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異世界を中国拳法でぶん殴る!  作者: 犬童 貞之助
第八章 帝都壊乱
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8-16 皇女と魔神

 野次馬や衛兵の囲いを抜け人混みへと脱した少年少女。魔神釣り出しという名目の逢い引きは続く。


 (りん)とした空気が鳴りを潜め、多感な時期ならではの弾けるような笑顔を見せるのはユーディット。俗なラブロマンスさながらの逃避を行う彼女は楽しげだ。


 対するロウは、多少照れを見せつつも見事に少女を先導。


 人外特有の筋力と柔軟性で活路を無理やり切り開き、魔神の感知力で見回る兵とかち合わないルートを選択。少年は巧みに逃避行を成功させた。


「──ふぃ~。ここまでくれば安心ですかね。結構移動しましたけど、平気ですか? 殿下。腕とか足とか」

「ええ、問題ありません。けれど少し(のど)が渇きました。日陰で休みましょう」


 逃亡先は刈り揃えられた(しば)の緑が美しい公園。秋でも緑が多く、のんびりとした昼下がりを楽しむ人々がロウの目に留まる。


「帝都にもこういうところってあるんですねえ。闘技場や近くにあった美術館は、柱! 石像! 装飾物! って感じで、派手な印象が強かったんですけど。とっても穏やかで落ち着きます」


「臣民に娯楽を与えて不満を解消し、その中で我が国の威光を示す。それが闘技場や美術館の役割です。対して、ここは(いこ)いの場。あまり飾り立てると気が休まりません。それでも、大型噴水や植物、街路の配置にはこだわっていますけれど」

「ほぇ~」


 水()()で創り出した氷のグラスに水を注ぎ、喉を鳴らすユーディット。


 (なま)めかしい嚥下(えんげ)運動に見惚(みと)れ、しかし黒刀から殺気を飛ばされ正気に戻ったロウは、動揺を誤魔化すように口を開く。


「殿下、魔術じゃなくて魔法を使えるんですね。人族が使ってるの初めて見ましたよ」

「ユウスケ様の末裔(まつえい)ですからね、わたくしたちは。神すら凌ぐ力の一端に、膨大なる魔力があります。水の一杯に上級魔術ほどの魔力を消費しようとも、儀式魔術を幾らでも撃てる身には痛痒(つうよう)となりません」


「ほほぉ。サロメ殿下も魔法陣の浮かばない火の玉をぽんぽん構築してましたけど、そういうことでしたか」


 ロウの脳裏をよぎるのは闘技場での出来事に、帝都へきた当初のことだ。


 発動に際し術式を用いず、精霊とは異なる銀系統の魔力を発する技法。同程度の現象を発生させるのに、魔術の数十倍もの魔力を消費してしまう秘術。多種族と比べ魔力に劣る人間族が扱うには、あまりに非効率である。


 神や魔族の専売特許という枠組みで理解していた彼にとって、魔法を扱う姉妹の存在は衝撃的だった。


「う~む。殿下って魔法少女だったんですね。オリハルコンの剣ぶん回す武闘派ってのがアレですけど」

「あら。『魔法少女』だなんて。貴方、意外に勉強熱心なのですね? ユウスケ様のお言葉の中でもあまり使われないものなのに、咄嗟に引用するだなんて」

「えッ。いやー、こう見えて大英雄様に心酔(しんすい)してますからね。ハハハ。……あいつ変な言葉遺しすぎだろ、マジで」


 自分の発言を棚に上げつつ人生の先達を(なじ)る褐色少年。万事適当な彼が己を(かえり)みることは稀である。


 黒髪と金髪。金眼と黒眼。褐色と色白。色彩を反転させたような少年少女のお喋りはなおも続く。


 見て回った露店に関する所感だったり、食事処で食べた軽食の感想だったり、衛兵を撒いたときの高揚感だったり。次第に弾んでいく会話の中で、ユーディット・ユウスケ・フィリッポス・ランベルトの人となりを、ロウは段々と理解していった。


◇◆◇◆


 公園に留まり他愛ない話に興じたロウたちだったが……目的は未だ果たせていない。


 すなわち、魔神ないし眷属(けんぞく)が顕れる気配がないのだ。


「ん~。殿下の生存を察知したらすぐにくると思ったんですけど。上手いこといかないもんですねー」


「すぐに彼らの耳に入るとも限りません。が、やはり拍子抜けではあります。それでも、こうして穏やかな時を過ごすというのも悪くありませんね。宮殿ではこうもゆったりとした時間はとれませんし……サロメが宮殿を抜け出したがる理由、少しだけ分かった気がします」


 ベンチに腰かけ木陰で涼む二人に当初の遠慮はなく、気心知れた間柄のように(くつろ)ぐ状態へ移行している。特に感謝の念を伝えたユーディットは警戒や遠慮の色が薄れ、妹に話しかけるような気安さすらあった。


 そのため、上空で監視する竜と魔神からは「馴れ馴れしい」だとか「距離が近い」だとか「また(たぶら)かした」などと文句が噴出しているが、当然地上には届かない。


 もっとも、褐色少年の場合は聞こえていても馬耳東風(ばじとうふう)、聞こえぬふりを貫き通すに違いないが。


 そうこうしている内に日が陰り、傍目(はため)にはイチャイチャしているだけだった釣り出し作戦も終盤となった。


「──上空からの連絡は無し。今日は空振りに終わっちゃいましたね」


「そのようですね。しかし、良い息抜きになりましたよ、ロウ」

恐悦至極(きょうえつしごく)に存じます~って、あれは……?」


 おどけていたロウは不意に表情を改める。


 少年の視線の先には粗末な服を着る人々の影。彼らには一様に首輪や手枷がはめられており、扱いの一端が見てとれた。


「あれは奴隷(どれい)商です。髪が濡れていますから、奴隷たちを噴水で身体を洗ってきたのでしょう。大衆浴場を使うよう通達しているのですが、困ったものですね」

「奴隷、ですか」


 特段嫌悪感情を(にじ)ませることなく語られた言葉で、少年の眉間(みけん)にしわが寄る。


 様々な土地を渡り歩いてきたロウだが、幸か不幸か今この時まで奴隷という制度に触れてこなかった。


 関わり合いの中で一番近い体験は、友人カルラが傭兵団に隷属(れいぞく)させられていた時のこと。奴隷というものに良い印象を持つはずがない。


「貴方の住んでいる地域では制度が無いのでしたね。奴隷の能力に応じて働き口を斡旋(あっせん)できますし、懲罰(ちょうばつ)制度として優れているように思うのですけれど」


「懲罰ですか。しかし、連れられているのは成人してない子供ばかりのようですけど……」

「子供を専門に扱う商人なのでしょう。もしくは、労働力として価値ある大人は既に売却してしまったか。……罪を犯せば子供であっても罰を受けるものです。もっとも、罪を犯さずとも、捨て子が奴隷として拾われる場合もありますが」


 子供が奴隷となる例の(ほとん)どはユーディットが述べたような捨て子か、貧困を原因とする窃盗(せっとう)や強盗である。支払い能力が無かったり重犯だったりした場合、(むち)打ちや賠償(ばいしょう)ではなく奴隷として売買されることとなる。


 奴隷といえど、主人の下で働くと給金が出る。多くは犯罪への賠償へあてられるが、奴隷に財産を持つことを認めている例もあった。


 そんな説明を聞くロウは、改めて奴隷たちを観察する。


 濡れた髪を(もてあそ)ぶ者、仲間たちとの会話に勤しむ者、周囲を見回し何かを探す者。若い者ばかりだからか落ち着きというものがない。


「確かに、あんまり悲壮感がないですね? 少し意外な感じです。代表の方も(たしな)める程度ですし、もっと締め付けるものかと」


「主人にとっての労働力ですからね、奴隷は。中には牛馬(ぎゅうば)の如く働かせる主人もいますが、過度な酷使(こくし)は法で禁じられています。多くは適切な関係にあると言えましょう。特に子供の場合は教育や技術習得も兼ねていますから、細かい法の縛りがあるのです」


 滔々(とうとう)と語る金髪美少女を前に、複雑な面持ちとなる褐色少年。自分の持っていた奴隷のイメージとの乖離(かいり)があったからか、その表情には驚きが強い。


「奴隷も色々なんですねえ……。てっきり、人間族至上主義だから亜人への差別が~ってことかと思ってました。闘技場で見た剣闘士なんか、罵声(ばせい)を浴びせられていましたし」

「……亜人族への差別ですか。奴隷と無関係だとは言えませんね」


 宮殿へ戻るため空間魔法を構築する少年が何の気なしに零せば、少女の表情がほのかに曇る。


「既にご存じのようですが、ここ帝国で育つ人間族には亜人族への差別意識があります。これはかつての大戦において、亜人の多くがユウスケ様への支援を(しぶ)ったことが影響しているのです」


「左様でございますか。帝国といえば大英雄、大英雄といえば皇族の方々ですもんね」

「ええ。わたくしたちが扇動(せんどう)して、ということは決してないのですが」


 ロウに抱きかかえられお姫様状態に移行したユーディットは、ごく自然に首へと手を回しながら嘆息した。


「……この国は、良くも悪くもユウスケ様の御威光により成立しています。強者を称賛する剣闘に熱をあげるのも、新たなる大英雄を望むゆえ。わたくしたち皇女が持て(はや)されるのも、ユウスケ様の血を濃く受け継ぐがゆえ。そして、エステ(きょう)も……。ユウスケ様という強烈な象徴を継ぐに相応しい存在。それを臣民は求めているのでしょう」


「大英雄の代わりですか。世界を救った英雄の代わりを求められるとなると、随分重い話ですね。でも臣民じゃない俺からすると、殿下は単にお美しく人柄が良いから愛されている、そう見えましたよ」

「……そうですか。ありがとう、ございます」


 お姫様抱っこ中の皇女に対し、真っ向から(たら)し文句をぶっこむ魔神である。


 さしものユーディットも、吐息がかかる距離でのこの言葉には赤面一色。か細い声で鳴くに至った。


(がが……ぎぎぎ……ぐぐげげ……)


 他方、べたべたなやり取りを見せつけられた黒刀は、鋼線を(のこ)で引くかの如き不協和音を念話でもってまき散らす。


「「……」」


 高所からロウたちを観察する美女たちは無言だが、その「眼」に込められた感情は人を呪い殺せそうなほどに濃い。魔神エスリウなど、すみれ色の瞳が「魔眼」たる茜色(あかねいろ)となっている始末である。


「ぞぞぞ……さて! 用件も済んじゃいましたし、戻りますか」


「ええ。お願いしますね、ロウ」


 黒刀念話や上空から発される激烈な殺気を知らぬ存ぜぬとしたロウは、そそくさと空間魔法を発動して宮殿へ向かうのだった。

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