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竜たちの鍛錬

 引き続き、魔神の創りし異空間。


「いや~。遠くから見ても凄い戦いだったねえ。セルケトさんもフォカロルちゃんも、物凄い達人さんだよー」

「あの青年……『神獣』とまともにやり合ったと聞いたときは、眉唾(まゆつば)と思ったものだが。アタシが知覚しきれないほどの技量を幾つも見せられると、納得せざるを得ない」


 白い空間で(おごそ)かに(たたず)む巨大な砦。


 その一室で興奮気味に語り合うのは、そそけ立つ黒髪の少女と金のメッシュが入る黒髪の少女。吸血鬼アムールと異形の魔物ネイトである。


「ねー。あんな大きい武器を物凄い速さで振り回してさ。セルケトさんなんか、最後にロウ君の空間を壊しちゃったし。やっぱり魔神様なんだなーって──あ。お姉ちゃんにシアンちゃん、おかえり~」

[──]


 (かしま)しい少女たちの前に現れたのは、吸血鬼のアシエラに魔神の眷属(けんぞく)シアン。いずれも食欲をそそる香辛料の香りをふわりと漂わせていた。


「うん? 良い匂いだ。もう食事の時間か?」


「シアンさんと一緒に下準備をしてきたから、もう少し後だね。ネイトたちは何をしてたの?」

「先ほどの戦いの振り返っていた。もっとも、アタシもアムールも目で追いきれなかったから、それほど語る内容もなく終わったがな」

「ネイトでも見切れなかったんだ? やっぱり竜や魔神は、身体の動き一つとっても桁の違う存在だね」


 目の前の少女が魔物として最上位であることはアシエラも知るところだ。


 とはいえ、外見が幼く人の世に慣れていない面が目立つため、少女のことを妹のように認識している節があるが。


「竜や魔神、か。やはりウィルムたちはあの戦いを理解できていたのか?」


「みたいだよ。ここへ戻ってく前に外で鍛錬(たんれん)してるウィルムさんたちを見たけど……凄かったから。素手なのにセルケトさんたちの戦いと変わらないくらいだった」

「肌が粟立(あわだ)つ気配はそれだったか。まだ食事まで時間があるならば見に行くとしよう」

「竜の鍛錬かあ。……神話みたいな話をこの目で見られるって、とんでもなく贅沢(ぜいたく)な気がするよう」


 アムールが現状の異常さを改めて実感したところで移動開始。


 ぞろぞろと砦内を歩く途中、一行は話題に上っていた魔神たちに鉢合わせた。


「あや、セルケトさんにフォカロルちゃん。ここを見て回ってるの?」


「そうだよー。構造自体は魔力感知で把握できるけど、セルケトが案内してくれるっていうからね」

「ロウが創り出した建物だというと、こやつは目を輝かせて詳細を問うてきたからな。我が仕方なしに案内しているのだ」

「そ、そうなんだ?」


 当たり前のように食い違う説明を聞き、表情を引きつらせる魔物たち。


「夕飯までもう少しかかりそうですから、そのままゆっくり見て回ってください。それでは、失礼します」


 しかしながら、(やぶ)をつついて蛇を出すのは愚かしい。そう考えたアシエラは素早く別れの言葉をひねり出し、妹たちを連れてその場を脱した。


「むふ。お姉ちゃん、ロウ君みたいな逃げっぷりだったね~」

「どこかで聞いたような口上だと思えば、あの少年だったか。言われてみればなるほど似ている」

「あの場に留まると二人が張り合いそうだったからね……。二人っきりなら衝突もしてないみたいだし、立ち去るのが最適解だよ」


[──、──]

「弁解までそっくり? ……なんだろう。ロウ君の血を飲んだから、性格が移ってきちゃったのかな」


 ジェスチャーで意思を伝える眷属に曖昧な笑みを返し、アシエラは砦の外へ出て竜たちの下へ向かう。


 カラフルな影が踊っていたのは砦から歩いて数分ほどの位置。影の正体は竜たちと眷属たちだ。


「やってますねー。ウィルムさんたちだけじゃなくて、コルク君たちもいたんだ?」


「こやつらがおらねばロウの動きを模倣できぬからな。アシエラの匂いからすると、飯時か」

「もう少し時間がかかりそうなので、見学しにきました。覗いて行ってもいいですか?」

「減るものでもなし、好きにするがいい。さあ眷属どもよ、先の続きだ」


[[──!]]


 ドレイクの号令を受け、相手役を務めるコルクとテラコッタが襲い掛かる。


 枯色(かれいろ)の青年を上回る上背(うわぜい)のテラコッタは、正面から堂々と。

 青年より頭一つ低いコルクは、側面から這うように。


 魔神の眷属たちは己の肉体の利を生かし、創造主から受け継いだ技を叩きつける!


「──フッ」


 応じるドレイクもまた、力ではなく技で対抗する。


 正面上段から迫る手刀打ち下ろしは、相手の腕の腹に手の平をあわせ押すように捌き、空いた横腹へ拳を放り込み。


 側面下段から放たれる掃くような連続回し蹴りには、飛び上がっての横蹴り一発。回避と攻撃を同時にこなして蹴り飛ばす。


 いずれの動きも(まご)うことなき大陸拳法。枯色竜ドレイクも兄弟分たるウィルム同様に、虚無の魔神ロウから格闘技術を盗み出していたのだ。


[[~……]]


 刹那の攻防を終え、彼方へと吹き飛ばされる眷属たち。


 上位魔神の眷属という極めて高位の存在ながら、ここ異空間ではサンドバッグ代わり。彼らの人生も過酷である。


「うひ~。ドレイクさん、今二人に分身しなかった?」

「同時攻撃に対して分身攻撃で対応してたね……」

「あれが竜の本気か。分かっていたが、やはり桁が違う」


「眷属どもの体術は興味深いが、肉体の水準が違い過ぎるか。ウィルムよ、我が相手を願えるか?」


 驚愕する魔物たちの反応に気をよくした青年は、氷の寝台で横臥(おうが)していた美女へ声をかける。同族のウィルムだ。


「妾も退屈していたところだ。楽しませてくれよ? ドレイク」


 眠たげな(まなこ)から一転、ギラリとガーネットの瞳を輝かせた彼女は、寝台を砕き構えをとった。


 半身となり前方へ体重を寄せたその姿勢は、大陸拳法の弓歩(きゅうほ)


 人体の急所が集中する正中線(せいちゅうせん)を広く守る、隙の小さい構えである。


「……」


 対する青年は重心を後方へ寄らせる虚歩(きょほ)を選択した。


 弓歩(きゅうほ)同様大陸拳法の構えとなるこれは、守りを意識しつつも力を溜める姿勢。体重移動による重撃を繰り出すこともできる、攻防一体の構えである。


「「──」」


 睨み合う両者は互いにジワリとにじり寄る。


 足を交差させ、円を描くように斜め前方に移動し、間合いを測り動作の()()()を探り合う竜の二柱。


 動きつつも腰の高さの変わらぬ緩やかなる対立は、徐々に徐々にと近づいていく。


「おぉ~。なんだか達人同士! って感じがするねえ」

「息が詰まる時間だ」

「そろそろぶつかり合いそうだけど──!」


 拳の間合いに差し掛かる──その寸前で、ドレイクが牽制の前蹴り。

 コマを飛ばしたかのような神速の一撃が、ウィルムの腹部へ急迫する!


「──っ!」


 (かかと)を使った強烈な蹴りはしかし、あっけなく空を切る。


 突き出されていた腕の護りと、しなやかなる転身。優美な所作で躱した美女は、それで終わらず震脚、からの逆手の掌底!


「はっ!」


 震脚の反力に腰部(ようぶ)回転の加速。撃ちだされたカウンターは正しく神速。

 前蹴りを空ぶったドレイクの腹部へ、吸い込まれるように放たれた掌底だったが──相手も()る者。


「むんッ!」


 青年は空ぶった蹴り足を振り下ろす勢いで飛び上がり、流れるように二段蹴り。


 逆足による飛び膝蹴りで、ウィルムの掌打をぶっ飛ばす!


「ぐぬっ」

「フッ、まだまだ!」


 膝蹴りから飛び前蹴り、後ろ回し蹴りへと繋いだ青年は、そのまま炎翼を生やして翼撃乱舞。

 竜の本領空中戦へと切り替え、猛攻撃で畳みかける!


「望む、ところだっ!」


 掌打を弾かれ追撃を見舞われたウィルムだったが、柔らかなる腕捌き体捌きで蹴りを躱してこれに即応。


 (こお)れる手刀で炎の翼撃を打ち払うと、氷の剣翼を生み出し天を翔けた。


「ハハハッ! やはりこうでなくては、戦いと呼べぬな!」


 青き流星となって突貫してきたウィルムに、爆熱竜拳で応じるドレイク。灼熱の大花を咲かせて空間を震わせた青年は、愉快でたまらないと哄笑(こうしょう)する。


「その高笑いがいつまで続くか──楽しみだぞ、ドレイク」


 呼応するかの如く(たぎ)るウィルムも、燃ゆる白炎を(こご)える銀炎で打ち消し冷気を解放。


 己の翼をより精細に創り変え、長剣が連なったような剣翼から短剣が折り重なったような刃翼へ生まれ変わらせた。


「ほう……。その翼の変化、ロウが触腕を創り変えたあの変化と同様か? 動きがより複雑化したと見える」


(しか)り。アレの技術も中々に興味深い……さて、行くぞ? ドレイクっ!」

「!」


 問答を打ち切った美女が羽ばたけば、青き閃光が青年の身体に突き刺さる。


「ぐぅッ……!?」


「ぬしも竜ならば、耐えてみよ!」


 青年の腹部へめり込んだのは、蒼き美女の凍れる拳。

 それが意味するところは、竜の知覚を振り切る速さ。


 頂点たる速度へと至った青玉竜(せいぎょくりゅう)が、竜なる速度で拳を見舞う!


「せっいっやぁっ!」

「う゛、ご、あッ!?」


 初撃の突きから更に中段突きを見舞って腹部を穿(うが)ち、次いで逆手の鉤打(かぎう)ちで脇腹を粉砕。止めに手刀の如く鉄槌打ちを延髄(えんずい)に叩き込み、美女は同族を吹き飛ばす。


 冷気吹き荒れる怒涛(どとう)の連撃は、八極拳(はっきょくけん)六大開(ろくだいかい)(とう)”・猛虎硬爬山(もうここうはざん)


 褐色少年が本気の時だけに使う絶技を、彼女は既に会得(えとく)していたのだ。


「オ゛、オ゛オ゛ォォッ!」


 されども、やはり相手も同族である。


 吹き飛ばされたうえに、己の体積の数千倍にもなる氷河に閉じ込められたドレイクだったが──落下しきる前にこれを爆砕。


 衝撃波を伴う咆哮と灼熱を帯びたる魔力でもって、氷の牢獄を粉と砕く。


「ふっ。力ずくとは、なんともドレイクらしい。しかしそれでは、妾に届かんぞ?」


 不出来の弟を(いと)おしむように笑みを浮かべ、美女は再び青き閃光と化した。


 至る所で咲き乱れる氷の華に、空震わせる灼熱の華。

 訓練と称した全力闘争は、竜たちの気性により激しさを増していく。


 一方で──。


「──あっという間に見えなくなったね」


「やつらは当然のように空を飛ぶから、地に張り付いたまま観察するというのは難しいかもしれない。アタシも飛ぼうと思えば飛べるが……アムールたちはどうだ?」

「う~ん。背中の“腕”で翼みたいなものを生やしたことがあるけど、上手くはいかなかったよ。滑空くらいなら出来るかもしれないけど、飛びながら観察するとなるとちょっとね」


 瞬く間に天地駆け巡る超高速戦闘となったため、観戦を諦め雑談へと移行する少女たち。


 熱拳と氷拳の衝突音を環境音としながら、ネイトたちは竜の戦闘技術について議論したのだった。

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