表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界を中国拳法でぶん殴る!  作者: 犬童 貞之助
第八章 帝都壊乱
271/318

8-26 墳墓混迷

 ちぢれた黒髪で長身の老人。それが目で見た第一印象。


 他方、「眼」で見た印象は大きく変わる。


 立ち昇る鈍色(にびいろ)の魔力は実体を感じるほどに濃く、上位者たる知恵の女神や太陽神に迫るほど。この要素だけでも只ならぬ存在だと理解させられる。


 豊穣神バアル。あるいは、嵐神バエル。


 銀系統の魔力ということは、今は神としてこの場に顕れたということか。


〈──! その醜悪(しゅうあく)なる姿、あの時の邪神か。魔神とつるんでいようとはな〉

「虫の如き降魔(ごうま)をとる貴様が、何をほざく!」


「おわッ」


 突如乱入してきた神の分析を進めるも、大魔法のぶつかり合いで強制中断させられた。


 大広間を(おお)い尽くす暗闇に、それを打ち払う幾条もの紫電。


 下半身が引き延ばされた内臓のようになっているニグラスと、彼女の宿敵たるバアル。出会って五秒の魔法バトルである。


 彼女が豊穣神を恨んでいることは過去の話から察していたが……これほど激烈だとは。完全に見誤っていた。


「むう、あれがバアルか。並々ならぬ魔力だが……妾の『竜眼』ですら、アレから魔の気配は感じんぞ」

「やっぱりか。ティアマトさんたちも会ったことがある風だったし、そうだろうとは思ってたけど。『竜眼』を誤魔化すってあり得るんだな」


「もう、何を暢気に。相手は上位魔神ですよ? 早くニグラスさんに加勢しないと危険です!」


 エスリウの言葉でドンパチ真っ最中だったことを思い出し、魔神と精霊のぶっ殺し合いに参戦する。


「貴様さえ、いなければ!」


 有翼系臓物(ぞうもつ)美女と化したニグラスは遠距離主体。スマルトブルーな魔力を(ほとばし)らせ、大小様々な闇魔法を乱れ撃つ。


〈フッ。信仰がなければ下位神程度か。差が付いたものだな? 邪神ニグラスよ〉


 対するバアルもまた同様。しかしその威力は隔絶(かくぜつ)している。


 闇の大魔法を飲み込む暴風も、闇の閃光を打ち砕く雷光も。


 要所要所でしか放たれていないというのに、彼の魔法は彼女の猛攻を圧倒する。


「くう……!」


 力の差は歴然。さっきの俺と竜人との戦いを再現したようでさえある。


 しからば、如何(いか)にするか?


「──あんたもニグラスをハメた魔神なんだ。卑怯とは言うまいな?」


〈ん!?〉


 答え: 周りを囲み、数の暴力でボコるべし。


 相手がわざわざ単独で顕れたのだ。この利を生かさず何とする?


「消し、飛べ!」

燎原烈火(りょうげんれっか)っ!」

冰天雪窖(ひてんせっこう)っ!」


 俺が雷魔法をぶちまけるタイミングに合わせ、三方向から必殺級の魔法が殺到し──炸裂!


 魔神の炎に雷に、竜の冷気に精霊の闇。


 混ざり合ったそれらは色とりどりの輝きとなって拡散し──神の建材を突破し、結界すらぶち抜く大爆発となった。


「ぐべばッ!?」


 当然、そのとんでもない余波は俺をもぶっ飛ばす。


 ですよねー。


(ロウ、ご無事ですか?)

「ぐおっほ……ふっ飛ばされはしたけど、衝撃波くらいのもんだし。平気平気」


 瓦礫(がれき)の山を蹴っ飛ばし、一人山からひょっこり生還。


 黒刀から送られてきた念話は深刻ではなく、銀刀に至っては念話すらよこさない。


 実際平気なんだけども……こいつら最近、俺のことおざなりに扱い過ぎじゃね?


(ついさっきまでお前さんが竜に対して怒り狂っていたから、控えていたんだよ。全く、こっちの気も知らずに)


「そっすか。なんだかすまんね」


 形ばかりの謝罪をきめつつ、現状確認を急ぐ。


 散乱する瓦礫(がれき)に、倒壊した壁面、崩落済みの天井。大英雄に祈りを捧げるための大広間は、星明かりが降り注ぐ神秘的な空間へと変貌していた。


(人族社会にとって重要な意味を持つ霊廟(れいびょう)を完全に破壊しといて、何呆けたこと言ってんだ?)

(少々詩的なことを言えば誤魔化せると思ったのでしょう。ロウですから)


「そういうこと気付いても言わなくていいから」


 空気の読めない曲刀たちに(いきどお)りながら、夜空を(あお)ぎ見る。


〈……クハッ。クハハハッ!〉


 響く哄笑(こうしょう)、煌めく緋色(ひいろ)鉛白色(えんぱくしょく)

 神と魔神の魔力を(ほとばし)らせるのは、ちぢれた黒髪を逆立たせる老神だ。


 壮麗(そうれい)だった衣服は乱れに乱れ、手も足も焼けたり凍結したり穴が空いたりと傷だらけ。上位魔神といえど、消耗度合いは少なくないらしい。


 俺とエスリウは結界により力が減じていたが、ウィルムとニグラスは全力全開のはず。むしろ、よくあの程度に抑えたというべきか。


〈くはは……奴はフォカロルとその血縁以外、取るに足らないと言っていたが……中々どうして。()を使った甲斐もあったというものだ〉


 (にぶ)(つや)めく黒い歯を見せ、笑みを深めるバアル。ただそれだけで、天がどよめき気流が荒れて、豪雨雷光が降り注ぐ。


 魔力を解放するだけで天候を激変させる様は、あの古き竜たちを彷彿(ほうふつ)とさせる現象だ。こいつの場合は“嵐神”ということも関係していそうだが。


「派手に天候変えちゃったけど、いいのか? お前のこと、神にもバレるぜ?」


〈くはは、魔神が神をあてにするか? だが、奴らは来まいよ。なにせ──〉

「──魔神を(はら)う、私が来たからね」


「!?」


 突如割り込んできたのは聞き覚えのない(ほが)らかな声。


 その声の主もやはり見覚えがなく、黒髪黒目の美青年。


 端麗な容姿ながらどこか東洋を感じさせる彫の浅めな顔立ちに、クセではねたやや長めの髪。白装束(しろしょうぞく)の上からでも分かる筋肉の盛り上がりには、実戦の中で鍛えられたような機能美が見て取れる。


 そして何より──その身より溢れ出ている虹の魔力。絶対強者の持つそれだ。


「この魔力……まさか、古き竜……か?」


「頂点たる存在と見られるのは悪くはないが、世を乱すものと同じ扱いをされるのもな」


 墳墓(ふんぼ)の奥からやってきたらしい青年は、鼻を鳴らすと光の粒子を集めて剣を生成。


 華美(かび)な装飾のそれを握ったかと思うと──無造作に薙ぎ払った。


「うほあぁッ!?」


((!?))


 右から左へ流すだけ。


 そんな単純極まる所作ながら、起こった事態は甚大(じんだい)そのもの。


 大広間(元)を埋め尽くしていた瓦礫の全てを、光の波動で綺麗さっぱり押し流してみせたのだ。


(今のは魔力の刃、なのか?)

(崩れかけていたとはいえ、何でもない動作でこの建物を破壊するなんて……)


「なんつー滅茶苦茶な……って、感心してる場合じゃねえぞ!? あいつらは──」

【──カアッ!】


 無事か──と気に掛けた瞬間、胸から突き出す血まみれの腕部。


「ぐッ、てッめ……!?」


 腕の主は先の竜人。


 つまるところは息を潜めた背後からの奇襲。


 俺たちの大魔法か、はたまたさっきの光の波動か。いずれかの衝撃で意識を戻していたのだろう。


【カハハハッ! 状況はよう分からんが、貴様を殺せるならば何でもよい。さあ──内から()じれよッ!】


 高笑いを聞く内に捩じれを感知。貫かれた胸を起点に、俺の内側を絞り引き込むような力が荒れ狂う。


「げぶッ……」

(ロウっ!?)


 背骨を伝い脳髄(のうずい)に直接ぶち込まれる振動。

 千切れ潰され()ねられる神経の信号。

 断裂する筋肉と破れる内臓の発する悲鳴。


 それらは俺が人間だった頃ならば、一秒と経たずにショック死していただろう激烈な痛み。


 さりとて──いずれも問題なし。


 この俺が、魔神たる俺が。

 内側を蹂躙(じゅうりん)された()()で怯むかよ。


「……まどろっこしい。殺すなら、最低でも解体しろよな」


 血反吐を吐きだし準備完了。


 (おの)が両腕を半降魔(はんごうま)へ移行して、内で暴れる“捩じれる”権能を、“虚無”でもって捻じ伏せる。


【……あり得ん。何故動ける!?】


「言うかよ、馬鹿が」


 突き刺さる腕をへし折り、それを()()()代わりに相手を拘束。


「くッたッばッれェ!」


 お膳立てが完了したところで──肘打ち、頭突き、後ろ蹴りをしこたま叩き込むッ!


【お゛ッ、ごッ、あ゛ッ!?】

「はははッ! 遠慮すんなよ、なァ──!」


 秒間数十発もの豪打連撃ぶちかまし──攻撃の気配を(にわ)かに察知。


 瞬時に身を(ひるがえ)し、突き刺さっていた腕を切断。クソ野郎を壁にして、光波と雷撃をやり過ごす。


【ア゛ガアァァッ……】


「あらら。酷いことしやがる。炭になっちまったじゃんか」

「蹴る殴るしたうえで盾にした君が言うか。……この外道ぶりに、胸を貫かれても死なない生命力。やはり魔神とは祓わなければならない存在のようですね、バアル様」

〈……不完全な召喚だったとはいえ、邪竜ニーズヘッグをこうも容易くあしらうか。この者は明らかに上位魔神だ。心してかかれ、カラブリア〉


「うん? カラブリア?」


 炭化した竜人を放り捨て回復に(いそ)しむ中、不意に聞こえた聞き覚えのある名前。


 カラブリアといえば行方不明になった騎士のはずだが……はて。


 バアルはどう考えても現れた青年へ話しかけていたが、かの騎士は灰色髪の青年。瞳だって赤かったような気がする。顔立ちに至っちゃ西洋美形だし、黒髪黒目なこの青年とはまるで似ていない。


 会って間もない俺ですら、一目で彼ではないと判断できるほどだ。


(……ロウ、なにやらきな臭いです。あの人物も、この状況も。ひとまず竜は死にましたが、気を緩めないでくださいね)


「分かってるよ。……こんだけ派手に騒いでるのに神が来る気配もないし、結界のせいで魔力感知が上手くいかない。罠にハメられてるのが間違いない現状、油断なんてあり得んよ」


 憑依(ひょうい)状態へ移行する黒刀に答えつつ、半降魔状態の腕に権能を伝わせる。


 権能を帯びた漆黒の魔力を押し固めて創り出すは、あらゆるものを曖昧(あいまい)とする“手甲”。物理現象魔法干渉問わず一切を不確かとする盾であり、矛だ。


「闇で防御を固めたのか? 我が光の聖剣に対する答えがそれとは、なんとも邪悪な魔神らしい。……バアル様、隠れている女性たちはお任せします。この魔神に(そそのか)されている者を手に掛けるのは、抵抗があるので。……私ではやりすぎてしまう」


〈よかろう〉


「「「っ!」」」


 気配を断って機を(うかが)っていたニグラスたちは、既に気取られていたらしい。やんなっちゃうね全く。


 状況は一対一と三対一。

 仕切り直しの始まりだ。


◇◆◇◆


 聖剣を創り出した光の粒子を再度操り、今度は純白の鎧を生み出すカラブリア。


 溢れる光と共に装着する様は変身ヒーローのようで、なんだかとっても格好良い。


「殿下のみならず、あれほど美しい女性たちを手籠(てご)めにする。仮に魔神でなくとも、君の所業は許されるものではないな。命でもって(あがな)ってもらおう」


 白き聖剣の切っ先を向け、居丈高(いたけだか)に語る鎧男である。


 前言撤回。全身真っ白でうっとおしいわ、これ。


「手籠めて。いきなり滅茶苦茶な言いがかりつけんなよ。つーかあんた、カラブリアって呼ばれてたけど、どういうことだ? あの騎士の人とは別人だし。カラブリア・エステって名前、何人もいるのか?」


下種(げす)に語る言葉は無い!」

「おひょうッ」


 すげなく問答が打ち切られ、代わりに聖剣光波が飛んできた。


 神の建材すらやすやす削る光の波は、受けずとも分かる超威力。明らかに人の領域から逸脱した力である。


「おおぉぉッ!」


 そんな破壊力を発する真っ白男だが、運動能力も凄まじい。


 竜たる速度にあったニーズヘッグより確実に速く、ギルタブを憑依させた俺すらも上回る。それも力にあかせた動きではなく、(つちか)われた技術が見えるよい動きだ。


「ハハッ! 避けるだけで手一杯か!」

「……」


 上段からの振り下ろしは深く踏み込まれ、振り切られた次の瞬間には刃が(ひるがえ)る。


 逆袈裟(ぎゃくけさ)に斬り上げたかと思えば、下がりながら斬り払い、そこから怒涛の連続突き。切れ目なくつながる攻撃は、それはそれは見事な剣技である。


 加えて、時折差し込まれる光の魔法。彼の周囲で(ただよ)う光球が自動で光線を放つことで、ほんの僅かな隙をも潰す。


 正しく絵に描いたような完璧さ。一見すると付け入る余地など無いように思える。


 だが──。


「……おままごとだな」


「き、貴様……ッ! 何故刀を抜かない!」


 ──彼の剣技は、綺麗に過ぎる。


 動きこそ洗練されているものの、型にはまったそれは(すこぶ)る分かりやすい。速度が凄まじかろうと予測が利くのだ。


 魔法も同様。

 飛んでくるのは要所要所の溜め段階。発射地点が浮かぶ光球と分かっていれば、事前に空間魔法を置いておけばそれで終わりだ。


 おまけに()()もない単なる急所狙いの攻撃となれば、もはや俺が手こずるわけがない。


「抜かせてみろよ。実力でさ」

「この、ガキがッ! 舐めやがって!」


「おぉっと? 地金(じがね)が見えるぜ? 大英雄!」


 手首を返してくいくい指を動かせば……激した男の剣は加速する。


「死ねッ! 死ねよ!!」

「お断りでーす」


 振った先数百メートルを深淵なる谷とする、剛剣振り下ろし──剣の腹に手を添えふわりと逸らす。


 振り下ろしから瞬時に返った、地を這う斬り上げ一閃──回り込むようにして軽やかに身を躱す。


 逃がしはしないと半回転しながら繰り出される、空裂く剛閃薙ぎ払い──深く沈み込み、身長差を生かしてぬるりとやり過ごし……ここで攻勢反転。


「──」


 余裕を剥ぎとり生じた間隙(かんげき)一打(ひとう)ちでもって打ち崩す。


 (かが)みこんだ状態から一気に身を起こし、しなった枝が戻るかの如き裏拳──八極拳(はっきょくけん)小八極(しょうはっきょく)崩歩捶(ほうほすい)を、全霊の震脚と共に叩きつけるッ!


(ふん)ッ!」


「ごッばぁ!?」


 得物を振り抜き隙を晒す相手に、我が一撃を避けられる道理なし。


 土手っ腹(どてっぱら)にめり込んだ黒い拳が純白の護りを打ち砕き、肉の内側を壊し尽くす。


 震脚の音が響く頃には遠方の壁に激突していたカラブリア。どうやら、音速の数倍もの速さでぶっ飛ばしてしまったらしい。


 ……終わってみればさしたる傷もない。奴が如何にしてこの力を得たのか、気になるところだが。大して強くなかったし、捨て置いていいか。


 というか、今のであいつが死んでいたら、俺も英雄殺しになっちゃうのか……?


 いやでも、あいつから襲い掛かってきたから正当防衛だ。


 ならば良しッ!


(実に魔神らしい二つ名だ)

(エスリウたちを下卑(げび)た目で見ていましたし、ここで()んでおいた方が良いでしょう。ロウは楽々捌いていましたが、他の者ではそうはいかなかったでしょうし)


「えッ、そんな目で見てたの……? じゃあざまあみろってやつだな! それは置いとくにしても、下手すりゃ古き竜並みの接近戦闘力だったし。必要な犠牲ってことで納得してもらうか」


 どこまで本当か分からない相棒の言葉を聞きつつ、雷鳴轟く戦地を目指す。


 漂う火炎球やら突き立つ氷柱やら闇の大爆発やらで、彼女たちが生きていることは把握できているが……相手は謎多き上位魔神。急いで加勢せねば。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ