8-5 影の魔神と魔眼の魔神
天は秋晴れ。雲一つない空の下。久しぶりの顔合わせとなる美少女たちから、じっとりと睨まれる俺。
皆さんこんにちは。魔神のロウです。
「──ロウさんって、本っ当っに、節操がありませんよね」
「見境の無さがロウ君の一番分かりやすい特徴ですからね」
「揃って言わないで下さいよ……誤解ですって。さっきも言いましたけど、この子は俺の妹なんです。俺より年上っぽい外見ですけども」
「私、バロールの娘なんかと仲良くする気なんて無いから。そこ勘違いしないでね」
場所は帝都市街のカフェテラス。円卓を囲む面子は褐色の魔神に魔眼の魔神、栗色の転生者。頭痛が止まらなくなるような面々である。
(魔神であるお前さんがそれを言うか?)
(しかも全員叩きのめしてますよね、ロウは。一体何を思い悩むことがあるのでしょうか? 理解に苦しむのです)
などという野暮な突っ込みが念話で入るが、聞かなかったことにして話を進める。
「エスリウ様が魔導国からヤームルさんまで連れてきたのは驚きましたけど。いつも連れ添ってるマルトは置いてきたんですか?」
「ええ、今はお母様がお忙しいようですから。マルトはそちらについてもらっています」
「エスリウさんのお母上、『不滅の巨神』なんですよね……。まさか魔の首魁とも言える伝説の魔神が、こうも身近に存在するなんて」
「なんだかんだで順応してますよね、ヤームルさんって。バロール様、俺と違ってマジモンの有名人……有名神? じゃないですか。しかも悪い方に」
九百年ほど前までこの大陸を席巻し、人族を虐げてきたという魔族。
それらの祖が魔神であり、魔神バロールはその中でも最上位とされる存在だ。人族にとっては不倶戴天、憎んでやまない敵である。
ヤームルの場合は日本人としての記憶があるから、それが緩衝材となったのだろうか?
……かつて仲間を殺された俺が、仇討ちに躍起とならなかったようなものかもしれない。
過去を顧みてほんのり憂鬱となっている間も話は進む。
「ふふ。ヤームルはワタクシを信じてくれていますからね。持つべきものは心の友です」
「エスリウさんには色々と助けられてきましたから。大学でも人となりを見てきましたしロウ君の前例もありましたし、さほど抵抗はありませんでしたよ。私以外となると、やはりそうもいかないでしょうが」
「魔神を受け入れる人間族、ねえ。転生者っていうのはよく分からないけど、魔神や魔族への恨みが薄いものなの?」
「別の世界での記憶がありますから、少し他人事と感じてしまうと言いますか。よその国の歴史に思えてしまうんですよね。ロウ君も、似たようなことあるんじゃないですか?」
「心当たりありますね。ちょっと当事者意識が欠けちゃうと言いますか」
「ふーん?」
スコーンっぽいものをつまんでだらけていたフォカロルが、ヤームルの話を聞いてなにやら唸る。
文化水準の高い首都らしく、土産や特産品のみならず甘味の類も山ほど存在しているこの帝都。今俺たちが休憩している喫茶店でも、クッキーにスコーンにとそれらしき焼き菓子がメニューに並ぶ。
ただし、その味は隣国の魔導国で食べたものにはやや劣る。少し焦げて硬く、風味も飛んでしまっているようだ。一緒に出された紅茶の方も、かつてエスリウに淹れてもらったものや公国で飲んだものに比べ、どこか安っぽく感じてしまう。
価格的には安宿に一泊できる値段の小銀貨二枚。それなりの額だけに、この結果はちょびっとだけ残念だ。
そんな焼き菓子を軽やかにつまみ、しばし沈黙していた我が妹。パサパサしていて不満だったのかと思えば、ヤームルの言葉を吟味していたらしく、おもむろに開口した。
「なんかお兄ちゃん、純粋にパパの子供ってわけでもないんだね」
眉をハの字とし、深い茶色の瞳を閉じて零すフォカロル。褐色美少女はなにやら不満があるらしい。
「まあねえ。人との間の子だし、異世界の存在と混ざり合っちゃったし。正直なところ、お前が妹っていうのもあんまり実感湧かないんだよね」
「そう……。まあ、別に、いいけどね。パパがいない今、どうせ私は独りだ」
隣に座る妹に本音を告げると、俄かに消沈する彼女。魔神様は意外や意外に打たれ弱かった。
「ロウ君って薄情なところあるよね」
「今の態度はワタクシも如何なものかと思います」
「同情なんていらないよ。お兄ちゃんが言ったこと、事実だもん」
「ごめんごめん。拗ねるなって」
「……」
軽く謝るも効果なし。可愛い妹は表情を俯けたまま。すっかりへそを曲げてしまったようだ。
俯く褐色少女というのも大変可愛らしいが、沈んだままの彼女を放置するのはお兄ちゃん失格だろう。しっかりとケアせねば。
「悪かった。まだ実感が湧かないってだけで、お前のことは大切な妹だと思ってるよ、フォカロル。生まれに違いはあっても、この世で唯一の肉親なんだからな。出会いは最悪だったし殺し合いもしたけど、今はもうお互いを知ったうえで一緒にいるんだ。独りだなんて寂しいこと言わないでくれ」
「……お兄ちゃんっ」
「ほぶッ」
本音其之二を真っ直ぐ告げると、感極まったらしい美少女から抱き寄せられてしまった。
その様、褐色お姉ちゃんと褐色少年のイチャイチャである。あらやだ恥ずかしいわ~。
「「……」」
ふと怖気を覚えて妹の柔らかな胸から首を回せば、灰色と茜色のジト目が突き刺さる。
ヤームルは置いておくとして、エスリウの眼はヤバい。それ「魔眼」じゃねえか!
「ちょっと、なに『魔眼』光らせてるんですか。笑えないんでやめてください」
「ふう。軽い冗談ですよ。肉親にまで毒牙にかけていくロウさんに、少し腹が立ったものですから」
「へえ。エスリウってバロールから『魔眼』も継承してるんだ? でも、変な真似しないでね。あなたがお兄ちゃんの友達でも、手を出すなら容赦しないから」
渡さないぞと言わんばかりに俺を深く抱き寄せるフォカロルに、艶やかな微笑みから熱が抜け落ちていくエスリウ。見えざる火花が両者の間で迸る。
「やめて! 私のために争わないで!」
(お前さん、本当余裕だよな。こいつら魔神なんだぞ?)
(ロウなんて街と一緒に粉微塵にされてしまえばいいのです)
「ロウ君、ふざけてないで止めてくれません? 魔神同士の睨み合いって、全然笑えないんですけど。というか、竹内ま〇やネタをチョイスするって……本当に大学生?」
「あ、はい。すんません」
曲刀と美少女からボロクソに扱き下ろされて思い出す事実である。
言われてみれば街がぶっ飛びかねない事態だった。周りへの被害をすっぽり忘れていたぜ。
「フォカロルもエスリウ様も、これから一緒に行動していくわけですし。いがみ合ってても疲れるだけですから、その辺にしておきましょう。ハイ、仲直りの握手!」
「お兄ちゃんが言うならしょうがないけど。形だけね」
「よろしくお願いしますね、フォカロルさん。うふふふ……」
二人の手を取り繋ぎ合わせれば、片や肩をすくめて嘆息し、片や笑顔を貼り付け余裕を演出。頗る不穏な両者である。
握手中に骨がめきめきと軋むような音が聞こえた気がしたが、女の戦いなど知らぬ存ぜぬ流すに限る。俺は何も見ちゃいないし、何も聞いちゃいないんだ。
「それでは皆さん、目的地に向かいまーす。高級宿『水の宮殿』でーす。お美しいお嬢様がた、離れないようお願いしまーす」
「はーい。んふふふ、それならしっかり付いていかないとね」
「あらあら。フォカロルさん、“付いていく”ことと“くっついていく”ことの違いさえも判別できないのですか? ロウさん、この妹さんは調査に不向きではないでしょうか? ワタクシ、少々不安になるのですけれど……」
「……こんな敵意剥き出しなエスリウさん、初めて見たかも。大学でよく絡んでくるオディールさん相手にだって、いつも軽く受け流してるのに」
「喧嘩するほどなんちゃらかんちゃら、ですかね? ほら、同じ魔神ですし親近感を感じる的な」
「どちらかといえば同族嫌悪の方が当てはまる気もします。というか、鼻の下伸ばしてないで止めてくださいよ!」
等々、いちゃついている間に宿へ到着。楽しい時間はいつでもあっという間だ。
(いよいよ垂れ流す思考さえも適当になってきたか。エスリウとフォカロルを放置して遠い目してたろ?)
(サルガス、ロウが適当でなかったことなどあったでしょうか? いつでもこうなのです)
思考までをも検閲し、即座に正論を叩きつけてくる相棒。彼らの辛辣さは磨きがかかる一方である。
神からは仕事を押し付けられ、いがみ合う魔神たちからは精神を削られて、果ては相棒たちから背中を撃たれ。我が安息の地は妹の柔らかな胸だけか?
我が身の不幸を嘆きながら、俺は宿の門を潜ったのだった。