悪事千里を走る
開始の合図が訓練場に響くと同時、火球の嵐と氷塊の津波がぶつかり合う。
灰色髪の少年レルヒの火魔術と、赤砂色の少年アリムの水魔術。魔術大学学生たちの小手調べだ。
「「──ッ!」」
両者の解放した遅延魔術は属性こそ違えど、目指すところは同一。
すなわち、有無を言わさぬ物量攻撃。初手から問答無用の圧殺狙いである。
学生同士での手合わせは、冒険者同士の小競り合いと比べれば派手となることが多い。
学生に魔術的な才気に溢れる者が多いこと。学生の大半が若く、前述の才能に強い誇りを持ち増長しているきらいがあること。力をひけらかしたがる者ばかりなのだ。
「押し切れない……!」
「ほう。僕の魔術を相殺しきるか」
この両者は学生の中でも特に優れた素養を具えていたため、その傾向はなお強まる。そのうえ可憐な少女たちが見ているとなれば言うに及ばない。
「ふわっ!」「わあっ!?」
「おぉ~。あっちの子もやるねえ」「ああ。アリム様に見劣りしない。だが……」
結果が、熱風吹き荒れ水蒸気満ちる現状だ。
「腐ってもここの学生、平民にしてはやるようだ。ならば、続きといこうではないか!」
尊大な態度で自身の腕の長さほどの短杖を振るったアリムは、矢継ぎ早に魔術を解放。
蒸気の中現れたレルヒを護る岩壁へ向け、第二波第三波の魔術を叩きつける!
「……」
「ハハハ! 守勢に回り勝てる道理がないぞ!」
反撃がないとみるや、がぜん勢いづくアリム。高笑いする少年は数十もの魔法陣を浮かべ、ここが機だと集中放火!
怒涛の砲撃を受けた岩の防壁は、脆くも崩れ去り──。
「──いない!?」
魔術が打ち抜いたのは虚ろな空間。
相手がいるはずの壁の後ろは、既にもぬけの殻だった。
「どこに──ぐッ!?」
「たあッ!」
障壁を張り巡らせて視線を走らせた瞬間、アリムの下半身を衝撃が襲う。レルヒの下段前蹴りが障壁を突き破り、膝を打ち抜いたのだ。
物量で押し切れぬなら蒸気に隠れて忍んでしまえ──そんな機転を利かせた少年が放ったのは、八極拳・斧刃脚。
かつて褐色少年より教え込まれた、踵の一点で蹴り込む基本技である。
「ぐ……こざかしい。魔術勝負で不利と見れば、暴力に訴えるか」
「勝負は総合力だろー? 観念しろ!」
障壁で軽減されるも、見事に相手を崩した下段蹴り。
その機を逃してなるものかと、レルヒは上段から短杖を打ち下ろす!
「平民らしい浅知恵だ。僕の才が魔術だけだと思ったか? 間抜けめ!」
しかし相手も然る者。
素人丸出しの攻撃を見切ったアリムは、片膝立ちのまま振り下ろしを横へと受け流す。
短杖を剣と見立てたその捌きは、一大都市を預かる首長の息子として受けた貴族の剣技。英才教育の賜物だった。
「くう。このッ!」
絶好の機会を逃したレルヒはなおも攻撃。
父親の接近戦闘術を模倣し、魔術と短杖と体術を織り交ぜた多彩な攻めで食い下がる。
「ハハハ! 教授の猿真似か? 温すぎる。雲と泥ほども差があるぞ!」
されどもアリムの言う通り、その技量は拙く単調だ。
才気溢れるとはいえ子供も子供。加えてアリムのように英才教育を施されていないレルヒでは、真っ向から打ち崩すなど出来ようはずがなかった。
故に浮かべた火球は氷槍に貫かれ、魔力を纏った短杖は相手の得物で弾かれる。
頼みの綱たる体術も、練度があるのが前蹴りだけだ。名のある師に従事して修練を重ねた相手の前では、あまりにも分が悪すぎた。
「ぐうッ」
躱しざまに短杖を打ち据え魔術で追撃。お株を奪うような連携攻撃で相手を跪かせるアリム。
「他愛ない。終わりだ──!」
勝ち誇る彼が止めの水魔術を解放するその寸前──二人の間に、どろりとした影が舞い降りる。
[──]
貴族の子弟風な衣服を着こなす、黒髪金眼の美しい存在。
突如割って入ったのは、事情を知らない魔神の眷属。
護衛対象であるレルヒたちの下へとやってきた、エボニーだった。
◇◆◇◆
「──っ!?」「ふわっ!?」「あわわわ」
「あの子は!」「昨日の可憐なお嬢さんか」
脈絡もなく現れた少女(実際は性別無し)を見て動揺するギャラリーたち。
争っていた当人たちの驚きは、彼らの比ではない。
「うわッ!? だ、誰だ!?」
「僕の魔術を素手で消したのか? あり得ん……!? というかお前、昨日の女か!」
[!]
動揺から覚めた赤砂色の少年の反応振りで、漆黒の眷属も相手の存在を確認。昨日の記憶と結び付け、レルヒがこの少年に絡まれたものだと断定した。
となれば、彼の採る行動はただ一つ。
強制排除だけである。
[──]
風に揺れるしだれ柳のように動いたエボニーは、間合いを詰めると掌底一発。
身体を開く勢いを乗せた八極拳金剛八式・川掌でもって、アリムの障壁を打ち砕く!
「なッ!?」
魔術の守りが粉と砕かれ、動じる少年に護りなし。
ならばと眷属は逆手で追撃。
滑るような所作で打ち出された掌打が、相手の胸部へ迫り──。
「させませんよ!」
「お嬢さん昨日のこと、根に持ってたんですか?」
──少年を打ち抜く寸前で、青年たちに止められてしまうのだった。
問答抜きの一撃を受け止めたのは、狼に似た青年。その間に、赤砂色の青年が主を確保し距離をとっている。
[……]
エボニーとしては絶好の機を逃した形だ。頬を膨らませて愛らしい顔を歪ませるこの眷属は、不測の事態に弱かった。
「あちらの少年の退避も従者殿が済ませたようですし、こっちもお仕置きといきましょうか!」
主の安全を確保した青年も駆けつけ、従者たちは挟み撃ち。逃がしはしないとエボニーへ襲い掛かる!
[──!]
刀剣と変わらぬ切れ味鋭い手刀に、大型鈍器の如き破壊力の回し蹴り。人体を容易に破壊しうる攻撃の数々は、貴族子弟の守護者に相応しい実力を示していた。無手ながら高位冒険者にも迫る技量である。
「……できる!」「当たりもしないか!」
惜しむらくは、相手が人から大きく外れた存在だったこと。
高位冒険者とは比較にならない身体能力を有するエボニーの前では、従者ジャラールたちの攻撃など児戯も同然。正面からとなれば、先のような無様を晒すこともない。
切れ味鋭い手刀は指一つで弾き返し、回し蹴りの剛撃は暖簾の如くゆらりと躱し。
実力の違いをみせつける眷属は、こんなものかと口角をあげて喜悦を見せる。この生まれたての眷属は頗る調子に乗りやすい性格だった。
「ならば、多少痛い目は見てもらう!」「これなら、どうかな!」
実力差を目の当たりにした青年たちは捨て身の連携を選択。
正面からは身長差を生かした中段突きに、側面からは足を取らんと拘束狙い。可憐だろうが容赦はしない、青年たちの同時攻撃!
[──!]
どちらか一方は確実に決まるという、その目論見に対し──漆黒の眷属は、創造主の御業・太極拳でもって対処する!
「ぐッ!?」「ごふッ……」
迫りくる中段突きを逸らしての、逆手で掌打のカウンター。
更には掌打を突き出す勢いを使い、逸らした腕での後方肘打ち。
それは一つの動作で対する二人を打ちのめす、ものの見事な応じ技だ。
二人を同時に打倒した一撃は、陳式太極拳小架式・閃通背。
足を踏み出しながら一気に腰部を回転させ、閃光のような掌打を叩きつける妙技である。
「お前たち!?」「ふわっ!?」「あわわわ」「す、すげえ……」
[──……!]
顔を打たれ腹部をどつかれ悶絶する青年たちを見て、やり過ぎたかと顔をしかめたエボニー。
「させません!」
[──]
そんな彼目掛け、静観していたフュンによる風の精霊魔法が続々飛来する。
風刃暴風をひらひらと躱した彼は、「もう護衛対象が危険となることはないだろう」と判断。これ以上付き合っていられるかと逃げの一手を打った。
身体能力にあかせて疾走する様は、創造主同様の無責任極まる遁走である。
「迅い!? ……逃げられてしまいましたか。お二人とも、この薬を」
「ありがとうございます、フュンさん」
「坊ちゃまがたのためにご用意していた薬が、こんな形で役立つとは。いやはや、情けない限りです」
「無駄口をたたける程度には無事だったか。心配をかけさせるな」
アリムがツンデレじみた言動で従者を労り、場を覆っていた緊張が和らいだ。
(なんだか割って入ってきた可愛い子、ロウに似てたなー。顔立ちや雰囲気も、従者の人を倒した動きも。黒髪だったし金色の眼だったし、シアン姉ちゃんみたいに兄妹だったりするのかな?)
そんな中で、先ほどの闖入者と褐色少年の関連性を考えるのはレルヒ。短い時間ながら指導を受けた間柄だったため、その分析は的確だった。
彼が思案している間に手合わせの話が流れ、彼らは揃って施設管理人の下へ報告に行く。
突然謎の少女が現れ、大人を打ち倒して去っていく──冗談のような報告内容だが、アリムの悪名が通っていたことですんなり信用が得られることとなった。
彼や従者の強さは知れていて、高慢な性格もまた同様。そんな彼が虚偽で自己を貶める証言はすまい──ということである。
結果アリムの悪名も相まって、大学内でのエボニーに関する噂は瞬く間に広がっていく。
後に“魔術大学七不思議”の一つとなる“闇を操る黒髪金眼の美少女”の噂は、こうして生まれたのだった。