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住人たちの序列

 場面変わらず異空間。


 竜たちの殴り合いがひと段落した頃合いを見計らい、吸血鬼アシエラは彼らに呼びかける。


「ウィルムさん、ドレイクさん。そろそろ漬け込んでいたお肉も柔らかくなる頃ですから、食事でどうですか?」


「ふむ。ドレイクを手玉に取るのも飽いてきたところだ。飯としよう」

「ぐぅぅ。まさかぬしが閃光の如き速力を得ようとは。『竜眼』でさえ見切れぬ(はや)さ、シュガールの雷速移動を思い出したぞ、ウィルム」

「はははっ。ぬしも精進せよ。このまま差をつけられたくはなかろう?」

「ヌウ……」


 得意がる蒼髪美女の言葉通り、人へと変じた竜同士の戦いは一方的。青玉竜(せいぎょくりゅう)ウィルムが枯色竜(かれいろりゅう)ドレイクを終始圧倒していた。


 実力的に拮抗しており、属性でいえば熱を(つかさど)るドレイクの方が優位にさえある両者。


 しかしながら、ウィルムが新たに獲得した超高速戦闘術により力関係が一変する。


 彼女が背部から生やす氷の剣翼。これを形状変化させることで攻撃・防御能力の一切を捨て、速度に振り切った刃翼を創り上げる。


 この曲芸じみた一点特化により、彼女は兄弟分を置き去りにする強みを得たのだ。


「興味深いお話ですけど、料理が冷えてしまっては勿体ないですし。先に食堂へ行きましょう」


 鼻高々といった様子の美女を止め、アシエラは話を戻して砦へ向かう。


 褐色少年が数時間かけて創り出した巨大建造物には、個室に食堂に浴場にと、生活に必要な設備が一通り揃っていた。彼女たちが向かう先はその一角、調理器具や調理魔道具を備える食堂である。


「この砦って、本当どこ見ても立派なつくりだよね~……あや? ニグラスさん、服どうかしちゃったんですか?」


 食堂へと着いた一行だが、既に先客あり。上位精霊ニグラスと魔神の眷属(けんぞく)サルビアだ。


「この眷属と共に少々訓練というものを行っていた。私も日々力不足を感じているし、新たな力を欲したのだよ」

[──]


「おぉ~。サルビアちゃんと一緒に特訓ですか。途中から見かけないと思ったら、そういうことだったんですね」

「竜たちとこの場へ来たということは、アムールたちは戦いの観戦か」

「ですです。魔神同士の後に竜同士、物凄く贅沢な時間でしたよー。あんまりにも凄すぎて、途中から目が追い付かなくなっちゃいましたけど」


 などと話しつつ、吸血鬼アムールは下味をつけた肉をとりわけ、解凍した葉物で(いろど)っていく。


「ほう。空間魔法を使わずとも、竜にかかれば長期保存など容易いか」

「氷を溶かすのも簡単じゃないから、ドレイクさんやテラコッタさんに手伝ってもらわないといけないけどね」

「強力過ぎる冷凍保存も考えものか。ところで魔神たちはまだ来ていないが、どうする?」

「既に奴らにも伝えたのだろう? 妾は待たんぞ」


 ネイトが問いかけるも、待ちはしないと料理へ手を伸ばす竜たち。ニグラスも続いたため、なし崩し的に食事の時間となった。


「宿に比べれば貧相(ひんそう)な食事であるな。あちらで食事はとれぬのか?」

「邪竜の騒ぎの時、私たちは常軌を逸した力を見せちゃいましたからね……。アルベルトさんたちと鉢合わせないようにする、ロウ君の配慮ですよ」


 青年の素朴な疑問へ苦笑いを返すアシエラ。


 “自分たち”と表現した彼女だが、彼女たち吸血鬼姉妹が見せた力は理解の範疇(はんちゅう)だ。誤魔化しが利く範囲である。


 しかし、背に翼を生やし空をかっ飛んでいった非常識極まる竜たちは、当然のことながら人の理解を大きく超える。彼女の苦笑は強大な力を無造作にふるう、竜の無頓着(むとんちゃく)さを実感したが故だった。


 吸血鬼が竜とのカルチャーショックに(おのの)き呻く。そんな夕食も終わりという段になって、やっと魔神二柱が到着する。


「フォカロルよ、やはり食事が出来上がっているではないか。しかもこれは、既に食事が終わったのではないか?」

「あーはいはい。ごめんなさいねー」


「すぐに温めるので大丈夫ですよ。砦の中は見て回れましたか?」

「大体見て回ったかなー。ああ、見て回ったといえば、ちょっと気になる箇所があった」


 姉妹や眷属(けんぞく)たちが食事の片付けと準備を並行して行う中、褐色少女は(あご)に手をあておとがいをなぞった。


「砦の大部屋? みたいなところでね、記憶にない魔力を感じたんだ。色々混じってそうな感じの気配で、そこの魔物には似てない感じだったけど」


「ほう?」「ふむ」

「覚えのない魔力か。確かに気がかり……うん? フォカロル、大部屋というのは倉庫に近い部屋のことか?」


 ガーネットの瞳を細め周囲観察へと移る竜たちを尻目に、精霊ニグラスは位置の詳細を問う。


「んー? セルケト、どうだった?」


「近場には保存食を貯蔵していたな。以前そこにあった調理前の乾燥食料や穀類を幾らか食べてみたが、旨くなかった記憶がある」

「そのまま食べちゃったんですか~。乾麺をぼりぼり食べるセルケトさん、なんだか想像出来ちゃうかもです」

「元魔物のつまみ食いは置いといて。君、何か心当たりがあるの?」


 ほんわかした表情を浮かべるアムールを脇に置き、フォカロルが思案顔のニグラスへ確認をとる。すると精霊は、ややばつが悪そうに眉を寄せた。


「恐らく、フォカロルが見たのは私の魔力だろう。この食事を行う前、あの場で訓練していたからな」

「君が? でも、あの場で感じたのと君の魔力じゃ魔力の感じが違うよ?」

「そうだろうな。実は新しい戦闘方法を模索する中で……いや、口頭より見た方が早いか。サルビア、頼めるか?」

[──]


 説明を打ち切り眷属の少女を呼び寄せた人型精霊は、彼女に手をかざしてしばし瞑目。


 ひと時の集中を経て開眼したニグラスは、ブドウ色の瞳を()()()()()色へと変容させ──魔力体となった眷属を取り込んだ。


「「「っ!?」」」


「……こういうことだ」


 降臨した精霊とも魔神ともつかない魔力の持ち主が開口すると、その身から覇者の魔力と気配があふれ出る。


 ショートヘアだった白髪は肩へかかるほどに伸び、毛先も淡青色(たんせいしょく)へと若干変化。意志ある武器を憑依させた魔神がそうであるように、精霊ニグラスの容姿も変容していた。


「……驚いたね。眷属を取り込んだの?」


「我も見聞きしたことの無い現象であるな。しかしこの圧力、只ならぬ」

「ロウの眷属との同化……いや、使役か? あやつの権能を利用してのことか」

「“虚無”で自他を曖昧としていることまで分かるのか。『竜眼』とはつくづく恐ろしい」


 ウィルムの観察眼に舌を巻いたニグラスは早々に使役状態を解除。サルビアと分かたれ、額にじわりと浮かんだ汗を(ぬぐ)う。


「ふっ、妾の『眼』に見通せぬものなし。先の力は大したものだが、消耗も激しいと見える」


「その通り。先の力はサルビアの力を借り受け、私の全盛期の力を再現するものだが……戦闘に耐え得るものではない。まだ習熟の余地があるし、私も精進せねばなるまいな」

「むふっ。ニグラスさんってば、頑張り屋さんですね。どうしてそこまで頑張れちゃうんですかね~? むふふふ」


「うん? これから向かう先には幾柱もの魔神がいるというし、その中にはかつて私から力を奪い取った魔神も存在する。なれば可能な限り力をつけておくというのも、疑問の湧かない論理だと思うが」

「むむ。全く動じない……」


 (かま)をかけるも(ぬか)に釘。精霊の心を探らんとした吸血鬼の策謀は空ぶりに終わった。


 他方、堂々たるニグラスの宣言を受け、ここ異空間で弱者に属するネイトが思案顔となる。


「力をつける、か。戦いとなればアタシも駆り出されるのだろうか?」


「可能性はあるけど、私たちの戦いに割り込む余地はないんじゃないかな。ネイトはそれなりに力があるようだけど、それでも眷属相手がせいぜいでしょ?」

「むぅー。見くびられたものだ。迷宮の力を取り込んだアタシはそれほど弱くはない。食事も終わったことだ、実力でもって証明しよう。シアン、相手を頼めるか?」

[──]


「血気盛んなことよな」

「言っといてなんだけどあんまり興味ないし、見なくていいかな。後で結果だけ教えてー」

「フム。ウィルムよ、どちらが上と見る? 我は異形の魔物が優位と見るが」

「力ではネイトが上だろうし、魔法もある。だが……」


 食事を続行する魔神二柱を無視したネイトたちは、あれこれ予測を立て始める竜二柱を連れて砦の外へと向かった。


◇◆◇◆


 ウィルムが言葉を濁した通り、ネイトとシアンの戦いは拮抗する。


 片や魔法射撃による遠距離主体、片や大陸拳法を軸とした近距離主体。清々しいほどにかみ合わない、対照的な戦法である。


 しかしネイトの得意とする魔法が水属性であること、そして相手が魔神の眷属シアンだったことで、戦いは意外な展開をみた。


「くうっ、猪口才(ちょこざい)な!」


[──?]


 すなわち、部分的に擬態(ぎたい)を解いた眷属による、同属性魔法の吸収である。


 精霊に近い存在であるシアンにとって、権能を帯びない水魔法など己の(かて)以外の何物でもなかったのだ。


[──っ!]


 相手の魔力を取り込んだシアンは、向上した運動能力でもって瞬時に肉薄。

 動じる魔物に問答抜きの拳を見舞う!


「ぬ、ぐぅっ」


 突き出された拳は打ち払えたネイトだったが、次いで迫った肩から突っ込む体当たり──靠撃(こうげき)の対処にあえなく失敗。防御ごと潰され吹き飛ばされた。


 受け身を取って体勢を立て直さんとするも、既に相手は拳の間合い。


 殴り掛かれば軽くいなされ、掴み掛かれば逆に投げられ。考えつく限りの手を尽くしたネイトは、精根尽き果て打ちのめされてしまった。


「──うぅ……。まさか眷属相手に、これほど差があるとは」

[──]


「やはり魔物は魔物か」

「技術の差に経験の差。たとえ力があろうとも、鍛えねば無意味だという典型例であるな」

「ぬぐぐぐ」


 ウィルムたちから扱き下ろされるネイトだったが、相手は竜。上位者が前では、彼女も口を(つぐ)まざるを得なかった。


「ネイトちゃん、大丈夫?」

「疲労や節々の痛みはあるが、大したことではない。しかし、こうも差があると精神的に堪えるものがある」


[──、──]

「胸張っちゃうんだ。シアンさん、意外に追い打ちかける性格?」


 吸血鬼姉妹に介抱されたり眷属が有頂天(うちょうてん)となる様子を見たりしながら、ネイトは砦へ戻る。


 その道すがら、彼女はもっと強くならねばならぬと決意を固めたのだった。

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