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異世界を中国拳法でぶん殴る!  作者: 犬童 貞之助
第八章 帝都壊乱
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8-4 増殖する魔神

「──むう。ロウよ、お前は我の面倒を見ると言ったではないか。なのに何故、ギルタブと二人きりでの買い物に(うつつ)を抜かすのだ?」


「悪かった。帝国の雰囲気が分からなかったから、まずは少人数で街の空気を把握しようと思ってたんだよ」


 褐色少年が帝国首都に到着した日の翌日、未明。


 少年は自身の創り出した空間で、不満たらたらでむくれる美女から不平を垂れられていた。


「はははっ! だから言ったろうが。セルケト、貴様は特別というわけではない。あの時の弁は最低限の面倒を見る、それ以上の意を持たぬということだ」

「むう……」

「なになに? お兄ちゃん、セルケトと何か約束してるの?」


「ウィルムやセルケトが言った通り、生活面で面倒を見るって話。ちょっと前、セルケトが人じゃないってことがバレちゃってな。その時に俺が手綱を握るから見逃してくれってなったんだ。とにかく宿はとれたし、君らも早々に自分の部屋に戻ってくれ。鍛錬を見たいって言うなら止めないけど」


 握り拳が入りそうなほどの大欠伸(おおあくび)でやってきた妹に返答しつつ、ロウは話を切り上げる。


 昨日曲刀とのデートを終えたこの少年は、帝都でも指折りの規模を誇る宿泊施設で宿をとっていた。その時に仲間の面々も自前の空間から呼び出していたため、彼女たちの部屋も用意してあったのだ。


 なお、その宿泊費用は交易都市でかかった額の二十倍近い。


 元より高級宿であることに加え、ロウたちの宿泊メンバーも当初より増していた。故に金貨袋を引き出す際の少年の表情は悲壮そのものであった。


 さておき、話を終えた少年は日課の鍛錬を開始する。


 地を揺るがすほどに豪壮(ごうそう)八極拳(はっきょくけん)に、大気と一体になるかのように緩やかな太極拳(たいきょくけん)


 妹から動作に関する質問を投げかけられたり、動きの真似をする美女たちに指導したり。型である套路(とうろ)をこなす時間はあっという間に過ぎていく。


 型稽古(かたげいこ)を終えて次は対人の修練だとはりきるロウだったが、そこに待ったをかける者がいた。幼い黒髪少女にして異形の魔物、ネイトである。


「鍛錬を始める前に、アタシの要望を聞いてもらおうか」


「ん? 前に言ってた魔神にしてくれって話? 成功するかどうかわからないし、胸切り裂くけど、大丈夫か?」

「うう? 胸を裂くのか……。いやしかし、強さを得るためには越えねばならない障害だ。打ち()ってみせよう!」

「気合入れたとこ悪いけど、力抜いて魔力引っ込めてくれ。時魔法で止血しなきゃならんからな」


 少女の覚悟を軽く流し、少年は石の手術台を創り出した。その後に高温蒸気の滅菌(めっきん)を経れば、施術(しじゅつ)準備が完了である。


「よし……それじゃあフォカロル、助手を頼めるか?」

「んっふっふー。任せて。なんでもやってあげる」


「むっ」「はんっ」

「そんな反応しないでくれよ。セルケトは手術を補佐するような細かい魔法なんて苦手だろうし、ウィルムは魔力的に魔物との相性が悪いし。ニグラスが寝てる今、フォカロルに頼むしかないんだよ」


 不機嫌さが満面となる美女たちを(なだ)め、少年は妹の補佐を頼りに施術を開始した。


◇◆◇◆


「──へえ。お兄ちゃん、手慣れてるね」


「これでもう三度目だからなー」


 開胸(かいきょう)手術を開始してから十分少々。


 肉を切り裂き骨を切り分け臓腑(ぞうふ)をかき分けたロウは、ほどなく胸郭(きょうかく)深部へ到達。黒く濁る拳大の結晶体を発見する。


「形は正常だけど……色が(にご)ったままか。セルケトの時は綺麗な色だったし、治療が途中だったのかな?」

「私の『眼』からは問題ないように見えるけど。治療するとして、これからどうするの?」

「俺の権能で魔力を中和しつつ、魔石に魔力を注ぎ込んで成長を(うなが)す。セルケトの時は暴走状態になったから、フォカロルも一応警戒しといてくれ」


 注意を促したロウは己の権能を解放し、半降魔(はんごうま)状態へ移行。全てを曖昧とする“虚無”で拒絶反応を緩和しながら、漆黒の魔力を濁る魔石に注ぎ込む。


「面白い権能だよねー“虚無”って。普通、魔石は宿ってるものの魔力以外受け付けないんだけどね」


「ほへぇ。魔石って成長するみたいだし、何でもかんでも吸収するもんかと思ってたけど」

(かて)として取り込める量なんてたかが知れてるよ。お兄ちゃんみたいにドバーッと注ぎ込んだら、どんな魔石でも弾け飛んじゃうから」

「……マジ? セルケトの治療って、結構綱渡(つなわた)りだったんだな」


 褐色少女が明かした事実に褐色少年が身震いする。そんな時間がしばし続き──。


「……」


 ──人へ変じた異形の魔物、ネイトの治療が完了する。


 以前ロウがセルケトを治療した時と異なり、治療が終わった今も暴れるような兆候はない。


「傷があっという間に(ふさ)がった。それに、赤みの強くなった濃紫(こむらさき)の魔力……。魔神になったか、近い存在になったのは間違いなさそうだな」


「だね。いやでも、こうも簡単に魔神へ至るなんて……。パパが私を産み落とした時でも、一週間以上かけて魔力を練り上げて、命を削ったって言ったのに」

「そうなんだ? そうはいっても他所(よそ)は他所、うちはうちだ」

「お兄ちゃんもパパの子供でしょ。もう、いい加減なんだから」


 雑に会話を閉めたロウは穏やかな寝息をたてるネイトに服を着せ、無事手術を終えた。


◇◆◇◆


 ネイトの要望を叶えた少年は本来の目的である鍛錬を済ませ、異空間を後にする。


「やい、フォカロル。妾に近寄るな。馴れ馴れしいぞ」

「狭いんだから仕方がないでしょ。寄りたく寄ってるんじゃないし」

「もう日が出ているのか。ロウよ、浴室を借りていくぞ。布巾はどこだ?」


「それなら近くの籠に──って、自分の部屋で入れよな。というか君らも俺の部屋でくつろぎ始めないでくれる? さっさと帰れ!」


 ベッドや長椅子に居座ろうとする美女たちを叩き出し、朝日を浴びる少年は嘆息した。


「ふぃ~。軽く移動するだけでも時間かかっちゃうなあ。大所帯となると大変だ」


眷属(けんぞく)も含めて十人以上、それも我が強い奴ばかり。お前さん自身がまいた種とはいえ、少し同情するぞ)

(私は同情の余地などないと思うのです。結局のところ、ロウが自ら(まね)き入れてきたわけですから)


「はいそこ、俺のせいだってことを強調しないで!」


 部屋で留守番をしていた曲刀たちからも背中を撃たれるロウ。


 安息の地はないのかと大仰(おおぎょう)に嘆いた彼は、手術や鍛錬でかいた汗を流すべく浴室へ向かう。


「んー。こんなに栄えてる帝国の高級宿でも、浴槽(よくそう)は無しか。入りたくなったら異空間だな」


 少年の零した通り、栄華を極めているここ帝国であっても、一般家庭や宿泊施設に浴槽というものは存在しない。


 これは、身体を清めるのは濡れタオルや水浴びで十分だ──という文化が浸透しているためでもあるが、浴槽そのものが高価すぎることも影響している。


 人が一人浸かれるほどの浴槽を造るのは、ここ異世界であっても難しい。


 石は土魔術により生成することが可能だが、残念ながら加工は手作業。それ専用に魔術を開発していなければ、決まった形状でしか石材を生み出せないのだ。


 成形に研磨、輸送に設置。石を生み出せる土魔術を習得していたとしても、加工にかかる費用は膨大である。


 なにより、浴槽を造ったとしてもその用途は人が湯に浸かれるだけ。身を清めるには濡れタオルで十分と考える人々にとって、これほどの無用の長物はない。


 等々の理由で、一部の好事家(こうずか)や王侯貴族の住まいを除き、浴槽は姿かたちさえない。大衆浴場でさえ、大人がゆったりと浸かれるようなものは水資源が豊富な都市に限られるのだ。


 そのような文化背景を知らない褐色少年が、かつて交易都市で大変珍しい個人で使える浴槽を創り出したことがあったが……。今やその浴槽は宿の名物どころか、都市の名所にまで躍進(やくしん)している。少年は知らぬ間に、都市の新たな観光資源を創出していたのだった。


 ──さておき、そんなことなど露知らぬロウは、宙に浮かべた水球へどぷりと突入。


 回転させたり変形させたりして身体をすすぎつくし、入浴時間を終えた。


「ほふぅ~。湯船に浸かれなくとも、やっぱ風呂はいいものだ……ん? おお、これは歯ブラシか!?」


 魔神にあるまじきだらけた表情から一転、少年は瞳を輝かせる。彼は異世界と地球の文化を比較できるような事例に、とても弱いのだ。


「おぉー? 硬くて細い動物の毛か。棒に毛の束を結び付ける……発想が面白い。糸で歯を磨くより、こっちの方がなんぼか楽だなあ」


 あれこれと分析しつつ歯磨きを終え、ロウは足取り軽くリビングへ戻る。身だしなみを整える彼は鼻歌交じりだ。


(? えらく上機嫌だな)

(ロウは入浴が好みのようですからね)


「そんなとこ。いようし、今日も張り切っていこう!」


 少し前の不機嫌さなど欠片も残らない少年は、高らかに宣言して朝食へと向かったのだった。

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