の如く(にご)った黒血。


 それは虫に見られる機能性は何一つない、(おぞ)ましく不合理な要素の集合体だった。


「うッ……!?」「ふぐぅ……」「……っ!」「バ、バエル? ……バアル様ですとッ!?」


 顔をしかめる医術神や斧を構える女神と異なり、皇族や騎士たちは雷鳴に(おのの)き魔神に震える。英雄に近い彼らでさえそうなのだから、大臣や宮仕えの貴族らは卒倒(そっとう)寸前だ。


「……皇帝陛下」

〈〈!?〉〉


「……お、おぉッ! その光、先ほどの柱の!?」


 そこへ聖なる光を(たずさ)えた騎士が顕れたならば、もはや救いの主としか映らぬだろう。


「おお……鎧と剣が、光り輝いて……」

「黒髪に黒目、お美しい顔立ち……。伝え聞くユウスケ様のようです」


 神話さながらの光景を見れば、誰であれ勘違いしてしまうものだ。後は伝説をなぞるかの如く、この闇が(はら)われるのだと。


 斬り払われるのは、自分たちであるというのに。


〈──っ!〉


 薙がれる聖剣。

 割り込む大斧。


 澄んだ高音が夜空を揺らし、軌跡の残光と衝突の火花が周囲を照らす。


「えっ……?」「ななッ!?」「なにをッ!?」

〈な……!?〉


〈……堕ちたか、ユウスケっ!〉

「違う、俺は……。俺は、正義(せいぎ)だ。魔神に騙されているものたちを、間違いを正すものだッ!」


 大英雄ユウスケの身を操るカラブリアは子供の様に喚き散らし、英雄としての魔法を乱射。聖なる光を四方八方に乱れ撃つ!


〈手当たり次第とはな。見下げ果てる──っ!?〉


 散らばる光線が人へ害なすその前に、斧で全てを掻き消したミネルヴァだったが──斧を振るうその腕が、何の脈絡もなく弾け飛ぶ。


〈ミネルヴァ!?〉


 吹き飛んだのはしなやかなる両の二の腕。


 瑠璃色(るりいろ)の「魔眼」でさえも解析できぬ、不可思議な現象。


〈づっ……アノフェレスかっ!〉

〈ご明察〉


 人の記す書の全てが集積された膨大な知識から、彼女が解を導き出すと同時。


 宙を舞う腕から突き出した黒槍が、女神の眼窩(がんか)を貫く。


〈う゛、ぐっ……!?〉


 腕の断面より生えるは、強固かつ滑らかな虫の口吻(こうふん)()が吸血の際に突き刺すそれである。


 片目を(えぐ)られるもすぐさま蹴り上げ、黒き管をへし折るミネルヴァ。


〈……!?〉


 しかし、苦痛に歪む表情は唐突に硬直。


 豊かな胸をぶるりと震わせ、彼女は血を(したた)らせるだけの彫像と化した。


〈……これは少々、良くありませんね〉


 すぐさま駆け寄り損壊した女神の部位を再生させ、しかし彼女が動き出す様子のないことを確認した医術神は……額に汗して小さく(うめ)く。


 知恵の女神といえば、若き己の数倍もの時を生きる上位神。(つかさど)るものが違うとはいえ、戦闘能力も比にならない。圧倒的に優れた存在だ。


 その女神が何する間もなく無力化させられたというのなら、先のことなど見えたようなものである。


「「「な……!?」」」


 他方、状況についていけぬは皇族たちとその護衛。


 魔神を直接見ていない宮殿のものたちにとって、女神は人智及ばぬ絶対者。倒れ伏す姿など想像だにしないものだ。


 ましてや、人と魔神とが共謀(きょうぼう)して(しい)するなどとは。


 魔神の眷属(けんぞく)たちは、そこで生じた隙を突く。


[児戯(じぎ)ですね]

〈ッ!〉


「「「!?」」」


 背後より一刺し。


 空間魔法で顕れた虫型の眷属たちによる寄生攻撃は、何の瑕疵(かし)なく成立。


 首筋に刺さった産卵管が対象の自由を奪い、無防備となった宿主へ“子”を産み付ける。


「お父さま、お兄さまっ!?」「サロメ! 動いてはなりません!」


 妹を抱き寄せ瞬時に飛びのき、虫たちから距離をとるユーディット。


 されども、彼らの包囲に隙間なし。


 何より(はえ)の魔神と蚊の魔神、上位魔神二柱がこの場にいるのだ。若き神と大英雄の末裔(まつえい)といえど、逃げられる道理がない。


〈皇女たちは“駒”としないままでよいのか?〉

〈眷属を産み付けてしまうと、カラブリアが楽しめぬそうでな……クハハ。アレは中々に(ゆが)んでいるようだ〉


 蠅の魔神と問答しつつ、女神の腕だったものからずるりと這いだす蚊の魔神。


 ぬらりと照る黒色の体は、枯れ木の如く細く。無数に生える脚部は針のように鋭く。

 腹部だけが異様に膨らむアンバランスな体は、(かなめ)たる頭部を欠き。

 首からは管のような(ふん)がぽつりと伸び。

 背部から生える二対四枚黒色の薄翅には、黄色く発光する眼紋(がんもん)がぞろりと並んで皇女を(のぞ)く。


 上位魔神アノフェレス。その降魔(ごうま)も正しく異形だった。


「ひっ……」

「これが、アノフェレス……! かような事態、死神様や聖獣様が見逃すとお思いか!」


 (おび)えるサロメの前に立ち、ユーディットは咆えながらも時を稼ごうと画策する。


 時間さえ稼げば聖獣や死神、そしてあの少年がきてくれるのだと信じて。


〈聖獣ならここにいるぞ。そうら〉


 成人男性ほどに巨大な猫頭や蛙頭(かえるあたま)の口角を吊り上げ、魔神バエルは少女の前へなにかを(ほう)る。


 ごろりと力なく転がったのは、人面の獅子頭に眼球の埋まる白き翼。

 聖獣ケルブとオファニムの残骸だった。


〈……馬鹿な〉

「ぅ、ぁ……」

「ぁああっ!? 聖獣様っ!?」


「……」

〈クハハハッ。……大英雄の末裔の慟哭(どうこく)を、大英雄の肉体を操るものが虚しく聞き届ける。魔を祓った征服者が人の世の転覆(てんぷく)に利用されるなど、これほど愉快なことはあるまいて〉

〈汝は変わらず悪辣(あくらつ)だな、バエル〉


 響く悲鳴を(さかな)に語らう魔神と魔神。

 これが現実なのかと、虚ろな面持ちで(たたず)む大英雄。


 帝都中枢は魔窟(まくつ)と化した。

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