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異世界を中国拳法でぶん殴る!  作者: 犬童 貞之助
第八章 帝都壊乱
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8-14 備えあれば

 闘技場で死神やら聖獣やらとエキサイトした後。


 皇女姉妹護衛の任を押し付けられた俺は、宿に帰ってから事情説明に追われることとなった。


 一般市民が気付き(おのの)くほどの戦いで、感知力に優れる我が仲間たちが気付かぬ道理なし。


 目立つなという自分が派手に戦うのはどうなんだ、死神の強さはどうだったか、皇女に鼻の下を伸ばしたんじゃないか、等々。様々な質問(と罵倒(ばとう))を受けている内にその日が終わってしまう。



 そうして迎えた翌未明。


「──フッ!」


 住人たちが出払っている異空間で、自己鍛錬に(いそ)しむ真っ最中。相棒たちも外にいるため、完全に一人である。


 眷属(けんぞく)に居候にとあれだけ賑やかこの場所も、俺唯一人では静寂そのもの。空間が広がった影響か、俺の出す音もそう響かない。精神を集中させるにはうってつけだ。


()ッ!」


 尻を引いて肩甲骨(けんこうこつ)を下ろし、足を踏み出しての中段突き。


 打ち出した拳を腰へ引き込み、腰を回転させる勢いと足を連動させて、震脚。ねじる勢いで逆手の肘打ち!


()ッ! (せい)ッ!──(ふん)ッ!」


 そこから次ぐ膝蹴りと前蹴りに──正面へと打ち下ろす裏拳打ちッ。


 動作の度に空間がずしりと揺れ、所作のキレで衝撃波が生まれる。音も震動も軍事演習さながらだ。


 地面が石畳であれば粉と砕かれ、街であれば空気の破裂音が人の耳目(じもく)を集めていたことだろう。


 俺の套路(とうろ)は、もはや人の街で披露できるものではなくなっていた。


 考えてみれば、本来武術は人目に晒すものではない。


 見せるのはあくまで表向きの動きだし、多く実演を伴わず要訣(ようけつ)口伝(くでん)。足の角度から筋肉の使い方まで、ただ見るだけでは分からないことだらけだ。その要素こそが、技に力を与える(かなめ)であるというのに。


 もっとも、何物をも見通す「竜眼」をもってすれば、その要訣さえも見破られてしまうようだが。



「──ふぃ~。集中するとあっという間だなあ」


 そうこうしているうちに二時間ほどが経過した。套路(とうろ)終了である。


 身体技能を鍛えた後は魔法技能。つまり新たな魔法や戦闘方法を模索する時間となる。


 俺が扱える魔法といえば、火風水土の基本属性に、それらの混合である溶岩と雷光。それに加えて光と時、回復に空間と計十系統。実に多様だ。


 これら属性に権能“虚無”を乗せることで、そんじょそこらの神なら消し飛ばせる威力となっている俺の魔法だが……。残念ながら最上位の存在には効果が薄い。今後戦うであろう上位魔神にも、きっと必殺の効果は見込めまい。


「相手の権能付き大魔法を凌げるなら十分か。でも、ヴリトラやレヴィアタン並みとなると、結局打ち負けちゃうんだよなあ。どうしたもんか」


 神獣ベヒモスのように真っ向から殴り合える相手ならば、最強格であろうともやりようがある。


 しかし、琥珀竜(こはくりゅう)や海魔竜のような相手だとそうはいかない。


 拳一つで大陸を揺るがし、魔法一発で人の世を震撼させる。奴らは遠近共に絵に描いたような最強だ。


 接近戦であればギリギリ対応できるけれども、格の落ちる魔法となるとそうはいかない。相殺さえも難しいし、打倒するとなると至難である。


 となれば、如何(いか)にするか?


「無理やりこっちの土俵に引きずり込む。これしかないかなあ」


 相手の強みを潰すと同時に、こちらの強みを生かす。戦いの基本であろう。

 問題はどうやって実現するかだが……。


「む~ん。引きずり込むといえば空間魔法だけども。『跳躍』に『連結』、『歪曲(わいきょく)』に『創造』。あらから揃えちゃってるからなー。ここから新しい魔法となると……ああ、変質があるか」


 一人寂しく魔法で空間をみょいんみょいんと(もてあそ)んでいて思い出されたのは、俺の「常闇(とこやみ)」やフォカロルの「無間泡影(むげんほうよう)」。いずれも空間そのものを変質させる魔法である。


 「常闇」は光や魔力を食らい尽くす性質を持つが、範囲内全てを(むさぼ)るため俺自身も魔力が食われてしまう。正しく諸刃(もろは)の剣だ。


 また、魔力を吸い尽くすが物質へは作用しないため、範囲外からの質量攻撃には対応できない。状況によっては放ったこちらが不利となってしまうのだ。


「そもそも、光も閉ざされちゃうから接近戦も危険なんだよな、『常闇』は。ヴリトラのブレスを軽減できるくらい破格の性能だけど、流石に綱渡りが過ぎる」


 以前ウィルムと喧嘩した時は、この「常闇」の中で接近戦となったが。よくよく考えるとあれは死んでいてもおかしくない事態である。


 触れている手から相手の動きを感じ取る大陸拳法の“耳勁(ちょうけい)”で事なきを得たが、竜の一撃なんぞ防御できなきゃ致命傷。そのうえ常闇の中とあっては、回復魔法も構築できない。


 あの戦いは九死(きゅうし)に一生、ならぬ一勝だったのだろう。思い返すだけで寒気がする真実である。


「……。まあ生きてるし過ぎたことだし、いいか。ならば良し!」


 竜への不満なんぞ本題から逸れるし、あの無責任の権化を追及するのも徒労(とろう)だ。捨て置こう、そうしよう。


 切り替えて考えるのは新たなる魔法についてである。


「魔力が闇に食い尽くされるって想像から『常闇』が生まれたけど。これを闇抜きで考えれば上手くいくんじゃないか?」


 そんな発想の下に魔法を構築。


 空間内の魔力が吸われるイメージを描いてみる、が──。


「う~ん。流石に抽象的過ぎたか」


 ──残念ながら不発に終わる。想像が雑過ぎたらしい。


「ん~。媒質(ばいしつ)が無いと難しいか……いや待てよ? 場に満ちてる大気そのものも媒質には違いないし、空間というよりこの空気が魔力を吸収するイメージでやってみれば──」


 大気に満ちる魔力が、大気を形作る空気たちによって蚕食(さんしょく)される。見えぬものが見えぬものに食い散らされるその情景を脳に想起させ、魔法を創り上げる!


「──! よしよし、魔力がしっかり減ってる。大気そのものを変質させるわけだから、範囲内なら防ぎようがないだろう。まあ、俺も足場とか防御に気を使わなきゃだが……」


 肉眼魔眼ともに変化はないが、俺の発する魔力の全てが消え失せた。


 新たなる空間変質魔法、無事成功だ。

 我ながら魔法の開発力が恐ろしいぜ。ガハハハ。



 その後は実験タイムに移行である。


 魔法を構築しようとして魔力を吸われたり。

 身体の内側に入った場合はどうかと、大きく息を吸い込んだり。

 権能を帯びればどうだと、漆黒の魔力を撒き散らしてみたり。


 試行錯誤を繰り返すことで、新規空間変質魔法「無受想行識(むじゅそうぎょうしき)」の検証を終える。


 我が必殺技「空即是色(くうそくぜしき)」と同じく仏教用語となるこれは、“(くう)”の本質を()く。


 (いわ)く、“空”は形なく、接触することも思い浮かべることもできず、意識することも区別することもできない。そんなふわっとした意味である。


 実体の曖昧な大気を、これまた実体の曖昧な魔力を食らうように変質させる。曖昧極まるこの魔法にはぴったりなネーミングであろう。


 本音を言えば、「無受想行識」の原語であるサンスクリット語が格好良いという、ただそれだけのことなんだけども。


 “ナ・ヴェーダナー・ナ・サンジュニャー・ナ・サンスカーラ・ナ・ヴィジュニャーナム”。

 どう考えても究極魔法の詠唱(えいしょう)である。龍とか悪魔とか召喚しそうでさえある。


 まあ、俺自身が魔神なんだがな!


 大学生の前世でこれを知った時は少年心が(うず)いたもんだ。

 魔法を封じる大魔法、この格好いい音感に相応しかろう。


「何にしても、これで武器が揃った……いや、まだあるか。ベヒモスと殴り合ってる時に考え付いた、凝縮した虚無を身体に纏わせるやつ。あれも試しとくか?」


 備えあれば(うれ)いなし──そう考えて実験続行。


 結局夜が明けるまで、魔法実験没頭したのだった。


◇◆◇◆


 実験を終え、更に見目(みめ)(うるわ)しい美女たちとのキャッキャウフフ(一部(ののし)り合い)な朝食を済ませた後。


「──あっ。お姉さま、帰ってきましたわ」


「まさか本当に、魔神が人に紛れて生活しているとは……」


 こちらへやってくるという皇女姉妹をどう出迎えるか考えつつ、宿の自室に戻ると──瓜二つの容姿をした美少女たちが待ち構えていた。


 ちゃんと鍵を開けて入ったのに。


「は?」

((!?))


 朝日を浴びて煌めく金糸に、大粒の宝石のような黒い瞳。

 長いまつ毛に優しく膨らむ(くちびる)、すらりと通った鼻梁(びりょう)

 思わず指先で触れたくなるような張りのある肌。(なま)めかしい曲線を描くボディライン。


 そこにいたのは一目見れば脳裏に焼き付き離れない、黄金の美貌を持つ少女たち。


 見るものを魅了してやまない彼女たちは、どう考えてもこの国の皇女である。


 なんでそんな身分の人たちが、俺の部屋で(くつろ)いでんの? しかも、見覚えのない茶器やお茶請けまであるし。


「『は?』とは随分なご挨拶ですね? 魔神ロウ。貴方にはこちらから(うかが)うと伝えていたはずですが」

「お可愛らしい反応ですこと。こうしていると普通の男の子にしか見えませんわ~」


「いやいやいや。魔力の反応なんてなかったんですけど。え? どうやって入ってきたんですか? つーか無断で入るのってどうなんですか。あんたら皇女でしょ!」

「まあっ! よく口が回ること。聖獣様のお言葉通りですね」


 問い(ただ)すと胸の小さい方からお叱りの言葉が飛んできた。こっちは確か姉だったか。妹とは随分ボリュームに差が出ている。


「……。その淫猥(いんわい)な視線、不愉快です」

「失敬。皇女様が大変魅力的でしたもので」

「うふふ、お上手ですこと。……魔神ですけれど」


(ロウ、(たら)す暇などありませんよ? 早く話を進めるべきなのです)


 お叱り其之二は黒刀殿。お目付け役はいつでも辛辣(しんらつ)だ。


「こほん。言いたいことはありますが、今はお互い様ということで流しましょうか。昨日話し合った通り、魔神アノフェレスを誘い出すために行動を共にする、ということでよろしいでしょうか? 皇帝陛下に一切話を通していませんし、聖獣の護りが(かたよ)りますし、危険はありますけど……」


 昨日医術神や聖獣と共に決めた(おとり)作戦だが、他者には一切話していない。


 どこから話が漏れるか分からない、そもそも誰が信用できるかも分からない、ということだが……。皇女が皇帝を無視して行動するってのも凄いな。


 神の言葉である以上他の何よりも優先される──そう考えれば、おかしくもないんだろうけども。


「わたくしやサロメを治療したことや、かの魔神との関係性。魔神を簡単に信用することはできませんが、ナーサティヤ様や聖獣様のお言葉ですから。それに急を要する事態でもあります。異存はありません」


「魔神ロウさ……ロウさまは、とてもお強いですもの。聖獣様や死神様を相手取り一歩も退かないお姿は、魔神といえど雄々しいものでした。お姉さまがいつ襲いかかられるか分かりませんし、助力を得られるならば大変に心強いですわ。お姉さまのこと、しっかりとお願いしますね」


 口を真一文字とするユーディットに対し、(ほほ)を緩ませるサロメ。姉妹の反応は胸のふくらみ同様に対照的である。


(さも関連があるように言うが、全く関係なくないか?)

(馬鹿なことばっかり考えてますよね、ロウって)


 セクハラめいた考えは秒で突っ込まれてしまった。


 しかし俺はめげない男。こんなことでは(くじ)けない。サクッと切り替えお仕事モードに移行する。


「宮殿へサロメ殿下をお送りして、ユーディット殿下と街を歩き誘いをかける。聖獣二柱には、宮殿に待機する殿下の護りにあたっていただく。お間違いないですか?」

「ええ。死んだはずのわたくしが表を歩けば、遠からず彼らの耳にも入るでしょう。そうなれば直接観察に顕れるはずです。魔の気配に殊更(ことさら)敏感な聖獣様が離れているとなれば、絶好の機と見るでしょうから」


 ──この作戦の立案者は俺でも聖獣でもなく、医術神ナーサティヤだ。


 提案時は皇女たちの護りを至上とする聖獣たちから睨まれていたが、当の皇女たちがすんなり了承。俺の護衛と竜の監視という条件が付き、彼らも首肯するに至った。


 俺が竜と共に行動していることは彼らも知るところである。というより、事情を知るナーサティヤ神が俺関連の情報を開示したのだ。


 竜や魔神と行動をしていることから、神と知り合いであったりその眷属(けんぞく)知己(ちき)であったり、古き竜とぶん殴りあったことまで。開示されたのは全部である。


 話が進むたびに(ゆが)んでいく彼らの表情は中々に愉快だった。人も聖獣も、理解及ばぬものに対しては反応が変わらないものらしい。


 ──さておき、釣り出し作戦である。


 話し合いを終えた後は、協力者たちに声をかけて行動開始だ。


「ふん。竜たる妾を『眼』の代わりにするとは、ぬしはいつでも傲慢(ごうまん)だな? ロウ」

「エスリウ様の『魔眼』やお前の『竜眼』でもなけりゃ、広範囲の正確な感知なんて難しいし。頼りにしてるからよろしく頼むよ、ウィルム」


「……ふっ。そこまで言うのなら良いだろう」

「またそういう事を平気で言う……。ロウさんって本っ当、どうしようもないですよね」


 お声掛けしたのはウィルムにエスリウ。万事一切を見通す竜と、魔眼を具える若き魔神である。


 本当はもう一方の竜、ドレイクにも監視を頼みたかったが……気性が荒いあいつだ。監視中に魔神を見つけたら、力試しだとか言って街のど真ん中に溶岩湖を創りかねん。


 魔眼を持つフォカロルも同上。こっちの場合は親の(かたき)だし、一も二もなく襲い掛かるだろう。なおさら駄目である。


「国をも滅ぼす青玉竜(せいぎょくりゅう)が、魔神に対し『眼』を()らす。確かに、この上ない協力です」

「青玉竜様、お美しいですわ。竜信仰に何故狂信者が多いのか、少し理解できた気がします」

「ははは。そうだろう。人の皇族というだけあって、美しさの何たるかが理解できるようだな」


「……はぁ。ワタクシにおもりが(つと)まるかしら」


 皇女姉妹にほめそやされ上体を反らしまくる蒼髪美女に、それを見つめ額に手をやる象牙色の美少女。


 魔神の釣り出しという名の皇女デートは、こうして幕を切ったのだった。

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