表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界を中国拳法でぶん殴る!  作者: 犬童 貞之助
第七章 混沌の交易都市
229/318

7-20 神獣ベヒモス

 リマージュ上空、雲の上。


 姉弟の可能性もある魔神と俺とが殴り合う中、突如として顕れた謎の男。


 たてがみのような銀髪を(なび)かせるそいつは、壮麗(そうれい)極まる衣服の上からでも分かるほどに筋肉質。いつぞやの魔神エスリウを彷彿とするほどにムキムキマッチョだ。


 出現方法は空間魔法。その魔力は()()の混じったマーブル模様。


 顕れた瞬間に撒き散らされた圧力は、俺たちが相手にしている降魔(ごうま)状態のフォカロルにも匹敵する。


 要するに、尋常の存在ではない!


「──我が怒りを知るがいい」


 その男が赤き瞳を怒りで(たぎ)らせた──そう見えた瞬間、構えていた銀刀が真っ二つに砕け飛ぶ。


「ごッ!?」


 次いで背骨に響くような衝撃に、重心が定まらないような浮遊感。


 更には勝手に回転する視界と、振り抜かれている男の左脚。


 銀刀ごと俺を真っ二つとする凄まじい回し蹴り──状況が指し示すのは、そういうことだった。


(ぐぅ……)(ロウ、サルガス!?)


〈こんの、やろォッ!〉


 現状把握と同時に権能解放、降魔移行ッ!


〈サルガス、生きてるか!〉


(ぐッ……まあ、な。ただ、回復に専念させてもらえると、助かる)


 己の下半身と折れた銀刀を、背部に生えた触腕で(ただ)ちに回収。幸いにして相棒は無事のようだった。いや真っ二つだし、全然無事じゃあないが。


〈おう、異空間で休んどけ。セルケトやニグラスもいるし、自力で直せそうにないならあいつらに頼んでもらえ〉

(……すまん)

〈謝んなって。いきなり蹴ってきやがったあのクソ野郎と、反応できなかった俺が悪いんだ〉


 手早く折れた銀刀を異空間に送り出し、空間を閉じて肉体再生。吹き飛んでいた腕や下半身をくっつけて、混沌とする戦況を盗み見る。


〈うわっ!?〉

【ヌウッ!】


【ベヒモス、貴様っ! ドレイクや魔神はともかく、妾まで攻撃するとはどういう了見(りょうけん)だ!】

「笑わせるな青玉竜(せいぎょくりゅう)。そこの魔神が世を荒らし回り、汝がそれにつるんでいることは既知の事実。身内に甘い大地竜に代わり、枯色竜(かれいろりゅう)共々その性根を叩き直してくれよう」


()せぬ。何故当然のことのように我が巻き込まれている?】


 高速で飛び回る竜たちに瞬間移動しまくる魔神、そして拳と蹴りで衝撃波を連発する青年。


 轟音烈風入り乱れる中で聞えた会話から分かるのは、顕れたクソッタレがウィルムたちの知り合いらしいということだ。


 神特有の銀系統とも魔物に類する紫系統とも異なるマーブル状の魔力に、「神獣」という呼称。以前聞いた、古き竜と同等だという存在で間違いないだろう。


 この場に乱入してきたのは魔神や竜への怒りからのようだが……こちらには身に覚えのない話だ。とりあえずはぶちのめすとしよう。


 サルガスに手ぇ出したこと、後悔させてやる。


(……。今は戦いに集中すべきですからね。そういうことでいいと思うのです)


 奥歯にものが挟まったような相棒の言葉を聞きつつ、虚無を帯びた空間魔法を構築。


 殴り合いの只中にあった銀髪イケメンを、こちらの傍へと強制転移させ──。


〈さっきの一撃、倍で返すぜ!〉


「ぬッ!?」


 下半身をウツボ触腕で食い千切り──残った身体を、鉄槌打ちで叩きのめすッ!


(ふん)ッ!〉


 先ほどの俺のように上半身だけで回転する神獣へ、渾身の触腕殴打が直撃。超速反応で防御されたものの、隕石並みの速度で雲の下へ落下した。


 あれくらいで仕留めるのは不可能だろうが、多少時間を稼げるはず。この隙にフォカロルを片付けるとしよう。


〈降魔っ!?〉


〈魔神なら当然だろ? ってなわけで、お前もぶっ飛べ!〉

〈お断りだよ──っ!〉


 動じている隙に空間魔法で近くに呼び寄せ、一方的に攻撃開始ッ!


 ──しかし。


 触腕による中段突きを見舞うも、影なる転移でするりと避けられ。

 それを見越した背後への掌打も、僅かな羽ばたきでひらりと躱され。

 躱されついでに(ひらめ)く黒爪を、こちらの前蹴りで弾き飛ばし。

 蹴りに合わせて大放電を放てば、見越していたかのように黒風が(さえぎ)りこれを相殺。


〈〈……!〉〉


 二重三重にも仕込んだ攻め手が、魔神が前に崩れ去る。


 (まばた)きする間の攻防は、その(ことごと)くが想定以上。


 やはりこいつも、尋常ではない。


〈やるね、君。人型の時から分かってたけどさー〉

〈お前も、な!〉


 二つ頭で不気味に笑う魔神へ応じると共に、空間魔法でその場を退避。


 全く同時に、銀炎と白炎がフォカロルを薙ぎ払う!


〈──っ!?〉


〈容赦なく巻き込む範囲でブレス吐きやがったな、あいつら〉


 俺が山羊頭(やぎあたま)特有の広角視野で見ていたからいいものの、気が付かなかったら消し飛んでいただろう。案外あいつらなら、俺ごとやりそうな気がするし……。


山羊頭(やぎあたま)といえば彼女もそうでしたね。やはり魔神フォカロルは、ロウの姉なのでしょうか?)

〈さてな──!〉


 黒刀と談笑する暇もなく、遠方で巨大な魔力のぶつかり合い。


 残念ながら先のブレスでは、フォカロルを仕留められなかったようだ。


 そして、眼下の雲海より飛来する、大海のうねりのような魔力の波動!


〈もう戻ってきやがったか〉


 視界全てを塗り潰す波動を前に権能解放、魔力全開。


 全てを曖昧とする漆黒をもって、魔力の大瀑布(だいばくふ)を消し飛ばすッ!


「我が一撃を凌ぐか。琥珀竜(こはくりゅう)や海魔竜と一戦交えた事実、確かであるらしい」


 “虚無”の魔力で極大波動を打ち払えば、銀なるイケメンが空間魔法で再臨する。食い破ってやった衣服も身体も、綺麗さっぱり元通りのようだ。


〈そりゃどうも。あんたって『神獣』なんだろ? 竜と友達なのか?〉


「あれらとは何度も顔を合わせてきたが、馴れ合うような関係かといえば否だ。汝は魔神でありながら、あれらと親しいようではあるが」

〈親しいっていうか見逃されてるっていうか。まあ、あんたが竜たちと特別親しいって訳じゃないなら良かったよ──〉


 会話を打ち切り触腕励起(れいき)


 伸長させ、膨張させ、()い合わせ。巨腕としたそれらを打ち合わせて、宣言する。


〈──遠慮なくぶっ飛ばせるってことだからなァッ!〉


 俺の相棒に手を出した落とし前、きっちりつけてもらう!


◇◆◇◆


「面白い。では、魔神狩りといこう」


 俺の言葉を受けたベヒモスは銀と紫の魔力を煌めかせ、美しく静かな所作で構えをとった。


 右腕をゆるりと突き出し、左腕を腰に添えるようにして溜める、(じゃく)としたその姿。状況がこうでなければ見惚(みと)れるほどに、優美極まる姿勢である。


 牙を研ぎ澄ませるかの如く不動となった神獣。空中にありながら微動だにしない。


 相手の情報は皆無な現状。どう攻めたものか。


〈御大層な構えじゃねえか──ッ!〉


 まずは飛び道具、魔法を試すかと魔力を操作した瞬間──俺の右腕が消し飛んだ。


〈は!?〉


「ぬんッ!」


 神速の拳が打ち出された──そう理解したタイミングで、今度は神をも殺す回し蹴り!


〈くッ、おぉ!?〉


 虚無を発する触腕で受けるも、砲弾の如くぶっ飛ばされる!?


〈ぬぐッ──!?〉


 超音速で吹っ飛ぶ中、風魔法で減速した、直後に悪寒。


 直感従い見上げてみれば──上空で拳を構える、イケメンの姿!


「我が拳は神を(ほふ)り、竜をも(おびや)かす。果たして汝はどうなるか?」


〈知りたいところだがな──当たらねえよ!〉


 転移ですぐさま緊急回避。間髪入れず、神すら殺す魔拳が炸裂。


 太陽が生まれ落ちたかのような輝きが場を満たし、落雷にも似た轟音が天をどよもす。


 その一撃が彷彿(ほうふつ)とさせるのは、いつだったかぶち込まれた竜なる拳。正に正しく最強のそれだ。


 そうはいっても、この世の頂点とは何度も戦った俺である。こんなものはもう慣れっこだ。


〈大振りなんざぁ、当たりっこないぜ?〉

「ふむ。我が拳に動じもしないか。幼い身であっても、汝は相応に()()()きているようだ」


 下あごを()でるイケメンが余裕を滲ませる間に、空間魔法で(おり)を創出。高高度金網デスマッチの準備を完了させる。


 吹き飛んでいた右腕を再生させれば、あとは突撃あるのみだ。


〈あんたも乗り越えてやるよ、神獣ッ!〉

「それは(いささ)か、下に見過ぎだろう」


 交錯せし一撃目。


 肉薄するこちらを迎撃せんとした魔拳が数十発。


 その全てを、柔らかなる太極拳(たいきょくけん)の腕捌きと体捌きで逸らして躱す。


 体毛を焦がし角を削った結果、既に間合いは二歩とない。


「フッ。言うだけは、ある!」


 死の気配(かお)る二撃目。


 魔拳から次ぐ前蹴りに対し、こちらも八極拳(はっきょくけん)の前蹴りで対抗。


 勢いが乗り切る前に相手の(すね)を押さえつけ、(ひづめ)で踏みつけ()い付ける!


〈もらッ──!〉


 死線交わる三撃目。


 こちらが追撃に転ずるその前に、神獣が打ち出す神速反撃。


 押さえつけられる勢いを踏み込みに変え、イケメンが放つ神をも殺す右フック!


〈くおぉッ!〉


 側面の障壁を衝撃波だけでぶっ壊すそれを、巨体たる降魔状態から小さな身たる半降魔(はんごうま)状態へ移行して、命からがら無理くり回避!


「ぬう!?」


 空振った衝撃だけで皮が裂け肉が抉れる気配を感じつつ──再度攻勢転換。


 (かが)めた上半身を起こしながら、渾身の裏拳をぶちかますッ!


(ふん)ッ!」


 背筋に腰部・股関節の回転。震脚の反力に中正(ちゅうせい)たる姿勢の十字勁(じゅうじけい)。そして、足裏から筋を伝って腕まで導く纏絲勁(てんしけい)


 俺の持ちうる力の全てを結集した裏拳、八極拳大八極(だいはっきょく)崩歩捶(ほうほすい)は──しかし、神獣の逆手の肘で受け止められる。


 右フックが外れたと見るや即座に軸足を回し、曲芸じみた肘打ちを披露したが故だった。


「今のも、防ぎやがるか」


 受けた肘が砕ける音と共に宙を舞った神獣は──着地と共に檻を砕く。機を逃さんとした俺の追撃も、足場が砕けて失敗だ。


(……凄まじい技の応酬なのです。情けない話ですが、私には半分も知覚することができませんでした)

「俺はギルタブの助力でなんとかやれてるって感じだけど、そっちが把握しきれないってのもなんだか面白いな。まあ今は、楽しんでる場合じゃないが……」


 黒くて毛むくじゃらな小猿(こざる)の如き我が身を再生させながら、空間魔法で足場を創出。再度銀髪イケメンと向かい合う。構えは先と同じである。


「「……」」


 どこからでも攻められそうな相手の姿は、しかし全く隙が無い。


 無策に殴り掛かれば、突き出された右腕にいなされ左拳を叩き込まれることだろう。


 魔法で翻弄(ほんろう)しようとすれば、構築する前に魔力を見切られ、拳で撃墜(げきつい)されるに違いない。


 それほどまでに、神獣の赤き瞳は鋭く光る。二度目の不覚はないと宣言するかのように、彼の(まなじり)は鋭利なものだ。


 対し、今の俺は人とも降魔ともつかない半降魔。降魔特有の角や体毛を有しつつも、人の形を留める状態にある。


 降魔状態に比べると膂力(りょりょく)や魔力の制御で劣るこの形態は、人型を維持しているという一点においてこの状況に適合する。


 本来の姿であり異形の身たる降魔は絶大な力を有するが、如何(いかん)せん図体(ずうたい)が図体だ。


 生まれてこの方自分より小さい相手と手合わせした経験が絶無(ぜつむ)な俺にとって、未だ人型をとる神獣を相手とするのは、相当に厳しい。


 故の、半降魔。


 今までは部分的に行うだけだったが、今は全身が半分異形。己の体ながら、何とも不気味な姿である。


「降魔とも人ともつかぬ奇妙な姿……汝の特異性を示すかのようだ」


「そんな俺と人型のまんまやり合う、あんたが言うかね」


 ベヒモスの言葉を切って捨てて魔法を構築。再び死地へと踏み込み駆ける!


「口の減らないことだ!」


 無論奴はこれに即応。むしろ踏み込んだ瞬間から拳の速射砲を打ち出す始末。


 俺の空間魔法を拳一発で破壊していく様は、あの海魔竜のでたらめな攻めを思い起こさせる。


「──む。漆黒の空間魔法か!」


 さりとて、俺も無策では突っ込まない。


 ただの空間魔法は壊されようとも、虚無を帯びた空間魔法であれば最強の守りに早変わりだ。もっとも、追従させることはできないため、回り込まれるとそれでお終いだが。


 となれば、対応されてしまう前に決めねばならぬ。


 であれば、速攻をかけるより他になし!


「お、お、お、ぉ!」

「器用に、避ける、ものだな!」


 盾の隙間を()うようにして、幾条(いくじょう)にも放たれる光の魔拳。


 その全てを横っ飛びで躱し、馬跳びで跳び越え、絶命の間合いに殴り込むッ!


「入ったぜ、俺の間合いに」


 肉を焦がして異臭を感じ。骨を(きし)ませ痛みを覚え。己が間合いに接敵完了。


(しか)れども、我が間合いでもある」


 中段突きを伴って突きつけられる異論。それに対し、躱しざまに掌打を叩きつけることで返答する。


「俺の間合いかお前の間合いか──白黒つけようじゃねえか!」


 掌打は易々防がれたが、そんなことは想定内。流れるように袖口(そでぐち)を掴み、前へ引き倒す──と見せかけての、反射運動を利用する押し倒し。


 肩甲骨(けんこうこつ)から一気に押し込むような陳式(ちんしき)太極拳小架式(しょうかしき)懶扎衣(らんさつい)。そこから次ぐ拿捕(だほ)の技でもって、相手の守りを押し崩す!


「だぁらッ──!?」


 崩した勢いのまま、攻め立てようとした瞬間──横倒しのまま放たれる、神殺しのアッパーカット!?


「ぐ、ぉッ……」


 身をよじって避けるも耳が吹き飛び角が折れ、俺の攻め手は強制中断。


 奴の攻め手が、来る。


「よくぞ避けた。それでこそだ」


 少しばかり口角を上げたイケメンは、振り上げていた腕を手刀に切り替え雲海両断。


 おまけとばかりにフックと回し蹴りと後ろ回し蹴りを付け加え、極限連撃を繰り出した。


「!」


「……ハッ。案外、やってやれねえことも、ねぇな!」


 されども。

 その極限の猛攻は、俺を滅ぼすに至らない。


 力と技の極致たる“竜神”や、理外(りがい)の力を振るう“覇竜”。

 俺を圧倒した彼らに迫る力を、こいつは確かに持っている。


 なのに何故半端な状態の俺を倒せずにいるかといえば、未だ彼らのような図抜けた“強味”を見せていないからだ。


 早い話が、俺を舐めている。


「その余裕そうな面、引っぺがしてやるよ。たてがみ野郎」


 ふつふつとこみ上げる情動のままに触腕を励起(れいき)させ、降魔状態のような腕を創り出す。


 肩口から生まれた腕の形状は、俺の腕部同様に細く小さくしなやかだ。


 その黒き腕をもって、迫りくる蹴りをぶん殴る!


()ァッ!」

「!?」


 神をも(ほふ)る後ろ回し蹴りにぶちかましたのは、触腕による中段突き。


 ぶつかり合いで生じる衝撃波を全身で感じるも、ものの見事に相殺完了。


 眼下の雲海が吹き飛ぶその最中、空いていた腕で硬直中の脚を引っ掴む!


「ぬうッ!?」


「逃げられねえだろ?──()ッ、()ッ、()ァッ!」


 舐めた(むく)いだと笑みを返したところで──触腕連撃開始である。


 左右で横打を見舞い。

 裏拳正面打ちで叩きのめし。

 守りを崩しての両腕掌打ッ!


「お゛ッ……」


 青年の胸部がべしゃりと潰れ、血やら何やらをぶちまける。


 神獣狩りに用いた技は、八極拳六大開(ろくだいかい)(ぼく)”・虎撲連環(こぼくれんかん)。魔神エスリウを瀕死に追いやった猛攻を、魔神式に応用した殺し技だ。


「グッ……。その腕に、その破壊力。初撃は、加減していたのか」

「加減ってのはまた違うんだけどな。純粋な質量攻撃重視か筋肉の運動重視かの違いだよ」


 触腕で手足を食い千切ったうえで相手を締め上げ、血反吐と共に零された疑問に応じる。


 降魔状態の触腕と異なり、今の触腕は人体に近い構造だ。


 血液こそ巡らないものの、筋肉のような伸縮(しんしゅく)器官があり骨にも似た支柱を備えるこの触腕。動かすだけなら魔力を流せば済むため、本来このような構造は不要である。


 ならば何故人体構造を求めたのかといえば、己の無意識をも力に反映するためだ。要は発勁(はっけい)を利用したいのだ。


(発勁というと、確かロウの戦闘技術でしたか。普段の触腕では使えないということでしょうか?)

(一部は使えるって感じだな。俺自身の理解が漠然としてるから、人体構造から離れると上手い事いかないんだよね)


 憑依(ひょうい)中の相棒に答えていて思い出されるのは、古き竜たちとの死闘である。


 琥珀竜(こはくりゅう)を横合いから殴りつけた時、海魔竜へ渾身の掌打を叩き込んだ時。いずれも全身全霊ではあったものの、彼らを仕留めるには至らなかった。


 どちらも「空即是色(くうそくぜしき)」という奥義を使うことで、なんとか切り抜けたが……消耗度合いの大きい技に頼るのは危険すぎる。


 そこで目をつけたのが、この触腕の構造だ。


(なるほど……。大技に寄りかからず、一撃一撃を突き詰めるという訳ですか。常日頃鍛錬を行っているロウらしい発想なのです)

(そんなに褒められると照れる──!)


 黒刀の褒め殺しにあっていると、彼方で大爆発。その激烈な音と衝撃波で、竜と魔神が戦っていたことを思い出した。


 あいつらのこと、完全に忘れていたぜ!


「こっちにばっかりかかずらってるわけにもいかないんだった。おい、『神獣』。このままぶっ殺されたくなかったら、さっさとどっかに行きやがれ」

「ふむ。魔神よ、まさか汝は、我がこのまま引き下がると思ったのか?──我が真なる姿も見せずに」


「ッ!?」


 不穏な言葉が零れ出た──そのタイミングで、紫銀ともいえるマーブル状の魔力が虹に煌めき荒れ狂う!


「解放するだけでこの圧力……やっぱり、古き竜並みか」


 激烈な奔流(ほんりゅう)に吹き飛ばされ、そのまま体勢を正して距離をとる。


 垂れ流される尋常ならざる魔力を前に、当人もさぞ巨大な姿をしているだろうと目を()らせば──予想よりずっと小さい、人型の存在が目に入る。


「……!」


 筋肉質だった青年形態を更に鍛え上げた、樹皮のように堅く締まった肉体。

 その背中側を覆うように生える(あで)やかな銀毛。

 背部から力強く伸びる岩のような大翼に、二本の節くれだった尾部。


 今の神獣は人の頃の名残りすらない、異形の肉体だ。


 全体像から四肢へと目を向ければ、手足の黒く鋭い爪が目に入る。が、それ以上に目を引くのが指や腕、足に肩にと、体中の関節で(うごめ)く不気味な口部である。


 噛み合わせを確かめるようにして門歯(もんし)を鳴らす様は、人体の一部というより別個の生命体に感じられる。まるで個別の生き物が寄り集まる群体(ぐんたい)のようだ。


 肝心要の頭部はといえば(ひたい)に第三の眼を(いただ)き、象のように張り出した(あご)からは厳めしい牙が生える。額の上や側頭部から突き出るねじれた角も相まって、今の彼は悪魔というに相応しいような風貌となっていた。


 降魔状態の俺と(ほとん)ど変わらない体高のベヒモスは、人型でありながら異形の中の異形。ネイトやセルケトがそうだったように、複数の存在が寄り合わさった外見といえる。


 ぶっちゃけキモい。


(……)


 飾らない感想を零して相棒に閉口されたところで、神獣が開眼。

 ただそれだけで、大気が落雷でも生じたかの如く震えだす。


「……レヴィアタンさんに牙突き立てたって聞いたし、滅茶苦茶大きいもんかと思ってたけど。あんた、意外に小振りなのな」


「我が本来の姿は山と変わらぬ。この姿は力を本来のままに、大きさを汝が降魔に合わせたものだ」

「へえ、俺にあわせてくれたのか。巨体の方がいいんじゃねえの?」

「それでは汝の鼻っ柱(はなっぱしら)を折れぬであろう? 真正面から同条件で叩き潰してこそ、我が怒りも発散されるというものだ」


 そう語りつつ、ベヒモスは体中の口部を緩ませ構えをとる。異形の身となった今でも、その優雅さは変わらない。 


「そりゃ奇遇だ。俺もあんたとは、ケリをつけたいと思ってたんだよ!」


 売られた喧嘩を買い、降魔へ移行する。


 異形の獣と正面切って向かい合った俺は、眼前の敵に全神経を向け──。


〈あなたの背中は隙だらけってねー〉


 ──背後に顕れた異形の魔神に、首を刈り取られてしまったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ