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異世界を中国拳法でぶん殴る!  作者: 犬童 貞之助
第八章 帝都壊乱
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8-24 屍山

 夕闇の中で空間魔法を駆使すること数度。打ち上げられた赤い光魔術が煌々(こうこう)と照らす戦場上空に、褐色少年は到着した。


「──目印があって分かりやすかったけども。思ったほど被害がない、か?」


 立ち上る黒煙に散乱する瓦礫(がれき)、健在な大英雄の墳墓(ふんぼ)と、我が物顔で闊歩(かっぽ)する邪竜たち。その中に人影が皆無であることを確かめると、ロウは安堵の息を漏らす。


「妙なことだ。墓を見に訪れる者に、墓を管理する者。あの建物には大勢の人族たちがいたはずだろう? それらの影形が無い。遠巻きに見ている警備兵くらいか」

「中にもいないってことか? 観光客に関しては、夜だからいないかもしれないけど……」


「今は好都合です。討伐部隊は編制中でしょうし、周辺にいる警備兵たちも少数。手早く畳みましょう。ロウさん、空間魔法で彼らの保護をお願いします──」


 ガーネットの瞳を(すが)めて疑問を示す竜の美女を尻目に、好機と見た象牙色の魔神は魔法を構築。


 闇夜を切り裂く灼熱球を幾つも創り、何事かと見上げる竜たちへ放り投げ──。


「「「ッ!?」」」


 ──極大爆発を発生させた。


「ちょッ!? 少しくらい待てよ!」「むうっ」


 着弾した白球は特大の火柱となり、周囲の大気を(むさぼ)り焼き焦がす。


 摂氏(せっし)万を超すその灼熱は、内側へ閉じ込められた邪竜たちを炭すら残さず蒸発せしめるほどだ。有無を言わさぬ瞬殺劇である。


「熱ッ!? ……エスリウ様、派手にやりすぎでしょ。地面融けてるじゃないですか。この人たちの保護、間に合わなかったらどうするつもりですか!?」

「神の眷属(けんぞく)級と聞きましたので、火力を強めにした方が良いかと考えたのですけれど……やり過ぎたかしら。まあ、ロウさんなら間に合うと信頼していましたから。うふふ」


 空を白めた柱はエスリウが指を鳴らすとたちどころに消え去ったが、被害は甚大(じんだい)。着弾地点は地面が煮立って赤熱し、火山の噴火口の如き様相だ。


「「「……」」」


 それを見て生唾を飲むのは、ロウが空間魔法で引き寄せた衛兵たち。彼らは空中にいるという事実も忘れ、残響する爆音と赤熱する大地に釘付けとなった。


「はっ。この程度、どうとでもなろう。見ていろ」


 一方、褐色少年の驚きようを見てむくれてしまうのは蒼髪美女。


 竜たる彼女は赤き瞳に対抗心を燃やし、金の魔力を両の手へと集め始める。その集束は竜巻さながらに猛烈である。


「んん……今度は寒い? って、おいッ!? ちょっと待──」


 呼吸すら危うい焦熱地獄(しょうねつじごく)から一転、衣服が凍結するほどの冷気が吹き荒れる上空。


 当然ロウは止めようとするが──竜の御業に割り込めるはずもなし。


冰天雪窖(ひてんせっこう)っ!」


 両の手を合わせ竜の口部へ見立てたウィルムは、銀なる閃光を眼下へ照射。


 極冷状態の息吹でもって、墳墓周辺を氷河に閉ざす!


「っ!?」「むう」「どわぁッ!?」


 範囲こそ絞られているが、その威力は正に竜の息吹そのもの。


 一撃の下に創り出された大氷塊は、遠巻きに観察する衛兵が氷の山脈と見間違ってしまうほどに巨大だ。


「ふふん。どうだ、ロウ。妾にかかれば魔神の炎など一息だ」


 これが竜の力だと胸を反らし偉ぶる美女。ところが、周囲の反応は──。


「おま、容易いぞじゃねーよ。建物が氷河に埋まっちゃったじゃねえかッ!」

「上空にいてなお肌が凍りつくとは、凄まじい冷気だ。離れて観察する者には配慮したようだが……建物内にいる者は死んだのではないか? 騒ぎを収めるために騒ぎ以上のことをしでかすとは、流石は竜だ」

「良くて凍死寸前の仮死状態でしょうね……ウィルムさんらしいです」


 ──等々、酷く辛辣(しんらつ)である。ウィルムの顔が(みにく)(ゆが)もうがお構いなしだ。


「黙って聞いていれば細かいことをくどくどと。鎮火したのだから問題はあるまい。大体だ、大地を煮立たせるほどの灼熱を放った、貴様に言われる筋合いはないぞ? エスリウ」


「ぅっ。確かに先ほどの大魔法は、ワタクシもやりすぎてしまったと思っていましたけれど……」

「はぁ。まともなのは私だけか」

「あーはいはい。じゃれ合ってないで手ぇ動かしましょうねー」


「ななな……なんだってんだ?」

「あり得ねえ。あの大墳墓が、丸ごと氷漬けに」

「あははは。暑かったり寒かったり、凄い夢だ」


「ご迷惑おかけしました。もう終わりですんで」


 氷結地獄と化した地上に降り立ったロウは、ひとまず警備兵たちを解放。説明すらせず放逐した後は、白き山を黒刀でもって掘り進んでいく。


 エスリウの炎やニグラスの闇が加わり、彼らの掘削(くっさく)作業はすぐに終わりを告げた。


「──あれ。空間が……あ、そうか。ユウスケのお墓は神の結界で守られてるんだったか」


 氷山を掘っていけば、ドーム状の空間にぶつかるロウたち。


 冷気で冷えこそすれ、そこは竜の息吹や魔神の大魔法による影響が見られない。昼間少年が訪れた時と同じように、建造されたてのような外観である。


「加減したとはいえ、妾の息吹を防ぎきるか」

「これなら中に人が居ても無事そう……いや、この臭いは──」


 氷河の内側への侵入を果たした少年だが──その表情は、軽口を言い合っていた頃とは打って変わって鋭さばかり。幼い顔立ちに不釣り合いな険をのぞかせる。


「血の匂いだな。それも、多少時間が経っているか」

「……急ぎましょうか」


 清浄なる霊廟(れいびょう)に只ならぬ気配を感じ取ったロウたちは、言葉少ないまま先を急いだ。


◇◆◇◆


 大英雄の墳墓内部は、夜も明るい。


 元より自然光を取り入れない構造であること。そして、神の創りし光球がいつでもほのかに照らしていること。建材の全てが白で構成されるこの建物内は、常に同じ状態で保たれていた。


「──……」


 その清浄な空間を、赤黒い液体や黄やピンクの肉片が塗り潰す。


 鋭利な切断面を覗かせる腕部。

 脳髄(のうずい)をぶちまけ爆ぜた頭部。

 ()ねられでもしたかのように球状となる変死体。


 鉄と()い粘液と消化物の臭気が充満する場は、()()が十や二十で利かないことを暗に示していた。


「多いな。それにこのやり口は、力を試しているようだ」

「なんて(むご)い……。統一性のない殺害方法から察するに、複数犯でしょうか」

「残留する濁りきった黄色の魔力は同質。単独だろう……やいロウ、どうかしたか?」

「神の結界を『魔眼』で分析していらっしゃるのかもしれません。ワタクシも力が減じていると実感しますから」


 虚空を見つめるロウを見て、エスリウはかような解釈を行ったが……。実のところ、少年の虚ろな視線は何も捉えていない。思考が完全に内へと向いていたのだ。


「……」


 彼の脳裏をよぎるのは、かつての仲間たちの死。盗賊団バルバロイの拠点で見た凄惨な光景である。


 血の赤も臓器の紫も骨の白も。溶解した消化物の名状(めいじょう)しがたい臭いも。酵素(こうそ)が臓器を分解する異臭も。


 全てがあの、(いま)まわしい記憶を刺激する。


「──さん、ロウさん?」


「んほお!?」


 短くない時間内面に沈みこんでいた少年だったが、肩を揺さぶる友人の声で引き戻された。


「失礼。ちょっと昔のこと思い出してました」


「……大丈夫ですか? この方たちは殺害されてから少し時間が経っているようですし、ワタクシたちがどんなに急いでも助けられなかったと思われます。ですので、気に病むことはありませんよ」

「気を遣わせちゃって申し訳ないです。……もう平気ですんで、警戒しながら進みますか」


 鼻先に迫っていた少女の顔を引きはがし、彼は固まりつつある血の海を進む。


 進めど進めど変わらぬ屍山血河(しざんけつが)。一歩踏み出す度、仲間の顔が浮かんでは消える。


「「「……」」」


 ロウの過去を薄ぼんやりとしか知らぬニグラスでさえも、直視することが(はばか)られる空気感。今の少年の纏う雰囲気は、それほどまでに刺々しい。


 そんな空気を知ってか知らずか、竜たるウィルムがふとこぼす。


「ふむ。ここの連中は先の連中とは異なるようだ」


「……ん? いきなりどうした?」

()れ者めが。殺され方は変わらぬが、鎧が武器の残骸があろう」

「ああ、そういう……。でも、入り口側じゃなくて奥の方なんだ。入り口で応戦するもんかと思ったけど」


「外ではなく内より召喚したのであろう。なにやら、奥の方が魔力の気配も濃い。召喚されてすぐ衛兵どもや人族どもを追い、鏖殺(おうさつ)した。そんなところか」

「それにつけても、この死者の数は……。騒ぎとなっていないのが酷く不気味です」


 拾い上げた情報を精査する内に、一行は大広間へ到着する。


 本来は大英雄を()した石像が中央に据えられ、直下に置かれる献花台には色とりどりの花がいつでも彩る。


 外周には神々の石像が立ち並び、魔を感知するそれが不動のままに警備を続ける巨大な空間。


 そんな荘厳(そうごん)なる空間は……今や見る影もなく荒れ果てる。


 神々の石像が粉と砕かれ、通路とは比べ物にならない数の死体が(うずたか)く積み上げられるありさまだ。


【──……】


 その山の頂点で、胡坐(あぐら)をかき瞑想をする者が一人。


 人と蛇の混ざったような鋭く細い面立(おもだ)ちに、後方へ伸びる捻じれた双角。


 浅黒い肌は血に(まみ)れ、手先足先には刀剣さながらの爪が光り煌めく。頭髪を生やしぼろを纏う人型ながら、人族のどれとも似つかぬ翼や尾を具える男。


(……? 人と竜が混じったような形態のヴリトラと、似てる?)


 竜人。男を見上げるロウの脳裏に、そんな言葉が思い浮かぶ。


【カカカ。強者が来ると言うから待ってみれば……幼い子供に武装すらせん女か。あてが外れたわい】


 炯々(けいけい)たる赤き眼で睥睨(へいげい)した男は、大仰(おおぎょう)に嘆くと腕を突き出し──手の平を握りこんだ。


「「「──っッ!?」」」


 途端、ロウを中心に空間が収縮。


 見えざる力が一気に迫り、四人を圧縮するかの如く押しつぶす!


「むぎゅぅ」

「魔力も無しに……!?」


「なりそこない風情が、権能を(つかさど)るか。それよりも、だ。エスリウ、貴様何故、尻を向けた状態から、ロウを抱き寄せる体勢に変えた?」

「うふふふ。何故でしょうね? 半身を抱き込むウィルムさんと、同じ理由かもしれません」


 とはいえ彼らは人外。若いとはいえ竜に魔神。


 人であればたちまち絶命する力場であっても、痛痒(つうよう)にさえ至らない。


「やはりまともなのは私だけか──ふ!」


 どさくさに紛れてロウへ抱き着く二人を差し置き、ニグラスは魔力を全力解放。


 その膨大な魔力を闇へと変えて、見えざる力場をふっ飛ばす!


【む。ちいと骨がありそうな奴もおったか】



「お前たち、遊んでいる場合か? この力、殺戮(さつりく)を尽くしたもので間違いないだろうに」

「……確かに。きっちりと始末するか」


 呆れる精霊の一言で少年の眼光が鋭さを増し、(にじ)む魔力が増しに増す。


 美女二人に抱き着かれるという、常であれば鼻の下を伸ばす状態にありながら、その表情に緩みはない。


【カハハハ! 心地良い殺気を放ちよる。先の大魔法の気配は貴様──】


「──ッ!」


 (しかばね)の山に座す男が喋りきるその前に──ロウは問答無用の居合切り。


 黒刀を抜き打ち一閃を(はし)らせ、魔力の刃を叩きつける!


 脚の踏み込み、腰の回転、肘の伸展(しんてん)


 百分の一秒にも満たない動作で放たれた魔神の斬撃は、寸分の狂いなく首へ向かい──甲高い音と共に弾かれた。


「……!」


 男に魔法を用いた気配はない。さしものロウも、この事態には瞠目する。


(はや)いな? やけど、儂の前では何の意味も成さん──】


「──()()()が。はしゃぐなっ!」


 竜人が笑みを刻む間もなく、今度は背から氷を纏った(かかと)落とし。


 ロウの居合に乗じて裏をとっていたウィルムが、ここぞとばかりに追撃する!


「くっ、たっ、ばっれ!」


 屍山(しざん)を氷山に塗り替える一撃から次ぐ攻撃は、凍れる手刀と煌めく足刀。辺りを氷河に変える竜の連撃が、大広間に荒れ狂う。


 されど、美女が竜なら男も竜。絶対零度を纏う攻撃さえも、邪竜ニーズヘッグは不可視の権能で受け止め、押し返し、弾き飛ばす。


【カハハッ! 大口を叩いたわりにゃあ、他愛ない。届いとらんぞ?】


「哀れなことだ──状況も見えんとはなッ!」

【ぬッ!?】


 “(ひずみ)”の力で竜の猛攻を(さえぎ)る男は、確かに無傷を保っていたが──足が動かぬ異変に気付く。


 青玉竜(せいぎょくりゅう)が発して創り出すは、神すら(こご)える氷の領域。


 そんな場で足を止め彼女の攻撃を受け続けるなど、愚の骨頂(こっちょう)である。


「凍れ、下種(げす)め」


【ちっとは……やるよーやのう!】


 全開となった冷気で瞬く間に凍り付く竜人は、しかし全く動じず力を解放。


 紅蓮の瞳孔を縦に割り、魔力の圧で氷の全てを粉と砕く!


【カァアアッ!】


 ただ発するだけで神の建造物をずしりと揺らす、爆発的な魔力の奔流(ほんりゅう)。その色は(にご)りに濁っていながら、黄金の煌めきを宿す。


 それすなわち、この世の頂点たる証明。竜属を示す証である。


「金色ッ!?」

「この力にこの色彩。まさか邪竜ではなく、真なる竜……?」

(たわ)けめ。これほど品のない魔力が同族であるはずがなかろうが。そもそも、妾を竜と見抜けぬ時点で(まが)い物だ」


【なにィ? 貴様ら、魔力の“色”を見抜けるんか】

「……私だけが仲間外れか」


 互いが互いの情報を(つか)み、一人を除き面々の緊張感は増しに増す。


「……」


 その中でロウはふと気付く。転がる頭部の一つが、昼間に出会った騎士のものであることに。


 瞬間、かつての仲間の顔と遺骸(いがい)の顔とが重なった。


 父親を知らぬ己に、厳しさと確かな温かさを教えてくれた団長。


 後輩というよりは弟を可愛がるように指導してくれた兄のような斥候(せっこう)長に、何かにつけて甘やかしお土産お下がりを与えたがった姉のような筆頭補佐。


 少年が溢れた思い出に(おぼ)れたのは、秒にも満たない僅かな時間。


 されどもそれは、彼の殺意を臨界とするには十分なものだった。


「……ふざけやがって」


 逆立つ黒髪。(すぼ)まる瞳孔。(きし)む歯、締まる筋骨。


 ロウの意識は、殺意に呑まれた。

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