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異世界を中国拳法でぶん殴る!  作者: 犬童 貞之助
第七章 混沌の交易都市
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7-1 魔神たちの蠢動

のっけから不穏な第七章の始まりです。

 褐色少年ロウが、魔導国首都ヘレネスから隣国の交易都市リマージュへ向かう当日。


 方々(ほうぼう)への挨拶を終え宿へと戻った少年は、残すところは出発することだけとなっていた。


「そういやセルケト、お前って空間魔法は使えるの?」


 自室で準備を済ませた彼は宿で販売している軽食を昼食代わり頂きつつ、同じようにして食事を行っている魔神──セルケトに話しかける。


「空間を打ち破る魔法は使えるが、己や相手を移動させるような魔法となると難しいようだ。ロウのように自在とはいかん」

「そんなもんか。レヴィアタンさんと戦ってる時は異空間から出てきたけど、アレは空間を破る魔法を使ってたんだな」

(しか)り。故に、我に此度(こたび)の移動は不可能だ。竜ども同様に異空間へ入っておくとしよう」


 彼女の発言通り、ロウと行動を共にしている竜たち──青玉竜(せいぎょくりゅう)ウィルムと枯色竜(かれいろりゅう)ドレイクは、既にロウが作り出した空間へと入っていた。


 これは悪天候の現在、高速飛行をすることが嫌だと竜たちがごねたこと、そして異空間に新たに増えた住人──吸血鬼のアシエラ姉妹たちに、竜たちの存在を伝える良いタイミングだとロウが判断したことによる。


 既に大砂漠の旅でウィルムの正体に感づいているアシエラたちではあったが、新たに増えることになったドレイクのことは全く事情を知らない状態にあった。


 であるならば、これを機に色々説明すればよいではないか──そう考えたロウは竜たちに説明を丸投げし、姉妹が待つ異空間へと放り込んだのだ。


 勝手気ままな竜たちがまともに説明を行うかどうかなど一顧(いっこ)だにしない、横暴を極めたような魔神の所業である。


「そういうことなら、ウィルムたちがアシエラさんたちと上手くやってるか見てやってくれないか。ウィルムは一緒に旅をしたから平気だろうけど、ドレイクはそういうのが一切ないし、溶岩ぶち撒け野郎だし。ちょっと不安なんだよね」


 とはいえ、一応本人も問題だと感じていたのか、ロウは異空間へ向かうセルケトに竜たちのフォローを願い出る。もっとも、自分では行動しないあたりに身勝手さが顕れていたが。


「ふむ。万が一の時は介入するとしよう。ではな、ロウ」

「はいはーい。あ。ニグラスやシアンたちもいるから、暴走した時に手伝ってもらったこと、お礼言っとけよー」


 異空間へと消えゆく竜胆色(りんどういろ)の美女を見送った少年は、空間の門を閉じて荷物を背負い自室を出る。


 セルケトやウィルムたちのチェックアウトは済ませていたため、後はロウが行うだけだ。


 旅装束のローブを身につけた少年はそのまま受付へと向かい、よく世話になっていた従業員イサラに声を掛けた。


「こんにちは、イサラさん。部屋の鍵をお返ししますね」


「はい。宿泊日数がまだ残っておりますが料金の返却は出来かねます。ご了承ください」

「こっちの都合ですからねー。了解です。それじゃあ、お世話になりました」


「『竜の泥酔亭(でいすいてい)』のご利用、ありがとうございました。それと……弟のレルヒに付き合っていただき、ありがとうございます。大学へ通うあの子には同年代の友達が多くなかったので、ロウ様と知り合えたことはとても嬉しかったようでして。先日会った時もロウ様のことばかり話していましたよ」


 別れの際になると、イサラは営業スマイルから素の微笑みへと転じてロウへの感謝を告げる。


(また見惚れていますね。どうしてロウはこうなのでしょうか?)

(イサラは美人でしとやかな女だし、仕方が無いだろうさ)


 その柔和な笑みに見惚(みと)れるロウだったが、即座に相棒たち──意志ある曲刀のギルタブとサルガスから念話を送られ、正気に戻された。


「俺も旅ばっかりしてて同年代の友達ほとんどいませんし、レルヒみたいな相手は貴重です。今後も長く付き合っていけるといいですね」

「ふふ、そうですね。引き留めてしまい申し訳ありませんでした、ロウ様。それではいってらっしゃいませ。雨天ですのでお足元にはお気をつけ下さい」


 水を差された少年は宿を後にし、雨の中都市の西門を目指す。


(なあロウ。わざわざ門からでなくても、人通りのないところで転移したらいいんじゃないのか?)


「それもそうなんだけど、なんか旅っていったら門を出ないとそういう気分にならないんだよね。区切りがつかないというか」

(分かるような分からないような話ですね)


 そんな会話を曲刀たちと挟みつつ、三十分弱。


 時折(へい)を飛び越えたり屋根の上を走ったりして時間を短縮したロウは都市の端、西の城門へと辿り着いた。


「雨降りにこの時間だと全然人いないのな」

(お前さんと竜との戦いで天変地異が起こったばかりだし、当然といや当然だな)

「それもそうか。ちゃちゃっと通らせてもらおう」


 銀刀の言葉を軽く流した少年は門の管理を行う衛兵に話を通し、通行の許可を得る。


 この天候に昼過ぎという時間のため、ロウは衛兵から何度も安全確認をさせられた。


 近くの宿場町で泊まる予定だと告げることで何とか解放されるも、今後は空間魔法での外出を視野に入れた少年だった。


 街道へ出た彼はそのまま歩き、しばし雨天の景色を楽しむ。


 石畳の上にできた水溜り。脇道へと流れていく泥の水流。長雨で枯れたように垂れてしまった草むらや、しとしと雨音を響かせる木立ち。


 ニ十分ほど静かな時間を過ごし、いよいよ都市の城門が小さくなってきたところで──ロウの歩みがふと止まる。


「……」


(? どうした、ロウ)(何か忘れものでもありましたか?)

「いや、これは──」


 曲刀たちが問いかけるも鋭い表情で応じるロウ。その金眼の瞳孔は散大し、虚空の一点を見つめるばかりである。


「……」


 否、その瞳は虚空ではなく極小の()を捉えていた。


 それも単なる蚊ではなく、臙脂色(えんじいろ)──赤系統の魔力を帯びる虫であった。


[──!?]


 少年に捉えられたと理解した蚊は、素早く空間魔法を構築。灰色のもやを生み出し、それを介して姿を消した。


 蚊柱(かばしら)のようなもや以外に臙脂色の残り香はなく、ロウの感知範囲内に赤の魔力は存在しなくなる。


((!?))


「消えたか。今のは魔神か、それとも眷属(けんぞく)か。どっちにしろ、俺を観察してたみたいだな」


 感知範囲を広げるも赤色の魔力が引っ掛からなかったため、ロウは警戒状態を解除し曲刀たちへ事情を説明する。


(どういうことだ? 姿を消してた相手を見破ったってことか?)


「いや、見つけたのは小さな虫みたいな奴だった。バッチリ魔力が漏れてて、それで判別できたんだけどな」

(魔神の監視……。あのバロールとは別口、ということでしょうか?)

「バロールの茜色(あかねいろ)とは大分違った気がするけど、分からん。今日会うし聞いてみるかね」


 分からないものは仕方が無いと思考を打ち切ったロウは空間魔法を発動。連続転移による高速移動を開始して、上空から交易都市リマージュを目指すのだった。


◇◆◇◆


 ところ変わってランベルト帝国。首都ベルサレスの宮殿、賓客(ひんきゃく)をもてなすための豪華な客室にて。


[──ふう。まさか、あの距離で監視を見破られるとは]


 極小の蚊──魔神アノフェレスの眷属テラジアが、ロウの並外れた感知力に驚嘆していた。


 高度約五百メートル、直線距離にして二キロメートルほど離れた地点から褐色少年を監視していたテラジア。


 視界が不明瞭な雨天、更には体長数ミリメートルという己の体。これだけ距離をとっていれば感知できまい──そんな彼女の考えが、かの少年の前では一瞬で(くつがえ)されてしまった。


[私の監視に気付いたということは、やはりあの少年は『竜眼』を具えているということ? その割には、あの魔神バロールと交友関係を持っているようだし……よく分からない]


 状況を整理するように呟く蚊、もといテラジア。


 彼女の言葉にある通り、ロウが魔神バロールと交友関係にあることは既に彼女の知るところである。


 これは彼女の監視によって判明した事ではなく、彼女の報告を聞くために顕れていた主、アノフェレスが仇敵(きゅうてき)の魔力を嗅ぎ取ったことによる。バロールが娘の部屋を訪れた際に漏れた僅かな気配を、彼は見逃さなかったのだ。


[例の少年のこと、アノフェレス様にはなんと報告するか──]


「──見たまま感じたままで良い、テラジア。私見(しけん)を挟むのは後でも可能だろう」


 室内をふらふらと飛び回り思考を続けていたテラジアだったが──灰色のもやと共に二人の男性が顕れたことで考え事を中断。人の姿へと変化して、臣下の礼で応じた。


「お待ちしておりました、アノフェレス様。それに、バ()ル様もご一緒とは」


「気にかかっていた調査が済んだのだよ。魔導国の首都付近で起きた異変も、大陸中央付近で起きた、海魔竜と争った何者かの調査もな」

「迅速な調査、流石でございます。主と共にこの場へ参られたということは、今から報告会ということでしょうか?」


「そういうことだ。アスモデは“()”としての役目がある故来れないがね」


 壮年男性の姿を取るアノフェレスの隣で右手を挙げ応じるのは、黒くちぢれた長髪を持つ長身の老人──バエル。顔に刻まれている多くの(しわ)から老齢にあることを(うかが)わせるものの、背筋の良い姿勢と溢れ出る覇気は若き王者のそれである。


「ではまず、件の少年のことについて聞こうか。テラジア」


「はい。アノフェレス様から命を受け数日上空より観察しましたが、人ならざる身体能力を持つということ以外は分かりませんでした。時折物陰に移動するような怪しい動きを見せていましたが、遠距離では詳細をうかがい知れず……申し訳ありません」

「そうか。『竜眼』を具える者たちがいるあの場で事細かに観察しろ、という方に問題があったのだろう。そう気落ちするな」

「お心遣い、感激の極みです!」


 (なぐさ)められたテラジアが創造主と同じマーブル柄の長髪を揺らして喜んだのも束の間、話を進めたいバエルが嘆息と共に先を(うなが)す。


「それで報告は終わりか? ならば儂の話と行くが」

「失礼いたしました、バエル様。最後に一点重要な事柄がございます」


「ふむ」「聞こう」


「それは十分な距離……この宮殿から王妃(おうひ)離宮(りきゅう)ほどでしょうか、その距離にあって、件の少年が私の存在を看破した事です。私が本来の姿、あの小さき蚊の状態であったのに、です」


「ほう?」「なるほど、これはやはり……」


 テラジアがロウから視認されたことを告げると、両者は興味深そうに吟味(ぎんみ)する。


 体長四ミリメートルの蚊が二キロメートルほど先にあるとなれば、その視覚的な大きさは髪の毛の直径の数十分の一ほど──二マイクロメートルほどとなる。


 これは生物の細胞よりもずっと小さい数値であり、地球の研究機関で使われるような光学顕微鏡(こうがくけんびきょう)でも観察が難しくなるような大きさだ。つまりは、極めて小さい。


 実際の視覚像というものは距離に正比例するものではなく、遠くにあるものが大きく見えたり近くにあるものが小さく見えたりするものだが……。そうであるにしても、極小であることには違いがない。それこそ、人ならぬ存在でなければ看破できないほどに。


 故に、報告を聞いた魔神たちは同じ結論を下した。


「極めて優れた知覚力に、竜や魔神との交友関係。新たに生まれ落ちた竜、ないし神か魔神と考えるのが妥当か」


「やはりそうなるか。我らの知らぬ新たなる上位者、それも竜やあのバロールと縁を結ぶもの。行動次第では我らの障害となりかねん」

「それに付随(ふずい)して一点。かの存在が竜と共に大陸中央へと(おもむ)き、あの尋常ならざる魔力が放たれることとなったが。大陸中央部付近に残存する魔力の一方が古き竜のものであるのに対し、もう一方は魔の気配を有するものであった」


「「!」」


 大陸中央部の南側、ロウとセルケトの放った虚無の閃光「空即是色(くうそくぜしき)」の破壊痕を調査していたバエル。


 彼は魔力の質を見抜く「魔眼」こそ有していないが、多くの神や竜、魔神と矛を交えてきた経歴を持つ。


 それ故に、付近に色濃く残っていた気配を魔神のそれであると判別できたのだ。


 一方で、バエルの言葉で(くだん)の褐色少年が魔神である可能性が高まると、アノフェレスの表情は悩まし気なものとなる。


「竜か神か、もしくは魔神か。いずれかではあると思っていたが、まさか最も可能性が低いであろう魔神であるとは。生まれたばかりであっても、竜が魔神を許容するとは思えなかったのだが」


「儂も同じ思いを抱いたが、あれは竜や神ではなく、間違いなく我らに近しい魔力であったぞ。そしてそれが指し示すところは、その魔神が古き竜に匹敵する力を有するということだろう」

「古き竜が大陸全土を揺らすほどの力を発してなお、生き残る魔神。いや、互いの存在をかけて戦ったのではなく、力を試したという線も考えられるか?」


「それは薄かろう。古き竜が発した魔力は、この帝国にいた儂であっても怒りの波動を感じ取れたほどだ。腕試しをしていて熱くなったにしても、殺意が(たぎ)るほどとはなるまいよ。(もっと)も竜たちやかの魔神の様子を見るに、決着自体は互いの生存で終わった様ではあるがな」


 黒髪の老人がそう結ぶと、壮年男性は灰と(すみ)色の入り混じった前髪をかき上げ、深く息を吐いた。


「ふう。それほどの魔神が、竜やあのバロールと手を組んでいる可能性がある、か。竜の争乱が起きた時は良い目くらましになると思ったが。これでは、我らもあの少年に気を配らねばならないな」


「ふむ。しかしそれほどの魔神となれば、やりようによってはバロールや神どもの耳目(じもく)を、その魔神へと集中させることもできるやもしれんぞ? アノフェレスよ」

「ほう。私には良案が浮かばなかったが、流石は老獪(ろうかい)なる豊穣神だな? バエルよ」


「フッ。そう難しいことでもない。儂らにとっても使い勝手の悪いあの浮いた札を、あの魔神にぶつければ良いのだよ。あのルキフグスの娘をな」


 光を呑むような黒々とした瞳に喜悦(きえつ)の色を覗かせ話すバエル。魔神ルキフグスの娘を使うという彼の表情は、先ほどまでの王者の気配とは一転して、権謀術策(けんぼうじゅっさく)を好む奸雄(かんゆう)の如きである。


「ルキフグスとは似ても似つかぬ、(いささ)か性根の(ゆが)んだアレをか? 確かにあの者は申し分ない力だが、古き竜と並ぶ相手となると……いや、そこで神どもか」


(しか)り。力あるもの同士がぶつかり合えば、行動が制限される我ら魔神とは異なり、自由に動ける神どもは必ずその観察へと顕れる。そうなればあの娘が勝とうが負けようが、かの魔神は白日(はくじつ)の下にさらされよう。その後は神どもが処分しようが魔神が逃げ果せようが、我らへ向く視線というのは皆無となろうさ」


 相手を打倒するための策ではなく己の敵対者を(あざむ)くための一手と知ったアノフェレスは、曲がりなりにも味方となっている者を容赦なく捨て駒とする老人の心胆に唸り、感心した。


「我々は宿敵の娘という信用の置けない手札から解放され、その上で神や仇敵の視線を(あざむ)くことができる。なるほど見事な策だ。あの娘が(くだん)の魔神と戦うかどうか。我が“虫”を寄生させ思考を誘導できる状態にしているが、魔神と戦わせるとなると難しいぞ?」


「それは如何様にもできよう。バロールがルキフグスを亡き者にしたという疑念を吹き込んだようにな」

「バエル、こと駒を動かすことに関しては私が君に及ぶところは無さそうだ。一切を任せよう」


「任せるが良い。その代わりと言っては何だが、汝には別の一件を頼みたい。儂が調査してきたもう一方、魔導国周辺で起きた異変……闇の上位精霊に関する事柄だ」

「聞こう」


 そうして魔神たちが魔導国近隣で目覚めた精霊について話し合っている間に、眷属のテラジアはせっせとお茶の用意を行う。


 彼らの話し合いが一段落するのは、彼女が三回目のお茶を作り始めるころだった。

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