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異世界を中国拳法でぶん殴る!  作者: 犬童 貞之助
第八章 帝都壊乱
274/318

8-29 死線

「──変身したッ!?」


 廃墟と化した霊廟(れいびょう)に生まれ落ちるは、夜よりも黒き痩身(そうしん)の魔神。


 細長い三本角が生えた山羊頭(やぎあたま)に、全身を(おお)(つや)めきうねる黒毛。成人男性の背丈ほどもあろうかという手足と、背部で(うごめ)くウツボ型の触腕たち。


 大英雄へと生まれ変わった青年──カラブリアの前に顕れたのは、正に正しく異形の魔神であった。


〈……ほう。見せかけだけではないようだ。興味深い〉

〈魔力が更に増大しているか? 先の小さな姿、降魔(ごうま)ではなかったのか〉


〈ごちゃごちゃうるせえよ──〉


 虚無の魔神としての本領を発揮したロウは、神や大英雄の言葉を無視して殺意と共に震脚一発。


 (ひづめ)ある脚部で大地を叩き、炸裂させた。


〈──()ァッ!〉


 振り上げた脚で行なう発勁(はっけい)


 ごく単純なその動作だけで、地面が吹き飛び都市が──否、大陸が揺れる。


「うおぉッ!?」

〈ッ!?〉


 竜の拳に等しいそれは、音速の数十倍もの衝撃波を生み出し一気に拡散。


 隕石衝突さながらに全てを削って吹き飛ばし、帝都中心付近をすり鉢状の地形に創り変えた。


〈……馬鹿力めが〉


 半径百メートル以上の大クレーターを生み出し帝都中の窓を破砕する、理外の一撃。

 余波だけで大魔法並みのそれは、大きく吹き飛ばされた上位者たちを震撼(しんかん)させる。


「ぐぅッ……。今のは自爆、でしょうか? 凄まじい破壊力でしたが」

〈奴の気配は未だ濃い。アレは捨て身の攻撃などではなく、只の威嚇(いかく)であろう。でなければ、わざわざ力を大地へ向けまいよ〉


〈この立ち上る土煙、目くらましの意図もあろうがね──来たぞ!〉


 滔々(とうとう)と語った神たちの読みを証明するかのように、彼らの頭上を巨影が覆う。


 土煙を裂いて現れたのは、巨竜もかくやという巨大極まる石柱群。


 数百ものそれらが、神々を圧殺せんと急襲する!


〈多いか。サマエル!〉

〈がなるな。分かっているとも〉

「クッ。俺の足なら、これくらい!」


〈待てカラブリア! 誘導されるな!〉

「へ?」


 大英雄たる青年が、持ち前の身体能力で退避した先には──己より二回りは巨大な漆黒の影。


 位置関係や性格、先の戦闘結果等々。様々な情報を分析していたロウによる先回りである。


「いぃッ──!?」


 恐れ(おのの)き目を見開くカラブリア。


 当然、ロウが見逃す隙ではない。


〈よう、クソッタレ──()ァッ!〉


 大人と子供ほどの体格差。

 そんなものは知ったことかと、虚無の魔神は全力蹴撃(しゅうげき)


「お゛ッ、ごォ……!?」


 神をも超える反応速度で剣を構えた青年は──剣が砕かれ腰が折れ、石柱の林へと吹き飛ばされた。


 (くじら)偶蹄類(ぐうているい)特有の強靭極まる脚部による、腹部を打ち抜く中段前蹴り──八極拳(はっきょくけん)蝎子脚(かっしきゃく)


 竜をも殺す蹴りが(かかと)よりもなお硬い蹄で行われたのであれば、その威力は語るべくもない。


〈次〉


 遠方で響く衝突音に興味を示さず、山羊の金眼は次なる標的を見据える。


〈一撃だと……!?〉

〈アレへは近づくな、バアル。遠距離から圧殺しろ!〉


〈させるかよ、馬鹿が──無受(ナ・ヴェーダナー)(ナ・サンジュニャー)(ナ・サンスカーラ)ナ・ヴィジュニャーナム


 遠距離戦へ移行しようとする神々に対し、鼻で笑うロウは魔法を構築。魔力を食らい尽くす特殊空間を創り上げ、残る相手を封じにかかった。


〈……魔力が掻き消えた? 奴の操る魔法、我らの魔力さえも消し去るようだ。フクク、興味深いじゃないか〉


〈余裕ぶっこいてんなァ? サマエル。あんなにしこたま殴ってやったのに、もう忘れたか?〉


 剥き出しとなった土壌を(えぐ)り、神々の前へ移動する虚無の魔神。


 触腕で創り上げた腕を打ち合わせ、彼は続けて挑発する。


〈こいよ。どっちが上か、思い出させてやっから。そこの蠅爺(はえじじい)も、遠慮しなくていいぜ?〉


〈ク、クハハハッ。蠅とはな、我が真なる姿を知るか。いや……あの邪神がいれば、それも当然か〉


〈生まれたばかりの赤子が、なんとまあ増長したものだ。その自信が砕けた時、一体どれほど(ゆが)むのか……。イルマタルの下へ送る前に(しか)と拝んでやろう〉


御託(ごたく)は要らねえよ──さっさとくたばれ!〉


 互いの罵倒が一段落(いちだんらく)し──山羊頭の魔神と上位神たちが衝突する!


〈フハハハッ! 防戦一方かね!〉


 片や劫火(ごうか)と氷炎。両拳に相反する権能を宿し、拳に手刀に掌打にと神なる連撃を繰り出す有翼の青年。


〈先ほどの威勢は、虚勢(きょせい)であったか?〉


 片や紫電と烈風。雷光(ほとばし)り暴風吹き散らす長杖を振るい、打ち薙ぎ叩いて突き刺す黒髪の老人。


 いずれも神の名に(たが)わぬ極限の絶技。ロウの戦ってきた強敵の中でも、片手で数えられるほどに。


〈……〉


 その技量にいたく感心しつつ、腕と触腕とで守り応じる虚無の魔神はふと思う。


 こんな出会いでなければ、彼らと戦わずに済んだのだろうか。

 技を磨き高め合えるような関係になれたのだろうか──と。


 が、それもすぐに殺意で塗り潰す。


 この者どもはイルマタルを殺している。

 いずくんぞ躊躇(ためら)う必要があらんや。


()ッ!〉


〈ッ!〉〈ムウッ〉


 攻勢反転。

 修羅と化した山羊頭の魔神が打って出る。


 地を揺らして踏み込み、渾身の力で打ち込むロウの触腕の中段突き──十二の翼でふわりと浮かび、死神は攻撃を軽やかに躱す。


〈クハハッ!〉


 渾身の突きを隙と見た豊穣神は、雷霆(らいてい)と化してロウへ肉薄。


 嵐の権能を存分に込めた長杖を、魔神の腹へと突き出し──しかし、いとも容易(たやす)く逸らされた。


〈──ッ!?〉


 魔剣を宿せし虚無の魔神。その身が操るは太極拳(たいきょくけん)


 全ての動作が次なる動きの備えとなるこの体技の前に、目で見て捉えられる隙など存在しない。


 それすなわち、神をも(あざむ)く誘いである。


〈うちのニグラスが世話になったなァ? 蠅爺(はえじじい)


 腕の円運動により長杖を絡め捕ったロウは、逆手の肘を跳ね上げ(あご)を打ち抜く肘打ち一発。


〈ぐ、ぎッ!?〉

〈まだまだァッ!〉


 天へ打ち上げられる老神を、絡め捕った腕で繋ぎ止め──続けざまに、直下の地面へ叩きつけッ!


(ふん)ッ!〉

〈ごッ……〉


 揺れる大地にめり込む老神。


 そこで終わらぬ魔神は、締めに触腕での直下突きを叩き込むッ!


()()゛ァッ!〉


 吹き飛ぶ地面、飛び散る血肉。魔神の触腕が深々沈み、天地どちらも震わせる。


 初撃の震脚ほどでないにしろ、出来上がったクレーターはまたしても巨大。直下突きの破壊力を雄弁に物語っていた。


 その中心で豊穣神だった肉塊を確認し終え……ロウはぽつりと呟く。


〈お前で終わり〉


  横に裂けた瞳孔をぎょろりと動かす山羊頭の魔神。

 金眼で捉えるのは最後の一柱、空を飛ぶ死神である。


〈……図に乗るなよ。山羊頭の低能が。地を這う貴様ではついてこれまい!〉


 魔法が使えぬならばと権能を(たぎ)らせ双剣を創り上げるサマエル。十二の翼を存分に使い、死神は神速の一撃離脱を選択した。


 それは飛ぶ術を持たぬロウに対し、この上ない優位を持つかに見えたが──。


〈よう、久しぶり〉

〈ッ!〉


 ──接敵する時点で彼の土俵。魔法すらない単純な突進に、彼が合わせられない道理が無い。


()ァッ!〉


 双剣を硬質化させた触腕で受け流しての、カウンターとなる必殺肘打ち。


 八極拳大八極(だいはっきょく)挑打頂肘(ちょうだちょうちゅう)が、臓腑を潰して背骨を砕く!


〈ごッ──ぐ、ははッ!〉


 胴体が千切れるほどの一撃を受け──それでも、死神サマエルは笑んでみせる。


〈あ゛? んッ!?〉


 疑問に思ったその直後、ロウの胴が分かれて舞った。


「は、ははは! 見たかッ!」


 死角からの光波一閃。


 吹き飛ばされていたカラブリアによる、遠間からの横やりである。


 大英雄の放った光は魔神の空間変質魔法を切り裂き、破壊。


 のみならず、上下に分かれた魔神の身体を炎に包んで焼き尽くす。


〈フクククッ。よくやったぞ大英雄。それでこそだ〉


 周囲に展開されていたロウの空間魔法「無受想行識(むじゅそうぎょうしき)」は、胯の一撃で雲散霧消(うんさんむしょう)


 魔力の気配が場に満ちたことに安堵するサマエルは、千切れかけた肉体を再生させつつ大英雄を褒め称えた。


「有難きお言葉です、死神様。しかし豊穣神様が打ち倒され、妖精神様が(そそのか)されるなど……この魔神、一体何だったのですか?」


〈なに、妖精神に懸想(けそう)し近づきでもしたのだろう。あの婆も色狂いだ、遊んでいる内に本気となった、そんなところだ。異形の魔神が妖精神に欲情するなど、度し難いにも──〉


 ほどがある──そう続けようとした死神は突如閉口。身体を折り曲げ言葉を中断する。


〈グッ……!?〉


 突き刺さったのは魔神の拳。跳んできたのは漆黒の巨体。


 触腕を脚として跳躍したロウによる、捨て身の突貫。


 肉体を回復させていたのはサマエルだけに限らなかった。


〈……よくも、クソみたいな言葉をならべられたもんだな。死んで詫びろ〉


 逃がさないぞと足を掴んだ魔神は、膂力(りょりょく)にあかせて大車輪。


 死神を存分に振り回して跳び上がり──それを砲弾代わりに、直下の大英雄へぶん投げる!


〈──ッ!?〉

「くッ──ぐへぁッ!?」


 またも聖剣を盾にしようとしたカラブリアだったが──結果さえも全く同一。死神という名の砲弾が聖なる剣を砕き割り、大地が揺れて土砂が吹き飛ぶ。


〈フー……後は纏めて消し飛ばすか。『空・即ヤー・シューニャター・』──〉


 出来上がった新たなクレーターを見下ろす魔神は、下半身の再生すらせず追撃を構築。

 両手を竜の口部に見立て、爆縮した虚無を撃ちだそうとして──。


〈ヅッ……!?〉


 ──あえなく失敗。天地両面から迫る雷撃と暴風で、トドメを中断させられた。


〈まだ、生きてやがったか!?〉


〈クハハ、大英雄が貴様の空間を(はら)ったおかげでな。さあ、粉と砕けよ!〉


 攻撃の主は二色の魔力を振りまくバアル。


 神の鉛白色(えんぱくしょく)に魔神の緋色(ひいろ)。もはや隠さぬと魔力荒ぶる老神が、雷の嵐で仕留めにかかる!


〈ぐぅッ……〉

((っッ!?))


 再生を後回しにするほど前掛かりとなっていたロウに、回避の余地などあるはずもなし。


 虚無の魔神と彼の相棒たちは、雷地獄の(にえ)となった。


 昇る(いかづち)降る稲妻。全方面より迫る雷撃が、漆黒の魔力を呑み尽くす。


 僅か一分の間に千もの雷鳴が(とどろ)いたところで、魔神の残骸がバアルの前に落下した。


〈……〉


〈ようやく沈黙したか。本来ならばカラブリアに討ち取らせたかったが……これほどの強者ならばそうも言えん。念入りに潰して──!〉


 黒ずんだ塊を(ちり)へ変えようと目論む豊穣神が、魔法を放つその寸前──白い影が射線を通過。ロウだったものを拾い上げ、そのまま瞬時に離脱する。


〈ちッ。死にぞこないめ!〉


 雷撃による追撃を放つバアルだが、影は一顧(いっこ)だにせず逃走を(まっと)う。地平の彼方へ消えていった。


〈……イルマタルめ。単独で逃げずアレを回収するとは、よほど思い入れがあるのか? あるいはまだ生きていたのか。……いずれにしても、あれほど消耗すればすぐには出てこれまい。計画に支障はなかろう〉


 整理するように顎鬚(あごひげ)を撫でつつ、雷で大型犬ほどに巨大な蠅の群れを創り出すバアル。


 雷光で創り出したゴーレムたちに追撃を命じた老神は、叩きのめされた大英雄たちの治療へ向かった。

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