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異世界を中国拳法でぶん殴る!  作者: 犬童 貞之助
第七章 混沌の交易都市
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7-9 曲者たちの会談

 交易都市の中心から離れ、静かな時が流れる貴族の別邸。


 そんな落ち着いた屋敷に似つかわしくない舌戦(ぜっせん)を繰り広げるのは竜と魔神。宿怨(しゅくえん)降り積もる両者である。


 彼らの煽り合いが熱と冷気を帯び始め、いよいよ口では終わらぬ荒事の気配が漂い始めたその時──ロウたちを案内した老執事、ルフタが追加のお茶菓子を持って現れ、見事に彼らの注意を逸らす。


「──いやー、ルフタさんの淹れるお茶は美味しいですねえ」


 彼の機転で大惨事を逃れたが、未だ不穏な気配漂う室内。

 だというのに、褐色少年ロウはのほほんと茶を楽しむだけである。


 己が魔神の天敵たる竜たちを連れてきたというのに、あたかも無関係であるかのような振る舞いだ。無責任の極みと言えよう。


「恐れ入ります。……ですがロウ様、竜たちの手綱(たづな)をとらず完全に放置してしまうのは、(いささ)か責任を欠く行いと存じます」


 あまりにも太い褐色少年の態度を見て、バロールの眷属(けんぞく)である老執事ルフタは諫言(かんげん)を口にする。


「じゃれ合いの範囲ですしあれくらい大丈夫ですよ。もしあいつらやバロール様が本気なら、その魔力を解放するだけでこの屋敷がぶっ飛びますし」


 しかしロウは(はばか)らない。幾度となく本気の魔神や竜と相対してきた少年にとって、この程度は遊びと変わらないのだ。


「……」


 主バロールが全く本気でないことはルフタも承知していたが、それでも熱風を吹き散らし魔力の圧力で周囲を圧迫する様には、眷属の身ながら恐怖を覚えていた。そこに竜たちの魔力も加われば言うに及ばずである。


 それなのに、眼前の少年は取るに足らない小事だと言ってのけ、気にする素振りさえ見せないのだ。


(壁が(きし)むほどの魔力の嵐を前にしてこの余裕。竜たちを従えているのは言葉巧みに(そそのか)したものと思っていたが……この反応を見るに、純粋に力関係で上回っているということか。幼い魔神と聞いていたのに、よもや歴戦の魔神ですら成せぬ荒業を成そうとは。この者は、危険すぎる)


 内面において混乱の極致にあった彼は、ここに至ってようやく、魔神ロウが主同様に尋常ならざる存在であると認識した。


「やい、ロウ。何故ぬしは妾たちに加勢せんのだ。もしやこの女に(なび)こうというのではあるまいな?」

「ん? いや、何だかもう構うのも面倒臭いなって」

「なんだと貴様ぁっ!」


「竜と魔神を前にして高慢なるこの言動。やはりこの者から正すべきではないか? ウィルムよ」

「自分で連れてきておいてワタクシに丸投げですか。本当にもう……」


 他方、ドレイクやバロールの間でもロウの厄介さが正しく認識され始めていた。ちなみに、ウィルムとセルケトは既に理解しているため、この場には含まれない。


「ウィルムよ、この焼き菓子を食べぬなら我がもらうぞ?」


「やいセルケト。誰も食べぬとは言っていないだろうが。返事をする前から手を伸ばすな!」

「うひゃッ。ウィルム、冷気だすなって。一気に冷えた茶器が割れたらどうするんだよ」


(茶器の前に部屋そのものが凍結しそうなんだが)

(もはやどこから突っ込めば良いのやら……)


「ふぅ……これでは(らち)があきませんね。ロウ君、そろそろお話を始めたいので、真面目にお願いします」


「「「っッ!」」」


 好き勝手に喋りまわっていたロウたちだったが、突如水を打ったかの如き静けさが場を支配する。魔眼の魔神バロールが茜色(あかねいろ)の瞳を輝かせ、「(ぎょう)」の魔眼──万物を静止させる力を行使して周囲を凝結させたのだ。


「先制攻撃か? 空間を静止させようとも、我ら竜属を止めるには至らんぞ、バロール!」


「攻撃する気なら速攻で大魔法なりなんなりを繋げてくるだろうし、静かにして欲しかっただけじゃないか?」

「ロウ君の言う通りですよ、ドレイク。話を進めなければワタクシと顔を合わせ続けることになりますが、貴方もそれを望んではいないでしょう?」


「ぬう」「ふんっ」


 がなり立てるドレイクを制すると、バロールは本題へと話を進めた。


「さてロウ君。貴方が魔神として覚醒し自身の(つかさど)る権能を把握されたこと、友人の母親として嬉しく思います」


「ありがとうございます。エスリウ様から降魔(ごうま)の概念を聞いていたおかげで(とどこお)りなく力を把握できた面もありますし、こちらからも感謝したいくらいですよ」

「うふふ、そうですか? でしたらより互いの仲を深めるために一つ、聞いていただきたいお願いがあるのですけれど──」

「──おい、バロール。貴様、何のつもりだ?」


 社交辞令に応じたロウに対して、バロールが更に一歩踏み込んだ瞬間──室内の空気が物理的に凍り付く。


 一瞬にして極点の如き環境を創りだしたのは、当然のことながら青玉竜(せいぎょくりゅう)ウィルム。


 魔法を構築したわけではないものの、本気に近い魔力の解放はじゃれ合いの時と桁の違う力の奔流(ほんりゅう)である。


「うひッ。冷たッ!」「むう。茶が不味くなるではないか」「ぐう、我が衣服が霜塗(しもまみ)れに……」


 余波を受けた者たちは瞬く間に全身霜塗れとなり文句を垂れる。


 一方霜を撒き散らした当人は向かい合う象牙色の魔神を睨みつけるばかりで、周囲の声など届かぬと冷気を放出。ガーネットの瞳を鋭くして犬歯を剥き出しにする様は、今にも飛び掛からんとする肉食獣の如きだ。


「うふふ。仲を深めようという言葉に、貴女がこれ程の反応を示すとは。何か不都合がありましたか? ウィルム」


 されども、魔神バロールは動じない。


 竜たちが己とロウとが関係を結ばぬよう監視しに来ていることは、彼女にとって既知の事実。無理を通そうとすれば竜たちが反応することなど想定済みである。


「不都合だと? 何をぬけぬけと。魔神同士、それも貴様のような悪鬼がロウと手を結ぼうなど、看過出来ようはずがないだろうが」


「ワタクシはロウ君と手を結ぼうなどとは考えていませんよ。貴女がたを刺激しても仕方がないことですからね」


 今まさに竜を刺激するような発言をしたではないか──そんな想いがバロールを除く面々の脳裏を(よぎ)った。が、その想いが口を通ることはなかったため、彼女は構わず言葉を続ける。


「ワタクシのお願いというのは、ロウ君に『降魔(ごうま)』を見せてほしいというものです。降魔状態を見ればロウ君の近縁者が分かるかもしれませんし、ともすれば以前話した魔神との関係性も答えが出るかもしれませんよ」


「そういう話なら俺も歓迎です。ですけど、それなら誤解を招くような言い方をせずに、最初から降魔が見たいと言って欲しかったような……」

「うふふ、申し訳ありません。ロウ君と仲良くなりたいという偽りない気持ちが急いてしまいました」


「「「……」」」


 いけしゃあしゃあと(のたま)う美女に、八つのジト目が突き刺さる。


「それではロウ君、お願いしてもよろしいでしょうか?」


 さりとて、やはり彼女は魔眼の魔神バロールである。単なるジト目如きに屈するはずもなく、見事に視線を受け止めた上で話を前へと進めてみせた。


「バロール様も中々に強引ですね。降魔となると気配を抑え込むのが難しくなっちゃうので、この部屋を空間魔法で(おお)っちゃっていいですか? ヴリトラとかレヴィアタンさんが俺の魔力を感じとったら、どこからともなくブレスが飛んでくるかもしれませんし」


「……。それは確実に避けたい未来ですね。ワタクシからお願いしたいくらいです」

「それじゃあ覆いますねー」


 了承を得たロウは凍り付いた室内を包み込むような「断絶空間」を構築。下準備が整ったところで力を解放し、異形の降魔状態となった。


「──っ! 真紅の魔力に、その禍々(まがまが)しい姿。やはり、どこかルキフグスの面影を感じる降魔ですね」


 三メートル以上ある天井に角が当たってしまう程の長身と、不釣り合いなほどに長く細い腕部。

 腕とは対照的に力強さを発する(ひづめ)ある脚部に、しなやかにうねる尾部。

 そして、それらを覆い尽くす漆黒の体毛。


 異形としか形容しようのない黒き巨体と異様なほどに濃い真紅の魔力は、数多の魔神を知るバロールであっても震撼(しんかん)せざるを得ない。虚無の魔神ロウの降魔とは、それほど(おぞ)ましいものだった。


〈そうなんですか? 竜たちに見せた時は、誰それに似ているなんてこと言われなかったんですよね〉


「あの時はぬしとレヴィアタンが敵対していただろう。そのような時に世間話など出来ようはずがない」

〈そういやそうだったっけ〉


 そんな反応を知ってか知らずか、ロウは軽い態度のまま応じていく。それは素の振舞いであるのか、それとも相手の警戒を解くための策略か。


(むーん。バロールでもこの姿には引いちゃうのか。人畜無害アピールしても、この外見じゃあ厳しいかなあ)


 意外なことに後者である。少年としては珍しく、作為ある行動だったのだ。


「その姿にその言動、なんとも乖離(かいり)しているように感じますけれど、それもロウ君らしく思えてしまいますね」


〈ありがとうございます? しかしやっぱり、俺って魔神ルキフグスに似ているんですかね〉

「ええ。少なくとも漆黒の外見と魔力の色、そして頭部に関しては、彼と非常に近いように思えます。一方で腕や脚、尻尾に……第二の口といったところは、似ても似つかないものですけれど」


 改めてロウの肉体を観察したバロールは、今は亡き友の降魔を思い浮かべながら類似点と相違点を挙げていく。


「こやつと『影食らい』は姿や権能こそ似ているところもあるが、戦い方はまるで別物だ。妾は関係を持たぬと思うがな」

「ふむ。『影食らい』といえば、竜鱗さえも(むしば)む空間変質魔法を使うと聞いていたが。ロウのように拳で竜鱗を打ち砕き、触腕で海魔竜を殴り飛ばすような類の話は聞いておらぬな」


「ロウ君、あの海魔竜を殴り飛ばしたのですか。ああ、是非ともその瞬間を目に収めたかったものです。山の如き彼女が吹き飛ぶ姿というのは、きっと痛快な光景だったことでしょう」

〈殴り飛ばしたっていってもピンピンしてましたよ、レヴィアタンさん。それはそれとして、話を聞いた感じ、魔神ルキフグスは殴り合い上等って雰囲気ではなかったんですね〉


 竜たちの情報からルキフグスの像を思い浮かべたロウは、答え合わせをすべくバロールに水を向ける。


「彼はワタクシとは違い、あらゆる魔法を知悉(ちしつ)していましたから。肉体を操る術より魔法を究めんとしていましたし、その点でもロウ君とは在り方が異なっているかもしれません」

〈なるほど……。ルキフグスには娘さんがいるという話でしたが、その方もやはり魔法を得意とする魔神なんですか?〉


 バロールからも竜たち同様に肉体派ではないという答えが返ってくると、今度は娘のことについて訊ねるロウ。


「フォカロル……ルキフグスの娘も、彼同様に様々な魔法を使いこなします。ですが、あの子は彼ほど魔法に傾倒(けいとう)していませんし、魔神たる膂力(りょりょく)に任せて力を叩きつける一面もありますね。ワタクシと一戦交えた時は魔法より肉弾戦が主でしたし、彼女の例を考えればロウ君が彼の息子というのもあり得ない線ではなさそうです」


〈ほうほう、娘さんはルキフグスとは違って肉弾戦も……って、バロール様、何で魔神同士で戦ってるんですか〉


 新たに判明した事実の中で友人の娘と交戦した事実が浮かび上がると、ロウは戦慄しつつも突っ込んだ。


「うふふ、あの子とは少々折り合いがつかないものでして。彼女の行動はまるで以前のワタクシを見ているようで、ついつい熱くなってしまうのです。それである時売り言葉に買い言葉で、ついに戦いとなってしまったのですよ」

「貴様と若い魔神との殴り合いか。相手は蒸発したのではないか?」


「降魔状態とはなりませんでしたけれど、五分五分の状況でしたよ。前の会談でも触れましたが、彼女は強大な力を持つ一柱ですから。ワタクシであっても平伏(へいふく)させることは容易ではありません」


 ウィルムの問いに返したバロールの言葉で、またも震え上がるロウ。


〈上位魔神のバロール様と五分五分って、滅茶苦茶ヤバくないですかそれ〉

「バロールの本領は“破壊”の権能と『魔眼』であるというし、それらを十全に扱えぬ人型状態では(はか)れない面もあろう。しかし、『影食らい』の娘か。我も拳を打ち合わせてみたいものだ」


 (あご)を撫でるドレイクが興味惹かれると零したところで、一人会話に混ざれていなかったセルケトが拗ねたように口を挟む。


「むう。ルキフグスの娘とやらはどうでも良かろう。我は退屈であるぞ。いつまでこの話は続くのだ?」

〈はいはい、そう()ねなさんなって。バロール様、色々話しちゃいましたし時間も遅いですし、そろそろお開きにしちゃいませんか?〉


 むくれる竜胆色(りんどういろ)の美女を見て今が夜間であることを思い出したロウは、話のきりも良いと別れを切り出した。


「ふふふ、そうですね。今日はとても興味深いものを見させていただきました。ありがとうございます、ロウ君」


〈こちらこそ、ありがとうございます。ルキフグスや娘さんの情報は大きな収穫でしたよ〉

「それは何よりです。ところでロウ君、今日はどうされますか? 既に都市の城門は閉まっている時間ですし、宿をとっていないのならばここへ泊っていくことも出来ますけれど」

〈ありがたいお誘いですが……今回はお見送りさせていただきます〉


 一瞬バロールの厚意に甘えようかと考えたロウだったが……歯茎(はぐき)が剥き出しになるほど嫌悪を(あらわ)にした竜たちの、そして何故か不服そうなセルケトの表情が目に入ったため、少年は誘いを辞退する。


「それは残念です。またの機会を待つとしましょう」

「ふんっ、次などあるものか。ロウ、異空間を開け。もう十分だ」

〈へいへい。それじゃあバロール様、失礼します〉


「あっ」


 ウィルムたちを異空間に収納したロウは、降魔状態を解いた後に室内を包んでいた断絶空間を解除。そのまま空間跳躍でバロールの屋敷を去っていく。


 呼び止める間もない退散劇に、その場に残ったバロールはしばし沈黙していたが──。


「……バロール様。この惨状、如何(いかが)なさいますか?」


 ──彼女の眷属、老執事ルフタが凍結している室内について触れたところで、口を開いた。


「ワタクシが挑発したとはいえ、まさかそのまま放置して帰るとはね。ウィルムの氷となると、融かせるのはワタクシくらいでしょうし。全く……」


 そう。以前の会談と同じように、ロウはまたも荒らし放題のまま退却したのだ。これにはさしものバロールも苦笑いである。


 灼熱の炎で竜の氷を融かしながら、彼女は少年の無責任さというものを痛感したのだった。

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