6-30 吸血鬼姉妹の同行
「──いやあああッ! こないでエッチ!」
「ロウ君、ほんのちょっと、一滴だけでいいからっ!」
「痛くしないから怯えなくても大丈夫。それに、すぐ終わるから」
姉妹のお家にお邪魔しお茶を頂いたところで、美人姉妹に献血を懇願されるの図。知ってた。
「……」
「おいロウ、ギルタブの眼力が凄いことになってるぞ。一緒になって遊んでないでそろそろ真面目に対応しろ」
「あ、はい。そういうわけですんません」
「うっ!?」「むぎゅっ」
黒髪美少女の瞳からハイライトが消えたため、姉妹の拘束をするりと躱して魔法を構築。神や竜でもなければ脱出不能な断絶空間の中に吸血鬼姉妹を押し込んだ。
「……今、腕が凄い方向に曲がらなかった? ロウ君」
「明らかに人の可動域じゃなかったよね。それにこれ、障壁なのかな? 押しても叩いても全く動かないよー」
「何分魔神ですので。そういう訳ですから血は諦めてください。依存度も強いですし、どんな副作用があるか分かったもんじゃないですよ?」
「ロウ君の言うことも分かるんだけどねー。どうしても“血”が欲しがっちゃうっていうか……」
捕獲したアムールたちに危険性を説くも、本能に抗うのは難しいとのことだった。“血”に支配されている魔物・ヴァンパイアだけに、この問題の解決は簡単ではないのかもしれない。
「吸血鬼というものも難儀な魔物ですね。それで、本題は何なのですか?」
「う? 本題と申されますと?」「……」
「ん?」
「貴女たちがロウを自宅へ招いた本当の理由ですよ、アムール。ロウを魔神と知る貴女たちなら、ロウがその気でない以上血を得るのは難しいと分かっていたはずです。それなのに無駄と知りながら行動したのは、何かわけがあるのでしょう?」
「ふぐぅ」「完全に見透かされてしまったね、これは」
俺が吸血鬼の本性を考えている内に、ギルタブたちの間で何やら話が進んでいく。
「うん? ただお茶に誘っただけじゃなくて、なにかしらの目的があって、それの段取りとして吸血に及んだって感じですか?」
「ぅ…………。ごめーん!」
「ごめんなさい。ギルタブさんやロウ君の言う通り、誘ったのは下心あってのことだったんだよ。今日会えたのは偶然だけど、近いうちに会いに行こうと思ってたんだ」
まさかと思い聞いてみれば、肯定する言葉が返ってきた。のほほんとお茶を楽しんでいたのに驚愕の事実である。
「やはりそうでしたか。となると、本当の目的はロウの旅に同行を申し出ること、先ほどの吸血はその動機付けといったところですか」
「あばばばー」「……私たち、そんなに分かりやすかったかな」
「は? マジ?」
平謝りする姉妹に追い打ちをかけるギルタブが言い放ったのは、彼女たちが俺の旅に同行したがっているというものだった。
「いやいや、どうしたんですか急に。旅に同行したいって、そんなに親密になるような事ありましたっけ?」
「むむ。ロウ君には沢山助けてもらったし、それに色々な一面や秘密を知れたし、仲良くなったと思ってたけど。そう思ってたのは私の独りよがりだったのかな」
「ええッ? そりゃ確かに色々ありましたけど……でも一緒に旅をするって、ちょっと飛躍し過ぎじゃないですか?」
「お前さんは妙なところで頭が固いな。実際、砂漠で一緒に旅をしてきただろう? それを少し延長するだけってことだろ」
「そもそもこちらの説明がまだだったね。サルガスさんの言葉通り、君の目的地である帝国まで同行させてほしいんだ。……ずっとくっついて回るわけじゃないから、そこは安心してほしい」
アムールの膨れっ面に付き合っているとサルガスから突っ込みが入り、アシエラが補足を入れる。
蓋を開けてみれば何のことはなく、帝国へ行くなら一緒に行こうぜというお誘いだった。
「ああ、そういう……。アムールさん、なんか言い方紛らわしくないっすかね」
「むふふふ。何のことかな? 私は別にずっと一緒に旅をしたいなんて言ってないけど~? どうしてロウ君はそう受け取っちゃったのかな~?」
「こら、アムール。ごめんね、ロウ君。紛らわしくなってしまって。ロウ君は魔神だから眷属がいるだろうし、普通に同行を申し出てもはぐらかされるような気がしたんだ。だからさっきみたいにロウ君から返り討ちにされて、それでロウ君の下で修業の旅をさせてほしい、そう願い出るつもりだったんだけど……」
「そういう筋書きだったんですか。なんというか、結構勇気ありますよね、アシエラさんも。怖くなかったんですか? 俺って魔神じゃないですか」
「力そのものは震えるほど怖いけど、ロウ君の性格は見てきたつもりだから。君ならきっと許してくれて、受け入れてくれるだろうと思っていたよ」
「アシエラさん……」
種明かしを聞いて感じた疑問をぶつけてみれば、信頼を感じさせる柔かな微笑みである。
「まあ、ロウは女に対して大概甘いからな。命を狙うようなことでもなければ安心安全ってもんだ」
「ロウですからね。アシエラの分析は正確なものだと言えるのです」
「……」
アシエラの告白に思わず惚れそうになるも、即座に曲刀たちが冷や水の如き現実的な見解を示した。
彼らの主張は誠に遺憾ではあるが筋の通ったものだ。それでも、もう少し夢を見せてくれたっていいのではないだろうか?
「そういう訳で、どうかなどうかな? 私たちって実はロウ君の血のおかげで随分強くなったんだけど、まだその力を十分に使ったことが無いんだよー。あの白い空間を持ってるロウ君についていけば訓練だってできるし、何より周囲にバレようがないし!」
「ついていくと言っても何から何まで厄介になるつもりはないんだ。食事や宿は自分たちでとるし、血を無理矢理要求するような、君の迷惑となることは誓ってしない。だから、どうかな」
「……むーん。本を正せば俺の血が原因ですもんね。分かりました。帝国へ行くときはご一緒しましょう」
「ほっ……」「やたっ!」「はぁ……」「そう溜息つくなって。予想通りだろ」
姉妹の頼みに応じると、四者四様の反応である。というかギルタブさん、溜息は酷くない?
「ああでも、帝国に行くっていっても馬車の旅じゃなくて、空間魔法でさっさと行っちゃおうかなって考えてるんですよね。先に公国にも行っておかないといけないし」
「あ。そっかあ、ロウ君が魔法使っちゃえば帝国なんてあっという間なんだった……って、公国にも行くの?」
「はい。魔神としての先輩と面談があるんですよね。それと、生まれ故郷なのでちょいと私用もありますし」
「魔神としての先輩……。人の世にロウ君以外の魔神が潜んでいる、ということだよね? 一柱で国を滅ぼすような存在が隠れ忍んでいるだなんて……。吸血鬼の身で言うのもなんだけど」
プライバシーに配慮(?)してバロールの名前は出さなかったが、それでも存分に慄かれてしまった。伝説中の伝説らしい名前を出さなかったのは正解だったようだ。
「昔は悪行の限りを尽くしたみたいですけど、今は丸くなった……のかな? そういう先輩です。とまあ、公国にちょっと滞在してからそのまま帝国に飛んでいこうと思うので、そういう意味では公国にいる間が旅の道中って感じになるかもしれません」
「はーい。じゃあその間、ロウ君からビシバシ訓練してもらおうかな!」
「ロウ君が用事を済ませる間に時間があれば、私たちの相手をしてくれると嬉しいな」
「個人的な用件はすぐに終わると思うので魔神の方の案件次第になりそうですけど、多分大丈夫だと思います。というか、俺が無理でもセルケトやウィルムがいますし、相手には困らないと思いますよ」
「むむ。そういえばセルケトさんたちもロウ君と一緒なんだった」
訓練相手のことを告げると思案顔となるアムールに首を捻りつつ、出発予定日や迎えに行く時間等を伝えていく。
三日後という急な日程には驚かれたものの、件の魔物襲撃を機に首都ヘレネスを離れようとする動きは珍しくないらしく、彼女たちも周囲への説明は問題ないだろうとのこと。
「──それでは、三日後に宿で待ってますね」
「はーい。よろしくね!」「じゃあねロウ君、また今度」
話も終わり一息ついたところで、曲刀たちと共に姉妹の家を後にする。その道すがら。
「眷属に竜に、魔神に吸血鬼か。お前さんの空間も、いよいよもって大所帯になってきたな」
「殆どが一時的にいるだけだし、実質シアンたち眷属だけのようなもんだけどなー」
「一時的の居候がなし崩し的に増えていっている以上、とても楽観視なんてできませんけどね。やはりロウは、私がしっかりと手綱を握らねばダメなようです」
「ククッ、だとよ、ロウ」
「ひえーこわー」
雨の帰路に他愛ない話で盛り上がる、昼下がりのひと時だった。





