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異世界を中国拳法でぶん殴る!  作者: 犬童 貞之助
第八章 帝都壊乱
253/318

8-8 帝国闘技場

「オオオォォォッ!」

「グルアアァァッ!」


 響き渡る人の怒声、魔物の咆哮。

 舞い踊る鮮血の飛沫(しぶき)に、欠けたる金属が散らす火花。


「殺せ! 死ぬ気でやれッ!」

「おい犬っころ! こっちはお前に全額かけてんだぞ!?」


「ハハハ。猩々(しょうじょう)が優勢だな」

「人の倍近い巨体を持つ上位の魔物だ。上位剣闘士といえど一対一じゃあ勝てんさ。魔法だって使うんだぞ?」

「チッ。今回は番狂わせもなしか……?」


 そして、その殺し合いを(はや)し立てる観客たち。


 すり鉢状の大闘技場は、熱気が沸騰していた。


「剣闘か。人族らしい野蛮で低俗な見世物(みせもの)よ」


「あの獣人の戦士は死にかけているが、誰も加勢しないのか? いやそもそも、何故このような場に魔物がいる?」

「ウィルムが言った通り、これは見世物なんだよ。人と魔物を戦わせて競わせて、それを賭けの対象にするっていうな」


 俺たちがいるのは闘技場の観客席、その最上部。


 魔神の痕跡探しを済ませた現在、折角きたのだからと闘技大会を観戦中である。


 帝国市民でなければグラウンドに近い席を取れないとのことで、遠く離れた上階からの観戦だ。今回はそもそも満員状態のため、上階以外は空いていないようだが。


「賭けの対象? 命を懸けた闘争に見えるが」


「実際、どっちも命を懸けてると思うよ。それを丸ごと楽しむんだよ、人間ってやつは」

「魔族でもこういうのやってるね。殺し合いを求めるのは人族も魔族も変わらないみたいだ。ある意味、生きるためだけに殺す魔物より野蛮かもね……って、ネイトはもう魔神なんだっけ」


 妹と一緒に幼い少女(魔神)の疑問に答えているうちに、眼下の戦いが決着へ向かう。


「ゴアアアァァァッ!」

「グッ……」


 象の如き巨体がチーター並みの最高速度で駆け回る──。字面にすると凄まじいが、実際対峙する獣人の剣闘士にとっては悪夢であろう。


 数十倍はくだらない体重差に、上位魔物故の強力な魔力。優れた身体能力を持つ獣人ではあるが、上位魔物という圧倒的脅威の前では焼け石に水。力関係を(くつがえ)せようはずがない。


 受ければ死ぬと盾を捨てて回避に徹し、大剣一つで懸命に立ち回る剣闘士だったが……彼が光明を見出す前に、赤き体毛を躍らせる魔物が奥義を放つ。


「ゴゴゴッ!」


 大地を何度も殴りつけて闘技場を揺るがせて、平衡(へいこう)感覚を奪ってからの魔法構築。単純故に回避困難な連撃である。


 拳から伝播(でんぱ)した魔力は石の柱と化し、至る所で突き立ち林立(りんりつ)。揺れで立てなくなっていた獣人もあえなく穿(うが)たれ(はりつけ)となり──そこに止めの一撃。


 成人男性を握りこめそうなほど巨大な拳でもって、魔物が相手を粉砕した。


「ゴオ゛オ゛ォーッ!」


「勝負あり! 勝者は『剣闘狩り』の猩々~!」

「いよっしゃあああッ!」「よくやったぜ猿ぅ!」「ケッ。『鬼殺し』も大した事ねえな」「あーあ。大損だぜ」


「……」


 鎧や手足をひしゃげさせて吹き飛んだ獣人の男性は、石の柱を数本叩き折ったのち、壁に当たってずるりと落ちる。胸が上下しているため辛うじて生きているようだが……纏う魔力は弱弱しく、虫の息だ。


「色々事情があるんだろうけど。命懸けの戦いを娯楽にしてるってのは流石に、気分悪いな──ん?」


 どうにかして治療しに行ってみるか──と考えていると、歓声や罵声の中でグラウンドの一部がせり上がる。


 歌舞伎(かぶき)役者が奈落(ならく)より現れるようにして姿を見せたのは、黄金の鎧を纏い真紅のマントを(ひるがえ)す騎士。新しい挑戦者のようだ。


「うおッ(まぶ)しッ」

「何あれ。悪趣味ー」

「金……いや、魔力で変質したオリハルコンか」

「美しい輝きだ。人如きが身につけるには惜しいものよ」


 鎧に兜に手甲足甲、抜き放った曲刀から鞘に至るまで、現れた騎士は全てがきんきらきんである。陽光が反射しまくってめちゃんこ眩しいぞこの野郎。


「おおッ。カラブリア様だ!」「キャー! 大英雄様ー!」「カラブリア様の剣捌きが見られるのか?」「目が、目がァ!」


「お待たせしました! 本日の主役、カラブリア・エステ様のご登場です!」


 割れんばかりの歓声へ向けて審判が言い放ったのは、現れた人物の素性。俺もどこかで聞いた気がするが……。


(確か、アシエラたちから聞いた名前ですね。大陸から魔を打ち払った大英雄、その再来だという騎士でしたか)


「よく覚えてんなー」


 相棒の言葉で(おぼろ)げな記憶が形を成した。


 カラブリア・エステ。亜竜を一撃で打ち倒しただとか、素振りで城壁を破壊しただとか言われる騎士の男。


 最近になって、あの大英雄ユウスケ以来の傑物だと喧伝(けんでん)されるようになった人物でもある。


「あの男、魔物と戦うのか? 人があれほど重装備をしては、あの素早い魔物の餌食(えじき)となろうに」

「あの者は既に銀白色(ぎんはくしょく)の魔力を(たぎ)らせている。戦うのは間違いなかろう──」


「──醜悪(しゅうあく)なる魔物よ。数々の剣闘士を(ほふ)ってきた(けだもの)よ。我が『天羽々斬(あまのはばきり)』の(かて)となるがいい!」


 ドレイクが「竜眼」で分析し終えたところで芝居がかった口上が木霊(こだま)する。魔物へと歩み寄るカラブリアだ。


「グゴ……? グゴオオオ!」


 名乗りと受け取ったのか挑発と認識したのかは定かでないが、戦う相手と定めたのは間違いない。大猿の魔物は牙を剥き出しにして咆哮し、魔法で岩塊を乱れ飛ばす!


「フッ──!」


 魔力と腕力で打ち出される岩の弾丸に対し、黄金騎士は剣で対抗。豪速で迫るその全てを、日本刀と酷似した曲刀で薙いで切り裂き突いて(えぐ)り、切り崩す。


「グゥウ!」


 信じがたい迎撃劇を見た魔物は一瞬(おのの)き、次の瞬間地面を殴打。


 先の獲物を仕留めた必殺技で、騎士の守りを崩しにかかる!


「ガガガアッ!」


 闘技場が揺れに揺れ、石柱地獄が乱れ咲く。


 戦闘空間を埋め尽くす魔法は逃げ場などなく、勝負は決着した、かに見えたが──。


「所詮獣か。奥の手が工夫もない力押しとはな」


 ──金の騎士は尖塔に刃を突き刺し、柱から垂直となって立っていた。


 はためくマントや煌めく鎧に傷はなく、重装備でありながら全て避けたことが(うかが)える。並外れているのは攻撃能力だけではないらしい。


「ロウ。何故あの男はわざわざ石の柱に張り付いている? 避けたのならさっさと反撃すればいいと、アタシは思うのだが」

「そりゃあアレだよ。ここは闘技場なわけだからさ、劇的な演出が必要なんだろう。多分」


 などと少女に解説を加えているうちに、柱を蹴ったカラブリアが大猿に急迫!


「グルァ!」

「ハッ!」


 振り下ろされる拳を肉薄することで躱した彼は、駆け抜けるようにして胴薙ぎ一閃。


 成人男性十人分はあろうかという胴体を、真っ二つに切り分けた。


「グゴッ……」


 下半身を置き去りとして倒れた大猿は、足のないことに気づかないまま起き上がろうとしたが──振り返ったカラブリアが遠間から斬撃。首を落として命を刈った。


 吹き上がる血の柱に、痙攣(けいれん)する魔物の巨体。


 それすなわち、あっという間の幕引きである。


「「「うおおぉぉぉ!」」」


「キャー! カラブリア様ー!」「こっち見てー!」「あの猩々を一撃か。噂通り……いや、以上だ」


 カラブリアが剣の血糊(ちのり)を払うと同時に、観客席はまたも沸騰。この闘技場において彼の人気は絶大のようだ。


「やかましい連中だ。あのくらいの魔物でいい気になるとはな」

「理解に苦しむ(もよお)しよな──ん? ロウ、どうした?」


「ん。重傷を負った獣人が裏に運ばれて行ったから、周りの目を盗んで治療しに行こうかと。パパっと済ませてくるから、君らも大人しくしててなー」

「無関係の人族を治療する魔神か。アタシも魔神となったが、やはり理解ができない」

「我も解せぬところであるよ、ネイト」

「ふっ。アレは殊更(ことさら)変わり種だからな」


 問答の最中何故か得意となるウィルムを無視して行動開始。気配を断って人垣をすり抜け、俺は興奮冷めやらぬ観客席を後にした。


◇◆◇◆


 外とは異なるひんやりとした廊下を素早く抜けて、剣闘士用の区画の天井を這い回って移動する。


 栄華を誇る表舞台とは対照的なまでに陰鬱(いんうつ)極まる地下空間。薄暗く血なまぐさいこの区画は、どこか帝国そのものの暗がりを思わせる。


「──こいつはもう駄目だな。骨だけじゃなくて内側もぐちゃぐちゃだ」

「魔法薬はどーすんだ? このままだと効果が切れちまうし、使わないと無駄になっちまうぜ?」

「午後用にとっとけよ。多少効果が悪くなるだろうが、使えないこともないだろ。こいつに使って無駄にするよりマシだ」


 そんな会話を行うのは、俺の真下にいる男たち。天井に張り付く俺に気づかないまま、彼らは部屋を出ていった。


「……」


 光量の小さい魔道具が照らす、汚水の集合地点のような臭いが充満する室内。黒ずんだ包帯やかびた毛布、足に亀裂の入った松葉杖に硬く寝づらそうなベッド。総じて酷く(きたな)らしい。


 逆さ吊りのまま周囲を見回して分かったのは、ここが不衛生な診療所ということだった。


(これも帝国に蔓延(はびこ)る人間族至上主義が影響してのことかもしれませんね)

(さっきの観客にしてもそうだ。剣闘士を同胞と思ってないような罵声(ばせい)ばかりだったし、亜人差別は根深いのかもしれんぞ)

(かもなー。今はとにかく、あの獣人を治療しなきゃだ)


 脳内会議を切り上げふわりと着地。血の泡を吐き焦点の合わない視線を彷徨(さまよ)わせる男性へ近づき、治療を開始する。


 狼人族の身体構造なんぞ一切知らないが、大丈夫なのだろうか?──そんな疑問を抱きつつ回復魔法を構築したが、なんの瑕疵(かし)なく魔法が成立。


 曲がっていた腕や足は真っ直ぐとなり、炎症で膨れ上がっていた箇所も正常化。血を吐き終えた後は呼吸も穏やかとなり、脈も問題ないようだった。


「獣人の身体なんてさっぱり分からんけど、案外どうとでもなるのな」


(随分前にウィルムを治療した時も問題ありませんでしたし、これも当然かもしれませんね。あの時のロウも、竜の肉体への知識なんてなかったでしょう?)

「それもそっかあ。案外あやふやなままでも治療できるもんなんだなー」


「……ぬ?」

「あッ」


 薄暗い中ぶつかる瞳と瞳。ぼやぼやしているうちに獣人は目を覚ましてしまったようだ。


 おのれギルタブ! はかりおったか!


(八つ当たりは無視するとして、どうするんですか? 瀕死の重傷を治すとなると、奇跡の秘術でも難しいでしょうし)

(お前のロウへの対応も慣れたもんだな……)


「目が覚めましたか。あまり動かない方がいいみたいですよ。まだ治って間がないみたいなので」

「なに? どういう……いや待て、俺は魔物にやられたはずじゃ!?」


 疑いを(ぬぐ)うために声をかければ、混乱して声を上げる狼さん。


 やめて! 声が反響して人がきちゃう!


「えっとですね、なんだか怪しげな神官? みたいな人がおじさんを治療していったんですよ」

「神官……ナーサティヤ教会の連中か? どうして俺を……というか坊主、お前はなんなんだ?」

「怪しい神官が気になって後をつけただけの一般人です。立ち去る神官を追おうかとも考えたんですけど、治癒の奇跡があまりにも凄かったもので。こうして呆気にとられてたんですよ」


(よくもまあぬけぬけと)

(呼吸と同じように嘘を並べやがる)


 ボロクソに(ののし)ってくる相棒たちを華麗に流し、言い訳完了。


「それではこの辺で失礼しますね。さよなら!」

「あッ、おいこら──」

「──何の騒ぎだ……ん? このガキ、どこから入りやがった」


 用も済んだしオサラバしよう──そうやって身を(ひるがえ)したのも束の間、診療所の扉が乱暴に開かれる。先ほど獣人の治療で(さじ)を投げた男たちだ。


「黒髪で良い身なり……貴族の子弟か? 見逃してやるからチョロチョロすんな──って、『鬼殺し』の野郎、起きてやがるのか!?」

「まさか保管庫の魔法薬、勝手に使いやがったのか!? このガキがッ!」


「うおッ。何すんだ! 魔法薬とか知らねーよ!」


 言い訳する間もなく掴みかかってくる野郎どもである。俺は無罪だ!


(いや、勝手に侵入してるし有罪だろ)

(当然の成り行きだと思うのです)


 野郎どもの攻撃は軽くいなせても、相棒たちの口撃は深々と突き刺さる。言葉の刃こそが真に恐ろしいのかもしれない。


「く!?」「この、動き回るな!」


 さておき、おふざけはここまでだ。騒がれて応援が増えると面倒事まっしぐらだし、おじさんたちには眠ってもらうとしよう。


「なんだこの身のこなし!? 一体、何者──ッ!?」

「──(ふん)ッ!」


 掴みかかり伸びきっていた腕を絡めとり、逆手で掌打を(あご)へ一発。そうして吹っ飛ばした隙に、身体の内側から繰り出す回し蹴りでもう一方の男を撃破する。


「ごッ……」「グヘッ!?」


 片や顎を打ち抜かれてぶっ飛びベッドに激突。片や足刀で顎を刈られてその場で失神。


 これにて迎撃完了だ。


 悪漢(あっかん)撃退に(もち)いた技は、陳式(ちんしき)太極拳(たいきょくけん)小架砲捶(しょうかほうすい)単鞭(たんべん)外擺脚(はいはいきゃく)


 相手の攻撃を絡めとって打ち出す掌打に、蹴り上げてから切れ味鋭く足刀を叩き込む蹴り技である。


「……! 坊主お前、何者だ? 管理人どもをこうもあっさりと」

「見ての通り謎の美少年ですよ。この人たちのこと、よろしく頼みますね」

「あ、おい!」


 本来の目的を終えているし、問題児たちを放置している以上長居するわけにもいかない。


 心苦しい状況だが、これにてドロン!


((……))


 もはや何も言う気になれない──そんな念話を浴びせられつつ、薄暗い地下道を暗躍。


 騒ぎを聞きつけ集まる人々を隠形術(おんぎょうじゅつ)でやり過ごしながら、俺は観客席へ舞い戻った。

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